第二十五羽. アーク探索・弐
あの宴から早くも12ヵ月が経とうとしていた。
未だにこの階層に留まっているのには、簡単に言えば、次の階層へ行くための手段が現状存在しない、という事だ。
---9ヵ月前
季節は進み、動けば若干汗ばむような季節になったが、エデンでの生活は想像以上に快適であった。
住めば都という言葉通り、多少の不便はそのうち気にならなくなっていく。日々の食事の豪華さがメンバーの不満を抑えている面が大いにあり、ここでの生活に順応していった。
どんな変化があるかを確かめるために最低でも2エリアの探索を日課としていた。だがこの3ヵ月は何の変化も起こらず、ただただ時間だけが過ぎていた。
そして、この日ゆっくりではあるが歯車がついに回り始めた。
その日の午後、セリア以外のメンバーはアークの北エリアに鍛錬も兼ねて魔物狩りに出かけていた。
『セリア殿、少しよろしいか。』
セリアはセリアでやる事がありエデンで一人作業をしていた。そんな中、サジから連絡が入った。
『老師、どうしました?』
『北エリアにある祠に変化あったのじゃが、一緒に確認して欲しい。』
『分かりました。今からそちらに向かいます。』
セリアはサジ達のいる場所に向かう前にエデン内にある、とある部屋を訪れた。その部屋はアヤメが鍛錬中に偶然見つけた部屋で一辺の長さが約3メートルの立方体をしている。また、天井と床の中央に突起物があり、4つの壁の中央に丸い窪みが存在していた。
この部屋については、発見直後に調べたがそれ以外の装飾が一切なく、手がかりになるような物は何も見つからずにいた。
名前が無いと不便な事もあり、セリア達はこの部屋を”キューブ”と名付けた。
セリアがキューブを訪れると部屋に変化が起きていた。窪みの一つが仄かに黒く輝いていた。輝いている窪みはキューブの北に位置していることから、何らかの関係がある事は間違いないだろう。今回サジからの連絡でキューブにも何かしらの変化があるのでは思いキューブに来てみたが、セリアのその予感は当たっていた。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか。」
セリアは次の階層への手掛かりがあれば、と思いながらサジ達のもとへと転移した。
眼の前の景色が一瞬にして切り替わるとそこには、セリア以外のメンバーが顔を揃えていた。そして彼等彼女等は祠を囲むようにして眺めていた。その祠は全体的に黒く輝きを放っていた。セリアも何度となくここには来た事がある。ただこのような現象が起こった事は無かった。
「あっ、セリアねえ!」
転移してきたセリアに気が付いたアヤメがそばへと寄ってくる。
「セリア殿、忙しい所すまんの。」
「気にしないで下さい。もしかしたら次への階層の手がかりかもしれないので。」
祠の前でしゃがみ込むセリア。
「老師、この扉は開けましたか?」
「いいや、開けておらんよ。正確に言うなら開けられなかった、というべきかの。ここのいる全員、試してみたのじゃが誰一人開けられんかった。」
「・・・そうですか・・・」
セリアが祠の扉に手をかけて観音開きの扉を開けようとすると、それは何の抵抗も無く開いた。
中には透明の玉が安置されていた。
セリア自身は確認していないが、報告では祠の中には何も無かったはずだ。
祠の輝きが徐々に消えていく代わりに、透明な玉が黒く輝き始めた。そして祠の輝きが完全に無くなると玉の輝きが最高潮に達した。
黒に輝く玉にセリアが手をかけると、何事も無くセリアの手に収まった。そのまま黒に輝く玉を祠から取り出すと、祠は跡形も無く崩れ去った。
自身の掌に収まっている黒く輝く玉を鑑定すると、そこには”黒のアニマ”という名前が表示された。
アニマ・・・か、なんか意味深な名前だな・・・
「セリア、その玉をどう使うのか心当たりはあるのか?」
「あぁ、ここに来る前にキューブを見てきた。そうしたら丁度北に位置する壁の窪みが薄っすらとではあるが黒く輝いていた。おそらくそこにこの玉を嵌めるのだろう。」
「なるほど。じゃ、戻って確かめてみるか!」
ヴェインの言葉に一同が頷くと、セリアはエデンへと転移を開始した。
エデンへと戻ってきた一行はそのままキューブへと足を向けた。キューブ内の輝いている窪みは、セリアが見た時より強い輝きを示しており、僅かに明滅を繰り返していた。
セリアが黒のアニマを近づけていくと、窪みの明滅速度も上がっていく。セリアが黒のアニマを窪みへと嵌め込むと、嵌め込んだ壁が僅かに反応を示す。すると、黒のアニマから天井と床にある突起に向かい一筋の光が結ぶ。
起こる変化を期待を込めて眺めていた一同は、思っていたより地味な変化に少々がっかりしながらも暫くその場にとどまった。
やはり、それ以上の変化は何も起こらず、少しではあるが事態が動き始めた事に自身を納得させた。
その日は早めに夕食を取り休む事にした。明日、この変化でアークに何が起こるか分からないため、十二分に休息を取るためである。
このアークを夜が支配し、皆が寝静まった頃、月明かりが辺りを照らし出す。満月の為か普段より明るく、月明かりの下で一人、盃を傾けている者がいる。
「セリア殿、眠れんのかの。」
「老師」
月を眺めていた顔を声のする方に向けると、セリアは話しかけてきた自分の名を呼ぶ。
「何か気になる事でもあるのかの。」
再び月へと顔を向けたセリアの横顔に年甲斐も無くドキッとしたサジは言葉を発する事でごまかした。
「そう言う訳ではないのですが、ちょっと・・・老師も一緒にいかがですか?」
「では、ご相伴にあずかかの。」
セリアの誘いに快く応じたサジの口から普段では想像出来ない一言が出る。
「しかし、月下美人とはお主のような美女を言うのかのぉ。」
「老師もそう言う事、言うのですね。」
「おぬしはわしの事を何だと思っている。わしとて人並みに恋をした。契りを交わした女性もおるし、子供もおるよ。」
「それは失礼しました。」
少し笑いながら謝罪をすると、ストレージから盃を二つ出し、日本酒をそこへと注ぎ込むと。
「何時までそうしているつもりだ。一緒に飲みたいなら、姿を見せたらどうだ、ヴェイン。」
セリアは皿にあった串を言葉と共に誰もいない空間へと投げつける。串は何もない空間で止まると、そこからヴェインが姿を見せる。
「危ないだろ、刺さったらどうするんだ。」
「これぐらいで刺さるようなら、ここに置いて行くさ。」
ヴェインの抗議に対してセリアからは”当然だ!何を言っているんだ、お前は”、な意味が込められた言葉が返ってくる。
「ひでぇ奴だな。それにしても何時から気付いていた?」
持っていた串をテーブルに向かって投げながら、セリアに疑問を投げかける。投げた串は見事テーブルの串入れに収まる。
「隠れ始めた時からだ。私を欺くなら気配を消すのではなく偽る事も覚えた方がいいな。」
「そのアドバイス、ありがたく受け取っておくよ。それにしてもセリア、お前のその姿、どうにかならないのか。扇情的すぎる。」
用意された盃を受け取ったヴェインはセリアの艶やかな姿に感想を漏らす。そしてサジの言った月下美人という言葉が思い出された。
今のセリアの服装は、というと前世であった旅館で寝巻用に用意されている浴衣である。襟の後ろ部分が引かれうなじがよく見え、着崩れた襟から肩が少し露になっている。また組んだ足は太ももから露出している有様である。
そもそも何故、浴衣があるかというと、もちろんセリアが自身で作成したに他ならない。
きっかけはアークに来て暫くした頃にセリアが大蜘蛛を自身の従魔にした事である。
その日、セリア達は北エリアを鍛錬がてら探索していた。そんな中、セリア達は突如として数十匹の蜘蛛型の魔物に襲われる事となった。魔物の群れのボスが件の大蜘蛛であった。その巨大な蜘蛛は他に比べると2,3回り大きな姿をしていた。
その魔物にとって不幸であったのは、セリア達にとって自分たちが何の障害にならないという事だった。物は群れは一瞬にして全滅することになる。
その時初めて大蜘蛛はセリアという敵に意識を向ける事になった。そして一瞬にして自分達が狩られる側である事を認識した大蜘蛛は仰向けになり自分に敵意が無いことをアピールしだした。それは姿を見せてからも数十秒の出来事であった。
大蜘蛛から敵意が失せていくのを感じたセリアは何もせずに通り過ぎると、大蜘蛛はセリア達の後をしばらく付けて来ていた。それを見たセリアが大蜘蛛を従魔にした。そして、”イロハ”と名付けた。これがイロハこと大蜘蛛を従魔にした経緯である。
イロハの戦闘能力は申し分の無いものであった。魔物を刈りに行く際に数度連れて行ったが、ポテンシャルの高さを感じたほどである。だが、それ以上に重宝したのがイロハが作り出す糸であった。その糸は肌触りが良く上質な絹のようであった。さらに作り出す糸にはエーテルが込められているため耐久性が抜群に良かった。
そこでセリアはイロハが作り出す糸を用いて下着、肌着から戦闘時以外に着用する衣服などを作り始めた。その中の一つが今セリアが着ている浴衣である。浴衣自体は存在しているらしく、エリトルスの遥か東方にある国で使用されているらしい。
人数分の浴衣を作ったが、セリア以外は着慣れていなかった事もあり殆ど着ていない。その為就寝時に浴衣を着ているのはセリアだけであった。
「欲情するのは構わんが、アヤメというか人の目の届かない所でやれよ。」
「やらね~よ!」
「ヴェイン殿、寝ている者おるから静かにの。」
セリアの挑発に思わず大きな声で返したヴェインは、サジに忠告に口を抑え辺りを見渡すが、誰も起きて来る気配が無い事に安堵すると空いている席へと座る。
空になっているセリアの盃に酒を注ぐとサジも空いて席に腰を掛ける。
「何か相談事が有るなら聞くぞ。」
「相談事と言う訳でないないですが、二人はここに後どれくらい足止めされる、と考えていますか?」
「そうじゃな、何とも言えんが・・・あと数ヵ月で出たい、というのが希望的観測かの。」
顎に手を当てながら少し考えた後、サジはセリアの問いへの答えになっていないと思いながらも口を開いた。
「俺も、それぐらいだと嬉しいな。そう言うセリアはどう思っているんだ?」
ヴェインはサジの意見に同意すると、セリアに話を振った。
「私は最低でもあと9ヵ月はここで足止めされると考えている。」
「その根拠は?」
「ここに来て3ヵ月、やっと事態が動き始めた。祠の数、キューブにある窪みの数、双方ともに4である事、それを考えると全てのギミックが完了するまでに12ヵ月。それが私の考えだ。」
「なるほど・・・それであと9ヵ月というわけじゃな。」
「間隔が短くなるってこともあるんじゃないか?」
「ヴェイン殿、それを言ったら長くなるとう事も。」
「だから次が3ヵ月後なのかそうでないのか、だと考えている。」
「どちらにしろ、暫くはここから出られない、ということか・・・」
「そうじゃの。」
その後は他愛無い話で盛り上がった。
「わしはもうそろそろ寝るが、二人は?」
「あぁ、俺もそろそろ寝るわ。」
「私は月を見ながらもう少し飲んでいます。」
「では、わしらはお先に失礼する。」
「二人ともおやすみ。」
自分の寝床に戻っていく二人に挨拶をすると、残っていたお酒を一気に飲み干す。
「月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ わが身ひとつは もとの身にして」
月が輝く夜空に向かい歌を一首口ずさむ。
まぁ、私の場合はこの歌と違って自分以外全て変わらず、自分だけが違う・・・か。
物思いにふけりながら月を暫く眺めた後、セリアも一日の終わりを向かえる事にした。
あくる朝、いつもと変わらぬ朝食風景ではあるが、少々緊張感が漂っていた。
昨日の今日である事を考えれば多少緊張感が走るのは仕方が無いことである。
「今日の予定だが、この後すぐに探索に向かおうと思う。」
「それで、サジ、アルジェント、アヤメ、ヴェインの4人は北を、ランスロット、ブリュンヒルデで南、東を調査してもらおうと思っている。」
「それじゃ、セリアねえは一人で西?」
「あぁ、そう考えている。なるべく全部のエリアを早々に調べたいからな。」
「まぁ、セリアなら一人でも大丈夫だろしな。」
準備を整えると昼頃を目途に担当エリアへと散らばっていった。
当初の予定通り昼頃にはエデンに全員が戻って来ていた。そして昼食を取りながら調査結果の共有を行った。
まず、ランスロット、ブリュンヒルデが調査した東、南エリアは何の変化も起きていなかった。次いで北エリアは魔物の種類の増加に加え、魔物の強さ自体が昨日よりも格段に上がっていた。そしての西エリアは今までいなかったはずの魔物の出現が確認された。さらに魔物の種類数が北エリアとほぼ同じであることが分かった。魔物の強さはセリア自身が北エリアを調査したわけではないのではっきりと分からないが、話を聞く限りほぼ変わらないと結論付けた。
最後にエデン周辺であるが、こちらも魔物の種類、強さともに北エリアと同様の傾向を示した。
北エリアにあった祠は消滅したままである事も確認できた。また、キューブも昨日起きた変化から何も変わっていなかった。
そして回り始めた歯車はセリア達の事なのど構いもせず、その速度を上げて行く。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




