第十羽. 冒険者登録
アルジェントの回復は、目を見張るものがあった。
短い期間にもかかわらず、すでに騎士団の訓練に無理なくついていけるほどにまで身体は戻っている。二週間前の、あの無残な姿が嘘だったかのようだ。四肢を失い、声を奪われ、ただ終わりを待つしかなかった日々。それを考えれば、今の状態は異常とさえ言える程の回復速度だった。
それは、何よりアルジェント自身の意思が、確かに前を向いていることが大きかった。
そんなある日、昼食を終えると、セリアはアルジェントを伴って屋敷を後にした。
目的はひとつ、冒険者登録。
そのために、アルジェントを伴って街の中心部にある冒険者ギルドへと向かっていた。
冒険者ギルドの外観は、周辺に並ぶ商業施設や住宅とに比べても、ただ大きいの一言。領主邸に比べれば当然規模は劣るが、それでもこの立地を考えれば圧巻と言える。
重厚な扉を押し開け中へと足を踏み入れると、そこには大きなホールが視界いっぱいに広がっていた。その奥に設けられた受付カウンターでは、受付業務が行われているらしく、今も数人の冒険者が並んでいる。受付カウンターの奥には上の階へと続く階段が見える。
さらにホールの一角には酒場が併設されており、相応のスペースを占めている。木製のテーブルや椅子が並び、冒険者たちの憩いの場として機能している。
昼過ぎという時間帯のためか、ホール全体は思っていた以上に閑散としていた。
見渡すと、カウンターの一番右端にある受付が空いているので、セリアは受付に向かって歩き出した。ある程度近づいたところで、受付の女性がこちらに気づき軽く会釈をする。そしてセリアがカウンターの目の前まで来ると、柔らかな声がかけられた。
「いらっしゃいませ。どういったご用件でしょうか?」
愛らしい笑顔とともにセリアに声を掛けてきたのは、猫耳を持つ獣人の女性だった。可愛らしい顔立ちで、全体的に柔和な印象を受ける。
「私と、後ろにいる彼女の冒険者登録を行いたいのが、ここで問題ないだろうか?」
セリアの質問に、猫獣人の女性は頷いた。
「はい、こちらで承っております。担当させて頂く、ティアと申します。以後お見知りおきを。」
ティアと名乗った女性職員は、淀みのない動作で優雅に一礼をする。その立ち振る舞いから、礼儀正しく教育の行き届いた人物であることが窺える。
「登録は別室で行いますので、こちらへどうぞ。私の後についてきてください。」
ティアに先導され、セリアとアルジェントはカウンターの脇を抜けて奥へと進む。階段を下り、地下に設けられた一室へと案内された。
部屋は四,五人が入れる程の広さ。中央には安置されたそれが、否応なく視線を引きつける。天井にまで届くような巨大なクリスタル。内部には淡い光が脈打つように宿り、確かな存在感を放っていた。
セリアとアルジェントがクリスタルを見上げていると、背後でティアが扉を閉まる音が響く。部屋の中に入ってきたティアが、二人に向き直る。
「では、登録の手順について説明いたします。」
そう前置きして、ティアはクリスタルの下部に設えられた石板状の台を指し示した。
「まずこちらに手を乗せて、エーテルを流してください。そうすると、目の前にスクリーンが表示されます。そこに名前や種族、必要な情報を入力していただきます。」
淡々と、しかし分かりやすく説明が続く。
「その後、職業の選択を行います。全ての入力が完了すると、冒険者カードが発行されます。それで、冒険者登録は完了となります。以上が基本的な流れです。」
ティアは一度言葉を切り、私たちを見て微笑んだ。
「簡単ではありますが、説明は以上となります。何かご質問はありますか?」
セリアは軽く頷くと、問いを投げかける。
「幾つか質問があるのですが、よろしいですか?」
「どうぞ。」
「まず一つ目は入力する情報は全て必須ですか?」
その問いに、ティアは首を横に振る。
「名前は必須となりますが、それ以外は基本的に任意となります。基本的と申し上げているのは、奴隷の方は単独での登録が行えない決まりとなっています。その為、奴隷の方のみ必須となる項目が一部存在します。」
ティアは、途切れることなく説明を続ける。
「それとギルドでは名前、職業、冒険者ランクの3点を管理しています。これらの情報はパーティ斡旋や依頼管理などで必要となります。暫くは関係ありませんが、二つ名が付いた際には、それも対象となります。」
「なるほど。」
セリアは、内心で小さく息を吐いた。
易々と自分の情報を開示するつもりはない。ティアの説明を全面的に信じるとしても、彼女が知らないだけで、情報がどう扱われるかまでは分からない。
とは言え、情報を抜き取られたとしても、それ程致命的な問題が生じるとも思えなかった。
ーーーまぁ、深く考えても・・・意味はないか。
そう結論づけ、セリアは改めてクリスタルへと視線を向けた。
「二つ目の質問ですが・・・職業はどのように決めるのですか?」
問いを受け、ティアはわずかに背筋を正した。業務として何度も説明してきた内容なのだろう。言葉運びに迷いがない。
「職業選択は、スクリーン上に選択可能な一覧が表示されます。そこからお選びください。表示される内容は、登録者の資質やエーテルの性質によって決まります。」
そう前置きし、ティアはさらに続けた。
「選択した職業によって、スキルの成長度合いや覚えやすさが異なってきます。例えば戦士系の職業は剣技や前衛系のスキルが習得しやすくなります。その反面、魔法系スキルは習得しづらいといった傾向があります。」
なるほど、とセリアは小さく頷いた。
万能というわけではなく、方向性を定めるための枠組み、そんな印象をセリアは受けた。
「最後にもう一つ、職業を複数持つことは可能ですか?」
その問いに、ティアは記憶を辿るように黙り込む。そして、何かを思い出したように、口を開く。
「私の記憶では、過去に複数の職業を持っていたという事例はあったと思います。」
僅かな間を置いて、続ける。
「ただ・・・ここ数年は、そう事例は聞いた事がありません。セリアさん、何かご存じなのですか?」
「いや、特に何も知りませんよ。ただの興味です。」
「そうですか。」
淡々としたセリアの返答に、ティアはそれ以上踏み込まなかった。
「それでは、登録を始めましょう。どちらから行いますか?」
「では、私からお願いします。」
そう言ってセリアは台の目の前に進み出た。そしてクリスタル下部の台に手を乗せ、意識を集中する。セリアの身体からエーテルが流れ始め、クリスタルが淡く輝き始める。
次の瞬間、目の前空間に半透明のスクリーンが表示される、淡い光を帯びた表示は、空中に浮かぶように固定されていた。
名前欄に指先で触れると。即座に仮想キーボードが現れる。
ーーー街並みや生活水準は中世ヨーロッパに近い。にもかかわらず、この技術水準。いったい・・・。
この不自然なまでのアンバランスに、セリアは違和感を感じていた。感じた違和感を頭の奥に追いやり、セリアは名前を入力し、次へ進める。
画面が切り替わり、職業の選択画面が表示された。しかし、職業の一覧に表示されていたのは、一つだけだった。
退魔師、その単語が、セリアの前世の記憶をかき乱す。
ーーーまさか・・・前世と同じ職業とはな・・・。
「・・・選択可能な職業は、一つだけですね。」
脇からティアの声が聞こえる。画面を覗き込み、わずかに首を傾げていた。
「”退魔師”・・・ですか。聞いたことのない職業ですね。」
純粋な職員としての興味と、僅かな戸惑いが混じった声だった。
「セリアさん、この職業について、何かご存じですか?」
「何故、そんなことを?」
「表示された職業を見た時、セリアさんの様子が・・・少し変な気がしたので。」
「残念ながら・・・何も知りません。」
「そうですが・・・。」
気落ちしたような顔を一瞬覗かせたティアは、気持ちを切り替え、セリアに笑顔を見せる。
「セリアさん、ギルドでも調べてみますが・・・どんな職業か分かったら教えてくださいね。」
それでも、未発見な職業を目の前にやや興奮気味なティアを横目に、セリアは登録処理を淡々と進めて行く。
程なくして、登録完了を知らせるメッセージがスクリーンに表示された。そのメッセージを確認したティアは、アルジェントに視線を向ける。
「では次に、アルジェントさんお願いします。」
ティアの言葉にアルジェントは一歩前へ出ると、登録処理を始める。アルジェントの登録は何事もなく進んだ。項目を正確に確認し、迷いなく選択を終える。
登録が完了したのを確認したセリアが問いかける。
「アルはどんな職業を選択したんだ?」
「騎士と、メイドです。」
一瞬、セリアの思考が止まった。
ーーー騎士メイド・・・?
「騎士メイドとは、ずいぶん変わった職業を選択したな。」
同じ疑問は、ティアの表情にもはっきりと浮かんでいた。
「・・・騎士メイド、ですか? 随分と珍しい職業ですね。」
二人の言葉に、アルジェントは首を横に振る。
「いえ、違います。騎士と、メイドの二つです。」
次の瞬間、ティアの目が大きく見開かれた。
アルジェントの返答にティアだけでなく、セリアの顔にも驚きの表情が浮かんでいた。
「えっ!? 二つ、選択できたんですか!?」
ティアから仕事としての落ち着きが、完全に消え去っていた。かく言うセリアも驚きの表情が浮かんでいた。つい先程、複数の職業は珍しい、と説明を受けたばかりだ。
「どうやって選んだんですか? 他にどんな職業が表示されました?」
ティアは無意識にアルジェントに詰め寄り、矢継ぎ早に質問を繰り出していた。
「どうやって、と言われましても・・・普通に、選択できました。何か特別なことは、何もしていません。」
アルジェントは少し困ったように眉を寄せながら、少々素っ気なく返答した。その顔には、何か問題でも、と言いたげな表情が浮かんでいた。
ティアは言葉を失い、セリアもまた内心で状況を整理しきれずにいた。同時に、二つの職業を獲得した事への興味も湧いていた。
「そ、そうですかぁぁ。」
肩を落としながら、ティアは苦笑する。
「もし、何が条件なのかわかりましたら・・・是非、ご連絡下さい。」
そう言って一息つくと、気持ちを切り替えるように姿勢を正した。
「それでは、気を取り直して、幾つかの説明と注意事項に入りたいと思います。」
ティアは一度小さく息を整えると、残りの説明に入った。
「それでは、冒険者登録に伴う基本事項についてご説明いたします。」
その声は、仕事用の落ち着きを取り戻し、淡々と語り始める。
「まず、初めに冒険者ランクについてご説明します。冒険者ランクは基本的にSとAからGの計八ランクに分かれています。」
指先で空中をなぞるような仕草を交えながら、説明が続く。
「さらにSランクはS、SS、SSSの三段階に細分化されています。」
セリアは黙って耳を傾けながら、頭の中で階層構造を組み立てていく。
「Eランクまでは、条件を満たせば自動的に昇格しますが、Dランク以降は昇格に際して試験が課せられます。」
ーーーなるほど。足切りラインが、そこから明確になるわけか。
「次に、魔物のランクについてです。」
ティアは話題を切り替える。
「魔物のランクは、脅威度とも呼ばれます。冒険者ランクと同様にS、AからGの計八ランクに分類されます。ただし、魔物単体としての脅威度と、集団での脅威度では違いがあります。その点については十分に留意しておいてください。」
ティアは間を置かずに次の説明を続ける。
「次に、討伐依頼についてです。討伐した際には、それを証明するため、魔物の部位の一部を持ち帰っていただきます。必要になる部位は魔物ごとに異なるので、必要に応じて資料を調べるなり、職員へお尋ねください。それと魔物の中には体内に魔石を有する個体も存在します。その場合は、魔石を提出していただければ問題ありません。」
最後に、と前置きして、ティアは少し表情を引き締めた。
「諸注意について、数点説明します。」
「一点目は、受けられる依頼についてです。依頼は原則として、ご自身の冒険者ランクと、その一つ上までとなります。ただし討伐依頼に関しては、危険度を鑑みて、職員判断によりお受けできない場合があります。その点はご了承下さい。」
「二点目は、一定期間、依頼を受注・達成しない場合、冒険者資格の剥奪、もしくは降格があります。これは依頼失敗が顕著な場合にも適用されます。」
「三点目は、冒険者ギルドは、原則として冒険者同士の、私的な揉め事には介入しません。」
そこまで告げると、ティアは一息ついた。
「説明は以上になります。今説明したのはごく基本的な事項となります。その他の内容や詳細は冒険者カードに格納されているため、そちらをご参照下さい。もちろん、職員にお尋ね頂いて問題ありません。」
そして穏やかな声で締めくくる。
「では、上に戻りましょう。」
部屋を出て階段を上る途中、セリアの中に一つ疑問が浮かんだ。
「一点、質問があるのですが・・・。」
隣を歩くティアに声を掛けた。
「どうぞ。」
「魔物のランクがSランクまでとなると・・・各ランクの中でも、強さの幅がかなりあるように思えるのですが、その点はどうなっているのでしょうか?」
ティアは歩みを緩める。
「それについては、まだ必要ないと思い割愛した内容になるのですが・・・」
そう前置きしてから、続ける。
「Aランクまでの魔物については、基本的に脅威度や生息域などの情報は把握され、適切に管理されています。しかし、Aランクを超える魔物については・・・例外です。」
「例外・・・とは?」
「全て・・・Sランクに分類されます。」
「つまり・・・同じSランクでも、場合によっては雲泥の差がある、ということですか?」
「仰る通りです。」
ーーーSランクという括りは、管理不能の象徴・・・か。
そんなやり取りを交わしているうちに、セリアたちは受付カウンターへと戻ってきていた。
「これにて、冒険者登録は完了となります。お疲れさまで・・・あっ。」
ティアがそう言いかけたところで、言葉を区切った。
「セリアさんっ、受ける依頼って決めていますか?」
「特に、何も決めていませんが。」
ティアは一度、セリアとアルジェントの顔を見比べると、微笑を浮かべた。
「よろしければ・・・最初の依頼について、私の方でいくつか見繕いましょうか?」
その申し出に、セリアは即座に頷いた。
「正直なところ、何が適切なのか判断がつきません。是非お願いします。」
「かしこまりました。」
短く答えると、ティアは受付カウンターの奥へと姿を消す。帳簿や依頼書が並ぶ一角で、何かを探している様子だった。
しばらくして、ティアは数枚の紙を手に戻ってきた。
「お待たせしました。」
そう言って、ティアは依頼書を一枚ずつ、セリアの前に並べていく。並べられた紙に目を通したセリア。内容は薬草の採取依頼と、ゴブリンの討伐依頼。
どちらも、新人冒険者が最初に受けることの多い、いわば定番の仕事である。
「こちらが、現在受注可能な初依頼になります。」
ティアは一枚目の依頼書を指で示した。
「まずは薬草採取です。ローレルの南に広がる森林で、決められた種類の薬草を一定数集めていただきます。採取方法も簡単ですので、初めての方でも安心して受けていただけます。」
次に、もう一枚へと視線を移す。
「こちらはゴブリンの討伐依頼です。こちらも南の森林での依頼となります。」
説明を終え、ティアは少し声を低くして静かに言葉を添えた。
「・・・本来であれば、この説明だけで良いのですが・・・。」
「何か?」
「実は・・・ここ最近、魔物の活動に異変がありまして。」
ティアは、並べられた依頼書の一枚、薬草採取の依頼に指を添える。
「本来、薬草が採取できる街道近くに、ゴブリンが出現することはありません。ごく希に例外はありますが・・・それでも、ここまで頻繁に確認されることは、まずないんです。」
淡々と語られているが、その内容は決して軽くはない。
「現在、その頻度があまりにも高くて・・・新人冒険者の方々に、この依頼を出せない状況が続いています。」
セリアは腕を組み、小さく息を吐いた。
「・・・私たちも、一応は新人冒険者なんだけどな。」
その指摘に、ティアは一瞬だけ言葉に詰まる。だが、すぐに顔を上げ、まっすぐにセリアを見据えた。
「はい。それは承知しています。」
そして、はっきりと続ける。
「それでも・・・セリアさんたちであれば、問題ないと。私は、そう判断しました。」
その言葉には、職員としての判断以上に、個人的な確信が滲んでいた。
「薬草は、ポーションをはじめとした多くの薬品に不可欠です。この状況が長引くのは、街としても看過できません。」
そう言って、ティアは深く頭を下げる。
「・・・どうか、お願いいたします。」
数秒の沈黙。
セリアはアルジェントの方へ一瞬だけ視線を向け、それから依頼書へと目を戻した。
「分かりました。」
短く、しかし迷いのない声だった。
「この依頼を受けます。」
ティアの表情が、目に見えて明るくなる。
「ありがとうございます。確かに、依頼を受理いたしました。」
手際よく処理を進め、最後に丁寧な一礼。
「どうか、お気をつけて。」
簡単な挨拶を交わし、セリアとアルジェントは並んで冒険者ギルドを後にする。重厚な扉が背後で閉じる音が、これから始まる冒険の合図のように響いていた。




