第十六羽. 迷宮への誘い
目を覚ましたセリアの視界には天井と言うには高く、そして無機質なものが目に入った。
あれ・・・私は・・・そうだ、ムリエルとの戦闘、そして見知らぬ老人に助けられ、そこでやっと記憶がはっきりしてきたセリアは勢いよく起き上がり、
「アル、テトラ!」
「二人ならまだそこで気を失っておるよ。」
両者からの返事でなく、一人の老人から声を掛けられた。そしてセリアは自分の置かれている状況に目を向ける。
「ここはどこなのでしょうか? それとあなたはいったい?」
「自己紹介がまだじゃったな。もう少し待たれよ。皆が目を覚ましたら順に説明をしよう。」
その言葉にセリアは壁際に座り込み皆が目を覚ますまで、《オモイカネ》から現状の報告を受けた。その報告を要約すると、ここは別次元のどこかで帰還方法も現状分からない、という事だ。
そして、あの老人の持つ情報頼り、という事だ。それでもアルジェント、テトラがいるのは心強いと改めて感じていた。
そうこうしていると、順次目を覚ましていった。目を覚ましたアルジェントのセリアに対する心配ぶりはこちらが恥ずかしさを覚える程であった。
アヤメは気が付けば知らぬ場所、知らぬ人に囲まれている状況に落ち着かない素振りを見せていた。
「この状況を説明する前に、まずはわしの事を話そう。わしの名はサジ。しがない仙人じゃよ。」
仙人・・・?こちらの世界にはそういった存在がいるとは。そういえば三国志の中にも”左慈”という名の仙人が登場していたような・・・。
「黒衣を纏っていた男、正確にはあやつが所属している組織に多少なりとも縁がある。」
「サジさん、その縁というものを説明して頂くことは?」
「それは、ここから脱出出来てからの話じゃな。なんせここを出ぬことには何も始まらん。今のこの状況を説明する前に、まず一通り自己紹介を済ませよう。」
サジと名乗る老人に促され、セリア、アルジェント、テトラと簡単に自分の話を済ませていく。テトラについてはセリアから語られたのは言わずもがなである。
「えぇっと、アヤメです。見ての通り鬼人族です。」
アヤメはまだこの場に慣れていないのか、やっと聞こえる程の小さな声で自分の事を話した。
「アヤメさん、どうしてあの場所にいたのかを教えて欲しい。勿論、話したくないのであれば無理に聞き出そうとは思っていません。」
セリアは優しくアヤメに話しかける。しばらく俯いていたアヤメは顔を上げ、辺りを見渡すように一人ひとりの顔を見ると、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
「僕はエリトルスから東にある国の山間部にある村に住んでいました。その村は自然豊かで数多くの恵みをもたらす山々に囲まれていました。人口は300人程度で皆が家族のように日々を過ごしていました。」
語るアヤメの顔は故郷を懐かしむも二度と手に入らない事を知っている、そんな寂しい顔をしていた。
「そんなある日、村が・・・襲撃に合い、村のほとんどの者が犠牲になりました。そしてそれを行ったのが黒いローブを纏った男と我が兄、コクヨウでした。僕は兄、いやコクヨウと黒いローブを纏った男をこの手で討つために冒険者となり、二人の行方を追っていました。数年がかりで情報を集めて挑んだのですが、この有様です。」
セリアは立ち上がると、アヤメの前まで来ると片膝をつき、目線をアヤメに合わせた。
「アヤメさん、あなたの敵が目の前にいます。」
「えっ、か、かたき? セリアさんが? わたしの?」
「はい、あなたのお兄さん、コクヨウを命を奪ったの私です。」
「セリアさん、兄を止めて頂きありがとうございます。元々は僕の手でコクヨウを止めるつもりでいたんだ。それは当然この手で命を奪う覚悟もしていた。セリアさんは目の前に立ちはだかった敵を排除しただけだよね。なのでセリアさんを敵だとは思ってない。それにそんな事も分からないような子供ではないよ、僕は。」
笑って誤魔化してはいるが、悲しみこらえる少女の顔がそこにあった。
「そっかぁ、もう兄さまに会えないのかぁ。」
そう呟くアヤメのからの頬を伝い流れ落ちるものがあった。
「あ、あれ。泣かないって決めたのに。な、涙が止まらないよ。おかしいな。兄さまは僕のたった一人の肉親だったんだ。もう僕には、誰もいないんだ。」
とめどなく流れる涙に初めは困惑していたアヤメだが、今まで押しとどめていた思いと共に号泣し始めた。
「泣きたいときは、我慢せず泣けばいい、泣き止むまで私がそばにいるから。」
アヤメの背中に手を回し抱きしめるとセリアは優しく語りかけた。セリアの胸の中で泣き続けるアヤメに周囲も優しい視線を送っていた。
「セリアさん、もう大丈夫。落ち着いたから。」
暫くして上げたアヤメの顔は気恥ずかしさからか少し頬が赤くなっていた。
「それと、もう一つ伝えたいことがあります。コクヨウから死の間際にアヤメさん、あなたを頼む、とお願いされました。肉親という意味での家族は確かにいなくなりました。でも血のつながりなくても家族にはなれます。私が今日からアヤメさん、あなたの家族です。もしアヤメさんがよろしければ、ですが。もし嫌であれば、アヤメさんが行きたいところまでちゃんと送り届けます。ここから出られたらの話ですが。」
セリアは自分の指でアヤメの涙でぬれる頬を拭いながら言葉を綴った。セリアの言葉に初めこそきょとんととした顔をしていたアヤメだったが、理解が追い付くにつれ驚きの表情へと変わっていった。
「ぜ、全然嫌じゃないよ。それに僕はもう一人だから。こちらからお願いしたいくらいだよ!それと、兄さま、本当にそんなことを言ってたの?」
「はい、死の直前に自我を取り戻し、それが最後の言葉でした。きっとアヤメさんの事だけが最後の気がかりだったのでしょう。」
「セリアさん、本当にありがとうございました! 兄さまの最後の言葉を届けてくれて。」
そう言って向けてきた笑顔はとても愛らしかった。元気になったアヤメを見て、もう大丈夫だと思ったセリアはアルジェント達のもとに戻ろうと立ち上がった時。
「セリアさん、あ、あの・・・お願いがあるんだけど・・・」
「私に出来る事なら構いませんよ。」
「えぇーっと、あ、あのー、せ、セリアねえって呼んでもいいかなぁ? そ、それと、家族なるなら、その他人行儀みたいな口調をやめて欲しい・・・」
自分のお願いが気恥ずかしいのか、アヤメの言葉は尻窄みになっていった。
「そうだな。分かった。これからよろしく、アヤメ!」
「うん、こちらこそ、よろしく!」
そう言って右手を差し出すセリアに元気よく返事をすると手を握り返した。アヤメの手を小さくは暖かな手をしていた。
「アヤメさん、よろしくお願いします。先程ご挨拶しましたが、改めて、アルジェントと申します。」
セリアとアヤメのやり取り聞いていたアルジェントは近くによると改めて挨拶を交わした。
「よろしくね! アルねえ!」
アヤメからの呼び名に少し意表を突かれたアルジェントであったが、その呼び名が嬉しかったのか微笑をたたえていた。
『テトラだよ~。悪いスライムじゃないよ!!!』
アルジェントの挨拶が終わると、テトラがアヤメの肩に飛び乗り慣例となる挨拶をしていた。
「テトラ、よろしくね! テトラ可愛いね!」
嬉しかったのか、アヤメの頬に自分を擦り付け感情を表現しているテトラ。そんなテトラを指で突っつくアヤメの姿に、こんな状況でなければ微笑ましくて良いのだが・・・とセリアは現実に目を向けていた。
「雨降って地固まる、といったところかの。それではこれからの話を始めようかの。」
一連の出来事を温かく見守っていたサジが話を先に進める事を提案してきた。
「サジさん、時間取らせてごめんね。」
「いいんじゃよ。それにお嬢ちゃんの元気な顔を見られてわしも嬉しいからの。」
そう言って笑うサジの顔が、次には真剣な顔つきになっていいた。
「さて、まずは何故ここにいるか、から話を始めよう。簡単に言うと、ムリエル、奴の術中にはまった、というわけじゃな。想定外の事で仮に自分が撤退した場合でも、魔晶石を回収すれば術式が発動すれば始末出来る。あやつはそこまで織り込み済みというわけじゃよ。とはいえ、まさか、設置型術式で”無限牢獄”を使うとはな。」
「その”無限牢獄”とは、どういった魔法なの?」
「その名の通り、対象者を無限の空間、永遠とも刹那ともとれる時間の流れの中に閉じ込める術じゃよ。故に”無限牢獄”。そこから帰ったものがおらんから、今の説明も正しいのかは、わからん。ただ今回はわしが発動直前で、なんとか回避したのでここが”無限牢獄”ではないと思うが、正直わしにもここが何処だか見当もつかん。なにか手がかりがないか、ここを探すしかないの。」
あ、サジが匙を投げた。セリアはふとそんな事を思いつき、自分の思いついたギャグに全身が冷えていくのが自分でもわかった。
「それじゃあ、みんなで手がかりを探そう!」
アヤメの元気な声に四方に散り手がかりを探し始めた。
セリアは改めて自分達が今いる場所を眺める。そこは10メートル四方と広い空間で、天井、床、壁とこの部屋を構成する全てが緑色の石材のようなもので出来ていた。そして注意深く見るとかなりの透明度があることが分かる。側面には一定間隔で灯りが設置されている。その灯りは丸い水晶で表面には文様が刻まれていた。
「セリアねえ、此処に他と違うものがあるよ!」
アヤメの言葉にそちらへ行くと、そこは他と違い灯りではなく、人が向かい合うレリーフが描かれていた。レリーフは細部にまで細かい細工が施してあり、芸術性の高さがうかがえた。その下には他と同様の材質で作られた高さ1メートルほどの円柱状の台座があり、その表面には魔法陣が描かれていた。
他の箇所を調べていたメンバーもアヤメの所へ集まり、レリーフ、台座と調べるが次につながる何かを見つけるには至らなかった。そんな時、テトラがレリーフの前で飛び跳ね始め、自分の身体から伸ばした触手でレリーフの一部を差した。
テトラが差した場所は向かい合う人の左側の人物の手元であった。レリーフは高い位置に飾られており、セリア達からは手元の確認が難しかった。しかも灯りがあるとはいえ部屋全体が暗いためなおさらだった。
そこでセリアはアヤメを肩に乗せ、テトラが差した箇所を確認した。すると手元には本が描かれていた。そしてそこには”グリモワール”という文字が書かれていた。
グリモワール、私が持っているスキルと同名。何か関係があるのだろうか?むしろ関係ないと考える方がおかしい状況だ。
アヤメを肩から降ろし考え込むセリアに一同は視線を送る。そんな沈黙をアヤメが破る。
「セリアねえ、何か心当たりがあるの?」
「あぁ、少しね。」
『グリモワールを物理的に出現させることは出来るか?』
『可能です。今実施いたします。』
セリアの目の前に一冊の本が出現する。それをセリアが手に取るとレリーフが光だし、一筋の光がセリアの持つ本に向かって伸びていった。
---グリモワール所有者を確認。古の契約に基づき迷宮の起動を開始。
---所持者の情報を登録してください。
レリーフからの光が消えると部屋全体に突如声が響き渡り、レリーフの下にあった石柱の魔法陣が輝き出した。
響き渡る声に従い、セリアは石柱に手を乗せると。
---セリア・ロックハートをグリモワール所持者として登録。
---登録者に迷宮の一部機能へのアクセス権を付与。
---登録者所有グリモワールへアクセス用コンソールをインストール開始・・・終了。
---邂逅の間に治癒の泉を設置申請・・・申請受諾を確認。
突如、自分たちがいる広間が揺れ出す。揺れが収まると中央に一体の彫刻が出現していた。
---迷宮の起動を確認。
---ようこそ、始原の迷宮、またの名を無限牢獄へ、踏破を心よりお祈り申し上げます。
すると石柱は輝きを失い、地面へと消えて行った。それと同時にレリーフの丁度真ん中あたりから壁が左右に割れ迷宮への入り口が姿を現した。それは黒く全てを飲み込み、二度と這い出る事の出来ない奈落の口に見え、一同は言い知れぬ不安を覚えた。
そして、サジが回避したと思っていた”無限牢獄”へ一同は誘われていた。
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