第三十三羽. 焔の幻獣
至る所で絶えず繰り返す噴火、大地を覆う火山灰、そして溶岩の河が織りなす風景はさながら地獄絵図な有様であった。至るところで溶岩が間欠泉のように大地から噴き出し、空からは噴出物が雨のように降り注ぐ中をセリア達は噴き出す汗を拭いながら目的地に向かってひたすら走り続けていた。
目的地である109階層への入り口は数ある火山の中でも一際大きな火山の麓にあった。足る抜ける事、小一時間、セリア達の姿は入り口の前にあった。
109階層は前階層に比べれば多少は涼しく感じられた。そして迷路のように入り組んだ細い通路が続く場所であった。所々古典的な罠や溶岩が行く手を遮り迷いながらもようやくセリア達は110階層へと続く入り口をへと辿り着く。だがそこには何も無くただ岩肌が剥き出しの壁があるのみだった。
セリア達は壁を隈なく調べるも鍵になりそうなものを何も発見することが出来なかった。壁には不自然なほどに疎らにエーテルの流れが見て取れた。注意深く見なければ気が付かないが、一つだけ周囲のエーテルとは異なりほんの僅かにしかエーテルが流れていない箇所があった。セリアがその箇所に触れるとそこは周囲とは異なり研磨したような滑らかな感触があった。面積にして指先程の。
セリアがそこへ僅かにエーテルを流すと今まで不規則な流れをしていたエーテルがセリア触れている箇所に向かって流れ始める。
そしてこの迷宮へ扉が開いた時に流れた声が再びセリアを覆う。
---登録者セリア・ロックハートを確認。
---第一区画、最終階層を解放。
その声と共にセリアが触れている場所のすぐ横の岩肌が崩れ落ちる。そこから姿を見せたのはセリアが今触れている箇所と同じようは表面をした壁であった。
そして壁の真ん中あたりから左右へと割れた先には10人ほどが入れる広さの空間が広がっていた。
セリアがその空間に足を踏み入れると、セリアに続いてアルジェント達も入って行く。そして最後尾にいたサジがそこへ入ると、静かに扉が閉まり始める。
完全に扉が閉じると閉じ込められた事に慌てふためくアルジェント、ヴェイン、アヤメ。
セリアは扉が閉まると部屋全体が動いていることを感じ取っていた。あまりの静かさに普通なら気が付かない程である。
「大丈夫じゃ。これはエレベーターなのじゃっ!」
突然のメルディナの声に慌てふためいていたアルジェント達がメルディナの方を見る。
「エレベーター・・・ですか?」
「妾がいた時代ではかなりの高さを持った建物や地中深くまで生活空間を広げていたのじゃ。その際の移動手段として用いていた乗り物なのじゃ。」
アルジェントの疑問に答える様にメルディナが話始める。
「だが、当時のエレベーターでもこれほどまでに性能はよくなかったのじゃ。感覚を研ぎ澄まさないと動いている事さえわからないのじゃ。」
程無くしてエレベーターが停止すると扉が左右へと開かれる。
エレベーターを降りるとそこは溶岩が横たわり、対岸には剝き出し岩肌に大きな扉が聳えていた。
対岸までは目測ではあるが約200メートルといったところであろう。セリアとメルディナが転移を試みるがやはり阻害され、術が起動する気配さえなかった。101階層から続く効果はここでも効果を発揮していた。
考えあぐねたセリアが淵へと立った時、大きな音と共に溶岩が左右われ対岸へと続く道が姿を見せる。姿を現した道を恐る恐る通るセリア達はその不可思議な光景に目を奪われていた。左右には溶岩の壁が広がっているが、セリア達はそれほどの熱さを感じていなかった。むしろ108階層や109階層に比べれば涼しいくらいでいつの間に汗が止っていた。
遠目でもその大きさが際立っていたが目の前にすると扉の大きさは圧巻であった。扉の表面には炎を模したような意匠が鏤められており、何処と無く荘厳さを漂わせていた。扉に触れたセリアの手にはひんやりとした感触が伝わってくる。そのまま手に力を加えると何の抵抗も無く扉が開き始める。
この先で起こる事、それは確実に戦闘である。それも強敵であろう事は想像に難くない。これから起こる事にセリア達の表情は必然的に緊張感に満ちたものになっていた。
お互いに頷き合うとセリアを先頭に歩を進める。
そして扉をくぐった先には周囲を炎に覆われた部屋が姿を現す。
全員が部屋へと踏み入ると扉が静かに音も無く閉じ始める。完全に扉が閉じると初めから扉など存在していなかったかのようにその存在が消え去る。
扉が消えると同じくして部屋の中央に小さな火が灯る。それは周りの火やエーテルを吸収し徐々に大きさを増す。そして大きさが増すにつれそれは空へ昇って行く。
炎がある一定の大きさになるとそこから脈動する何かをセリアは感じた。そしてセリアの眼は炎の中に何かがいるのを捉えていた。
突如、炎が輝き出すと爆発と共に何かが地上へと降り立った。
突然の爆発と部屋を満たした閃光は一時の間セリア達から視界を奪う。
視界を取り戻したセリア達の目の前には体長4,5メートル程の全身に炎を纏った獣がこちらを鋭い眼光で見据えていた。頭部に大きな2本の角が後ろ向き生え、吐く息にも炎が混じっている。だがセリアはその獣から一切の敵意が感じ取れなかった。
「ほぉ、当代の所有者は中々に面白い者を連れているな。アスラの眷属にメルディナ、それに・・・」
炎を纏った獣がアルジェントとヴェインを交互に見ると興味の籠った目を向ける。
「久しいのじゃ、イフリート。申し訳ないがここにいるセリアに所有者の事も含めて色々教えてやって欲しいのじゃ。」
メルディナが一歩前に出るとセリアを指さし何かをお願いし始めた。
「当代の所有者はそんな事も分からずにここまで来たと言う訳か。」
「イフリートよ、おぬしらの幻獣には時間という概念が無いから分からんじゃろうが、最後に所有者が訪れたのはもう5千年以上前なのじゃ。もう伝わってすらないのじゃ。」
「よかろう。そもそもそれを含めて我の役目といえるかなら。我が知っている限りの事については教えよう。」
セリアへと目を向けたイフリートはそのままじっと見つめる。
「その魂の色と容姿・・・まさか・・・」
「イフリート、そこには・・・触れなくてよいのじゃ。」
メルディナが少しトーンの下がった声がイフリートの二の句を妨げる。
「わかった・・・」
メルディナの意図を理解したイフリートはそのまま説明を始める。
「まず、所有者についてだがこれはセリア、そなたが持つスキル、《グリモワール》の事を指す。ところで《グリモワール》の能力についてどれくらい知っている?」
「・・・スキルや従魔などの・・・収集といったところか。」
突然の質問にセリアは少し考えて自分の持つスキルである《グリモワール》の機能について述べる。今まで身近でありすぎたため《グリモワール》の機能などそこまで考えたことが無かった。
「まぁ、合ってはいるが、それでは不十分だな。スキルや従魔以外にもエーテルもストックが出来る。そして最大の《グリモワール》の機能は新しいスキルを創造出来る点にある。」
「そう・・・ぞう・・・?」
「そうだ。新しいスキルを作り出すことが出来る。その前に・・・先程、《オモイカネ》の機能を取集と言ったが、どうやって収集するのだ?」
「どうやって・・・て《ソウルイーター》・・・。」
「そう、そなたが持つスキルの一つである《ソウルイーター》よって奪い、吸収する事で《グリモワール》に収集されていく。」
「それじゃ、《ソールイーター》は・・・」
「想像通り《ソールイーター》は《グリモワール》の為のスキルだ。《ソールイーター》は《グリモワール》がスキルや従魔と言った情報を蓄えるためのインターフェースと言うわけだ。さらに《ソウルイーター》にはエーテルをも吸収する性質がある。そのため《グリモワール》にはエーテルをストックする領域が存在するわけだ。そしてもう一つのインターフェースが存在する。それが《オモイカネ》だ。」
「《オモイカネ》・・・が・・・」
イフリートの言葉に驚きはしたが、その内容にセリアは合点がいった。
「そうだ。《グリモワール》を運用するためのインターフェースとして《ソウルイーター》と《オモイカネ》が存在する。先程、所有者というのは《グリモワール》を所有する者、と説明したが、厳密に言えば《グリモワール》、《ソウルイーター》、《オモイカネ》の3つのスキルを所持する者という意味だ。《グリモワール》のインターフェースという意味では所有者自身もそれにあたるわけだが、《グリモワール》と直接やり取りをするためにはかなりの訓練が必要になる。」
イフリートが語る自身の持つスキルの説明にセリアは只々聞き入っていた。そしてイフリートの解説はまだまだ続いていく・・・。
「まずは・・・」
イフリートは《ソウルイーター》について語り出した。
《ソウルイーター》は主に《グリモワール》への入力の機能しか有しておらず、相手からスキルを奪う際や従魔との契約時には《グリモワール》が必ず介在する。そして《ソウルイーター》の最大とも言うべき能力はエネルギーそのものを吸収する事が可能であるという点だ。つまり魔法や術式そのものを喰らう事が出来る。
次に《オモイカネ》の説明へと入った。《オモイカネ》の機能は《グリモワール》が保持している情報を所有者に対して効率よく提示、表示すること。そして《グリモワール》が新しいスキルを創造する際の情報を提供することにある。
つまり《グリモワール》と所有者の橋渡しをするのが《オモイカネ》の本来の機能という事になる。さらに所有者の支援を効率的に行うために機能を盛り込んだ結果が疑似人格搭載汎用型支援スキル、と言うわけだ。
そして何故このようなスキルが存在するのか、また何故イフリートがそこまで詳しく知っているのかについてはセリアがいくら尋ねてもそこについては固く口を閉ざして語る事の一切をイフリートは拒否した。
そして話は次の段階とへと進んで行く。
「さて、ここまで《グリモワール》、《ソウルイーター》、《オモイカネ》について話をしてきたが、次は我ら幻獣についてだ。幻獣を仮に倒し己が従魔とした際、その幻獣は何処に格納されると思う?」
「それは、《グリモワール》の従魔領域だろ。違うのか?」
「正解だ。そう、ベヒーモスなどはそうなるが・・・そうでない場合がある。それが八属性幻獣。《グリモワール》にはそのための専用領域が存在する。」
「それに何の意味が?」
「そう急くな。暫くは我の言葉に耳を傾けよ。八属性幻獣は他の幻獣と違い特殊な使命を帯びて創造された。それは《グリモワール》の機能の解放と所有者の制限を解除することだ。所有者として更なる高みを目指すのであれば必ず必要になる。」
---望むと望まざるとにかかわらず、所有者である以上おぬしの前に必ず立ち塞がるがな。
イフリートはあえてその言葉をセリアに掛けず自分の中で押しとどめた。
「おぬしの所有するスキルで《八属性魔法》があるであろう。」
「あぁ、確かにあるが・・・それが何か関係あるのか。」
「そのスキルはただ八属性が使用出来る事を意味しているわけではない。八属性がそろうとお互いに共鳴し循環を経てそれぞれの属性の力が増していく。そしてそれに耐えられる程の霊格を所持していなければならない。まず人のみでは不可能な事だ。」
---霊格?初めてい聞く言葉だ・・・
セリアが聞き馴染み言葉に疑問を抱いていると、《オモイカネ》からの説明がはいる。
『霊格とは存在強度を示す言葉です。例えば神と人では神の方が霊格が高いと言えます。また人種の間でも精霊に近いことから人よりもエルフの方が霊格が高い傾向にあります。また存在進化はある一定以上のレベルに達することで霊格が上がる現象を言います。』
「だが、所有者という資格がそこまでの霊格を齎している。八属性幻獣を全て従えることでそれぞれの幻獣の力と所有者の力も増していく。そう言った仕掛けが《グリモワール》には施されている。だが八属性幻獣を従えるには戦闘で勝利して幻獣の主に相応しい事を示す必要がある。」
「つまり今以上の強さを求めるなら・・・八属性幻獣に勝利して従える必要があるわけだな。その八属性幻獣の名前や居場所は教えてもらえるのかな。」
「居場所は自身で探すが良い。それも試練の内だ。だが名前だけなら教えてやろう。大地の幻獣・タイタン、風の幻獣・カルラ、水の幻獣・リヴァイアサン、雷の幻獣・イクシオン、氷の幻獣・シヴァ、闇の幻獣・ディアボロス、光の幻獣・ケツァルコアトル」
イフリートが上げる幻獣の名前はセリアの良く知る名前ばかりであった。目の前にいるインフートもそうだが前世での神話・伝承で登場する名前ばかりである。
「・・・そして焔の幻獣・イフリート、そう我だ・・・」
焔の幻獣がイフリートであることは当然予想していた。つまりそれは目の前にいるイフリートとの戦闘が必然的に発生することを意味し、避ける事が不可避である事を・・・。
語り終えたイフリートの身体から放出さる熱量が上がりそれに伴ってエーテルが溢れ出す。
「さぁ、我を従えるにたる器かその力を以て示してみよっ!」
イフリートが叫ぶように言葉を発すると同時に部屋全体が光に覆われていく。光が収まるとそこは今までいた場所とは様相が異なる場所にセリアは置かれていた。
「アル、アヤメ・・・」
安否を確認するために後ろを振り返るが、そこには誰の姿もなかった。アルジェント、アヤメ、ヴェイン、サジにメルディナ、先程まで一緒であった仲間の姿が痕跡もなく消えていた。
「仲間をどうしたっ!」
「ここは所有者の力を示す神聖な場・・・それ以外の立ち入りは罷成ぬ。」
イフリートの厳格な口調が空間に響き渡る。
「おぬしの仲間には他の者が用があるようだ。」
---他の・・・者だと・・・
この戦いを早く切り上げる必要性を強く感じたセリアは持てる従魔を全て呼び出す。だがその試みは実を結ばなかった。そう《グリモワール》が全く反応を示さない。
「従魔も所有者の力の一端と捉えられなくもない・・・がここはそんな事を求めている場ではないっ!」
イフリートはセリアの行動を予測していたかのように告げると戦闘態勢を取る。
イフリートの強さは先に戦った擬態型人造兵器なんて比では無い。勝てるとしても相応の時間が必要になる事は明らかであった。
セリアは仲間の心配が先走り焦りの色を浮かべる。
「当代の所有者は精神的に未熟と見える。仲間の姿が無いと戦いにも集中出来ないかっ!」
---今は仲間の心配している場合でない・・・まずは私がここを突破しなければ何も始まらない・・・目の前の戦いに集中しろっ、セリア・ロックハート。
イフリートの言葉にセリアは意を決すると《ツクヨミ》を構える。全身を水が流れる様に滑らかに濃密なエーテルが覆う。
そしてその顔には先程までの焦りの色は消えていた。
---その姿、その魂の色、そして鎌を構えるか・・・。
幻獣であるイフリートはメルディナの言った通り時間的な概念を持ち合わせていない。そのため自分が創造されてどれほどの月日が経っているのかを理解していない。それでも嘗て自分を従えていた所有者の顔や名前は覚えている。
イフリートの中で今でも鮮明に残っているのが、初代所有者である女神アルテナであった。戦いと美の女神。その姿は他の神々とは少々異なり、ウサギの耳を持ち、褐色の肌を有していた。それでも美の女神の名に恥じぬような容姿をしていた。
そして戦いになれば万夫不当の働きを見せていた。神々の盾であり矛でもあった。そして戦いの女神・・・戦神の名を欲しいままにしていた。
イフリートはセリアの姿に記憶の彼方にあるアルテナを重ねていた。
浮かび上がる懐かしき記憶を振り払いイフリートは自身の目の前にいる新しき所有者へと躍りかかる。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




