第十七羽. 悪夢という名の現実
「やれやれ、まさか、ここが”無限牢獄”とは。そして、セリア殿がこの状況を切り抜ける鍵か・・・」
自分の置かれている状況に他の誰よりも理解しているサジは天を仰ぎ呟く。
目の前で起こった出来事に驚きながらも、発端であるセリアに一同の視線が集まる。
「セリアねえ、その本は何なの?」
「これは《グリモワール》といって私の持つスキルだ。能力は魔法やスキルを記録し、使うことが出来る、といったものだ。」
セリアの説明は嘘ではないが、正確性という意味で言えばかなり遠い。
「セリア様、そのスキルとこの現状はどう関係があるのでしょうか?」
『強制的に《グリモワール》へのアクセスが行われ機能が追加されました。』
『なにか不都合はあるか? それと追加された機能の説明を頼む。』
『現状は特に問題ありません。幾つかあるため、重要な機能に絞ってご説明します。まず一つ目はスキル《ダンジョンウォーク》、これはダンジョン内での移動スキルです。今いる場所と踏破した階層との行き来が可能となります。二つ目はダンジョンの機能を利用するコンソールの追加です。これについては、一切のアクセスが出来ないため、セリア様自身の操作が必要になります。それと皆さんにお見せした方がよい情報があります。』
『その内容を何処かに投影出来るか?』
『問題ありません。では、壁への投影いたします。』
「アルの疑問には私も正直分からない。ただ、この《グリモワール》に攻略するヒントがあるとは思っている。そこで、みなにこれを見てもらいたい。」
『はじめてくれ。』
セリアの言葉の後に壁面に文章が表示される。そこにはこの迷宮を攻略するルールのようなものが書かれていた。要約すると。
・この迷宮の脱出は踏破以外に手段がない。
・ここでの時間は外界とは異なり、帰還時は元居た場所の同時刻になる。
・迷宮の挑戦はセリアの眷属のみ。戦闘に関与しないのであれば同行可。
・一パーティの人数は六人(従魔は含まない)まで。パーティ数の上限は無し。
「セリアねえ、眷属ってなに?」
「私の部下というか配下みたいなものかな。実際にそういった関係になるのではなく、あくまでも私のスキル上では。今はアルだけだ。」
「テトラは違うの?」
「眷属というくくりでは一緒だが、テトラは正確には従魔かな。」
「眷属になると、取得経験値の上昇、スキルの付与、念話を使ったネットワーク、と色々恩恵がある。」
「じゃ、僕もセリアねえの眷属になる!」
「セリア殿、少し良いかな。わしから提案がある。書かれてたルールに則るのであれば、迷宮の探索ではわしは戦力ならん。だが、脱出するための手助けは出来る。それは、おぬしらを鍛えること。全員わしの弟子になんか? 自分で言うのもなんだが、こう見えてもかなり強いぞ。そうじゃの、アヤメ嬢ちゃん、体にエーテルを纏わせみなさい。」
「いいよ! じゃ、やるね!」
突然、エーテルを纏うように言われたアヤメは頭に疑問符が浮かびながらも、それ程難しい事を要求されていないため、とりあえず言われた通りエーテルを全身に纏い始めた。
全身を覆っているエーテル量、そして、その状態にスムーズに至っている事を見れば、それはセリアから見てもそれは十分なものであった。ただ、それはサジにとって満足のいくものではないのは、サジの顔からも明らかであった。
「うむ、まぁ、一般的な冒険者であれば十分じゃが、これからの戦闘を考えると、落第点じゃな。」
「えぇー、じゃ、サジのじいちゃんやってみてよ!」
サジの反応にアヤメは可愛らしく頬を膨らませていた。
「いいじゃろう。しっかりとその眼でみるんじゃよ。」
アヤメにそう答えると、サジはエーテルを纏い始めた。それは、アヤメが、いや、セリアが知るもとは根本的に異なっていた。サジが纏うエーテルはまるで水が流れるよう滑らかに全身に行き渡っていき、揺らぎがなく洗練されていた。サジの技が纏うなら、アヤメの場合は纏うでなく覆うという表現が適切だろう。
「本来は見て自分で気付くことが肝要なのじゃが、今は状況も状況なので、ヒントを出そう。エーテルを体内で循環させるイメージじゃな。それと、わしのいた地域ではエーテルの事を”気”と呼んでおった。”エーテル”という言葉が馴染まないので、今後は”気”と呼ぶのでよしなにの。」
詳しい現代医学の知識がなくとも、血管を通り血が全身に運ばれるのは、セリアにとっては周知事実である。それをイメージして軽くエーテルを流すと今までとは違う感覚がセリアを襲った。
それを横目で見ていたサジは少し笑みを漏らしながら言葉を続けた。
「全ての基礎にしてまたここに至る、と言われておる。わしのように、とは言わんが、まず、これが第一の課題だ。これが出来なければ話にならんからの。まぁ、迷宮の探査がてら気長に、じゃのう。」
「じゃ、さっそく入ってみようよ!!」
アヤメの明るい声が響き渡った。そう言って入り口に向かって歩くアヤメを見て、暗くなっていた一同の心が和らいでいった。
「そうだ、その前にセリアねえに眷属にしてもらわないと!」
「いいのか?」
セリアに向き直り、笑顔を向けるアヤメにセリアは自分の右手を出して問う。
「構わないよ! それに、そうしないとあのムリエルとかいうやつに勝てないし!」
セリアが差し出して右手を躊躇いなく元気に取るアヤメ。アヤメがその手を取ったその時、彼女の身体が光に包まれ、さらにセリアのストーレージから宝石が独りでに出現した。それはコクヨウが消滅した後に残されていた物だ。宝石が赤く輝きだすとアヤメの中に消えて行った。
光が収まり、姿を現したアヤメは稚な顔立ちは鳴りを潜めるが、可愛らしくも大人びた顔立ちの少女になっていた。身長も高くなり、以前よりがっちりとした体格になっていた。そして何より保有するエーテル量が圧倒的になっていた。
「おぉー、なんか、視線が高くなった!」
開口一番、出てきた言葉が、これである。変化したアヤメに驚いていた一同が笑いに包まれる。アヤメの言う通り身長が13,4センチほど伸びている。今は160センチといったところだろう。
「成長・・・してない・・・」
アヤメは自分の胸に手を当てると、落ち込みながら呟き、セリアの胸と自分のを交互に見ていた。
「あ、アヤメさんはまだ成長途中ですから、まだこれからですよ。」
それを見ていたアルジェントがアヤメを励まそうと声を掛けるも。
「アルねえ、それは嫌味にしか聞こえないよ~」
頬をふくらまし、アヤメはそっぽを向いてた。
そんな微笑ましい様子を眺めながら、セリアはアヤメを鑑定していた。
名前:アヤメ
種族:羅刹
性別:女性
年齢:16歳
レベル:23
エーテル値:73000
職業:魔弓術士、刀術士
称号:鬼神の後継者
スキル:弓術、千里眼、火属性魔法、状態異常魔法
加護:鬼神の加護
『羅刹とは鬼人の上位種になります。しかもかなり上位の種族になります。戦闘を経験し、進化した体に慣れればエーテル値はまだ上昇します。』
『アルは進化しなかったが違いはあるのか?』
『おそらくアヤメに吸収された宝石に関係があると推測されます。』
『わかった。これ以上そこを追求してもしかたがないか。それと称号と加護の解析を頼む。』
『かしこまりました。』
「アヤメ、話し中悪いが、ちょっといいか。」
「セリアねえ、なに?」
「アヤメを鑑定したのだが、気になっ」
「セリアねえ、勝手に鑑定したの、なんか恥ずかしいなぁー。まぁ、セリアねえならいいか。」
鑑定された事にプライバシーの侵害みたいな顔でセリアを見ていたが、途中から冗談、冗談みたい口調に変化していた。そんなアヤメをただじっと見つめるセリア。
「あっ、ごめんなさい。続きを・・・」
アヤメの言葉に呆れながらも話を続ける。
「気になった点だけを話をすると、まず、種族が”羅刹”に進化していた。それと称号に”鬼神の後継者”、加護に”鬼神の加護”がある。進化については眷属化による恩恵だと思うが、それ以外について何か心当たりはあるか。」
「心当たりというか、その二つともコクヨウ兄さまが持っていたよ。そのせいかな、なんかコクヨウ兄さまが近くにいるような、そんな感じがするんだよね。」
「そうだな、きっと妹が心配になり、進化する妹に贈り物をしたのかもな。」
「きっとそうだよ。兄さま、ありがとう!」
そんなアヤメの頭をセリアは軽く撫でる。
「それじゃ、行くぞ! サジ老師も一緒によいですか。後で試したいこともあるので。」
「あぁ、構わんよ。」
セリアの掛け声に一行は迷宮へと踏み入れる。踏み入ったそこは今までいた広間とは違いヒンヤリとした空気が露出した肌を刺激し、背筋には冷水を浴びせられたかのような感覚に襲われた。そしてなりより生命としての生存本能がここにいることを拒否していた。
通路は広間と同様に緑色をした石に覆われていた。その通路を少し進むと十字路へと差し掛かった。
どちらに行くべきか。ここはこのまま真っ直ぐに進むか、そう一同が思案していると。
--カタカタカタッ!
何処からともなく笑っているかのように骨を鳴らす音が響き渡った。
「戦闘態勢!」
セリアが緊迫感のある声を張り上げている中、一人緊張感のない声が後ろから上がってくる。
「セリアねえ、僕、武器がないんだけど、捕まった時に全部取られちゃった。」
「アヤメ、そういうことは早く言ってくれ! 今はこれで我慢してくれ!」
セリアはストレージから両刃の剣を取り出すとアヤメに渡す。その間にも段々と音が近づいてきていた。
『周囲の探索はどうなっている。』
『申し訳ありません。何かに妨害され辺り一帯の索敵が現状不可です。』
《オモイカネ》の返答と出鼻を挫かれたようなこの状況に若干の焦りを感じたセリア。
骨人。
音の発生源はある程度経験のある冒険者であれば戦闘経験のある魔物である。セリアはその姿に安堵したが、それが間違いであることをすぐに思い知った。
目視した骨人が急接近してきた。それでもアルジェントが攻撃を抑えたと思ったが、アルジェントの盾は弾かれていた。
無防備になったアルジェントの身体に骨人の攻撃が届く瞬間、テトラの攻撃によって骨人が吹き飛ばされた。吹き飛ばれた骨人はその衝撃で頭部が破壊され、その場で消えていった。あとには魔石が残されていた。
「アル、大丈夫か?」
「すみません。油断していました。今まで何度も戦ったことがあるのですが、想定以上の力でした。以後気を付けます。」
油断していた、とはいえアルの盾を弾くほどの力が、そう考えアルに疑問を投げかける。
「アル、オークキングとどちらが強かった?」
「オークキングです。ただここはまだ入り口です。」
「オークキング程度は当たり前という事か・・・」
アルジェントからの返答にセリアはこの迷宮の異常性を垣間見た。
アル、テトラ、アヤメの早急なレベル上げが必要だな・・・
セリアの考えを見透かしたように《オモイカネ》からとある提案が出た。
『今討伐した骨人からの経験値が高く、アル、テトラ、アヤメの育成を考えると経験値の分配比率を変更することを推奨します。』
『わかった。比率は3:3:3:1で私が1だ。』
--カタカタカタッ!
そうこうしていると、また骨人が鳴らす音が響きわたってきた。さらにその音は十字路の左右、正面から鳴っていた。早々にセリア達は骨人との集団戦を余儀なくされた。
「アル、テトラ、アヤメは左を迎撃!」
「アース・ウォール」
支持を出したセリアは正面の通路をアース・ウォールで塞ぐと右の通路のへと躍り出た。
先ほどの老師を思い出せ。血が血管を巡るように、エーテルが血のように全身を巡るイメージを。そして自分の意識を周囲に広げ同化するように、意識を沈めていった。そしてイメージを基に全身にエーテルを巡らすセリアは今までにない感覚に身を委ねていた。セリアは先の戦闘での後遺症のためかいまだに大量のエーテルを扱えないでいた。しかし、そんなセリアの身体に力が湧き上がっていた。
目を頼らずともエーテルの流れで骨人の動きを把握することが出来ていた。迫りくる骨人の頭蓋を鷲掴みにするとそのまま地面に叩きつけ、粉砕。さらに、もう一体が振り下ろした剣を左手で掴むと、右手を胴へと打ち込む。
その後ろいた骨人が剣が突き出す。その剣を避けながら左手で骨人の手首を掴むと、セリアは自身の身体を時計回りに半回転させ、右肘を後頭部へと打ち込む。
10体いた骨人を素手のみでセリアは屠っていた。
「まだまだとは言え、もうそこまで至るか・・・」
そんなセリアの様子をサジは満足な顔で頷きな眺めていた。
「セリアねえ! 助けて~!!!」
左通路を任せていたアヤメが情けない声でセリアに助けを求めるのが聞こえてきた。セリアも大分押されている事は分かっていたが、アヤメ達は身体の至る所に傷を負い、満身創痍だった。
「広間の入り口まで、後退するぞ!」
即座に駆け付けたセリアは骨人の群れを片づける。そんな中、セリアは左右の通路からまだ骨人が進行してくるのを感じ取り、アルジェント達を広間の入り口まで下がる支持を出した。
アース・ウォールで堰き止めて正面も骨人の群れの圧力に負け砕け始めた。
骨人の波に巻き込まれる寸前で自身も後退すると、セリアは詠唱に入った。
「十全に至らぬ 虚ろなる魂よ
偽り 猛り 嘆き 果てよ
全ての罪過を消し尽くす 煉獄の焔とともに」
詠唱が完了する頃には、セリアの視界は骨人の軍勢で覆いつくされていた。
「炎獄術式 罪火」
セリアから放たれた炎は眼前にいる骨人の軍勢を一瞬にして消滅させ、一階層にいた殆どの魔物をも消滅させていた。
骨人の軍勢が消滅したのを確認したセリアは、激痛とともにその意識を手放しその場に倒れた。
今の実力では一階層の攻略もままならない悪夢のような現実をセリア達は突きつけられた。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。




