第百十八羽. セリア先生と売られた喧嘩の買い方
ジーンが作成した試作魔導銃のテストから数日、リリィの個別指導がまだ残っているものの穏やかな日常がセリアに戻りつつあった。そんなある日、セリアが講義の為に教室に向かっていると、廊下から学生たちのざわめきが押し寄せてくる。
講義室前には人だかりができており、その中心に一触即発の雰囲気が漂っていた。セリアは歩みをゆるめ、視線を騒ぎの中心へと向ける。そこには、レオンハルトが別クラスの生徒と向かい合っていた。
その生徒とはワーセルド・サーヴェイル。なにかとセリアに絡んでくるゲイル・バレルの生徒であり、五大貴族の一つであるサーヴェイル公爵家の嫡男。
「クレア、状況を説明してほしいのだけど。」
セリアは近くにいたクレアに声を掛けた。
「・・・はい。ワーセルドに廃嫡の落ちこぼれ、と絡まれたみたいです。以前からレオンとワーセルドは顔を合わせる度に何かと揉めていたのですが、今回は・・・クラスのみんなと、セリア先生のことまで貶したことで、いつもより大事になってしまって・・・。」
言いながらクレアは悔しさをこらえるように唇を噛む。
その言葉で全てを理解した。レオンハルトは貴族の中の貴族である五大貴族の出であるが、他の貴族と違って自分を特別だと考えていない。それに同じ学び舎で切磋琢磨しているクラスメートに対して強い仲間意識を持っている。だからこそ、自分自身への侮辱なら耐えてきたが、自分の仲間へと向けられた嘲りだけは許容できなかったのだろう。レオンハルトは拳を固く握りしめ、瞳は真っ直ぐにワーセルドを睨み付けていた。
セリアは静かに息を吐く。
そこへ、ゆっくりと足音が近づいた。セリアはわずかに目を細めるだけで、それ以上の反応を見せなかった。
「騒がしいと思えば・・・。」
ワーセルドの担任であるゲイル・バレルが学生の列を割って姿を現す。
「大体のことは聞こえていました。レオンハルト君・・・言われたまま引き下がるのは、君のプライドが許さないだろう。」
ゲイルはわざと周囲へ聞かせるように間を置く。
「そこでだ・・・模擬戦で決着をつけてみないかね。技量を示し、自らの正しさを強さを以て証明してみせては・・・。」
「先生、僕は一向に構いません。」
勝ち誇ったように笑うワーセルドが、レオンハルトを挑発するように睨む。そして周囲はその提案に、一層のざわめきを見せる。
ゲイルの視線はすぐにセリアへと移った。
「セリア先生、どうですかな?」
挑発めいた視線をセリアに向け、薄ら笑いを浮かべるゲイル。その態度に一切動じることなく、セリアは迷わず返答する。
「私は・・・一向に構いませんよ。」
静かに放たれた一言は、廊下の空気を一瞬でつくり変える。
「セ、セリア先生!?」
学生たちの戸惑いを、セリアは片手で制した。
「落ち着いて。あなたたちも、自分がどれだけ強くなったか・・・そろそろ実感したい頃でしょう?」
セリアの声には、生徒の胸をそっと押し上げるような熱があった。自分たちがどれだけ成長したのか、試さずにはいられなくなるような、そんな響きが籠もっていた。
クラスの面々が顔を見合わせる。緊張が走りながらも、その奥に静かな闘志が灯るのが分かった。
セリアは生徒たちを見渡したあと、ゆっくりとゲイルへ視線を向けた。
「ところで、ゲイル先生。せっかくですし、提案があるのですが・・・よろしいですか?」
ゲイルは意味ありげに目を細める。
「ほう、提案とは?」
「団体戦(最大六人)・ペア戦・一対一の三本勝負。形式はそれぞれ異なるけれど、総合実力を見るには最適では?」
学院の廊下にざわめきが走る。ただの小競り合いではなく、本格的なクラス対抗戦の空気が生まれ始めた。
ゲイルは薄い笑みを口元に浮かべ、わざとらしいほど落ち着いた余裕を崩さない態度で応じる。
「・・・なるほど。面白い提案ですね。私は一向に構いません。」
「では、私の提案で決まり、ということで。」
こうして、口論から始まった騒動は次の授業が急遽、ゲイルのクラス対セリアのクラスによる模擬戦へと姿を変えていった。
学生たちの胸に走る緊張と興奮を感じ取りながら、セリアは歩き出す。
「さぁ準備して。あなたたちの力を証明してみせなさいっ!」
その言葉でクラスの士気は大きく跳ね上がった。
◇◇◇◇◇◇
王立学院の地下に設けられた広大な空間、そこには特別演習場が存在する。広大な石畳のフィールドを覆うように、魔法だけでなく物理的な衝撃をも吸収する多重結界が張られ、壁面には強化用の術式がびっしりと刻まれている。
ここは本来、学院行事や公式試験、特級模擬戦といった大規模イベント専用の場所であり、通常の授業で使われることはまずない。
だが今日は違った。
特別演習場の使用許可を取り、授業時間であるにもかかわらず、観戦席には既に多くの学生が詰めかけている。
特別演習場の使用許可も、この観客の動員も、短時間でゲイル・バレルが手を回した結果だった。セリアが騒動を収めた直後、ゲイルは学院運営部の一部に手際よく働きかけた。普段は使用されていないため、枠を押さえること自体は可能であるが、許可が下りないのがこの特別演習場である。それをいともあっさりと許可を取り、正式に予定へ組み込ませた。
結果、いつもは静まり返っている特別演習場は、学園祭さながらの熱気に包まれていた。
そして中央の円形フィールドには、初戦の団体戦に出場するゲイルのクラス六人が既に入場していた。整然と並ぶその姿は、数というだけで威圧感をもたらす。
特別演習場の舞台入口。厚い石扉の前に、セリアのクラスの生徒たち九名と、セリア本人が集まっていた。
観戦席を埋め尽くす学生たちの熱気が、扉越しに伝わってくる。セリアはその様子を一瞥し、学生たちに向き直った。
「最初の団体戦のメンバーは・・・。」
短く告げ、間を置かずに名前を呼ぶ。
「シン、ライネ、シェリス。」
三人が即座に背筋を伸ばす。
「次のペア戦は、ジーンとクレア。」
ジーンが一瞬目を見開き、クレアは小さく息を飲み込む。
「そして・・・最後の一対一は・・・。」
セリアは一拍だけ置いてから、はっきりと言い切る。
「レオンハルト。」
その瞬間、入口に集まっていた空気がわずかに揺れた。そして名前を呼ばれなかった生徒たちの間から、すぐに不満の声が上がる。
「え、私たちは?」
「なんで三人だけなんですかっ。」
「先生、それ不公平じゃ・・・。」
口々に飛ぶ抗議に、セリアは小さく息を吐いた。そしてセリアは生徒一人一人の顔を順に見渡しながら理由を説明する。
「勘違いしないで。あなたたちが弱いと言っているわけじゃない。」
ーーーむしろ、逆だ・・・あなたたちを出したら、この模擬戦は一瞬で終わる。
今回出場しないリリィ、リディア、ナジアの顔を見ながら、そんな事を思っていた。リリィなら、相手が布陣を整える前に全員を氷漬けにしかねない。制御は上達しているとはいえ、手加減ができるか怪しい。
それはリディアとナジアも同様であった。実戦感覚が鋭すぎるため、遠慮なく踏み込み、遠慮なく叩き伏せるだろう。結果として残るのは勝敗ではなく、ただ終わった、という事実だけだろう。
それでは意味がない。
「全員で出たら・・・一方的になるでしょう。今回は・・・ただ勝つだけでなく、圧倒的な実力差を見せつける必要があるの。」
学生たちに向けるセリアの視線が鋭くなる。
「それと・・・ひとつ言っておくことがあるわ。本気は出さないこと。」
一瞬、冗談のようにも聞こえる命令。だが、その場にいる全員が理解していた。これは制限であり、信頼でもあるということを。
そして、セリアはレオンハルトへと向き直る。
「・・・レオンハルト。」
「はい。」
「あなたは・・・別。」
空気が張り詰める。
「殺さない程度に、本気でやりなさい。」
冗談とも、本気とも取れない言い回しに、レオンハルトは思わずセリアの顔を見つめた。だが、そこにあったのは揺らぎのない視線だった。
「・・・はいっ!」
短く、力のこもった返事がレオンハルトから返る。
その直後、別の生徒が一歩踏み出す。
「せ、先生! もし・・・それで大けがをしたらどうするんですかっ!」
詰め寄る声に、セリアは肩をすくめる。
「死んでなければ、私が元通りに回復するわ。」
一拍の間の後、セリアはいたずらっぽく小首をかしげ、冗談めかした顔をする。
「・・・まぁ、精神的な傷までは治せないけどね。」
その言葉に、場の空気が凍りつき、そして微妙に緩んだ。冗談めいているようで、冗談ではない。なにせセリアの言葉だ。
「準備はいい?」
返事を待つことなく、セリアは舞台入口の方へ顎をしゃくる。
「さぁ、行ってきなさいっ。」
団体戦のメンバーであるシン、ライネ、シェリスの三人が、戦いの舞台へと歩き出す。
◇◇◇◇◇◇
厚い石扉が、低く軋む音を立てて開いた。
照明魔術に満たされた円形フィールドからは誰が入場してきたのかは、直ぐに判別がつかなかった。だが、入場してきた人数に観戦席がざわめき出す。
「三人だけ・・・?」
誰かが囁いた言葉が波紋のように観客席に広がっていく。すでに中央に陣取っているゲイルのクラス六人もその数に一層敵意を剥き出しにする。
「三人でいいのかね。」
入場した三名に対して確認する審判に、代表してシンが静かに頷く。
「では、両チーム配置について。」
審判の声に両チームが配置につく。シンが前に陣取り盾を構え、重心を低く落とす。その斜め後方にライネが配置につき双剣を引き抜く。そして視線はすでに相手陣の隙間を測っている。
さらに少し距離を置いて最後方に立つのが、シェリス。ただ静かに、エーテルの流れを整えている。撃つ準備は、すでに終わっていた。
観客の誰もが数で押し潰し直ぐに決着がつくと、そう思っていた。そして固唾を飲んで審判が告げる開始の合図を待っていた。
「これより、団体模擬戦を開始する。勝敗条件は・・・チーム全員が降参、もしくは戦闘不能。この模擬戦では学生一人一人に結界を張っている。一定以上のダメージを受けた場合、その結界が消失する。その場合を戦闘不能とします。」
審判の声が高らかに響き渡り、一瞬の静寂が訪れる。
次の瞬間。
「・・・始めっ!」
号令と同時に審判の右手が振り下ろされた。号令が落ちるや否や、先に動いたのはゲイルのクラスだった。後衛は既に詠唱を済ませ、開始の合図と同時に魔法を行使する。
火球、風刃、衝撃波・・・属性も軌道も異なる魔法が、ほぼ同時に放たれた。
狙いは一点。正面に立つ、シン。
観戦席から息を呑む音が漏れる。三人しかいない側の前衛。集中砲火としては、あまりにも分かりやすい選択だった。
だが、シンは盾を全面に押し出し、足を踏み込み、真正面から受け止める姿勢を取る。シンの構えた盾に魔法が次々と直撃し、衝撃が地面を伝い、石畳に細かな亀裂が走る。
それでも、シンの足は一歩も動かない。爆炎が晴れ、風圧が引いたあとも、そこに立つ姿は変わらなかった。
「・・・受け、きった?」
誰かの声が、観戦席から漏れる。
驚きの表情を浮かべるが、間髪入れず前衛がシン目掛けて走り出す。剣と槍が、盾へと叩きつけられる。
鈍い金属音。
だが、シンは微動だにしない。盾を支える腕も、軸足も、崩れない。まるで何もなかったかのように静かに全ての攻撃を受け止めている。
攻撃した側の前衛が、思わず目を見開いた。
「嘘・・・だろ・・・。」
戸惑いが入り交じった声が僅かに零れる。その一瞬の戸惑いが、致命的な隙を作った。一瞬の隙を突き影が、横から滑り込む。
ライネだった。
低い姿勢から一気に踏み込み、双剣が閃く。狙いは意識が完全にシンへ向いた前衛の側面。鋭い一撃が、前衛の武器を弾き飛ばし、前衛の一人の身体が吹き飛ぶ。
吹き飛んだ前衛を覆っていた結界が淡く輝き、弾ける。
「戦闘不能、一名!」
響き渡る審判の声に、観戦席がどよめいた。そして、誰もが思い始めていた。主導権がどちらにあるのかを。
早々に前衛の一人が戦闘不能となったことで、ゲイルのクラスに走ったのは緊張と焦り。
「一度、距離を取れ!」
後衛から指示が飛び、即座の判断で残った前衛二人は同時に後方へと下がる。盾役のシンから距離を置き、後衛と合流して立て直す。選択としては、決して間違いではない。
だが、後退したその瞬間をシェリスは、狙い澄ますように待っていた。
「エアリアル・エッジッ!」
詠唱を終えていたシェリスから僅かなエーテルの流れとともに力強い声が放たれた。次の瞬間、シェリスから放たれた風の刃が二筋、一直線に二人に向かって突き進む。
着地するか、しないか。その刹那で、風の刃が正確に直撃した。
衝撃に耐えきれず、二人の身体が大きく後方へと弾き飛ばされる。同時に、それぞれに付与されていた結界が淡く輝き、弾けた。
それを確認した審判が、間髪入れずに宣告する。
「戦闘不能、二名!」
六対三という数的優位があったのにもかかわらず、その優位は、開始早々に音もなく崩れていった。前衛の三人を足早に失い、主導権を奪われたゲイルのクラスに残ったのは後衛の三人。
誰の目にも劣勢は明らかだったが、それでも彼らは退かなかった。
「・・・詠唱をっ!」
短い号令とともに、三人が同時に詠唱を開始する。だが、シンも、ライネも、そしてシェリスさえもそれを止めようとはしなかった。あえて何もせず、シン、ライネ、シェリスの三人は相手の攻撃を真っ正面から受けるつもりでいた。
やがて詠唱が完了し、三種の魔法が放たれた。
火弾、水弾、そして風刃。
属性も軌道も異なる三種の攻撃魔法が、狙いを揃えてシェリスへと殺到する。
だが、シェリスはそこから一歩も動くことなく、自分に襲い来るそれらの魔法を静かに見つめていた。そして観戦席の誰もが、それらの攻撃がシェリスに直撃すると思った、その瞬間。
三種の魔法はシェリスに届くこと無く、火は弾かれ、水は霧散し、風刃は音もなく掻き消えた。そこには淡く揺らぐ膜のようなものが瞬時に展開されていた。この膜の様な物に放たれた魔法はすべて、防がれていた。
シェリスが張った、防御結界。詠唱すらせずに、あまりにも自然に展開された驚きの光景に観戦席がざわめく。その驚きは学生だけでなく、学院の講師も同様であった。
自分たちの攻撃が、まるで意味を成していない。その事実を理解した瞬間、残った三人の表情から、明確に戦意が失われた。
構えは崩れ、呼吸が乱れる。次に何をすべきなのか、それすら誰も判断できていなかった。
シェリスは、そんな三人を静かに見据えると、防御結界を解除する。淡く揺らいでいた膜が、何事もなかったかのように消え去った。
そして、静かに一歩踏み出す。
「エアリアル・ブラスト。」
囁くような声と同時に、暴力の本流とでも呼ぶべき風の塊が生まれ、一直線に三人へと襲いかかった。
逃げる間も、防ぐ間もない。三人は迫り来るその光景を最後に、意識を失い崩れ落ちる。そんな三人に直撃するその直前で、魔法は何事も無かったかのように掻き消えた。
倒れ伏す三人を確認し、審判が即座に声を張り上げる。
「戦闘不能、三名!」
一拍の間を置き、続けて宣告が響く。
「よって、勝者は・・・シン、ライネ、シェリス組!」
審判の宣告が演習場に響き渡った直後、観戦席はすぐには歓声に包まれなかった。六対三という数の差が、あまりにも無意味だったからだ。何が起きたのかを理解しきれず、視線だけがフィールドを彷徨う。
ざわめきが、遅れて次第に広がっていく。
「・・・さっきの、どうやって防いだんだ?」
「いや、そもそも・・・あれは何なんだっ。」
戸惑いと驚きが入り混じった声が、観戦席のあちこちから漏れる。
フィールドの一方、ゲイル・バレルは自分のクラス側の入口付近に立ち、無言でフィールドを見つめていた。
倒れ伏す生徒たち。
まるで赤子の手をひねるかのように、自分の生徒を相手にしたシン、ライネ、シェリス。
先ほどまでの余裕は消え、ゲイルは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、フィールドを挟んで反対側にいるセリアを睨めつけていた。
一方、セリアは歓声に沸く観客の中で勝利を収めたシン、ライネ、シェリスの三人を満足そうに眺めていた。
そのとき、横から控えめな声がかかる。
「セリア先生・・・これなら、シン一人でもよかったんじゃ・・・。」
ナジアの問いに、セリアは即座に首を横に振った。
「それじゃ、団体戦の意味がないでしょ。」
視線をフィールドへ戻しながら、言葉を続ける。
「それに・・・自分たちがどれだけ強くなったか・・・実感を持たせる必要があるのよ。」
観客の声援を受けながら、三人が並んで立つ姿。それは勝利以上に、積み重ねてきた成果そのものだった。
その様子を見つめながら、リリィ、ナジア、リディアもまた、同じ思いを胸に抱く。
ーーー自分も・・・その実感を得たいな。
だが、その気持ちは口には出さず、今はただ勝利したクラスメートを素直に称え、拍手を送った。
初戦の団体戦は、こうして幕を閉じた。だが、この団体戦で残したものは、静かに、そして確実に波紋を広げていった。
誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。
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