第四十三羽. 盗賊団
「こ、これは・・・一体・・・」
自分の目の前で繰り広げられている光景に絶句していた。そこにあるのは圧倒的な強者による蹂躙劇。
目の前に立つ鬼人族の少女をつい先ほどまで、恰好の獲物としか見ていなかった。少女の10代半ばと思しきその容貌はまだあどけない顔立ちを残していた。未だ成長途中である事を考えれば、磨けば光る原石。あたいにはそんな風にしか見えていなかった。
だが、蓋を開けてみれば、19人の部下があっという間に戦闘不能になっている。
最初に犠牲になったのはデリス。馬車からゆっくりと離れたと思いきや一瞬にしてデリスの目の前に現れると胴に一撃。その一撃には線が細くその華奢の身体からは信じられない程の威力があった。骨が砕かれ、内臓が破壊される音があたいの耳にまで届く。
そして・・・気が付けばデリスの顔が真横であたいを見つめていた。物言わる躯となって。それまで生きて冗談を交わしていた部下の死に顔が届けられる。
デリスが吹き飛ばされた事に部下達も啞然とし、意気揚々と獲物に飛び掛ったその足は止っていた。
「あれっ? これでもかなり手加減したんだけどな。力加減が難しいなぁ。」
ーーー手加減した・・・だと・・・。
「どうしたのさ? さっきまで楽しそうな顔してたのに。もっと僕と遊ぼうよっ!えっと・・・なんだっけ、かげうす盗賊団、だっけ?」
あどけない顔で見せるその笑顔は何処か狂気じみた物を感じずにはいられなかった。その上、少女は団名をわざと間違えるという挑発的な言葉を口にする。
「き、きさまぁ・・・捕らえるのはなしだっ。その鬼人族の女を始末しろ。」
その挑発にあたいは即座に命令を下す。だが7人いたはず部下の姿は既に2人となっていた。街道脇に待機させていた部下達にも攻撃命令を出すが、初撃以降、攻撃が途切れた。
「何をしているっ。もっと攻撃しろっ!」
反応しない部下達に苛立っていると。
「あんまり酷使するから、疲れて寝てんじゃないかな?因みに後方の人達も既に無力化してるよ。」
少女の冗談めいた口調があたいの耳に届く。
「そ、そんな・バ・カ・な・・・」
ーーー何を言っているんだ。既に全滅しているだと・・・。獲物は全員目の前に居るじゃないか・・・。
その時、あたいの脳裏に他愛もない事として気にも留めていなかった光景が浮かび上がる。兎人族の女のフードから何かが飛び出したのを。そして後方へと向かって行くのを。
ーーーそう、あれは・・・確かにスライムだった。まさか、スライム如きに全滅させられたというのか・・・。
その時、少女の後ろにいるシャルルと目が合った。これを隙と見たシャルルとボイルが再び駆ける。シャルルの短剣、ボイルの大槌が時間差で少女に襲い掛かる。黒影内部でもシャルルの俊敏さには定評がある。そしてボイル、巨漢からは想像できない俊敏な動きと圧倒的な力は黒影でも一、二を争う。
その2人のコンビネーションが炸裂する。
少女の首をシャルルの短剣が捉える寸前。
ーーー仕留めたっ!
そう心の中で叫んだ。シャルルとボイルも同じ様に思ったに違いない。
だが、そう思った瞬間・・・。
シャルルが崩れ落ちていった。首まであと数ミリの距離で短剣が砕け散り、胸に大きな陥没を携えて。
そして襲い来る大槌を振り返らずに受け止めていた。少女の細い腕で。あまつさえ、ボイルの持つ大槌を片手で粉砕して見せた。
「な、何が・・・?」
口から零れ落ちたその疑問の答えを知るであろう2人の意識は既に刈り取られている。意識を取り戻した時、おそらく2人は自分に身に何が起きたのか全く理解していないだろう。
ーーーあたいが任された一団は黒影でもトップクラスだぞ。Bランクの冒険者でも優に狩れる程の。それが、それが・・・なんでこんな事に・・・。
冒険者狩りの実行部隊であるため、特に戦闘に優れた面々をこの一団へと組み込んでいた。全滅の憂き目を見たこの一団は黒影の最高戦力に他ならない。
ーーーどこで間違えた・・・。
そんな事を考えていると。
「次は・・・お姉さんの番だけど、どうやって僕を楽しませてくれるの?」
少女から発せられた言葉でやっとあたいは理解した。そう、どこで、ではなく初めから間違えていたのだ。目の前にいる冒険者達に手を出すといった選択そのものが。そして彼女らに手を出したその時から自分達が狩られる側である事を。
「い、いったい・・・何者なんだ・・・。」
零れ落ちる言葉に。
「あっそう言えば名乗ってなかったね。僕はアヤメ。ローレル所属の美少女冒険者だよ。それと、ランクはEね。」
ーーーふざけるな、ふざけるなよっ!
アヤメと名乗る少女の言葉に憤りを感じたあたいが少女を睨め付けた時、あたいは恐怖に支配され、その場を一目散に駆け出した。
部下を置き去りにし、なりふり構わず一心不乱に走り続けた。
何かにつまずき転げるあたいは既に立ち上がる気力すらも残されていなかった。捕まる覚悟を決めていたが、一向にその気配がない。
ーーー逃げる者は・・・追わないか・・・。
少なくとも、あの時・・・そう、デリスがやられた時に実力差を悟り、散り散りに逃走すれば良かったのだ。そうすれば、今のあたいの様に見逃してくれたかもしれない。隠れて待機していた部下達と合流出来たかもしれない。
そんな思いが頭を占める。だが、全てが・・・もう既に遅かった。
ーーーこの事をお頭に伝えなくては。
その思いで立ち上がると、細心の注意をしながらアジトへ道を急ぐ。辺りを窺うが、後をつけて来る者の気配は一切感じず不気味など辺りが静まり返っていた。その静けさが逆に焦りを誘った。
漸とのことアジトへと辿り着いた。そこにはいつも通り雰囲気が漂っており、緊張感が和らぐのを感じていた。そしてそのまま、あたいはお頭の部屋へと一目散に駆けて行った。
ドンドンドンッ!
「騒がしいっ、何の用だっ!」
慌ただしく戸を叩く音に部屋の中から苛立った声が返ってくる。
「失礼しますっ。至急お伝えしたい事があります。」
「おぅ、ヒルダか。入れっ!」
戸を叩く主があたいだと分かるといつものお頭の声が返ってくる。勢い良く扉を開けるとそこには酒を片手に愛用の武器を手入れしているお頭の姿が目に入る。
「そんなに慌てた様子でどおした。」
「お頭、すみません。失敗しました。」
「失敗しただぁ。何を言っている。お間には精鋭を預けていたはずだが。しかも相手は高々Cランク程度の冒険者のはずだろっ!」
「はい、ですが・・・その、お預かりした精鋭部隊が一瞬にして全滅しました。あたいはいち早く情報を持ち帰らねば、と思い・・・恥を忍んで帰還しました。」
「ほぉ、そうか・・・それで、お前は後ろの奴を案内してきたと。」
「お頭、何を言って。」
「案内ご苦労さん。」
そこには黒髪の40歳手前であろう中年男性が佇んでいた。その男は服の上からでも分かる程に鍛え抜かれた身体を有している事はすぐに理解出来た。
「誰だお前は。」
そう言ってあたいは戦闘態勢を取るが、男は全く意に介した様子がなく、そのまま部屋に入り込む。
「そうか、俺は馬車の後ろで寝ていたかな。お前らを全滅させた嬢ちゃんの仲間、と言えば分かるだろ。」
「それにしても素晴らしい隠形だな。だが、その程度では外いる奴らが気付くだろう。外の奴らはどおした?」
「外の奴らなら、みんなぐっすりと眠ってる。最近、働かせ過ぎなんじゃないか。」
「働かせ過ぎなのは、確かだが。そんなにやわな奴らはうちにはいないはずなんだが・・・なっ!」
お頭から放たれた2本のダガーが男の不意を突いたように見えたが、幻覚でも見ているかのようにその姿消えてなくなる。
「悪いが、いくら不意打ちでもその程度の攻撃じゃ、俺に当てるの不可能だな。」
声のする方に振り向けば先程まであたいの目の前にいた男がお頭の背後を取っている。そして糸が切れた操り人形の様にお頭の身体が崩れ落ちていく。
「さて、お嬢さんもしばらくの間寝ててもらおうか。」
その言葉と共にあたいの意識は深い闇の中に落ちて行った。
『メル、そっちはどおだ。』
『何も問題ないのじゃ。ただ、攫われた女性の数が多いのじゃ。人族、獣人族にエルフ族と幅広く攫ったうなのじゃ。』
『了解だ。それじゃ、セリアに連絡するぞ。』
◇◇◇◇◇◇
「セリアねえ、息のある奴らはどおするの?」
「どおするも何も、件の盗賊達ならギルドに突き出すしかないだろ。幸か不幸か息のある奴はそんなにいないからな。」
アヤメとテトラにはなるべく殺さないようにと言い含めていたが、未だに息のあるものは6人。テトラに任せた後方と街道脇の盗賊は生存者1人。
結果だけ見ればテトラに手加減は難しかったようだ・・・。
とは言えアヤメがちゃんと手加減出来たかは疑問の余地がある。なにせ残りの5人もかなりの重症であった。今すぐにでも回復させなければその他大勢の骸の仲間入りは確実である。
セリアから見ればどっちもどっちなのは言うまでも無い。
「でもさぁ、賞金かかってんなら、死体でも持っていかないと。」
「あ、あのぉ、セリア様、あまり悠長な事をしている場合では・・・」
「何かあったか?」
「お二人が話されている間に息を引き取った者がいます。」
アルジェントからの報告を受け、セリア達は急いで息のある盗賊の治療を行っていった。治療といってもエリクサーを振りかけるだけではあるが。
最終的に命を長らえたのは3人。うち2人はアヤメが最後に倒した短剣使いと大槌使い。残る1人は街道脇で待機していた者であるが、この中ではかなり高度な隠蔽を披露していた。
気を失ったままである3人を縛ると馬車の荷台へと放り込むと、辺りに散らばる死体を次々にストレージへと入れていくセリア。
「さて、御者さん。エドの街に向けて出発しましょうか。」
事後処理を終えたセリアが御者へと出発を促す。自分の目の映っている光景に理解が追い付かず思考が止っていた御者は、現実へと戻り自分が乗せて来た者達の異常さを理解する事となった。
馬車旅が再開され、陽が傾き始めた頃、ヴェインから念話が入る。
『セリア、こっちは制圧したぞ。盗賊のボスらしき奴も確保した。』
『ご苦労様。』
『ざっと見た感じだが、こいつら結構手広くやってるな。』
『と、言うと?』
『色んな種族の女を攫ってる。それもかなり数だ。』
『顧客は王国の貴族か。』
『あぁ、それも優良顧客だな。処分する前の取引記録には有名貴族名がずらりた。それに国外にも流れてるな。』
『わかった。私も今からそちらに行く。それと念のために手足を縛っておけ。』
『了解だ。』
「アル、すまないが私と一緒に盗賊のアジトまで来てくれ。アヤメはこのまま馬車でエドまで行ってギルドにそいつらを引き渡してくれ。」
念話を終えたセリアはアルジェントとアヤメにそれぞれ指示を出す。
「かしこまりました。」
「了解だよっ!」
セリアとアルジェントを降ろした馬車はアヤメを乗せたまま一路エドへと向かって走り始める。馬車を見送ったセリアとアルジェントはある程度、馬車が離れたのを確認すると盗賊のアジトへ転移する。
転移した先は薄暗い通路が縦横無尽に走る地下水道であった。それも状態からするとかなり昔から存在している可能性がある。
この地下水道は先程まで盗賊との戦闘を行っていた場所よりもエドの街に近い、むしろ目と鼻の先といった具合だ。しかも《オモイカネ》の探査結果によるとこの広大な地下水道の一部はエドの街の真下にまで及んでいる。エドの住民は自分達の安全を脅かす存在が足元にいるのを知らずに生活していたのだ。さらにこの地下水道は地下遺跡へと続いていた。
少し歩くと大きな部屋へと辿り着いた。そこには手足を縛れた14,5人の男女が転がされていた。
「よぉ、セリア。それとアルジェントも。お早いお着きだな。」
奥からヴェインが顔を出す。
「セリアよ。やっと来たのじゃ。」
ヴェインの声に奥からメルディナも姿を現す。
「アルもごくろうなのじゃ。」
「で、ここで寝転んでいる奴らが?」
「あぁ、そうだ。このアジトにいた盗賊だ。」
「メル、アルを攫われた女性経達のところへ。」
「アル、こっちなのじゃ。」
「かしこまりました。それでは行ってまいります。」
セリアに軽く頭を下げるとアルジェントはメルディナの後に続き奥へと消えていく。
セリアはヴェインの案内でとある部屋までやってきた。そこには盗賊が貯め込んだであろう金銀財宝が横たわっていた。
ーーー盗賊退治だけで生計が成り立つな、これは。
これが眼の前の光景に対するセリアの率直な感想であった。この世界では盗賊を退治した者にその所有権が発生する。その為、盗賊退治を専門にしている冒険者も存在するが、言うほど容易くないのが実情である。それに全ての盗賊がこれと同等の金銀を蓄えているわけではない。
「結構貯め込んではいるが・・・これは多分一部だろう。」
ヴェインはそう言うとセリアへ紙束を手渡す。それは先ほど話のあったここ最近の取引記録と顧客名簿であった。そこには報告に合った通り近隣領地の地方貴族やここ公爵領の地方貴族、商家と思しき名前、それに他国の貴族の名前が連ねてあった。
そしてセリアはある事に気が付いた。
「ヴェイン、ここのアジトはっ。」
「まぁ、そうだろうな。本拠地は別にある可能性が高い。」
ヴェインもその可能性に気が付いていた。あれだけの顧客がいる事を考えれば、貯め込んでいた量が少ない。勿論ここにある物が全て、という可能性もあるが、このアジトには商隊から強奪した物資も存在していない。攫った女性達を外国へと輸送することを考えれば、ここ以外にもアジトが存在すると考えるべきだろう。
セリアは転がされた盗賊を見た時から違和感を感じていた。盗賊の数が少ないのだ。御者の話では騎士団が返り討ちにあった事もあると。少数精鋭の可能性もあるが、自分達と戦闘をしていた20人と合わせて30人ちょっとだ。明らかに数が少ないのだ。
そんな時、《オモイカネ》から情報が入る。
『マスター、このアジトには首領であるピスコはいません。首領だと思われていたのは、名をヘッケル、影武者です。』
ーーーなるほど・・・、決まりだな。
何事もおいてもまずは鑑定と思ってはいても面倒になり、セリアは鑑定を後回しにしていた。優秀な《オモイカネ》が既に実施済みであった。
ーーー流石は《オモイカネ》さんっ!
心の中で《オモイカネ》への賛辞を述べるセリア。
『《オモイカネ》、その情報を全員に共有してくれっ!』
『既に共有済みです。』
ーーー仕事が早いな・・・。
その後、セリアとヴェインは各部屋を周り出来る限りの情報を取集して回った。最初に得られた情報以上の物は出てこなかったが、気になる物が一点あった。
地下遺跡の調査報告書。
しかもこの報告書は内容からして盗賊が書いたものではない。出所は定かではないが、強奪品に紛れていたのろう。
粗方調べ終わったセリアとヴェインの二人は攫われた女性達がいる区画へと来ていた。そこにはセリアが思っていた以上の人数がいた。ざっと見ただけでも30人以上の女性達が肩を震わせ涙に濡れていた。中には10才くらいの少女までいた。
ーーー女の敵だなっ!
セリアはその光景に怒りを覚え、壊滅させる事を決める。
「様子はどうだ、アル。」
「セリア様、皆さん落ち着きを取り戻しました。この様子であれば移送出来ると思います。」
「ヴェイン、すまないが、街に繋がっている通路の出口まで頼む。地図は《オモイカネ》から共有させる。」
「了解だ。それじゃ、行ってくるは。」
そう言うなり、ヴェインが姿を消す。
ーーーどの世界も弱者が虐げられるのは同じか・・・。
ヴェインが去ったあと、セリアは彼女らを見つめて、そんなことを思っていた。




