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転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第一章 来訪編
14/131

第十一羽. 初依頼とゴブリンの集団

お読みいただいている皆様お届けするのが遅くなりすみません。

やっと次話の投稿とあいなりました。

十一、十二羽連続となります。お楽しみいただければ幸いです。


 翌朝。


 ローレルの街を南へ抜け徒歩で、街道沿いに広がる森の縁へと、セリアとアルジェントは足を踏み入れていた。


 常世(とこよ)の森と呼ばれるこの森は、街から徒歩で三、四時間のところに位置している。決して遠方というほどではないが、日常の延長と呼ぶには、少々遠い場所であった。


 この森は王国と帝国、その国境を跨ぐように広がる途方もない規模の森林地帯だ。


 森の各地には、正体も由来も定かではない古代の遺跡が点在しており、奥へ進むほどに脅威度の高い魔物が数多く生息していると伝えられている。


 事実、過去には帝国軍がこの森を抜けて進軍を試みたことがあったが、魔物の襲撃を受け部隊は壊滅した。そんな話が、今なお語り草として残っている。


 それ以降、この森を軍勢が通過した例は一度としてない。常世(とこよ)は、人の侵入を拒む場所として認識されていた。


 しかし同時に、この森は貴重な恵みもたらす宝庫でもある。薬草をはじめとした希少な植物が数多く自生しており、その恩恵を求めて森の縁へ足を運ぶ者は後を絶たない。


 危険と価値が、紙一重で共存する場所、それが、常世(とこよ)の森だった。


 セリアたちが今いる常世(とこよ)の森外縁は、人の往来も多い街道がすぐ傍にあり、魔物の気配は薄い、少なくとも、そう思われる場所だった。


 「ここなら、新人向けとしても妥当ですね。」


 アルジェントの言葉に、セリアは小さく頷く。


 「あぁ、危険があったとしても、直ぐに逃げられるな。」


 二人は森の縁に自生する薬草を確認し、依頼書に記された特徴と照合していく。


 「・・・違いますね。」


 アルジェントが小さく首を振る。


 「あぁ。中々見つからないものだな。」


 葉と茎の形、色や模様といった特徴を細かく確認していくが、全ての特徴に合致する植物はそう簡単に見つからなかった。街道沿いという立地もあってか、目当ての薬草はなかなか見つからない。人の手が入りやすい場所では、採取し尽くされているのだろう。


 セリアは周囲を見渡し、ほんのわずかだけ森の奥へ視線を向けた。


 「アル、少し奥へ行ってみなか。それほど街道から離れるわけでもない。」


 「私は、問題ありません。」


 慎重に場所を選びながら、二人は街道から少し外れた場所へと足を運ぶ。


 すると、思いがけず視界が開けた。


 「・・・これはっ。」


 アルジェントが息を呑む。


 木々の間に、柔らかな陽光が差し込む一角。


 そこには、依頼書に記された特徴と寸分違わぬ薬草が、群れを成すように自生していた。踏み荒らされた形跡もなく、状態も良好。採取を始めれば、依頼分を優に超える量が見込めそうであった。


 「想像以上ですね。これなら、すぐに終わりそうです。」


 アルジェントの言葉に、セリアも僅かに表情を和らげた。


 「運がいい。早く採取に取りかかろう。」


 「そうですね。承知しました。」


 二人は手分けして採取を始めた。根を傷つけぬよう慎重に掘り、必要な分だけを選別していく。しばらくして、薬草を収めた袋が適度な重みを持ち始めた頃。


 「これなら、依頼分は問題ありません。」


 「そうだな。少し休んだら、街へ戻るかっ。」


 アルジェントの言葉に、一息つくように周囲を見渡しながら、腰を伸ばすセリア。


 だが、その直後だった。


 『あるじ~。』


 頭の奥に、かすかな感覚が滑り込んでくる。


 『へんな、けはいがする。』


 念話越しに、警戒を伝えるテトラの声。


 「・・・あぁ。分かっている。」


 セリアもその気配を微かに感じ取っていた。森が不自然にざわめき、風に乗って生臭いような獣臭が漂いだした。


 セリアは即座に、アルジェントへ視線を向ける。


 「アルッ。戦闘の準備だ。」


 セリアの短く鋭い声に、アルジェントは即座に表情を引き締める。


 セリアが先頭を進み、その後にアルジェントが続く。テトラは飛び跳ねると、セリアの左肩に飛び乗る。二人は気配のする方に忍び寄ると、身を低くして慎重に様子を窺う。


 やがて、視線の先で複数の影が揺れた。


 緑色の肌。粗末な装備。低く唸るような声。


 「・・・ゴブリン。」


 アルジェントの嫌悪感を剥き出しにしたような声が、微かにセリアの耳に届いた。


 数は、十。


 統制が取れている様子はなく、斥候とも偶発的な徘徊とも取れる一団だった。


 「数は、多くない。だが、油断は禁物だ。」


 セリアは一瞬で状況を把握すると、小さく手を上げる。


 それが合図だった。


 次の瞬間、アルジェントが草むらを蹴り、テトラはセリアの方から飛び降りると、一気にゴブリンとの間合いを詰める。


 ゴブリンたちが異変に気づいた時には、すでに遅かった。最初の一体が、悲鳴を上げる間もなく地に伏す。次いで、二体、三体と、混乱の中で倒れていく。


 セリアは前に出ず、全体を俯瞰する位置から、ただ状況を制御していた。


 『右、二。左奥、一。』


 念話による短い指示が、寸分違わず戦況を支配する。アルジェントの剣が閃き、テトラから圧縮された水の弾が撃ち出される。


 十体のゴブリンはあっという間に駆逐され、森に再び静けさが戻る。倒れたゴブリンの数を確認しながら、アルジェントは息を整えた。


 「・・・終わりました。」


 「アル、怪我は?」


 「大丈夫です。」


 『テトラも、だいじょうぶ~』


 セリアはそれを受けて、短く頷いた。


 「それじゃ、報告用に部位を切り取って、採集に・・・。」


 言葉が不自然に途切れる。


 「セリア様、如何しましたか?」


 「戦闘音が・・・。」


 微かな音が、セリアの耳に引っかかった。金属がぶつかり合うような乾いた衝撃音。距離はあるが、それは間違いなく戦闘音だった。


 セリアの表情が、即座に切り替わる。


 「・・・こっちだっ。」


 そう告げるより早く、セリアは地を蹴っていた。駆け出すセリアの背を追うように、アルジェントが即座に反応する。その足元を、テトラが飛び跳ねるように追随する。


 森の中へ、三つの影が吸い込まれていく。



 ◇◇◇◇◇◇


 立ちはだかる樹々を糸を縫うように駆け抜け、セリアは音の発生源へと辿り着いた。唐突に視界が開け、眼下には浅い窪地が広がる。


 高さにして二、三メートルほどの段差。その崖下で、三人の冒険者が背中を寄せ合うように立ち、ゴブリンの一団に取り囲まれている。


 前衛の二人が、必死に武器を振るっていた。数で押されながらも、どうにか包囲を崩されまいと踏みとどまっている。


 だが、後衛の魔法使いは違った。膝をつき、地面についた片手で必死に自分の身体を支えている。体内のエーテルが枯渇しているのだろう。顔色は悪く、息は荒い。額には滲むような汗が浮かんでいた。


 その隙を見逃すほど、ゴブリンは愚かではない。前衛の脇をすり抜け、一匹が後衛へと距離を詰める。粗末な刃が、無慈悲に振り上げられる。


 後衛が死を覚悟した瞬間。


 そのゴブリンは、音もなく真っ二つに裂けた。二つに切り離されたゴブリンの身体が空を舞い、遅れて血飛沫が舞う。


 いつの間にか後衛の魔法使いの前に、漆黒の鎌を携えた影が降り立っていた。


 「・・・え?」


 理解が追いつかないまま、魔法使いは目を見開く。


 「大丈夫ですか。」


 「あ、は、はい。大丈夫です。」


 セリアの後に続いて、崖の上からアルジェントとテトラが降りてくる。


 「セリア様、ここは私がっ。」


 アルジェントが一歩前へ出ようとした、その動きをセリアは静かに制した。


 「いや、今回は私が相手をする。アルとテトラは三人を頼む。」


 そして、一歩前へ出る。


 突然現れた存在に、ゴブリンたちは低く唸り声を上げ、露骨な警戒の色を見せた。


 次の瞬間、セリアが駆けた。


 同時に、セリアの周囲に氷弾が出現する。氷属性の初級魔法であるアイスバレット。周囲に群がるゴブリンへの牽制に放った魔法であったが、氷弾は正確無比にゴブリンの身体を貫く。


 一体、二体。


 逃げる間もなく、次々と地に伏していく。


 距離が詰まったところで、漆黒の大鎌が一閃。漆黒の軌跡を描くたび、ゴブリンの身体が切断され、次々と宙を舞う。悲鳴を上げる間もなく断ち切られ、戦場はただの処理場へと変わっていった。


 ほんの一瞬だった。


 十匹を超えていたはずのゴブリンは、ただの肉の塊になり無造作に地面へ転がっていた。冒険者たちは呆然と立ち尽くして、その光景を見ているしか無かった。


 完全に静寂が戻ったことを確認すると、セリアは《ツクヨミ》をストレージにしまい、そのまま、助けた冒険者たちの方へと歩み寄る。


 前衛の二人はまだ武器を構えたまま硬直しており、後衛の魔法使いは膝をついた姿勢のまま、呆然とセリアを見上げていた。


 三人の冒険者の身体には、大小様々な傷が奔っていた。それに顔には疲労が色濃く現れている。


 ーーー流石に怪我人を、このまま放っておくのはまずいか。


 「・・・少し失礼します。」


 そう告げてセリアが手をかざすと、セリアの指先から淡い光が(あふ)れ、徐々に広がっていく。光は三人の身体を包み込んでいく。


 身体中に走る大小様々の傷が、瞬く間に消えて行く。筋肉の強張りが抜け、身体の奥に残っていた痛みが引いていくのが、誰の目にも分かった。


 「これで大丈夫だと思いますが、どうですか?」


 セリアの問いかけに、最初に反応したのは後衛の魔法使いだった。


 「・・・あ、あぁ。助かったよ。」


 魔法使いは、自分の身体を確かめ、立ち上がるとしどろもどろになりながら答えた。


 そのやり取りを目の当たりにして、ようやく現実に引き戻されたのか、前衛の一人がはっとしたように肩の力を抜く。遅れて、自分の身体を確かめると、武器を下ろしながら大きく息を吐いた。


 「本当に・・・ありがとう。ほら、お前もだ」


 そう言って、もう一人の前衛が後衛の肩を軽く叩く。肩を叩かれ、もう一人もはっとしたように顔を上げる。


 「え? あ、ありがとう・・・。」


 ーーーそれなりに、礼儀はなっているようだな。


 三人の視線が、改めてセリアへと集まる。


 攻撃魔法を放ち、近接で斬り伏せ、さらに回復魔法まで行使する。そのすべてを、当たり前のようにやってのけた存在を前に、言葉が追いつかない様子だった。


 やがて、前衛の一人が遠慮がちに口を開く。


 「あんたも、その・・・冒険者なのか?」


 セリアは小さく頷く。


 「ええ。あなたたちと同じ、冒険者です。」


 その答えに、三人は顔を見合わせ、お互いの視線が交錯する。


 ーーー知っているか?


 ーーーいや、聞いたこともない。


 ーーーこの実力で、無名なはずがあるか?


 誰も口には出さない。だが、三人の中で同じ疑問が、同時に浮かんでいるのは明らかだった。これほどの腕を持つ冒険者がいれば、ローレルで噂に上らないはずがない。


 後衛の魔法使いが小さく首を振り、意を決したように続ける。


 「あ、あの・・・名前を、聞いてもいいですか?」



 「セリアです。昨日、冒険者登録したばかりのGランク冒険者です。」


 そう名乗った瞬間、再び三人の間に沈黙が落ちた。聞き覚えのある名前を探すように考え込むが、結局、互いに首を傾げ合う。


 その様子を見て、三人の考えていることをセリアは察した。


 「昨日、登録したばかりの新米冒険者です。なので・・・ランクも、まだGです。」


 あっさりと告げられた内容に、三人の動きが揃って止まった。


 「・・・その実力で、俺たちと同じGランク、だって?」


 前衛の一人が、思わず聞き返すように言った。


 「冗談だろ・・・それにしたって、さっきのは・・・。」


 言葉を続けかけて、後が詰まる。目の当たりにした実力を持つ冒険者が、自分たちと同じランクだということが、どう考えても結びつかなかった。


 「・・・いや、その・・・。」


 自分たちの理解が追いつかない。冒険者としての常識を、あっさり踏み越える現実に。


 そんな時、前衛の一人は小さく息を吐き、話題を切り替えるように口を開く。


 「・・・まぁ、どちらにせよ。助けてもらったのは事実だ。」


 そう言って、改めて姿勢を正す。


 「俺はガルド。剣士だ」


 「俺はロイ。槍を使ってる」


 最後に、後衛の魔法使いが名乗る。


 「エミル・・・見ての通り、魔法使いです。さっきは・・・本当に、助かりました。」


 三人は改めてセリアに向き直り、深く頭を下げた。


 そのまま、短い沈黙が落ちる。


 緊張が抜けきらないまま、誰も次の言葉を探しているようだった。その沈黙に耐えられなくなったように、エミルがふとが視線を外し周囲を見渡した。


 そして、比較的形の残っているゴブリンの死骸に目を留めた。


 その表情が、みるみる強張る。


 「・・・これって・・・。」


 しゃがみ込み、角と体躯を見比べる。


 「上位種じゃ・・・?」


 その一言に、ガルドとロイも顔色を変えた。


 確かに、ぱっと見では分かりづらい個体差。だが、よく見れば体は一回り大きく、角も太い。セリアは無言でその死骸に視線を落とし、鑑定を走らせた。


 そこに表示されたのは、ゴブリンファイター。


 直後、《オモイカネ》から淡々と報告が入る。


 『マスター。ファイターの他、アーチャー、メイジの上位種を確認。総数、三体』


 「ファイター、アーチャー、メイジ。上位種が、三体いたみたいです。」


 セリアは《オモイカネ》からの報告を、そのまま三人に伝えた。


 「・・・三匹?」


 「それ、ヤバくないか?」


 ロイが思わず声を荒げる。


 「ギルドに知らせないと・・・!」


 「待てって。本当に上位種なのか?」


 「多分、本当だ。」


 エミルが死骸を見ながら即答する。


 「体格も違うし、あの個体・・・明らかに他とは違った。」


 三人の様子を見て、セリアはわずかに首を傾げた。


 ・・・思った以上に、深刻のようだな。


 「どうかしたのですか?」


 「どうかした、じゃないっ!」


 ガルドが即座に返す。


 「上位種が同時に三体も出たなら、それだけでギルド案件だっ!」


 「・・・何故?」


 「何故って・・・。」


 一瞬、言葉に詰まり、エミルが代わりに告げる。


 「上位種がいるってことは、その群れをまとめる存在がいる可能性があるからです。」


 「・・・キング、ですか。」


 セリアの呟きに、三人は揃って頷いた。


 「最悪の場合な。」


 その瞬間、森の気配が一段重くなり何かが蠢く気配が、はっきりと濃くなる。


 「セリア様っ。」


 アルジェントの声には、明確な警戒が滲んでいた。セリアは一瞬、視線を動かしただけで状況を把握する。


 「あぁ、分かっている。」


 次の瞬間だった。


 森の奥から、複数の矢が一斉に放たれる。


 セリアが踏み込み、即座にストレージから《ツクヨミ》を取り出し、飛来する矢を次々と叩き落としていく。同時に、ゴブリンの集団が姿を現す。その数は、先ほどとは比べものにならない。


 「・・・っ。」


 セリアは即座に判断を下し、声を張り上げる。


 「ガルドさんたちは、ギルドにこのことを知らせてくださいっ!」


 突然の指示に、三人は一瞬、動きを止めた。


 「だけど・・・。」


 躊躇(ちゅうちょ)する声を遮るように、セリアが叫ぶ。


 「早くっ!」


 ガルドは歯を食いしばり、強く頷く。


 「・・・分かったっ。必ず知らせるからな。それまで、持ちこたえてくれよ!」


 そう言い残し、ガルド、ロイ、エミルは一斉に駆け出す。森の中へと、その背中が消えていく。


 残されたのは、セリア、アルジェント、そしてテトラ。迫り来るゴブリンの群れを見据え、セリアは息を整える。


 数は明らかに多い。だが、躊躇(ためら)いはない。


 「アル、テトラッ。」


 セリアが前へと踏み出す。


 「存分に、暴れろっ!」


 その言葉を合図に、三つの影が同時に地を蹴った。


 《オモイカネ》から、矢継ぎ早に情報が流れ込む。


 『上位種のゴブリンファイター、アーチャー、メイジ、シーフを確認。さらに上位の個体、ウォーリア、ナイト、アサシン、ジェネラルの存在を確認。』


 数も質も、先ほどまでとは明らかに違う。だが、セリアは躊躇(ためらい)わず、迫り来る群れへ真っ向から踏み込む。アルジェントとテトラも、それに続いた。


 セリアが《ツクヨミ》を振るうたび、複数のゴブリンがまとめて両断され、肉塊となって宙を舞う。


 斬り、進み、また斬る。


 倒せば倒すほど、その動きは研ぎ澄まされていった。速度は増し、踏み込みは深く、《ツクヨミ》の斬撃は鋭くなっていく。


 いつしか、セリアの口元には微かな笑みが浮かんでいた。戦闘そのものを愉しんでいるかのように。


 アルジェントも負けてはいない。剣閃が走るたび、確実に一体を仕留めていく。テトラは、魔法と触手を自在に操り、背後や死角からゴブリンを絡め取り、屠っていく。


 戦場は一方的な蹂躙と化していた。


 そして、最後のゴブリンジェネラルを、セリアが斬り伏せた瞬間。


 ぞくり、と。


 背筋を撫でるような濃密な殺気が叩きつけられる。


 反射的に視線を向けた先。


 そこに立っていたのは、もう一体のゴブリンジェネラル。だが、その姿は、今までの個体とは明らかに異なっていた。


 重厚な体躯に、歪むほどに鍛え上げられた筋肉。


 鎧の各部には、無数の戦痕が刻まれている。


 《オモイカネ》の声が、低く告げる。


 『マスター、特殊個体です。』


 同時に視界の端にウィンドウが展開され、ステータスが表示される。そして称号欄にははっきりと刻まれていた。


 鉄壊将(ドゥルヴァルグ)


 そして名前の欄に表示されていたのは、ドゥルヴァルグ・グラージャ。


 凄まじい殺気と共に、ドゥルヴァルグ・グラージャが踏み込んだ。その速度は、これまで相対してきたどの個体とも比較にならない。一瞬で間合いを詰め、重量感のある刃がセリアへと振り下ろされる。


 ーーー速い。


 だが、《ツクヨミ》を軽く構えると、真正面からその斬撃を受け止める。金属同士が噛み合うような重い音が、森に響いた。


 「セリア様っ!」


 アルジェントが駆け寄ろうとする。しかし、セリアは視線も向けずに、その動きを制した。


 「これは、私の愉しみだ。」


 その一言で、アルジェントは踏み止まる。


 次の瞬間から、両者は激しく斬り結んだ。刃が交わるたび、衝撃が空気を揺らす。


 一合、二合、そして数十合に及ぶ攻防。


 ドゥルヴァルグ・グラージャの顔には、余裕の色が浮かんでいた。


 その程度か、そう言わんばかりの表情。


 だが、徐々に状況は変わっていく。セリアの攻撃速度が、僅かに、そして確実に上がっていく。それに比例して、一撃一撃の重さも増していく。


 刃を受けるたび、ドゥルヴァルグ・グラージャの体勢が僅かに崩れ、余裕の笑みが消えて行く。


 焦りが滲み、呼吸が乱れる。


 そして、セリアの次の踏み込み。


 《ツクヨミ》が、閃いた。


 鈍い音と共に、ドゥルヴァルグ・グラージャの片腕が宙を舞う。


 地に落ちた瞬間、セリアは静かに言った。


 「なかなかに、愉しい戦いだった。」


 その言葉の意味を理解できたかは、分からない。


 だが、それが。


 ドゥルヴァルグ・グラージャが最後に聞いた言葉だった。


 次の刹那。


 《ツクヨミ》の刃が、縦一文字に振り下ろされる。ドゥルヴァルグ・グラージャの身体は、抵抗する間もなく、真っ二つに両断された。


 激闘の後、森には不自然なほどの静けさが戻っていた。セリアは《ツクヨミ》をストレージにしまうと、岩肌に背を預け、その場に腰を下ろす。


 戦場の熱を振り払うように、静かな風が吹き抜けていった。



 ◇◇◇◇◇◇


 吹き抜ける風が樹々を揺らす音。一時の時間、セリアとアルジェントは戦闘の疲れを癒やしていた。テトラは疲れを知らないのか、辺りを飛び跳ね周囲を警戒していた。


 どれくらいの時間が経過したのか、複数の足音が響いてきた。しかも、それは一つや二つではなかった。数を伴った、駆け足の音が次第にこちらに近づいてくる。


 瞬間、セリアたちの間に緊張が走る。だが、すぐに《オモイカネ》の報告が入った。


 『個体名:ガルド、ロイ、エミルを確認』


 その一言で、張り詰めていた空気が緩む。


 程なくして、木立の向こうから人影が現れた。先頭にはガルド、ロイ、エミル。その後ろには、十数名の冒険者たちが続いている。


 一様に息を切らし、周囲を警戒しながらの進軍だった。直ぐに三人の視線がセリアとアルジェントを捉える。三人は足を早め、まっすぐこちらへ駆け寄ってきた。


 ガルドが声をかける。


 「だ、大丈夫か?」


 その視線はセリアたちだけでなく、周囲に転がる無数のゴブリンの死骸へと向けられていた。


 「俺たちが戻ってくるまでに、こんなことになってるなんて・・・。」


 呟くように漏れ出たエミルの言葉。それを現すように驚きと困惑を隠しきれない表情のまま、三人は言葉を継げずに黙り込む。



 ◇◇◇◇◇◇


 森の中に残されたのは、静寂と、異様な光景だった。


 後続の冒険者たちは、足を踏み入れた瞬間に言葉を失った。地面に転がる無数の死骸。その数だけではない。装備、体格、角の形状、見慣れたゴブリンとは、明らかに違う個体の存在。


 「あれ・・・上位種、だよな。」


 誰かが、乾いた声で絞り出すように呟く。


 ファイター、アーチャー、メイジ。そしてジェネラル。


 それ以外にも上位個体が数多くその中に混じっている。さらには異様な圧を残したまま倒れている格の違う個体。


 一同の視線が、自然と一箇所に集まる。


 岩肌にもたれかかり、腰を下ろしている褐色の兎人族の女性。その傍らには、剣を下ろしたまま警戒を解かない褐色のエルフ。


 そして、先程から地面に飛び跳ねているスライム。


 二人と一匹。


 この惨状を作り出したと思われる存在。


 称賛の言葉は、誰の口からも出なかった。代わりにあるのは、戸惑いと、理解の追いつかない沈黙。


 その時、冒険者たちの中から、一人の男が周囲を見渡しながらセリアたちの方へと歩み寄ってきた。その男は年嵩(としかさ)で、使い込まれた装備を身に着けている。


 「・・・無事で何よりだ。まずは、状況を聞かせてほしい。」


 落ち着いた声だった。場を預かる者の余裕が滲んでいる。


 「あなたは?」


 セリアが短く問い返した。


 「おっと、すまない。」


 男は小さく頭を下げた。


 「俺はハロルド。この一団の取りまとめを任されている。ランクはBだ。」


 その言葉を受けて、ガルドが一歩前に出る。


 「ハロルドさん。こちらが、先ほど話をしたセリアさんです」


 紹介され、ハロルドの視線が改めてセリアに向けられる。セリアは、ハロルドに視線を向けると簡潔に状況を説明し始める。


 自分たちが冒険者ギルドの依頼を受け、薬草採取のためにこの森へ入ったこと。採取中に戦闘音を聞きつけ、様子を確認しに向かった結果、ガルド、ロイ、エミルの三人がゴブリンの一団に囲まれている場面に遭遇したこと。


 切迫した状況だったため、その場で介入し、ゴブリンを排除した。間を置かず、別のゴブリンの集団に襲われ、ガルドたちにはギルドへの連絡を優先させたこと。


 そして、残った仲間と共に迎撃行動に移り、結果として、今に至ることを。


 ハロルドは黙って聞き終えると、改めて死骸の数と質に視線を走らせた。


 「・・・なるほど。」


 短く息を吐くと、再びセリアに視線を向ける。


 「セリアさんたちは、疲れているようだから、このままローレルへと帰還してください。ここから先は、我々が引き継ぎます。」


 即断だった。その判断に異を唱える者もいなかった。


 「それと、ガルドたちも、セリアさんと一緒にローレルへ帰還すること。」


 セリアはゆっくりと立ち上がると、軽く頷いた。


 「分かりました。後は、お任せします。」


 その声は、無関心と思える程に淡々としていた。誇る様子も、功績を主張する気配もない。アルジェントは、ハロルドに軽く一礼すると、セリアの後を追いかける。テトラは、ハロルドの前で数回飛び跳ねると、セリアの後を追いかけ、フードの中へと収まる。


 ガルド、ロイ、エミルの三人も、ハロルドに一礼するとセリアたちの後を急いで追いかけた。


 無言の視線だけが、セリアたちの背中を追っていた。


 そして、この日の出来事が、冒険者ギルドの空気を変えることになるのを、その場にいた誰もが、直感的に理解していた。

誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。

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