第十九羽. 騎士の間と王の帰還
動甲冑はゆっくりと巨大な両手剣を上段に構えるとセリアに向けその巨大な両手剣を振り下ろす。
轟音と共に地面を二つに割りながら不可視の斬撃がセリアに襲い掛かる。だがセリアが展開した防御結界に阻まれセリアの身体にそれがとどくことは無かった。
砂埃に覆われたセリアの視界に両手剣を振り上げた動甲冑が姿を現す。
振り下ろされた両手剣を左手で受け止めるセリア。相対することで今まで倒した動甲冑とまるで違う事を肌で感じた。
その体躯はセリアより二回りほど大きい、そして膂力やスピードが桁違いであった。
「ほぉ、初見で空牙を防ぐだけでなく、我が剣戟を受け止めるか。」
「言葉を解するか。何者だ!」
「我が名はランスロット。この騎士の間の領域を守護する者。さて、貴殿の名を伺ってもよいかな。」
「私の名はセリア。この迷宮を攻略しにきた。」
「では、その力量を見せてもらおう!」
『テトラ、暫く離れててくれ。』
『りょーかい』
セリアの言葉にテトラは返事をしながら、離れた位置まで下がって行った。
「二人がかりでも、こちらは構わないが。」
「いいや、私一人で十分だ。ランスロット、お前の剣が私に届くことはない。」
セリアの言葉にランスロットは両手剣を再び構え直す。構えた剣にエーテルが収束していくのが見た目にもよく分かる。
多分、アルやアヤメならランスロットには勝てないだろうな。
それが今の目の前で剣を構えている相手に対するセリアの率直な感想であった。
お互いの間に一瞬の静寂が訪れる。静寂を破りセリアに向けてランスロットの斬撃が襲い来る。先程よりも鋭く、力の籠った一撃。
その一撃でもセリアの身体を傷つける事は出来なかった。ランスロットの渾身の一撃はセリアの人差し指で受け止められていた。
「その程度では、私の指一本すら傷つけることは叶わないぞ。」
セリアのその言葉にランスロットは連続で剣戟を浴びせる事で答えたが、その全てにセリアは人差し指一本で対処してみせた。
ランスロットは一歩下がり、切っ先をセリアに向けそのまま首目がけて突き出す。セリアはそれをギリギリで躱すとランスロットの懐に潜り込む。そして体当たりをする要領で自分の側面をランスロットにぶつける。
その威力に吹き飛ばれるランスロットはかろうじて剣を地面に突き立てることで、セリアの攻撃に耐えて見せた。
「よもや、ここまでの差があるとは。とはいえ、こちらもこれで終わるつもりはない!」
立ち上がり、地面に突き立っている剣を握りなおすと剣の表面にヒビが入り始めた。そのまま剣を横に払うと刀身が崩れ始め、その下から新たな刀身が姿を現す。
それと同時にランスロットの関節部分が鈍く輝き出し、膨大なエーテルが溢れ出し始める。
「全身全霊で行かせてもらう。」
「あぁ、そうした方がいい。」
上段に構えるランスロットは再びセリアに向け剣を振り下ろす。
見えない斬撃は明らかに威力が上がっていた。そしてセリアを襲う斬撃は一つではなく、無数の刃となり防御結界を破壊する。
無数の刃から距離を取るためセリアが後方へと跳躍したとき、それを予想していたようにランスロットの一撃がセリアの胴を薙ぎ払う。
ランスロットはセリアを確実に捉えた。だが刀身からはその感触を一切感じない。振り抜いた刀身へ視線を向けると刀身は真ん中あたりから消えていた。
「残念だが、私に届くにはまだ足りない。」
自分の懐から声がする。
ランスロットが自分の懐に目を向けると、既に攻撃態勢を取ったセリアがそこにいた。
ランスロットの懐に入り込むセリア。踏み込んだ足は地面を砕き、そこから生じた力が効率よく上半身へと伝わっていく。上半身へと伝わった力は腕へと伝わり、エーテルと一緒に拳から解放されていく。
解放された力をまともに受けたランスロットは何が起きたか分からず、そのまま前のめりに倒れていく。鎧の背中の部分が内側から爆発したかのように無残な状態になっていた。
セリアはストレージからエリクサーを取り出すと、一気に飲み干す。傷ついた左腕が瞬く間に回復していく。
最後、セリアの拳がランスロットに触れるのとほぼ同時にセリアの左肩に折れた剣を突き立てていたのだ。その攻撃でセリアの肩のあたりの骨は砕け、腕から血が滴り落ちていた。
癒えた左腕と倒れ伏しているランスロットを交互に見つめ、セリアはランスロットを仲間にすることを決めた。
「ランスロット、私に仕えないか?」
動甲冑に効果があるか分からないが、エリクサーをもう一本取り出すとランスロットに振りかけた。すると、ランスロットの砕け散っていた背中はみるみる間に元の姿を取り戻した。
「・・・・・・」
傷の癒えたランスロットは立ち上がるも、その口は重く閉ざされていた。
「忠臣は二君に事えず、か。いつその玉座に戻ってくるか分からぬ王を待つより、外界に出て更なる高みを目指す気はないか。こんな閉塞感しかないような場所で終わる気か。」
セリアの言葉にランスロットは沈黙を守り続け、唯々セリアの顔を見つめている。
「これが最後だ。私に仕えろ、ランスロット!」
片膝を着きセリアに恭順の意思を示す。セリアに対して跪く、それがランスロットが出した答えである。答えを示したその時、ランスロットの身体はエーテルとして霧散した。そして周囲のエーテルが集まりだした。セリアの目の前で凝集されたエーテルが形を成そうとした、その瞬間、セリアは体内からエーテルが抜き取られる感覚を覚えた。
セリアからすれば一割にも満たない量ではあるが、大概の者は即死、ないしは瀕死になる量を持っていかれたのである。
セリアからエーテルを得てそれは段々と人の形を取り始めた。そして姿をそこに露わにした。全体的な容姿は依然と変わりがないが、少し細目になった印象がある。そして持っていた両刃の大剣は、片刃、刀に近いよう形状に変化していた。
「王よ、我が忠誠をお受け取り下さい。」
再びセリアに跪き、ランスロットは忠誠を誓った。
《グリモワール》がセリアの意思とは関係なく出現し、ページが開かれる。そこにランスロットの名が明記されると目の前にいたランスロット姿は消えて行った。
ランスロットを仲間に加えたセリア達は、休憩を取った後、戦闘が行われたこの場所を隅々まで調べていた。
『テトラ、何か見つかったか?』
『なにもないよ~。あるじは?』
『こっちにも何もないな。』
あれこれ30分近く手がかりを探しているが、一向にそれらしきものが見つからない。セリアは玉座が鍵なのでは、と考え玉座を隅々まで調べたが、魔法陣や文字、文様といったものが何も見当たらなかった。
玉座を真正面から眺めていたセリアの脳裏にランスロットが最初に出現した時の事がよぎる。ランスロットは王の帰還を待ち望み、玉座を守り通していた。つまり王の帰還が鍵。
セリアはランスロットを《グリモワール》から呼び出すと、玉座へと腰を掛けた。
すると、13人の鎧姿の女性と100以上の動甲冑がセリアの目の前に現れた。
ランスロットが歩き出し目の前に現れた騎士団の隊列へと加わり、セリアへと跪く。それにならいランスロットの後ろにいる全ての騎士が同様に跪いた。
「帰還心よりお待ちしていました。ランスロット旗下、ワルキューレ13名、エインヘリアル150名、今より陛下に絶対の忠誠を誓います。如何様にもお使いください。」
ランスロットの口上が終わると騎士団が姿を消し、《グリモワール》に名前が表示された。立ち上がりセリアへ一礼するとランスロットもその姿を《グリモワール》へと移した。
セリアは一連の出来事に、何故こんな事に・・・と頭を悩ませた。こんな騎士団を手に入れて私は何をするつもりだ?
手で顔を覆い現状を整理しようとしたが、考えるのやめ全てを未来の自分へと放り投げた。
『あるじ~、うしろ~』
『どうした、テトラ』
テトラからの念話に立ち上がり振り返ると、そこには奥へと通じる入り口があった。そこは一連の出来事が起きるまでただの石の壁であったはず。
中へ踏み入るとすぐに左右に分かれていた。左は魔法陣が設置されいた。これが帰還用の魔法陣なのだろう。
そして右へと向かうと、そこは所謂、宝物庫といった場所であった。金銀財宝といったものはほとんどなかったが、武器や防具、魔術書、鉱石といった物が所蔵されていた。
武器は両刃の剣から槍、弓と幅広く所蔵されていた。セリアは所蔵されている武器防具をを片っ端からストレージに放り込んでいった。その中でセリアが一番気になっていた物が刀であった。
それは刀身が黒く、鑑定でも銘が”黒刀”としか分からなかった。ただ刀を最初に手にした時、《ツクヨミ》を初めて手にした時と同じような感覚を覚えた。
この黒い刀については、《オモイカネ》に解析を依頼し、他の武器防具と同様にストレージへと収納した。
魔術書の回収を終え、次の部屋には鉱石が所狭しと置かれていた。ミスリル、アダマンタイト、ヒイロカネ、そこには希少金属の宝庫であった。
そして一番目を見張ったのは、セリアの身長と同じくらいの大きさの水晶のような鉱石であった。鑑定結果は水晶ではなく、神の雫と呼ばれる特殊な鉱石であった。神の雫は特殊な精錬で加工しないと傷一つすらつけることの出来ない創造上の鉱石とまで言われている代物である。
当然、今のセリアではこの鉱石を加工する術はない。これを使用した武器防具を作成してみたい、そんな衝動にセリアは駆られていた。
所蔵品を回収しながら幾つかの部屋を回っていると、小さめの部屋に辿り着いた。そこには何かの卵のような物が台座の上にあった。
《オモイカネ》の鑑定から判明した事柄は、卵のような物は文字通りの卵かは判別がつかない事、そしてそれは幾重もの魔法陣で厳重に封印され、卵らしき物の鑑定が出来ないのは封印の魔法陣の効果による事、の2点である。
『この封印を解くことはできるのか?』
『解析を開始していますが、暫く時間が掛かります。』
《オモイカネ》からの報告にセリアは解析が終了するまで待つ事を選択したが、なんとなく魔法陣に触れてみた。
パリィン!
ガラス砕けるような音と共に幾重にも張り巡らされた魔法陣が砕け散った。
『えっ!』
その光景に念話で《オモイカネ》の驚く声が漏れていた。
『卵の解析に入ります。』
《オモイカネ》からの解析を実施すると報告が入ったとき、またもや不用意な行動をとっていた。そう、卵に触れていた。セリアが卵に触れた途端、本日二度目となる体内からエーテルが抜き取られる感覚を覚えた。ただ前回と異なるのは半分近くをゴッソリと抜き取られた。
一瞬にして半分近くものエーテルを抜き取られたセリアは眩暈でふらつき、その場に膝をついた。
眩暈がおさまり、顔を上げると先程までとは異なる別の空間にいた。慌てて立ち上がり、辺りを見渡すがそこには卵と自分以外なにも無く永遠に空間のみが広がっていた。
『この空間を解析してくれ』
『・・・・・・』
セリアの念話に《オモイカネ》からの反応がまったくない。
『《オモイカネ》!』
リィン・・・・・・
再度の念話にも《オモイカネ》からの返答は無く、怪しげに存在する目の前の卵に意識を向けると微かに音が鳴り響く。
リィン・・・
再び鳴り響く。今度は先ほどよりはっきりと聞こえてくる。そしてセリアは気が付いた。それが空気の振動によるものではなく、頭に中心に直接響いていることに。
リィン
「僕は君のために存在する。恐れないで。」
一際大きく鳴り響き、微かに聞こえる程の小さな声がセリアに届くと現実へと引き戻された。
『《オモイカネ》、今の事象は認識出来ていたか。』
『観測されうる現象は起きていません。どうかされましたか?』
やはり《オモイカネ》は、あの空間での出来事を把握していない。あの空間での出来事が何を意味しているのか、セリアは全く分からないでいた。
『い、いや、何でもない。解析はどの程度進んでいる。』
『始めたばかりのため、それほどの進捗はありません。』
《オモイカネ》の解析を待つ事にしたが、セリアの脳裏にはあの言葉がよぎっていた。
恐れないで、か・・・。
よぎった言葉に従い、セリアは再度卵に触れようとする。
『また、エーテルを抜き取られるかもしれません。触れるのは解析を待ってからに!』
『大丈夫だ。私を信じろ。』
制止する《オモイカネ》の言葉を振り切って、セリアは卵に触れた。
セリアが触れると卵は僅かに光だし、糸のようなものが宙に放出されていった。まるで繭から糸を紡ぐように。
宙を漂っている糸に見える物は、糸ではなく長く連なった魔法陣であった。つまりこれは卵ではなく、細く長い魔法陣で作った繭。
繭の中には何が潜んでいるのか、セリアは固唾を飲んでその時を見守った。
全ての魔法陣が紡がれ、姿を現したものは赤く輝く宝珠であった。
これで終わりなのか?
セリアが疑問に思いながら宝珠に触れようとしたとき、宙に漂っていた魔法陣が宝珠の中へと吸い込まれ始める。
魔法陣が吸い込まれていく程に宝珠の輝きが増し、全ての魔法陣が宝珠の中へと消えていくと、激しい光をと共に宝珠は形を変え始める。
あまりにも眩しさに目をつぶり、顔を背けるセリア。
光が収まり、宝珠があった方に目を向けると、そこには子犬程の大きさの愛らしい生き物がいた。それは額にルビーのような宝石を宿し、長い耳、白銀の毛並み、愛くるしい黒い瞳。そして三本の尻尾を有していた。
「きゅーん!」
この愛らしい生物は一声鳴くと台座の上でお座りポーズで止まり、三本の尻尾を揺らしてこちらを見上げてくる。セリアが手を出すとその手をペロペロと舐め、目を細めて顔を手に摺り寄せてくる。
頭を軽く一撫でして、抱き上げながら鑑定を行うと、種族欄にはカーバンクルΩとある。そして名前欄は空欄になっている。
生を受けたばかりだ、当然といえば当然か・・・。
「お前の名前を考えないとな。」
きゅんと一声鳴なくと何かを期待するような目でセリアを見つめる。まるでこちらの言ってる事が理解できているようなそんな素振りを見せる。
「シロ、もしくはポチでどうだ?」
セリアからの提案に今までゆさゆさ揺れていた尻尾がへんなり垂れて、顔がそっぽを向く。見るからにお気に召さない様子だ・・・。
カーバンクルってルビーやガーネットいった赤色の宝石の総称としても使われる言葉だったような・・・
ルビー、ガーネット・・・
アントラクス、は長いか・・・
「では、ラクス」
「きゅん!」
今度は気に入ったようだ、へんなり垂れていた尻尾が元気よく揺れている。
「じゃぁ、行くか、ラクス!」
ラクスを一旦地面へと下ろすと来た道をセリアは引き返し始める。テトラが定位置のフードへと潜り込むと、それを見ていたラクスもセリアへとよじ登り、セリアの頭の上でくつろぎ始める。
「ラクス、降りてくれないか。」
セリアの言葉に顔を背け、尻尾ゆさゆさ揺らしながら拒否を示すラクス。
まぁ、いいか。
降りる様子を見せないラクスを頭に乗せたまま、セリアは転移用魔法陣のある場所に向けて歩き始める。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




