第四十羽. 帰還
「リリス、色々とありがとう。」
「いいえ、そんな大した事はしていません。むしろセリア様のお役に立てたのなら光栄です。」
セリア達は受け取った力を己がものにするためこの一年間、始原の迷宮に留まり鍛錬に明け暮れていた。
「老師もお付き合いいただいてありがとうございます。」
「なに、ここまで関わったからの、当然のことじゃ。それにこの年になってまだ強くなれとは僥倖。」
「それじゃ、リリス、頼む。」
「このまま帰還されると・・・ここへと飛ばされた直後になりますが、よろしいですか?」
「時間と場所を変更することは出来るのか?」
「時間はそれほど大きくずらす事は出来ません。精々、4,5分と言ったところでしょうか。当然ではありますが、過去へは不可能です。場所についてはセリア様に関わりのある場所なら大抵は問題ないかと。」
「なるほど・・・では、ここに来るきっかけになった出来事の直後で構わない。場所については・・・」
「場所についてはセリア様が思い浮かべるだけで大丈夫です。」
「分かった。では始めてくれ。」
セリア達の足元にある魔法陣が仄かに光を帯び、次第に強まっていく。その輝きが頂点に達した時、セリア達の姿は魔法陣の上から消え去る。
◇◇◇◇◇◇
目の前が暗転し、再び光を取り戻したセリアの視界には懐かしき風景が収まるはずであった・・・。しかし目の前に広がる光景はセリアの記憶にあるものとはいささか異なっていた。
セリアが転移先に選び思い浮かべた場所は自身が初めてこの世界へと降り立った浮島であった。利便性を考えれば領都ローレルにある領主邸や領都ローレル周辺が良いのだが帰還した事をムリエルに感付かれた場合に被害が出る可能性がある。その点この浮島であればその心配を考慮しなくてすむ。配慮の末にこの場所を選んだのだが、セリアが去った時と著しく風景が変わっていた。
浮島の中心に小屋があり、その周り一面を森林地帯が横たわる。ただそれだけの場所であったはずが、視界の奥には山々が、手前には草原が広がっていた。
山々の中には火山も存在してるようで山頂より微かに噴煙が立ち昇っているのが確認出来る。草原には色取取りの草花が咲き誇っていた。
そして小屋の周辺には誰が耕したのか耕作地が広がっていた。
「おぉっ、セリア様。お帰りになられましたかっ。」
声のする方にセリアが振り向くとそこには立派な髭を貯え、子供程の背丈をした者がいた。
「誰?」
思わずセリアの口から零れる言葉。セリアは自分の名前を知る目の前の存在に全く覚えが無かった。
「セ、セリア様、あれはノームです。四大精霊のうち大地を司る精霊ですっ!」
驚きの声を上げるアルジェントに皆は何をそんなに驚いて、といった顔でノームに視線を戻す。そんなセリア達を気にも留めずノームは声を張る。
「皆の衆、セリア様がお戻りになられたぞっ!」
ノームの呼び声に姿を現したのは水を司るウンディーネ、火を司るサラマンダー、風を司るシルフィードとここに四大精霊が揃い、さらには樹木や草花の精霊であるドライアドまでもが姿を見せた。
「ご帰還、心よりお待ちしておりました。」
そして全員がセリアに対して跪く。ノームだけでも慌てていたアルジェントは目の前の光景に感極まったのか震えた声でブツブツと言葉を紡ぎ始めた。普段見ることのないアルジェントの姿にアヤメを初め皆が驚きの顔で彼女を見つめていた。
「そう言ってもらえるのは嬉しいが・・・申し訳無い事に私はあなた達の事を知らないのだが・・・」
怪しい雰囲気のアルジェントを心配しつつもセリアは自身の眼の前で跪いている精霊たちに話し掛ける。
「そうでしたな。我々が目を覚ました時には既にセリア様はご出立なされた後でしたからな。」
セリアの言葉に対してノームが代表して返答する。
「それと・・・そう畏まられると話しにくい、普段通りにしてくれないか。」
「わかりました。では今の状況について話を。」
「それは場所を移してからにしよう。続きは小屋の中で話そう。」
立ち上がり説明を始めるノームを遮ると、そう言ってセリアは視線を小屋に向ける。
「承知しました。我々は先に行って準備をしていましょう。」
そう答えると精霊たちは、小屋に向かって歩き出す。
「みんなも先に行っててくれ。私はアルをどうにかするから・・・」
半分識別が飛んでいるアルジェントを見ながら苦笑交じりにセリアが声を掛ける。
「あぁ、了解だ。」
ヴェインはそう答えると小屋へと歩き始める。心配そうにアルジェントを見ていたアヤメとメルディナもヴェインに続いて小屋へと歩き始める。
---やれやれ、帰還早々にこんな羽目になるとは・・・。
「アルッ!!」
未だに放心状態のアルジェントの肩を揺すりながら呼びかけるが、帰ってくる気配が全くない。
「アルジェントッ!!!」
先程より強い口調でアルジェントの肩を再び揺すると。
「はっ、あ、あれ、私は・・・」
「やっと、正気に戻ったようだ。」
セリアは若干呆れながらアルジェントに声を掛ける。
「わ、私は・・・そうだ四大精霊に・・・」
そう言いながらアルジェントは辺りを見渡すが、自分とセリア以外に誰も居ない事に首を傾げる。
「他のみんななら既にあそこの小屋に移動している。まさか精霊を見ただけであんなに取り乱すとは。」
「唯の精霊じゃありません。四大精霊はエルフのような精霊と共に生きる種族にとって崇拝の対象なんです。しかもそんな四大精霊がセリア様に跪くなんて・・・」
再びトリップしそうなアルジェントを思い止まらせ、セリアは彼女共々小屋へと歩き始める。
小屋への道すがらセリアは《オモイカネ》からとある報告を受ける。それはこの浮島が以前より大きくなっている、というものだ。《オモイカネ》のこの報告を聞き流そうとしていたセリアは、実際の大きさを耳にして立ち止まった。
この浮島、面積にして約10万平方キロメートル。一つの国として考えば小さいのだろう。だが北海道より大きな島が宙に浮いている事を考えれば異常な事この上ない。
---こんな大きな島を私にどおしろというんだ・・・イング。
天を仰ぎながらセリアは返って来る事の無い問いを投げかける。
「セリア様、如何なさいましたか?」
そんなセリアを後ろから眺めていたアルジェントがたまらずに声を掛ける。
「いや、何でもない。皆を待たせているから急ごう。」
アルジェントへと答えてセリアは急ぎ早に歩き出す。その後をアルジェントも遅れずに歩を進める。
セリアとアルジェントが小屋へと着くといつでも始められる準備が既に整っていた。用意された席へとセリアが座るとノームが口を開く。
「改めて、わしはノーム。四大精霊のうち大地を司る精霊だ。」
そう言って自身の事を語ったノームに続き、ウィンディーネ、サラマンダー、シルフィード、ドライアドと順に自己紹介を進め、こちらも順に自己紹介を済ませていく。
そして次は当然と言えば当然だが、何故この浮島に精霊たちが居るのか、という話題になる。
精霊達曰く、自分達はこの浮島の生活環境を整え、セリア、そしての眷属達が十分な生活を送れるよう手伝いする、というのが役目なのだそうだ。
四大精霊は環境への干渉力が他の精霊と比べるとはるかに強いらしい。とは言えこの広大な土地を目の前にいる精霊だけで出来るのだろうか。そんな疑問をセリアが抱いていると。
「セリア様、お願いがあります。」
ノームが真剣な眼差しをセリアへと向ける。そして他の精霊達も同様の眼差しをセリアに向けてくる。
「な、内容にもよるが、聞くだけ聞こう。」
その迫力に押されたセリアは少々どもりながらノーム達に答える。
「それで、そのお願いとは何だ?」
「ここである程度の生活、というだけなら問題ないと思っています。ただそれでは文化や習慣が生まれない。我々の中でそういった考えが出ています。」
一旦言葉を区切ったノームはセリアをじっと見つめて口を開く。
「ここへの移住者を探して頂きたい。」
真剣な眼差しを向けてくるのでもっと大事かと思っていたセリアは、その内容に肩透かしを食らっていた。
ーーーそんなこと・・・?
「セリア様、いまそんな事とお思いなりましたね。よく考えてみて下さい。このような辺鄙な、しかも遥空の上にある島に誰が移住したいと思いますか?」
セリアの考えを読んだかのようにシルフィードを初め他の精霊達から厳しい発言が飛び交う。
ーーー確かに好き好んでは来ないよな・・・。とは言え精霊達の言う通りここへの移住者を見つけるのは一朝一夕ではないな。
「わかった。そう簡単には行かないと思うが、折につけ探してみよう。」
「なぁ、セリアよ。一つお願いがあるのじゃっ!」
話が一段落したところで、メルディナが声を上げた。
「構わない。だた場所はノーム達と相談してくれ。」
「妾はまだ何も言っていないのじゃ。」
「言わなくとも察しが付く。どうせここに屋敷を建てさせてくれ、だろう。」
「さっすが、妾のセリアなのじゃ。まさに以心伝心。」
「メルの・・・ではないがな。ここに建てるは構わんが、すぐに出立するぞ。」
「ここに住まんのか?」
「先に話した通りここは外界と連絡を取る手段が一切ない。ここを生活の拠点にしたらギルドとのやり取りが大変だろ。まぁ、地上でも家を買うつもりでいるから、こことの行き来はそれから考えよう。」
「しょうがないのぉ。それで手を打つのじゃ。」
「という事で来て早々ですまないが、一休みしたら地上に向けて出発しようと思う。」
ノーム達精霊に直ぐに出立する旨を伝えると。
「我々もここに長期間逗留して頂けるとは、初めから思っておりません。時々で良いので帰って来ていただければ・・・それで構いません。」
「・・・あぁ、わかった。そうするよ。」
「ただお立ちになる前にして頂きたい事があります。」
「・・・一体何を?」
「それは名付けです。この島と・・・我々の。」
「島は分かるけどノーム達も?」
「はい、ノームやウィンディーネはあくまでも種族名みたいなものです。ですので個を識別がするために名前を頂きたいと思っています。」
「・・・考えておこう・・・あまり、期待するなよ。」
「はい、よろしくお願いします♪」
精霊達は嬉しそうな返事をすると、そのまま自分達の仕事へと戻って行く。
セリアが名前を考えている間にアルジェント達は近くを散策するなりとのんびりと時間を謳歌していた。
他の者がのんびりと過ごす中、セリアは一人命名に悪戦苦闘していた。そしてやっとの事名前を考え出した時には、遠くが赤く染まり始めていた。
結局、セリア達はこの浮島に一泊して地上へと向かう事になった。
その夜、食事の前に名前を発表と相成った。浮島の名前は”ラピュタ”、そしてノームは”コハク”、ウィンディーネは”ルリ”、シルフィードは”スイ”、サラマンダーは”クレナイ”、ドライアドは”メノウ”。セリアとしてはそれなりに良い名前を考え出せたのではと思っている。
発表した直後はきょとん、とした表情をしていたが自分につけられた名前を嚙みしめ満天の笑顔をセリアへと向ける。
「ありがとうございますっ!」
一斉にしかも声の揃ったお礼の言葉にセリアも何か胸の熱くなるのを感じた。
ーーー気に入ったようでなによりだ・・・。
「ところで、島の名前のラピュタには何か意味があるのか?」
精霊達が嬉しさのあまりはしゃいでいる中、ヴェインが島の名前について由来を尋ねて来た。
「そんな大した意味はないな。私がいた世界のとある冒険物語に出てくる空飛ぶ島の名前だ。そこから拝借しただけだよ。」
「そんだけ?」
「そうだが、何か?」
「いやぁ、セリアの事だから何か色々とあんのかと思ったのだが・・・」
この話を聞いていたアルジェントやアヤメも話に広がりをが無いとわかると聞き耳を立てるのを止めていた。
「私だってこういった名の付け方もするさ。」
この後も他愛もない会話で賑やかな夜が更けていった。
明くる朝・・・では無く、もう陽が中天へと差し掛かろうとする昼時に行動を開始することになった。精霊達による歓迎の宴が昨晩行われたわけだが・・・ヴェインはいつもの事なのだが、今回はアルジェントやアヤメも二日酔いで青白い顔をしてる。そんな事もあり出発がこの時間になったわけである。
精霊達に見送られたセリア達は事の発端となった常世の森にある遺跡を再び目の前にした。現実の世界ではつい昨日の出来後事だが、セリア達にとってはかなり昔の出来事であり、懐かしさすら感じられた。
周囲には獣の気配がちらほら感じられるが、魔物の気配は一切感じられず静けさが漂っていた。
「それでは、わしはこの辺りでお暇させてもらおうかの。」
「サジのじいちゃ、本当にこれでお別れなの?」
「嬉しいことを言ってくれるの、アヤメ嬢ちゃん。わしにも色々とやることがあるからの。一時のお別れじゃ。」
そう言ってサジはアヤメの頭を優しく撫でる。
「セリア殿やアルジェント殿には大変世話になった。」
「老師に会えなかったらあの迷宮で早々に死んでたでしょう。それを考えればこちらこそ感謝しかありません。」
「そう言ってもらえてなによりじゃ。」
サジはそう言って自身の腕にある腕輪を外し、セリアへと渡す。
「もうこの腕輪は必要ないからの。」
「では、代わりにこの腕輪を受け取って下さい。」
セリアはサジから腕輪を受け取ると代わりに別の腕輪をストレージから取り出しサジへと渡した。
「この腕輪は多少のステータスを向上させますが、メインの機能は念話です。何かあれば連絡下さい。」
「これは便利な物を。ではありがたく頂いておこう。」
手にした腕輪を嵌めながらサジはヴェインへと顔を向ける。
「ヴェイン殿、少ない男仲間楽しかったぞ。」
「あぁ、俺も楽しかったよ。じいさん、息災でなっ!」
「それから、師よあまりセリア殿に迷惑をかけないようにしてください。」
「妾がいつセリアに迷惑をかけたのじゃっ!」
「またいつか。」
メルディナが言い終わらないうちにサジは一言残してその姿を消した。
「さて、私達も帰ろうか。」
暫く空を見上げていたセリアが皆を促す。
皆が思い思いの返事をすると領都ローレルへと歩き出した。
◇◇◇◇◇◇
セリア達が帰還を果たし、精霊達との邂逅を楽しんでいる頃。
飾り気の無い広々とした部屋に黒衣を纏った者が目の前にある祭壇に跪き黙禱を捧げいた。祭壇には所々欠けた宝玉が鎮座しているのみであった。
その者の後ろから足音が次第に近づいてくる。
「戻りましたか。」
自身の後ろで立ち止まった者が誰であるかを分かっているのか、一言発すると立ち上がる。
「あぁ、それにしても最悪だ。折角の俺の玩具が壊された。本当に腹立たしい。」
「ムリエル、そんな事は聞いていません。実験はどうでした。」
「そんな事とは、酷い言い草だな。そっちの件は概ね問題無いだろう。途中で邪魔者が入ったがな。それより我らにとって喜ばしい報告がある。」
そう言ってムリエルは懐からある物を取り出した。彼の手に握られていたのは赤く輝く何かの欠片だった。
「おぉ、我らが女神の欠片がまた一つお戻りになられた。」
その欠片を目にした黒衣の者は歓喜の言葉を述べ、欠片に向けて恭しく頭を垂れる。
それに答えるかのように欠片は明滅し始める。そして何かに引き寄せられるようにムリエルの掌からを離れていく。その行き着く先は祭壇で赤く輝く宝玉。宝玉へと欠片が吸収されると所々欠けていたその一部が復元されていく。
失われたいた一部が再び戻ってきた事に歓喜しているのか宝玉はひとたび輝きを放つ。
「我らが悲願まであと少し・・・」
「それじゃ、俺はこれで失礼する。」
「ムリエル、一つ伺いたいことがあります。」
黒衣の者が用件を済ませ立ち去ろうとするムリエルを呼び止める。
「まだ何か用があるのか?」
「先程、邪魔者が入ったと言いましたが、障害に成り得そうですか?」
「それは心配ないだろう。何せあそこに放り込んでからな。」
「そうですか・・・」
「そんなに心配なら、お前が確認してきたらどうだ・・・マルキダエル。」
「いえ、あなたがそう言うのなら大丈夫でしょう。」
「そうか・・・じゃ、俺はもう行くぜ。」
一人静に宝玉を見つめるマルキダエルの胸には一抹の不安が過っていたが、それを振り払い自身も己が役目を果たすためその場を後にした。
これにて第二章始原の迷宮編が終わりとなります。
当初はもう少し短い予定でしたが、気が付けば25話とりました。
ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
次は第三章日常編をお届けする予定です。
お付き合い頂ければ幸いです。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




