第三十八羽. 一時の休息
全ての戦いを見届けたメルディナは嘗ての仲間に対して哀悼の意を表して黙祷を捧げていた。
---カリス、アグニ、マリーチ、お前たちには感謝の言葉しかないのじゃ。もし妾がそちらに行った時には一杯酌み交わすのじゃ。
そんなメルディナの思いに反応するかの様に彼女の心に語りかけてくる者達がいた。
---そんな事より、今の所有者を全力で支えて下さい。
---こっちには暫く来るなよ。
---まだまだそっちで楽しむ事が沢山あるでしょ。
3人の思い思いの言葉にメルディナも自分なりの言葉を投げかける。
---そうだな、妾もまだまだそちらに行くつもりはないしの。まぁ、セリアの事は妾に任せるがよいのじゃ。そしてサヨナラ・・・なのじゃ。
黙祷を終えたメルディナの眼には迷いが消え、晴れやかな顔になっていた。
「メルディナ様、お三方を迎えに行ってまいります。」
黙祷が終わる頃合い待ち、ベルゼビュートがメルディナに声を掛ける。
「おぬしはセリアを頼む。あの3人の所には妾が行くのじゃ。妾の方がアル達も変な警戒心を持たずにすむのじゃ。」
「承知しました。では、エストリエをお連れ下さい。」
「サジよ、おぬしもついて来るのじゃ。まぁ、ここに居たいのなら無理について来る必要はないのじゃ。」
居心地の悪さを感じていたサジは二つ返事で同意し、メルディナの後に続きアルジェント達を迎えに行った。
「さて、私も準備を始めますか。」
一人残っていたベルゼビュートもその姿を消す。
◇◇◇◇◇◇
アルジェント、アヤメ、ヴェインが元居た場所、イフリートと対峙した空間へと戻ってきたの時間的に殆ど差が無かった。だが様相には大分差があった。ヴェインは戦闘自体こなしていな事もあり無傷で服装も綺麗なままであった。だが、ヴェインとは対照的にアルジェントとアヤメは装備はボロボロ、満身創痍でその場に現れた。さらにアルジェントに至っては気を失っていた。
しかも横たわるアルジェントはアヤメとヴェインが自分の眼を疑うほどの変化がその身体に起こっていた。二人がアルジェントに出会った時は既に肌の色は褐色であった。当然ながらそれ以前の白磁のような綺麗な白い肌をしていた頃のアルジェントを二人は知らない。髪の色こそ銀色のままであるが、肌の色がセリアと出会った直後の白い肌に戻っていた。むしろその時より透き通った肌は今まで以上の美しさを醸し出していた。その姿はまさに眠り姫さながらであった。
いっこうに目を覚まさないアルジェントに気を揉みながらも脱出への足掛かりを探す二人に今まで姿を消していた人物から声がかけられる。
「思った以上に大丈夫そうなのじゃ。」
その人物とは見た目は幼女でアヤメよりも年下に見えるが、永い時を生きる自称吸血鬼のメルディナであった。そしてその後ろにはアヤメ達の師でもあるサジの姿もあった。
「あっ! サジのじいちゃん。それにメルも。」
二人の姿を見つけ駆け寄るアヤメに対して。
「メルも、とは何なのじゃっ! 妾はついでかっ!」
怒鳴るメルディナを全くと言っていい程気にしていないアヤメ。そんな二人を大人組であるサジとヴェインはやれやれといった顔で眺めていた。そしていつもの雰囲気が少しではあるが戻ってきた事に安堵感を抱いた。
「メル、後ろにいるのは何者だ。」
メルディナとサジの後ろに控えている執事服に身を包んで女にヴェインは言いようのない感覚を抱いた。これまでの戦いでレベルアップしたからこそ気が付く相手の強さに必要以上の警戒心を抱いていた。
「ヴェインよ、そう身構える必要はないのじゃ。まぁ、見知らぬ者を見て警戒心を抱くのも分からんではないがな。」
自身の言葉で渋々ではあるものの警戒心を解くヴェインの姿を確認したメルディナは後ろに控える女について紹介し始めた。
「彼女の名はエストリエ。妾の古い知人みたいなものかの。詳しくは後で話すとするのじゃ。」
一歩前へ出ると恭しく頭を垂れ、エストリエは一言挨拶を重ねる。
「紹介に賜りました。エストリエです。以後お見知りおきを。」
「まずは、移動じゃな。エストリエよ、すまんがアルの事を頼むのじゃ。」
「承知しました。」
メルディナの言葉で速やかにアルジェントを抱え上げるエストリエ。
「では、私の後に付いてきて下さい。」
歩き始めるエストリエの後に続いて歩くメルディナとサジの姿にヴェインは拭えぬ猜疑心を仕舞い込み、自身もその後に続いて歩き出した。
アヤメはと言えばそうそうに駆け出し、抱き抱えられたアルジェントを心配そうに横から眺めていた。
一同が通された部屋はいたってシンプルな内装ではあるものの小奇麗な部屋であった。いうなれば応接室といった処であろう。部屋の隅にはアルジェントの為に急遽用意した事をうかがえる寝台があった。その寝台にアルジェントを横にするとエストリエはメルディナ達に席を勧める。
「皆様、自由にお掛け下さい。じきにセリア様もここにいらっしゃいます。」
エストリエはそう言って一礼すると部屋を後にした。残された者達の間を支配した一瞬の沈黙を打ち破るようにアヤメが口を開く。未だに目を覚まさないアルジェントを見つめながら。
「メル、アルねえが起きない原因・・・分かる?」
今にも決壊しそうなその眼を見ながらメルディナはそれを払拭する言葉をアヤメへとかける。
「凡その見当はつく。まぁ、心配せずとも大丈夫なのじゃ。そのうち目を覚ますであろう。」
メルディナの言葉にアヤメは胸をなでおろす。普段はちょっとした事で喧嘩をするがアヤメはなんだかんだ言ってメルディナを信頼していた。
「それはそうとメル、俺たちが試練を課されている間、何をしていたんだ。あのエストリエと一緒に現れた、という事は違うんだろう。」
「察しの通り、妾とサジは別室でおぬしら3人とセリアの戦闘を観戦していたのじゃ。セリアもそうだったが、おぬしらの戦いも十分に凄かったのじゃっ! まぁ、ヴェインは・・・少々派手さには欠けたが、良い戦い?だったのじゃ。」
「確かに、俺の場合、嬢ちゃん達と違って鬼ごっこだったからな試練は・・・」
「それでもあの場合は戦闘という手段を取るよりも良かった事は間違いないのじゃ。」
「それはどうして?」
「アルとアヤメは戦闘スタイルとしては盾役、攻撃役と違いがあるが、基本的には戦闘がメイン。一方、ヴェインは戦闘もこなすがメインは斥候や潜入といった諜報。それを考えればヴェインの試練である鬼ごっこは適していた、という事なのじゃ。」
「ふぅぅん、そうなんだ。」
「嬢ちゃん、自分から話を振っておいてあまり興味がなさそうだな・・・」
その後もお互いの試練の事で話に花を咲かせていると、部屋の扉を開ける音に話が一時中断された。
「あっ、セリアねえ!」
そこから現れた姿にアヤメはその者の名を零し駆け寄るとそのまま抱き着いた。
「どうしたんだ、アヤメ」
抱き着いてくるアヤメを受け止めたセリアは彼女を頭を撫でながら問いかけると。
「うぅん、何でもない。ただ・・・なんとなく・・・」
顔をセリアの身体にぐりぐりっと押し付けて小さな声で答えるだけだった。しばらくそのままでいたアヤメが顔を上げるとそこには薄っすらと涙の跡があった。
「落ち着いたか。」
「うん、セリアねえ、ありがとうっ!」
そう返事をしたアヤメの顔はいつもの元気溢れるものへと戻っていた。
「それと・・・アルねえを診て欲しいんだ。」
アヤメはセリアの手を引いてアルジェントが横たわる寝台の脇へと連れてくるとメルディナに尋ねた事と同じことをセリアにも尋ねた。
「メルは大丈夫、そのうち目を覚ますだろうって言うんだけど・・・それでも心配で・・・」
アルジェントを見つるアヤメの横顔は先ほどまでの元気が陰り、曇天のようであった。
「アヤメは優しいな、メルがそう言ったのなら大丈夫だ。彼女はそんな事で嘘はつかないさ。それにもうそろそろ目を覚ます。」
ころころ変わるアヤメの顔を少し面白いな、などと不謹慎な事を思いながらアヤメの頭を優しく撫でていると。
「うっ、うぅぅん・・・」
アルジェントから零れる声に一同の視線が彼女に集まる。目を覚ましたアルジェントの姿に安堵したのかアヤメの眼がしらから涙が零れ落ちる。
薄っすらと目を開け、周りを確認するアルジェントにアヤメが泣きつく。
「ア、アルねえ、ほんとに心配したんだからっ!」
「アヤメさん、心配をかけてすみませんでした。」
自分の胸で泣きじゃくるアヤメの頭を優しく撫でながら、アルジェントは優しく声を掛ける。そして自分に視線を注ぐ周囲にも言葉をかける。
「皆様、ご心配をおかけしました。」
「アルジェント殿、無事に目を覚まされてなによりじゃ。見てわかる通りアヤメ嬢ちゃんの気が気でない様子を見ているこちらもしんどくてな。」
「確かにな。」
サジの言葉に同意しながらヴェインは今も泣きじゃくるアヤメを見守っていた。
暫くして落ち着きを取り戻したアヤメはぐしゃぐしゃになった自身の顔を拭いながら皆が躊躇して口に出せなかった話題に知らず知らず切り込んだ。
「本当に心配したんだよ。目の前に姿が現れたと思ったら気を失ってるし、肌の色も白くなってるから・・・」
アヤメの言葉にアルジェントはガバッと起き上がり、そののままふらつきながらも立ち上がった。アルジェントの心臓は早鐘を打つように鼓動し、未だにぼーっとしていた頭は鈍器で殴られたような衝撃に襲われた。
ふらつく足でセリアにしがみつくアルジェントをゆっくりと座らせると、セリアはストレージから出した手鏡をアルジェントへとそっと手渡す。
手渡された手鏡を恐る恐る覗き込むアルジェントの視界には嘗ての自分の姿が映っていた。奴隷という境遇で生きる事を諦めた、あの頃の自分の顔が・・・。
手から零れるように落ちた手鏡は割れ砕け、顔を覆って泣き叫ぶアルジェントの慟哭が部屋を埋め尽くしていった。
アルジェントが取り乱す事を始めて目の当たりにした一同は、視線をセリアへと向ける。そして肌の色の経緯を話し始める。
「アルは元々金髪に白い肌をしていたんだ。眷属契約を交わした際に髪は金から銀へ、肌の色は白から褐色へと変化した。詳しい事は分からないが、それはきっと、アルが自ら望んだ事なんだろう。そして・・・」
その先の言葉をセリアは飲み込んだが、周囲はセリアが何を言わんとしていたかを理解していた。普段のアルジェントはセリアへの良く言えば忠誠、悪く言えば執着が度を越しているのが、周りの眼から見ても明らかであった。アルジェントにとって銀の髪と褐色の肌はセリアより与えられた何よりも大事な物であった。その大事な物のうちの一つが失われてしまった。周囲も日頃からセリアへの態度を考えればアルジェントの胸中は計り知れない。
「アルジェントッ!!」
そんな状況を砕くようにアルジェントの名を叫ぶ者がいた。誰もがそちらを振り向く。慟哭に暮れていたアルジェントすらもそちらに顔を向けていた。その声の主はサジであった。普段から温厚で迷宮で一緒に過ごしている中でも声を荒げているところなど見た事が無かった。師であるメルディナもそんなサジを始めて見たのか口をあんぐりと開け驚きの表情を浮かべていた。
前へと進みでて視線の位置を合わせる様にアルジェントの前にしゃがみ込むサジは先程とは打って変わった優しさの籠った声でアルジェントに話し掛ける。
「アルジェント殿、顔を上げ周りを見てみなさい。今のおぬしを見て不信感や忌避を抱いている者がおるかな。皆、変わらずおぬしと接しているし心配をしておる。」
サジに促されアルジェントは顔を上げ周囲を見渡す。そこに自分を心配する優しさにあふれた6つの瞳があった。アヤメにいたっては大粒の涙が頬を伝っていた。
再びサジへと視線を戻したアルジェントに続きの言葉を聞かせる。
「確かにおぬしにとっては掛け替えのない物だったのであろう。だがそれに固執してよいのか?先の試練でカリス殿と戦った時に・・・アルジェント殿、おぬしはそこで何を学び・・・決意したんじゃ。」
サジの言葉にアルジェントは先の戦いがフラッシュバックする。その戦いでの出来事が、交わした言葉が次々と脳裏に浮かびは消えていく。そして次第にアルジェントの表情に彩が戻り始めてきた。
「老師、ありがとうございます。本来なら私が何とかするべきところを・・・」
「なに師として当然のことじゃ。先の試練を越えた今、実力はわしと同等かそれ以上じゃ。だとすれば後・・・わしに出来る事は限りられておるからの。」
サジへと一礼するとセリアはアルジェントの横へと腰を掛ける。そしてアルジェントの目を見て話し始める。
「アルが髪の色、肌の色を大事に思っている事はとても嬉しく思っている、私は。だがそれに囚われないで欲しい。今回のように肌の色が変わろうとアルはアルだ。それ以上でも以下でもない。それを忘れないで欲しい。」
「私・・・ここに居ていいんですね。」
「当たり前だ。アルが居たくないなら無理にとは言わないが・・・」
「そんな事ありませんっ!」
「なら・・・問題ない。何時までもいればいい。それにアルが居ないと私も困るからな。」
話を区切ると、周りを見ながらセリアは続きを零す。
「アルが居ないとこいつらの面倒を私一人で見る羽目になる。それは願い下げだ。」
セリアの言葉に不平不満、そして笑いが込みあがる。その状況を見ていたサジは胸をなでおろした。
丸く収まる状況を見計らったかのように扉をノックする音が部屋に響く。
開く扉から姿を見せたのはエストリエであった。
「皆様、宴の準備が整いました。こちらにいらしてください。」
「アル、立てるか?」
エストリエの言葉に従い次々と退出していく中、残されたセリアはアルジェントに声をかけた。
「もう暫くここで休ませて下さい。」
「わかった。暫くここにいるといい。」
そう言ってセリアは歩き出した。そして扉を出たところで立ち止まり振り返ると。
「そうだ、言い忘れていたが、ハイエルフへの進化おめでとう。」
それだけ言うとセリアは歩き始めた。
「えっ!」
残されたアルジェントはセリアの言葉に頭が追い付かずしばし放心状態であった。
そして・・・。
「どういうことですかっ!」
セリアの後を追うのであった。
案内された部屋は華美でないが、所々に豪華な装飾をあしらった逸品が飾られるなどしていた。そして中央には大きめのテーブルに豪華な食事が用意されていた。
「心ばかりの料理を用意させていただきました。」
ベルゼビュートの歓迎の言葉と共にベルゼビュートを含め数人の執事、メイドが恭しく頭を垂れる。
「用意して頂いた事には感謝いたしますが、その前に色々と伺いたい事がある。」
「セリア様の言い分は十分に理解しております。ですが腹が減っては、とも申します。ここは英気を養うのも肝要かと存じます。身体の傷などはエリクサーを使用すればたちどころに完治いたしますが、精神的な疲労は気付かぬ間に溜まっていき、中々抜けぬものです。セリア様がお知りになり事については後日、そうですね・・・3日後にその時間を設けさせて頂きます。それで如何でしょうか?」
「分かりました。では、今はこの一時を楽しませて貰います。」
セリアの一声に、ベルゼビュートが一礼すると。
「では、始めて下さい。」
その声と共にベルゼビュートの周りにいる執事、メイドが慌ただしく動き始め、そして試練を突破した事を祝う宴が始まった。
豪華な食事に歓談、セリア達は時間がたつのを忘れてその時間を大いに楽しんだ。そしてベルゼビュートの計らいのもとセリア達は2日間ゆっくりと日がな一日を過ごしていった。
そして、約束の日を迎えるのだった。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




