第二十八羽. 封豨討滅戦・前半
突如として姿を現した巨大な猪の化け物はゆっくりとその顔をセリア達の方へと向ける。
「ねえねえ、あいつなんかこっちを見ているような気がするんだけど。」
「それはそうなのじゃ。なにせここいらには妾達しかおらんからな。それにもう明確に敵とみなしているようなのじゃ。」
メルディナの言う通り猪の化け物はこちらに対して明確な敵意と殺気を向けている。
「ブモォォォォ!!!」
巨大な猪が大きな雄叫び上げると、地面が隆起し始める。隆起した大地は鋭角な牙に形を変えセリア達に襲い掛かる。総数にして数十本にもなる土の牙はセリア達に届く寸前のところで土塊へと帰っていく。
気付けば館全体に結界が張られていた。
「なに、この程度の攻撃なら何も問題は無いのじゃ。だが・・・あんなものまで用意しているとは。」
「あの化け物に心当たりがあるのか?」
「あるには、あるのじゃ。あ奴の名は封豨。書物には瑞獣のひとつでソウリンという地に住むという想像上の化け物。気性は荒く、あらゆるものを食いつくすとある。妾が知るのはこれくらいなのじゃ。」
セリアは自身の質問に対して答えるメルディナに多少なりとも疑念を抱いていた。メルディナは嘘は語っていないであろう。ただし全てを語っていないのも事実ではないかと。それは館の中でメルディナが自身について語っていた時からセリアはそう感じていた。
そんな疑念の目をセリアにから向けられながらもメルディナの説明は続いている。
「瑞獣については、長寿の獣がエーテルにより変質するとか、神に遣わされたとか、諸説あるらしいが詳しい事は分からん、といったところなのじゃ。」
そして説明中にも封豨による攻撃が繰り返し行われているが、メルディナの結界は全てを見事に防いでいた。
「さて、今のところ問題ないが、これ以上の攻撃は結界がもたんかもしれん。アル、ヴェイン、アヤメ、其方達であ奴の相手をしてみないか?何ならサジもどうじゃ。」
「あ、あんな化け物とどう戦えっていうのさ!」
「私が足止めをします。お三方はそのスキに攻撃をお願いします。」
アルジェントが鎧姿に換装すると一歩前へでる。アルジェントの装備類はセリアによってかなりの強化を施されている。封豨を相手にしたとしても十二分に真っ向から受け止められるだろう。
「えぇっ!アルねえ。あいつと戦うつもりなの?」
「まぁ、俺もやるだけやってみるさ。」
「うぅっ、じゃ、僕もやるよ!!!」
アルジェントはともかくヴェインまでもが戦う気でいる事にアヤメはばつの悪さを感じ参戦する意思を告げる。
「三人ともやる気でいるところを申し訳ないが、ここは私に任せて欲しい。」
「セリア様、私達も一緒にお願いします。決して足手纏いにはなりません。」
「別にアル達が足手纏いだから一人で戦うと言ってもいるわけではない。メルが実力を示したんだ。ご主人様として力を見せないとな。その意気込みは次へと取っておいてくれ。」
メルディナをちらっと見ながらアルジェント達に答えるとセリアは結界の外へと移動する。
「さて、始めるか。久々になるが力を貸してくれ!」
ストレージから《ツクヨミ》を取り出すと封豨に向かってゆっくりと歩き出す。
それまで館に向かっていた封豨の激しい攻撃が止む。そして封豨の視線がセリアへと向けられる。
封豨は自分に向かって歩を進める小さき物に焦点を合わせる。その物からは今まで感じたことの無い言い知れぬ感覚を覚え、今までの生の中で一番と言っていい程の動揺が湧き上がってくるの感じていた。
封豨にとって人であれ魔物であれ塵芥に等しく敵意を向けてくる相手にはそれ相応の報いを受けさせてきた。そしてそんな輩は今まで星の数程いた。自分を狩りに来た相手が狩られる側になり、恐怖が感情を支配し、顔が歪んでいく様を眺めるのは封豨にとって楽しみの一つでもあった。
何時の時もそれは変わらず封豨は自分が如何なる場合においても狩る側の存在である事に絶対の自信を持っていた。
だが今自分の目の前にいる者は悠然と自分に向かって歩いてくる。その表情には敵意といった感情ではなく、愉悦を孕んでいた。これから始まる戦いを今か今かと待ちわびている、そんな表情である。
そして封豨は今までの生の中で初めて狩られる側になるかもしれない、そんな考えが過り出した。それがこの後に現実になろうとは、この時の封豨には思いもよらなかった。
「ブヲォォォォォォォ!!!!」
過った考えを打ち消すように、封豨が一際大きく吠えると周囲に無数の岩が出現する。その岩は鋭利な牙のように形状をしており、その質量と鋭利さをもってすれば大抵のものはその牙の餌食になるであろう。
そして目も前の存在に向かって封豨は岩の牙を一斉に放つ。その攻撃ははたから見ても逃げる場所など存在しない。そんな攻撃であった。
自分自身の勝利を確信した封豨は攻撃対象を再び館に変えようとした時、集中砲火により土煙で何も見えなくなっている攻撃地点から声が響いてきた。
「お前の攻撃はこの程度か、封豨」
封豨は条件反射で前足を思いっ切り地面へと叩きつけた。その振動は目の前の大地を歪ませ飲み込んでいく。
土煙の中から小さな影が飛び出すと、地面に突き刺さっていまだに崩れずに残っていた岩の牙の突端へと着地する。
セリアは地面に突き刺さった巨大な岩の柱に着地すると《ツクヨミ》を構え直すと封豨との距離を一瞬にて縮める。その勢いそのままに封豨の前足に《ツクヨミ》を叩き込む。しかし、封豨の分厚い皮膚はセリアの攻撃を完全に防いだ。
「この程度の攻撃では傷一つ付かないか。」
とっさにセリアは後ろへと飛び退く。それまでセリアがいた場所には巨大な植物の蔓のような物が地面へと叩きつけられていた。見上げると封豨の身体の至る所から蔓が触手のように伸びていた。
触手はセリアに狙いを定めると次々と襲い掛かる。それをセリはギリギリで躱すと《ツクヨミ》で薙ぎ払って行く。迫りくる触手を薙ぎ払いながらセリアは再び封豨の足へと攻撃を加える。その攻撃は封豨に小さな傷を作っていた。
「やれやれ、これだけのエーテルを込めてもこの程度か・・・防御能力が半端ないな。」
薙ぎ払った触手はすぐさま再生するとセリアを強襲しだす。そして触手の本数が当初より明らかに増えていた。触手を相手にしながらもセリアの攻撃は着実に封豨の身体にダメージを与えていた。それでも元々の体格さがある。セリアが与えたダメージは封豨にとっては人が蚊に刺されたと同じ感覚である。
「これでは切りが無いな。」
セリアは一旦封豨から距離を取る。距離を取るセリアに対して封豨は追撃を行わず、触手の数をさらに増やしセリアの攻撃をうかがう。
「大分身体が温まってきたな。ここからギアを上げていくか。」
その言葉通りにセリアの身体から濃密なエーテルが放たれる。セリアがその手で持つ《ツクヨミ》にも膨大なエーテルが流れ込む。
「簡単に倒れてくれるなよ。封豨」
セリアが《ツクヨミ》を薙ぐとそこから生じたエーテルの刃は封豨目がけて突き進む。その刃は触手の群れを切り裂き、封豨の身体に大きな傷を作る。この戦いで初めて受けた大きな傷、そして痛みに封豨は目の前にいる物が決して矮小な存在ではない事を改めて認識した。そして相手を滅することを決める。そう瑞獣の誇りにかけて。
立ち昇る濃密なエーテル、セリアの目には封豨の身体から溢れ出すそれをはっきりと捉えた。
両者共に相手の出方を伺っていたが、そんな状況を先に破ったの封豨であった。圧倒的な数の触手がセリアへと迫りくる。それに対してセリアは触手の群れに向かって走り始める。そのスピードは今までとは比べ物にならない程に速く、触手の群れはセリアを捉える事が出来ず次々と切り裂かれていく。
それにしても封豨を相手にあそこまでやるとは・・・。
この戦いを眺めていたメルディナは、セリアの戦いの様子に満足気な表情を見せていた。
「サジよ、セリアは今どれくらいの力を出しているのじゃ。」
「そうですな。まだ2割も出していないと思われますな。」
「そうか・・・あれでまだ2割も出してないと・・・」
サジの答えはメルディナの予想を覆すものであった。メルディナはこの戦いでセリアが勝つであろうことは分かり切っていた。ただそれでもある程度は苦戦するであろう事も予想していた。
そしてメルディナの予想が外れた事がもう一つあった。両者の戦いの余波が自身の屋敷にまで及び始めた事である。ある程度の攻撃はメルディナ自身が張った結界により阻まれるが、そもそも戦闘をしている空間が狭い。何が起こるかは見当がつかない。
「やれやれ、もう少し静かにやって欲しいのじゃ。妾の屋敷にまで被害が出てはかなわん。」
パチン!
メルディナが右手で指を鳴らすと、セリアが戦っている空間が広がり屋敷との距離がみるみるうちに離れていく。
「これで、多少静かになったのじゃ。」
「メル様、安全にセリア様の戦闘を見る事出来るようになりましたが、これでは戦いの様子が良く見えないのですが・・・」
「目を凝らせば、見えなくはないんだけどな。」
「俺も見えなくはないが、疲れるな。」
アルジェントが遠慮がちにメルディナに告げるとアヤメやヴェインも同意するように頷くと見えにくさを吐露する。
「其方らは、少々修行が足らんようじゃの。エーテルをもう少し目に集中すれば・・・まぁ、よい。」
メルディナは言いかかてその言葉を飲み込むとアルジェント達の前にスクリーンのようなものを出現させる。そこにセリアが戦っている様子が鮮明に映し出されていた。
そこにはセリアが鎌の石突を封豨の背中に突き立てている光景が映し出されていた。そしてその直後から封豨の動きが見てわかる程に悪くなっていた。
「ほぉ、かなりエグい事をするのじゃ。」
「メルはセリアねえが何をしたのかわかるの?」
「なんじゃ、アヤメは分からんのか。では解説してやろう。」
メルディナは無い胸を張りながら、アヤメに対して説明を始める。アルジェントとヴェインも分からずにいたため二人もメルディナの解説に耳を傾ける。
「簡単に言えば、あれは状態異常なのじゃ。状態異常は戦闘で事を有利に運ぶにはとても重要なファクターじゃ。だがそれだけに難しいのじゃ・・・そう、あれだけの相手を状態異常にするのは・・・」
こやつら、本当に分かっているのじゃろうか・・・
自身の説明を頷きながら聞いているアヤメ達にはそんな感想を抱きながらメルディナは説明を続ける。
「しかもあの一撃で複数の状態異常を封豨にかけている。ここからでは詳しくは分からんが・・・毒、麻痺、暗闇の三種類の状態異常が確認出来る。」
メルディナは自分の説明で三種類と言ったが、実際にはそれ以上の状態異常が施されている事は分かっていたが、何がという点で分からずにいた。
眼前に広がる触手の群れを切り裂きながら封豨と距離を詰めるセリア。そして妙な感覚に襲われる。
『メルディナの空間系術式により戦闘区域の空間拡張が行われました。これによる戦闘への影響は皆無です。』
まるでセリアの感覚とリンクしているのでは、と思う程の速さで入る《オモイカネ》の報告。セリアは即座にそれを頭の外へと追いやる。
自身へと迫る触手の一本へと飛び乗るとセリアはさらに加速して行く。触手から触手へと飛び移りながらセリアは封豨の真上に到達する。背中へと着地したセリアはそのまま《ツクヨミ》の石突を突き立てる。
その一撃は封豨にとってはなんて事の無い攻撃であった。だがその攻撃を受けた直後に封豨の様子が一変する。封豨が身体を震わせると、目や口といった粘膜からの出血、そして動きが見るから鈍くなっていく。
《シャドー・オブ・ペイン》、それがセリアの使用した技。盗賊相手に使用した事があるが、その時は威力も状態異常の数も抑えていた。今、封豨の身体には毒、麻痺、暗闇、脆弱に加えて自身の体重が何倍にもなる鈍化の計五つの状態異常がかけられている。
倒れそうになる自身の身体を四肢や触手で支えながらも封豨は自身の背中に在るセリアへと触手を繰り出していく。その攻撃を難なく躱すとセリアは空中へとその身を退避する。
たとえ状態異常であろうと空中へと逃げた相手を見逃すほど封豨も愚かではない。封豨の身体から立ち昇るエーテルが増大すると、セリアの前には先の尖った巨大なドリルのよな岩が出現していた。
セリアの探知にはその後ろには今までにない程の数の触手が即座に生成されているのを探知していた。それは空に身を置くセリアへと狙いを定めていた。
巨大な岩が高速に回転し出すとセリア目がけて射出される。そしてセリアに狙いを定め虎視眈々とその命を狙っていた触手の群れがそれを合図に一斉に進軍を開始する。
「影技・壱ノ型 一閃錚々《いっせんそうそう》!!!」
流れ込んだエーテルにより刃の部分が巨大化した《ツクヨミ》を右手に構えたセリアは触手の群れに向けて横に振り抜く。エーテルの刃は触手の群れを飲み込み跡形も無く消滅させていく。ついには封豨の身体をも飲み込んでいった。
残心という言葉がある。おもに武道や芸事などで使われる言葉であるが、終えた後に体の緊張を解いても注意を払う状態の事である。
土煙の中からセリアに向かい一筋の光が走る。
この時にセリアが勝利を確信して構えを解いていたら、セリアはこの場で死を体験することになったであろう。
光に呑み込まれたセリアは寸前のところで防御結界を張り、事なきを得た。
土煙が晴れるとそこに満身創痍で横たわる封豨の姿があった。おそらく直撃の寸前に触手で自身の身体を覆う事で直撃によるダメージを軽減したのであろう。保有エーテル量もかなり減っているがそれでも当初の半分ほどは残っている。
止めを刺すべく動き出すセリアを遮るがごとく封豨の身体が輝きを発する。その輝きは封豨の身体の傷を全て癒し、セリアが施した状態異常の全てを解除した。
起き上がった封豨の目は金色の染まり、大気中のエーテルが封豨を包み始める。いつの間にか空は分厚い雲で覆われ雷鳴が轟き出した。両前足を大きく持ち上げる封豨を極大の雷が穿つ。
「まさか我がここまで追い込まれるとは・・・ましてこの姿を取らざるを得ないとはな。」
言葉と共に姿を見せたのは人であった。その姿は獣人に近く首筋や腕は毛に覆われている。着物のような服を身に纏い右肩が露わになっている。体格はセリアよりも大きく、魔物化したコクヨウと同等であろう。
膝を着き地面に手を当てると、封豨は何かを引き出すような動作を取る。地面により現れたのは巨大両刃の剣であった。それを肩に担ぐと、獰猛な笑みをセリアへと向ける。
「さぁ、後半戦といこうか!」
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




