第百二十羽. セリア先生と楽しい(?)課外授業
今年一年、作品を読んでいただきありがとうございました。
今年の投稿はこれが最後となります。
来年も引き続きよろしくお願いします。
模擬戦の余韻が少なからず残る講義室に、セリアが姿を現した。私語が自然と収まり、視線が一斉に教壇へと集まる。
セリアは静かに教壇に立ち、教室を一通り見渡すと口を開く。
「まずは・・・模擬戦での勝利、おめでとう。そして、お疲れ様。」
その言葉に、出場した六人はそれぞれに照れたような反応を見せる。安堵の息を吐く者もいれば、仲間同士で小さく笑い合う者もいた。
一方で、出場していなかった三人は、どこか不満を隠しきれない表情を浮かべている。中でもリディアとナジアは、その感情を隠す気もない様子だった。
それぞれの表情を今一度確認する。
「今日の模擬戦に参加できず、鬱憤が溜まっている子もいるでしょう。」
図星を突かれたように、数人が小さく視線を逸らす。
「それと・・・今回の勝利に対して、私からプレゼントがあるわっ。」
一呼吸置いて、意味ありげな笑みを浮かべながらセリアは続ける。
「来週末の三日間で、迷宮に挑んでもらうっ。」
教室が一瞬、静まり返った。
「場所は、迷宮都市・アラゼカル。学院からの許可は、既にもらっているわ。」
次の瞬間、ざわめきが広がり、ジーンがぼそっと呟く。
「・・・これの、どこがプレゼントなんだ?」
聞こえるか聞こえないか、その程度の声だったが、セリアは逃さなかった。
「今度こそ、自分の力を出し惜しみなく使えるわよ。」
即答だった。
その声は何処かからかうようなニュアンスを含んでいた。
「制限も、遠慮もいらない。あなたたちが・・・どこまでやれるのかを、はっきり確かめるには最適でしょう?」
その言葉にざわめきの質がわずかに変わり、戸惑いの中に期待と高揚が混じり始めていた。
「プレゼントかどうかは別として、アラゼカルまでとなると・・・。」
シェリスが手を上げ、冷静に指摘する。
「移動だけで三日以上かかってしまいますよ?」
その指摘にセリアはあっさりと頷いた。
「そうね。でも・・・そこは問題ないわ。初日の午前中から、迷宮に潜れるわ。」
それ以上なされないセリアの説明に疑問の色を浮かべながらも、とりあえず納得する九人の学生たち。そんな中、今度はリリィが、恐る恐る手を上げる。
「先生・・・私たちだけで、迷宮に挑むんですか?」
「確かに、あなたたちだけなら危険はあるでしょうね。」
肩を竦めながらあっさりと認めたうえで、セリアは続ける。
「・・・そこも、ちゃんと考えてあるわ。」
そう言って、セリアは自分の肩口へと視線を向ける。
「テトラッ。」
その名を呼ぶと同時に、セリアのフードの中から、小さな影が飛び出す。小さな影はふわりと宙を舞い、教卓に降り立つ。
一瞬、ざわりと空気が揺れた。
反射的に身構えた者もいたが、淡く半透明の小さな塊の正体がスライムだと分かると、張り詰めていた緊張は一気にほどけた。
「あっ・・・スライム、ですか。」
拍子抜けしたような表情を浮かべ、安堵したように息を吐く学生たち。だが、その空気に疑問を投げかける声が続く。
「先生・・・それが、同行者なんですか?」
リディアだった。テトラに向けられているその眼差しには明らかな戸惑いがある。それに対し、セリアは一切ためらうことなく答えた。
「えぇ、はっきり言ってあなたたちより、はるかに強いわよ。」
あまりに当然のような口調だった。
一瞬、沈黙。
次いで、信じられないものを見るような視線が教室を巡る。
「・・・え?」
思わず声を漏らしたのはライネだった。
「たかがスライム・・・。」
ライネが言い終わるよりも早く、テトラの身体から伸びた半透明の触手が、視認できないほどの速度で空間を走った。
次の瞬間、ライネの身体は宙に浮き、触手に絡め取られたまま完全に拘束されていた。声を上げる暇すらなかったライネは驚きの表情を浮かべる。そして誰一人として、その動きが見えた者はいなかった。
教室が凍りつく。
「テトラ、そのへんに・・・。」
落ち着いたセリアの声が響く。
その一言で、触手はすっと引き、ライネの身体は解放された。床に着地したライネは、状況を理解するより先に、大きく息を吸い込んでいた。
「・・・これで、分かったでしょ。」
セリアは教室を見渡す。
「テトラの強さが。」
誰も、反論できなかった。そんな中で恐る恐る手を挙げたのはクレアだった。
「セ、セリア先生・・・テトラさんの、種族は何なんですか?」
少し考えるような間を置いて、セリアは首を傾げる。
「確か・・・テトラエレメンタルスライム、だったかしら。」
その瞬間。
教室中の顔色が、一斉に変わった。
驚愕、戦慄、信じられないものを見る目がテトラに向けられる。その名が持つ意味を知る者ほど、言葉を失っていた。
セリア自身には、そこまでの実感はない。だが、テトラエレメンタルスライムは極めて希少な存在であり、ひとたび暴れれば、同格の魔物ですら近づくことをためらう危険種だ。
そして今、その存在は、味方だった。
セリアは小さく笑みを浮かべる。
「だから言ったでしょう? ちゃんと考えてある、って。」
ざわめきが、再び教室を満たし始めていた。
◇◇◇◇◇◇
王国北部に広がるコロッサス地方。
その西部に位置する都市、迷宮都市・アラゼカル。
この都市は、王国内に存在する八代迷宮のうちの一つ、奈落要塞・アビスコードを中心に、大小合わせて七つの迷宮が周囲に点在している。迷宮探索を生業とする者たちが集い、都市そのものが迷宮と共に発展してきた結果、いつしか人々はこの地をそう呼ぶようになった。
その巨大な城壁と、迷宮都市特有の重厚な建造物群を目前にして、九人の学生たちは、言葉を失っていた。
「・・・えっ?」
誰かが、かすれた声を漏らす。
それも無理はない。ほんの数秒前まで、彼らは王立学院の講義室にいた。
時間を少しだけ遡る。
早朝、講義室に集められた九人の生徒たちを前に、セリアは一度だけ人数を確認し、頷いた。
「全員、集まったわね。」
そして、何でもないことのように続ける。
「それじゃ、アラゼカルに移動するわよ。」
次の瞬間、床に魔法陣が展開された。精緻な紋様が淡く輝き、空気そのものが震える。
「えっ、ちょ・・・。」
誰かが言い終えるより早く、光が講義室を包み込む。視界が白に染まり、足元の感覚が一瞬、失われた。
そして・・・。
再び視界が戻ったとき、そこにあったのは見慣れた講義室ではなく、見知らぬ景色が広がっていた。
高くそびえる城壁。
重厚な石造りの街並み。
「・・・これは、いったい・・・。」
呆然としたまま、全員の視線が自然とセリアに集まった。その視線を受けながら、セリアはいたって平然と答える。
「ただの転移よ。」
あまりにもあっさりとした言い方だった。
「・・・転移?」
「転移魔法って・・・失われたんじゃ・・・?」
口々に漏れる動揺の声。
驚愕と困惑が入り混じり、誰もが現実を飲み込めずにいた。そんな様子を眺めながら、セリアは小さく肩を竦める。
「細かい話は、あとでね。」
そう言って、目の前に広がる迷宮都市へと視線を向ける。
「今はまず・・・ここが、あなたたちの次の舞台よ。」
迷宮都市・アラゼカル。
九人の学生たちにとって、初めて踏み込む本物の迷宮。
◇◇◇◇◇◇
迷宮都市・アラゼカルの喧騒を背に、セリアはまず学生たちを宿へと案内した。
そこは街の中でもひときわ目を引く建物だった。石造りの外観は落ち着いた威厳を漂わせ、正面には手入れの行き届いた庭園が広がっている。冒険者向けの宿とは明らかに一線を画す、かなり豪華な高級宿だった。
扉をくぐった瞬間、学生たちの足が止まる。
磨き上げられた床、天井から下がる魔導灯、静かに立つ給仕たち。その空気に、思わず声が漏れた。
「・・・え、ここ・・・?」
「ちょっと待ってください。こんな高級なところに、泊まっていいんですか?」
戸惑い混じりにそう尋ねた学生に、セリアは何でもないことのように答える。
「当然でしょ。」
さらりとした口調だった。
「粗野な冒険者しかいない安宿で、何かあったら大変だもの。」
そう言って、学生たち、特に女子の方へ視線を向ける。
「女の子も多いんだし。無用なトラブルは、最初から避けるに限るわ。」
その言葉に、何人かが納得したように頷き、別の者は小さく息を吐いた。
「・・・さすが、セリア先生。」
誰かがそう呟くと、セリアは肩をすくめるだけだった。
「迷宮以外の問題で、消耗するのは無駄でしょう。」
そうして、学生たちはそのまま高級宿の中へと案内されていく。部屋割りと最低限の説明を終えると、セリアは間を置かずに告げる。
「荷物は最低限でいいわ。直ぐに、迷宮に向かうから。」
休息らしい休息もない言葉に、学生たちは顔を見合わせるが、誰一人として異を唱える者はいなかった。
向かった先は、迷宮都市・アラゼカルの周囲に点在する迷宮群のひとつ。
鏡殿迷域・ミラセプティア。
この迷宮は階層数は十と周囲に存在する迷宮の中では最も浅く、比較的安全とされている迷宮だった。
白い石材で構成された入口は、どこか神殿を思わせる静謐な雰囲気を湛えている。磨かれた床面は鏡のように周囲を映し、奥へと続く回廊は、光を反射しながら静かに闇へと沈んでいた。
入口の前で、セリアは立ち止まる。
「ここが、あなたたちにとって最初の迷宮よ。」
そう告げると、セリアは九人を順に見渡し、小さな布袋を取り出した。中から取り出されたのは、同じ形をしたブレスレット。淡い光を宿す宝石が埋め込まれ、見た目は装飾品に近い。
「全員、これを着けなさい。」
指示に従い、九人がそれぞれブレスレットを腕に通す。最後の一人が装着した、その瞬間だった。
突然、脳内に声が響き渡る。
『テトラだよ~。悪いスライムじゃないよ!!!』
「っ!?」
「な、なに!?」
「今の・・・声!?」
一斉にざわめく学生たち。慌てて周囲を見回すが、誰かが口を開いた様子はない。
想像通りの反応を見せる学生たちに、セリアは小さく笑みを浮かべると、先ほど脳内に響いた声について説明を始めた。
「驚かせてごめんなさいね。そのブレスレットを身に付けている間は、テトラと念話で会話できるわ。」
「念話・・・?」
「簡単に言えば・・・言葉を介さず頭の中で直接やり取りができるってこと。」
理解が追いつかないままの学生たちを前に、セリアは落ち着いた口調で続ける。
「迷宮内では、声を出せない状況も多い。連携を取るには、これが一番確実だから。それにテトラが危険を察知しても、あなたたちに伝わらなければ意味が無いでしょ。」
『ぼくがしっかりとまもるから、あんしんしてね~!』
再び響くテトラの声に、何人かが思わず肩を震わせた。
「・・・すぐ慣れるわ。」
セリアはそう言って、迷宮の入口へと視線を向ける。
「それじゃ、行ってきなさい。」
こうして、九人による、初めての 迷宮 探査が始まった。そして迷宮で行われる実習が、ただの実習で終わらないことを、この時点では誰も知る由も無かった。
◇◇◇◇◇◇
白い石で構成された入口を越えた瞬間、空気がわずかに変わった。
迷宮の内部は、想像していた以上に厄介だった。
壁、床、天井、すべてが淡く光を反射しており、どこを見ても微妙に像が歪んで映る。鏡というほど明瞭ではない。だが、完全に反射しないわけでもない。輪郭は揺らぎ、距離感は曖昧で、視線を動かすたびに空間そのものがずれるような感覚を覚える。
見えている距離と、実際の距離が噛み合わない。
「・・・方向、分かりにくいですね。」
小さく呟いたのはシェリスだった。
真っ直ぐ続いているように見える通路が、左右の壁に映る像に僅かに差があるためか進行方向を錯覚させる。それが、仲間の立ち位置さえ一瞬わからなくさせる。足元の床に反射した自分たちの姿が、まるで別の通路に立っているかのように見える瞬間すらあった。
そうした錯視の感覚が、じわりじわりと精神を消耗させていった。誰もが無意識のうちに足を止め、互いの位置を確認し合う。だが、それすらも正しい距離感に基づいているという保証はない。
「・・・これは厄介だな。」
レオンハルトが低く息を吐く。
今のところ敵影は、まだない。音が反射し、足音がわずかに遅れて返ってくる。誰かの動きが、別の方向から来たように錯覚する。敵が潜んでいたとしても、どこから現れるのか分からない。そんな不安が、静かに、しかし確実に、九人の間に染み込んでいった。
ーーー敵が来たとして、どこから来る?
そんな疑問が、全員の胸の内に同時に浮かんでいた。
『いまのところ、ちかくにうごくものはないよ~。』
張り詰めた空気の中で、少々間の抜けたテトラの声が頭の奥に突如響いた。
『みんな、そんなにかたくならなくていいよ~。』
一瞬、誰もが動きを止め、次いで互いの顔を見合わせる。
「・・・今の、テトラ?」
「・・・だよな?」
テトラの声に張り詰めていた緊張がふっと緩んだ。気づけば、呼吸が浅くなっていた者もいる。肩に入っていた力を抜き、無意識のうちに握り締めていた武器を持ち直す者もいた。
必要以上に、身構えすぎていた。そう自覚しただけで、視界が少しだけ広がった気がした。歪んだ反射も、錯視も、確かに厄介ではある。だが、恐怖に呑まれるほどのものではない。
「・・・一旦、落ち着こう。」
誰かが、静かに言った。小さく頷き合い、九人は改めて隊列を整える。
足取りは慎重なまま。だが、先ほどまでの硬直はない。こうして彼らは、もう一度、鏡殿迷域・ミラセプティアの奥へと歩みを進めていった。
進み始めて、どれほど経っただろうか。
「・・・止まって。」
先頭を歩いていたシンが片手を上げ、みんなに制止を促した。
漂う静寂に耳を澄ませる一同。
僅かな物音と共に反射した壁の向こうで、何かが動くのを確認した。
「左から・・・。」
誰かが声を上げた直後に影が飛び出す。現れたのは、獣のような四肢を持つ魔物だった。だが、その輪郭は不自然に歪み、位置が定まらない。壁に映る像と、本体の位置が微妙にずれている。
「来るぞっ!」
レオンハルトが叫ぶのと同時に魔物が跳躍する。
「僕が牽制するっ!」
ジーンは一歩前に出ると、迷いなく魔導銃を構えた。照準を細かく定める余裕はない。それでも引き金を引く。
短い閃光。
放たれたエーテル弾は、魔物の胴をかすめて床へと逸れた。
だが、それで十分だった。わずかに体勢を崩した魔物。その瞬間を逃さず、ナジアが迷わずに一気に距離を詰める。
振り下ろされた刃を魔物は紙一重で回避した。だが、回避した先に安全はなかった。
「そこっ!」
待ち構えていたリディアの槍が、一閃する。
鋭く、無駄のない突き。次の瞬間、魔物の身体は霧散し、床に小さな魔石だけを残して完全に消滅した。
静寂の中で誰かが、ゆっくりと息を吐く音がした。
初めての迷宮。
初めての実戦。
多少の混乱はあったが、日頃の鍛錬がたぐり寄せた勝利であった。
それから先も、戦闘は断続的に続いた。
錯視に惑わされながらの探索ではあったが、数度の交戦を経るうちに、九人の動きは目に見えて洗練されていった。
誰が前に出て、誰が支援に回るのか。声を出さずとも、視線と間合いで意図が確実に伝わるようになっていた。
魔物との距離感。
仲間が仕掛けるタイミング。
そうした感覚を掴み始めたことで、探索の速度は次第に上がっていく。鏡殿迷域・ミラセプティアは、確かに特殊な地形をしている。だが、その一方で出現する魔物の脅威度はそれほど高くない。
奇を衒った動きがあっても、連携を崩されるほどの攻撃も、致命的な一撃を受けることも無く進んでいた。そして何より、この迷宮は全十階層と浅いためか、階層ボスが存在しない。迷宮を攻略する上での基礎を学ぶための場としてはうってつけだった。
こうして、時間こそかかりはしたものの、致命的な危険に晒されることなく、九人は確実に階層を踏破していき、ついに最下層へと到達した。
最下層に辿り着いた九人は、しばし周囲を見回した。そこには想像していたような脅威はなく、ただ静かな空間だけが広がっていた。
「・・・もう、これで終わり?」
ぽつりと零したのはリディアだった。拍子抜けしたような声には、緊張が解けた安堵と、どこか物足りなさが混じっている。
それに応えるように、シェリスが周囲を見渡しながら頷いた。
「時間はかかったけど・・・これで終わりみたいね。」
探索、戦闘、経験すべきことが確かにあり、そしてそれが終わった。あっけなさを感じつつも、これが初めての迷宮探索であったことを思えば、誰もが納得していた。
「それでは・・・戻りましょうか。」
「そうだな・・・。」
リリィの提案に誰もが頷き、レオンハルトがそう口にした瞬間。
最下層の床が、淡く光り始める。
「・・・え?」
気づいた時には、すでに遅い。
床一面に広がる光が幾何学的な紋様を描き、巨大な魔法陣として形を成していく。見覚えのない高位の術式。その中心に、九人とテトラは立っていた。
「なっ!」
誰かが叫ぶよりも早く、光は一気に強さを増す。
次の瞬間。
九人とテトラの姿は、その輝きに呑み込まれるように消え去った。
後には、まるで何事もなかったかのように、静寂だけが最下層に満ちていた。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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