第三十九羽. 神話という名の昔話
約束の日、セリア達は宴を行った部屋に在った。その部屋にはセリア達6人の他にベルゼビュートにエストリエ。
そして遅れる事数分、一人の女性が姿を現す。その女性は艶やかな漆黒の髪を腰の辺りまで伸ばし、黒を基調としたドレス姿を身に纏纏っていた。そして見る者を釘付けにするような何かを醸し出していた。
「皆様、遅れて大変申し訳ございません。少々支度に手間取っておりました。」
そう言って恭しく頭を垂れるその女性の姿は名工が苦心の果てに生み出した美術品の様に気高く美しく、そして見る者を魅了した。
「リリスと申します。以後お見知りおき下さい。さて、皆さんお揃いのようなのでさっそく本題に入ろうと思います。本来であればこの迷宮の管理者から説明が行われるべきところなのですが、私、リリスが説明させていただきます。」
「リリスさん、それはここでの出来事に対する質問に答えて頂けると考えて良いですか?」
「その問いに対しては、はい、とお答えします。ですが全てではない事を予めご了承ください。それとセリア様、私に対して敬称は必要ありません。質問にお答えする前に皆さんに聞いて頂きたい話がございます。それは遥かな昔に私を含めた神々の間で起こった出来事。皆様にとっては永い時をかけて紡がれた神話や伝承に類するような話です。中には紡がれる事なく消えて行った話も含まれております。そしてそれが皆さんの疑問を解く一助にもなるでしょう。」
そしてリリスと名乗る女性の口から紡がれる昔話にセリア達は静かに耳を傾ける。
彼女の話は神々の住まう地であるエリシオンの創世から始まった。
始まりなのか、もしく何かが終わった後の残滓なのか、そこには何も存在せず、ただ混沌が揺蕩う場所であった。微かな揺らぎは次第に混沌を凝集させ、幾つかの世界を生じさせた。
そしてその中の一つに降り立つ者があった。その者はそこに大地と空と海を造り、自分の似姿の生き物を創造した。創造された生き物達は、自分達の住むこの世界をエリシオンと名付けた。
これが人の間で紡がれる神話・伝承において神として崇められる者達の始まりである。
自分達を創造した存在を創造神として彼らは崇め奉った。創造神の加護の下、自らも数多の生物を創造し、多種多様な生物が住まう地とそしてエリシオンはその繁栄を極め、徐々に創造神の手から離れていく事になる。
そんな中、創造神はある一つの決断を下す。
それはエリシオンとは別に新たな大地を創造する事だった。そこをフェニスティアと名付け、自身の似姿の生物を再び創造した。だが以前とは異なるの事があった。それはその生物達が不完全であるという事。不完全が故なのかフェニスティアの生物は進化の過程で自然発生的に種を増やし、エリシオンとは全く異なる繁栄の路を往くことになる。
そしてこれが全ての始まりとなる。創造神が何を考え、何を思いフェニスティアを創造したのか誰も思いを馳せないままエリシオンは崩壊への序曲を奏で始める。
悠久の時を経てもエリシオンの栄華は変わらずそこにあった。そんな繁栄の陰でエリシオンに住まう者達はフェニスティアに住まう者達を能力の低さから”紛い物”と見下し、自身を神と称するようになっていく。そして自分達を神と称する者達は築き上げた栄華が普遍であり、失う事など無いと誰もが信じて疑わなかった。その傲慢さは同じエリシオンに住まう者達の間でも格差を生み、その不満はエリシオンの繫栄の陰で火種へと形を変えていった。そしてこの平和な時はそれを成長させるには十分過ぎる程の時間であった。
そして突然、それは起こった。ティターン神族による蜂起。
繫栄を成す中でエリシオンには多様な種族が共生していた。その中でも巨人族と呼ばれる種族の筆頭がティターン神族である。ティターン神族はエリシオンにおいて古くから存在する種族で、その出自は十二神の一人である地母神ガイアと言われている。ガイアは神々の母と呼ばれる程に数多の神を産み落としている。
ティターン神族の蜂起は今まではっきりと表に出ていなかった問題を顕在化させた。エリシオンには大小様々な神族が存在するが、神族間には暗黙ではあるが明確な格差が存在している。それがティターン神族の蜂起という形で表に出たのである。
エリシオンで始めて起こった神同士の戦いは十二神の半数、神々の3分の1を失うという形で終結を迎える。
この反乱で生き残ったティターン神族はタルタロスへと幽閉される事になり、永遠とも言える責め苦を負う事になった。
「これで一幕が終了となります。」
リリスは話を区切るとセリア達の顔を見渡して。
「ここまでで、何か聞きたい事があれば仰って下さい。」
「は~~いっ!」
リリスの言葉にアヤメが勢いよく手を上げる。
「何でしょうか。アヤメさん。」
「今まで話でどれ位の時間が経過してるの?」
「・・・そうですね。私にもわかりません。」
「えっ!!」
「そもそも創世の御世において私は存在していませんし、この辺りの話はまた聞きですから。」
「そっか。じゃ、もう一ついい?」
「どうぞ。」
「話の中で出て来た十二神って?」
「そう言えば、語っていませんでしたね。十二神とは、エリシオンを管理、統括するために選定された十二人の事を言います。その内十一人は創造神によってその命を授けられた者達。そして残りの一人は創世の御世に外界より流れ着いたと言われています。名を神龍ミドガルズオルム。この世界へと受け入れる代わりに世界の守護を創造神と約束したと言われています。」
「俺からもいいかな。」
「ヴェインさんでしたね。どうぞ。」
「タルタロスっていうのは今でもあるのか?」
「えぇ、存在していますよ。」
「という事はティターン神族ってのは今でもその中に?」
「私を含め神と自称する者達は不死ではありません。寿命は存在しますが、皆さんから見れば永遠と言っても過言ではない程の永い時です。外的要因が無ければ、ほぼ死なないと思ってください。ですから、責め苦に耐え抜いている者達は今でもタルタロスの中で生きている事でしょう。」
「で、タルタロスが開かれることはあるのか?」
「ない・・・とは言い切れません。」
「まぁ、俺の生きている間に開かれない事を祈るのみか。」
「他になにかありますか?」
何も無いことを確認したリリスは続きを語り始める。
ティターン神族の反乱は幾つかの事をエリシオンに齎した。それらは今まで薄かった神同士の繋がりが強まったなどの良い面もあったが、総じてエリシオンに暗い影を落とすものであった。最たるものが各地での反乱。これはティターン神族の蜂起により半数を失った結果、12神の権威が失墜した事による。12神の威光だけでは募った不満を押さえる事が出来なくなっていた。
さらにはエリシオン各地で異形の魔物が発生するようになった。魔物の発生頻度、個体数は徐々に増加し、エリシオンに住まう者たちの生活を脅かし始めた。
そんな中、今までその姿を見せる事がなかった創造神が、何の前触れも無くその姿を12神の前へと再び現した。そしてその傍らには小さな少女の姿が。その少女はうさぎの耳、褐色の肌と創造神によって産み落とされた他の神々と比べると異質である事は間違いなかった。
この後に神を狩る神として名を馳せる事に女神アルテナの幼き姿である。創造神が何を考え何の意図があったのかそれは分からないが、これがアルテナという女神が初めて世に登場した瞬間であった。
時が経ち、成長したアルテナはまさに美の女神と呼ぶに相応しい容姿を備えていた。その一方で武勇においてもエリシオン中にその名が轟いていた。各地で起こる反乱の鎮圧、異形の魔物の退治を先頭に立ち行っていたのがアルテナであった。そんなアルテナを戦いと美の女神と呼ぶようになって行く。
そんな戦い漬けの日々を送るアルテナではあったが親友と呼ぶような間柄の女神が居た。それが女神エリニュス。彼女は創造神によって産み落とされた神と言う訳ではないが、大地母神ガイアの第一子であり、永き時を生きる神の一人であった。本来ならそこに上下関係が発生するのがだ、妙に馬が合うのか親友という間柄になるのにそう時間はかからなかった。
長らく空位であった12神の座にエリニュスの名を見た時、アルテナは自分の事の様に喜び、尊敬の念を彼女に抱いた。だがアルテナの純真な思いは程なくして砕け散る事になる。
新たな十二神のもとでエリシオンの復興が一段落し、再び安寧が訪れると思っていた矢先、神々の三分の一を引き連れエリシオンへと仇名す神が現れた。それはアルテナの親友でもあり、新たな十二神の一人でもあるエリニュスであった。
エリシオンに住まう多くの神々がフェニスティアに住まう人について良く思ってはいなかった。復興を果たしたとは言え未だ傷跡が見えるエリシオン、片や肥沃な大地、美しき彩を見せるフェニスティア。自分達の眷属がそこに住むべき地であり、自分達を模したに過ぎない紛い物には過ぎたる物という考えが蔓延していた。
それの代表格がエリニュスであった。彼女はティターン神族の蜂起だけでなく、度々起こっていたほぼ全ての反乱に関り、裏で糸を引いていた。このエリニュスの反乱はエリシオンにかつてない程の衝撃を与え、混乱を招いた。だがこの反乱は早々に鎮圧される事になる。
エリニュスの前に立ちはだかったのは親友であるアルテナあった。アルテナとその眷属は圧倒的なまでの戦力差を跳ね除け反乱を無事に鎮圧する。反乱に組した者の殆どがタルタロスへと幽閉されたが、エリニュスとその直属の部下については別の場所へと幽閉される事となる。それは十二神でありながら反乱を起こした罪の重さを考えた結果であった。そしてそこは神々をも凍らせる永久凍土が広がる場所、コキュートス。
この戦い以降、アルテナは神を狩る神、神狩りと呼ばれる事になる。そしてその眷属を神狩りの一族と。
この一連の騒動はエリシオンでのアルテナの地位を上げる事になったが、その一方で神を狩る力を危険視する一団の台頭を招くことになった。
平和を取り戻したエリシオンに驚愕の報せが齎された。エリニュスがコキュートスより姿を消したという報せが。
程なくして再びアルテナの前に姿を現したエリニュス。その姿は嘗て美の女神と謳われた秀麗な容姿は見る影もなく、その顔は憎悪に歪み、血走った目は世界全てに敵意を向けていかのようであった。堕ちた女神、邪神エリニュスのその姿にアルテナすらも忌避感を抱いた。
エリニュスの脱獄も含めて裏で糸を引く者達が何者なのか、攻め入ってきた軍団を見て一目瞭然であった。エリニュスの背後には邪神の軍団が配されていた。混沌から造られた複数の世界、その中の一つに住まう者達がこの邪神と呼ばれる一団の正体である。度々エリシオンでも観測されていたが、ここまで大規模での進行は初であった。
激闘の末、エリニュスを打倒したアルテナではあったが、自身も力を使い果たし満身創痍な状態であった。そこを仲間であるはずの神の凶刃でアルテナもその命を散らすことになる。そしてそこからエリシオンと神狩り一族との内戦へと様相を変えていく事になる。
内戦は双方に甚大な被害を齎し終結に至る。そこに至るには12神、特に神龍ミドガルズオルムの尽力により、ようやく矛を収めるに至ったのである。
内戦の元凶を造った者の名をユダ、12神の一席にその身を置く彼の者には極刑が言い渡された。そして神狩りの一族はエリシオンから姿を消した。
この戦いで生き残った者達の殆どがエリシオンを去りフェニスティアの地を踏む決断を下し、ここに栄華を極めたエリシオンの歴史に幕を下ろす事になる。
「これで、昔話は終わりになります。」
「終わりって、疑問を解決する話が無いよっ!」
「あくまでも、疑問を解決するための基礎知識ですから。」
アヤメのツッコミを軽く流しながらリリスは話を続ける。
「とはいっても、アルテナ、エリニュスと今に繋がるワードが出て来ていますよね。」
「リリス、話の中でエリニュスは死んだとなっているが、ゾディアックは何をなそうとしている?」
セリアの質問に軽く目を瞑ったリリスは、静かに話始める。
「確かにエリニュスの身体は消滅しました。ですが消滅の間際、エリニュスの力が砕け散りフェニスティアへと降り注ぎました。砕け散った欠片がどれほどの数になるかはわかりませんが、ゾディアックはそれを集め、エリニュスを復活させる事を目的としています。そして欠片は人の身体の中に存在しています。おそらくですが、話を伺う限りアヤメさんの中にも存在していた可能性があります。」
「あともう一つ、話の中のエリニュスに従っていた者達というのはゾディアックの事なのか?」
「はい、とも、いいえ、とも言えます。現在のゾディアックの殆どがその魂を引き継ぎ転生した者達です。そして転生せずに今まで生き延びている者が数名います。」
「私からはこれくらいだ。」
「セリア様、アルテナについてはよろしいのですか?」
「気にはなるが、何となく必要が無い気がしている。」
アルジェントの問いかけにセリアは何と無く感じていること思いをそのまま素直に口にした。
「セリア、この迷宮についてはいいのか?」
「私がしなくても誰かがするだろう。」
「まぁ、そうだが・・・じゃ、俺がするは。」
「リリスさん、この迷宮は何の為にあるんだ。そして俺たちが最後に戦ったのは何者だ。」
「この迷宮は本来はアルテナ様の霊廟でした。その為に創造神自らが造った物です。その後アルテナ様の眷属がフェニスティアと渡り神狩りの一族を再興した際に試しの場として使用するようになりました。その際に元々アルテナ様の使徒であった私達が管理の名目でこの迷宮を拠点しています。そしてアルジェントさん、アヤメさん、ヴェインさんが戦った者達は戦いで亡くなった使徒です。死してなお自身の力を託すと言う思いだけで悠久の時をこの中で存在していました。彼らの思いと力をどうか継いで下さい。」
「リリス様、私からもよろしいでしょうか?」
「構いませんよ。アルジェントさん。」
「イフリートのいる階層に降りる際に第一区画と言う名が出てきました。ここには何区画まであるのでしょうか?」
「全部で何区画まであるかはお答えする事は出来ません。ただ第一区画が試練の場、第二区画が修練の場、とだけお答えします。」
「他にはありますか?」
「質問ではないけどいいかな?」
「どうしましたか、アヤメさん。」
「いや、話を聞いていて思ったんだけど、僕らと一緒だな・・・と。」
「どのあたりで、そう感じられたのでしょう」
「ティターン神族の話についても、その後のエリニュスにしても僕らの世界の人間同士の争になんとなく近いな、と思ったんだよね。」
「なるほど・・・、そうですね。先にも述べました私達の寿命は皆さんと比べれば永遠ともいえるものです。また単純の力をとっても比べるまでもないしょう。それでもその本質は皆さんと何も変わりません。人を愛し、家庭を持ち、人との関わりに一喜一憂する。時には他者を妬み、嫉み争いを起こす。」
一旦言葉を区切ったリリスはセリア達の顔を見渡すと、冗談めいた口調で苦笑交じりに口を開く。
「ね、皆さんと変わらないでしょ。」
再度セリア達を見渡して、何も声が上がらない事を確認すると。
「では、この場はお開きとしましょう。ベルゼビュート、皆さんを案内して下さい。」
「かしこまりました。」
ベルゼビュートに続いて部屋を退出しようとしたセリアにリリスから声がかかる。
「セリア様、少々時間をお願いします。ご案内したい場所がございます。」
「みんなは先に行っててくれ。」
◇◇◇◇◇◇
リリスに案内された場所はヒンヤリとした空気が漂う石造りの部屋であった。
「ここが第零区画、アルテナ様の霊廟でございます。」
「私を何故ここに。」
「お会いして頂きたいからです。」
「会う・・・、アルテナと?」
「はい、さようです。」
---遥かな昔に亡くなった人物と・・・。アルジェント達が戦った相手も同時期に亡くなった人物である事を考えれば、何の不思議もないという事か。
セリアが思いにふけっていると目の前でぼうっと何かが光だす。それは徐々に大きくなり次第に人の形を取り始める。そしてセリアの眼の前には自分のそっくり存在が現れる。それを目の当たりしてセリアの脳裏に窮地の際に何度か助けられた事が浮かび上がる。
「初めまして、というべきかな。もう分かっていると思うが私がアルテナだ。その身体の元の持ち主だ。」
「初めまして、セリア・ロックハートだ。有難くこの身体を使わせてもらってるよ。」
「それは何よりだ。ここに来てもらったは、君に渡したいものがあるからだ。」
そう言って差し出したアルテナの手には何か光る物があった。
「これはセリア、君の能力の幾つかを解放と私の持つ経験、知識を含む能力の譲渡、後は龍の因子が込められている。」
「龍の因子?」
「詳しくは君のスキルである《オモイカネ》に尋ねてくれ。さてこれで私の用事が済んだが・・・再び君はここを訪れる事になるだろう。その時に何故君がこの世界に渡り、私の身体なのかを語ろう。聞きたければ・・・だがね。それと今聞きたい事があれば可能な限り答えるよ。」
セリアはアルテナの手に自身の手を重ねながら口を開く。
「では、一つ。この身体に戻りたくはないのか?」
「そんな事か・・・今の私はただの情報体みたいなものだ。そんな感情は持ち合わせてはいないよ。一つ要望があるとすれば、私の身体を継いだ君には楽しく、後悔すれどただ前を向き生き抜いて欲しい、といった処かな。そう、二つになってしまうけど・・・私の眷属もよろしく頼む。」
「あぁ・・・わかった。」
セリアの返事に微笑むアルテナ。
「さて、もうそろそろ時間だ。最後に、セリア、君とは全く関係の無い因縁に巻き込んでしまい申し訳ない。」
タイムオーバーを告げるアルテナの言葉にその身体が徐々に消えて行った。
ーーーそれでも、大いに楽しんでいるよ。そして・・・
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




