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転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第五章 王都動乱編
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第百十六羽. 贋金は沈黙の鐘を鳴らす・結


 財務局の奥まった一角にあるニコラウスの執務室に戻ると、外の騒がしさが嘘のように静けさが満ちていた。来客用の革張りソファと、壁際の棚に整然と並ぶ帳簿。その中央に置かれた白い机には、まだ温かい湯気を立てる茶器がぽつんと残されている。


 ニコラウスは扉を閉めると、胸の奥から息を押し出すように深く吐き出し、セリアとクレアをソファへと促す。


 「・・・ここなら外に聞かれる心配はありません。セリアさん、先ほどの、情報というのをお聞かせいただけますか?」


 セリアがソファへと腰を下ろすと、クレアも緊張した面持ちでセリアの横に腰掛ける。セリアは全員が着席すると、軽く指を鳴らす。机の上が仄かに輝き出すと二つの像を結ぶ。一つは王城を中心とした中央区の地図、そしてもう一つは、複雑な水路が迷路のように巡る地下構造図。


 「っ・・・これ、は・・・。」


 突如机の上に出現した二枚の地図にニコラウスが言葉を失い、クレアは息を呑み、震える声で問いかける。


 「セ、セリア先生・・・いったいどうやって映しているんですか?」


 「それは後で説明するわ。今は・・・目の前の地図について。」


 セリアの言葉に改めて机の上に描かれた地図を覗き込む二人。クレアは地下水路のような構造図を見ながら首をひねる。


 「こちらは王都の中央区の地図で間違い無いようですが、こちらは何でしょうか?」


 ニコラウスが地図に顔を近づけ、複雑な線を指先でなぞりながら呟く。


 「多分これは・・・王都の地下水路の構造図ではないでしょうか?」


 「ところで・・・セリア先生、この二枚の地図はどこから?」


 「ミュリエルの家で焼け残っていた紙束よ。」


 「よく焼け残っていましたね。」


 「運良くね。」


 セリアは濁すようにクレアに答え、中央区の地図にある印に指を這わせた。


 「この印の場所、何かしら。」


 セリアの指先が示す場所について、ニコラウスは少し考えてから答える。


 「そこには、今は使われていない鐘楼があります。」


 「鐘楼・・・なにか特別なものなの?」


 「いえ、それほど特別なものではありません。ただ、百数十年前の政変時に、本来なら王都の危機を告げるはずの鐘が、結局一度も鳴らされなかった。その出来事から”沈黙の鐘”とも呼ばれるようになった鐘楼です。」


 地図上では使われなくなった鐘楼は、この財務局の目と鼻の先といってもいい。


 「ニコラウスさん、鐘楼と財務局との距離が地図上ではかなり近いのですが、実際はどうなのですか?」


 「そうですね。正面玄関からですと遠回りになりますが・・・裏口を使えば、地図通りかなり近いと思います。」


 「そうですか・・・。」


 セリアが地図を見ながら考え込んでいると、クレアがそっと口を開いた。


 「・・・セリア先生。もしミュリエルさんが犯人だとして、いったい何が目的なんでしょうか?」


 真剣な眼差しを向けるクレアに、セリアは小さく首を振る。


 「おそらく、ミュリエルは犯人ではない・・・でしょうね。正確に言えば、実行犯ではあるけれど・・・この事件そのものを描いた人物は別にいるわ。」


 「べ、別に・・・ですか?」


 クレアの驚きの声に、セリアは視線を地図へ戻しながら静かに続ける。


 「えぇ。クレアが言ったように、ミュリエルは動機という部分では白としか言いようがないもの。」


 「では、その事件を描いた人は・・・何をしようとしているんですか?」


 その問いに、セリアは一度考えるように目を伏せ、ゆっくりと言葉を選んだ。


 「私の推測なんだけど・・・」


 そこまで言ったところで、セリアはふと視線をニコラウスへ向けた。


 促すような視線の意味を理解したニコラウスは、わずかに背筋を伸ばし静かに頷く。


 「・・・わかったよ。ここで見聞きした内容は、一切外部に漏らさないと誓う。」


 その言葉にセリアは軽く頷き、続けた。


 「おそらく目的は・・・王家の権威の失墜よ。式典までに記念硬貨が用意できず、盗まれたと公表される。そして、その混乱の中で、自分たちが記念硬貨を発見した、と名乗りを上げる。そういった・・・筋書きでしょうね。」


 クレアは凍りついたように目を見開く。


 「そ、それじゃあ、犯人は・・・」


 クレアの言葉を引き継ぐように、セリアが淡く答える。


 「えぇ。かなりの確率で、貴族派に属する関係者・・・もしくは貴族そのものね。」


 部屋の空気にかすかな緊張が走ったその時、ニコラウスがゆっくりと口を開いた。


 「・・・今の話と直接関係ないんだが、保管庫へ向かう途中でアビゲイル殿下の話をしたのを覚えているかい?」


 セリアは穏やかに頷く。


 「えぇ、覚えているわ。それが?」


 一瞬だけ言い淀み、ニコラウスは現実を噛みしめるように続けた。


 「他の部署でも、うちでもそうなんだが・・・アビゲイル殿下と接点のある人間は、ほとんどが貴族派に近い者ばかりなんだ。」


 ニコラウスのその言葉が落ちた瞬間、室内の空気が静かに沈み込んでいった。それは曇天の空のように、どこか色を失って見えた。その重苦しい空気を断ち切るように、セリアが静かに口を開いた。


 「・・・とりあえず、鐘楼へ向かいましょう。」


 セリアのその声に迷いはなかった。ニコラウスは座ったまま拳を握りしめ、深く息を吸うとセリアの顔を真っ直ぐに見る。


 「財務局の職員が・・・しでかしたことです。どうか、私も連れて行ってください。」


 その瞳を、セリアはしばらくじっと見つめていた。逃げず、目を逸らさず、責任を負おうとする意志、それを見届けてから、セリアは静かに頷く。


 「・・・分かりました。」


 その言葉にクレアも、背筋を伸ばして前へ出た。


 「当然ですが、私もついて行きます。ここまで来たら、最後まで確かめないとっ。」


 セリアは短く微笑むと、三人はすぐさま執務室を後にした。



 ◇◇◇◇◇◇


 鐘楼は、財務局の裏口から歩いて数分進んだ先に姿を現した。古びた尖塔は長い年月を風雨に晒され、自然と歴史的な重みが感じられる佇まいであった。時折観光客が訪れるため、周囲は綺麗に整えられていた。だが入口周辺には不自然な足跡が残され、ごく最近、この中に人が踏み入った痕跡であることは間違い無かった。


 「・・・誰かが、ここに来たようね。それもごく最近・・・。」


 セリアは念のため周囲を一巡し、扉へと指を添える。本来は施錠されて開かない古びた木製の扉が、軋みを上げてセリアたちを招き入れるようにゆっくりと開く。三人は周囲を警戒しつつ静かに中へ入ると、鐘楼内部は冬の寒さとは違うひんやりとした空気が広がり静まり返っていた。上階へと延びる細い石階段には、薄い埃が積もり長年使われていないことが一目でわかった。一方で、床板の隙間を抜けるように下へ続く鉄製の梯子は、埃が払われていた。


 ニコラウスが驚いた声を洩らす。


 「こんなところに・・・地下へ通じる道があったとは・・・。」


 セリアは梯子の淵に小さく手を置いた。


 「隠し通路というより、元々は保守用の通路でしょうね。地下水路と繋がる構造は珍しくないわ。」


 先頭に立つと、セリアは迷わず梯子を降りはじめる。続いてクレア、最後にニコラウスが慎重に後に続く。湿った冷気が三人の頬を撫でる。


 地下水路へ降り立つと、そこは複雑に枝分かれした古い通路が幾筋も延びていた。


 「・・・念のために。」


 セリアは小さく呟き、周囲の空気へかざした掌にエーテルを流し込む。瞬間、足元から広がるはずの足音の響きが、見事に消えた。


 「セリア先生・・・今のは?」


 「足音が反響して相手に気づかれないよう、音響の干渉を抑えた魔法よ。しばらくは静かに歩けるわ。」


 セリアは視界に浮かぶ水路の地図を確認しながら、薄暗い水路を進む。その後ろからクレア、ニコラウスの二人が静かに続く。


 地図上に印がついている箇所までもう少しのところで、セリアは立ち止まる。


 「・・・っ、止まって。」


 セリアが手を上げた。


 前方、曲がり角の奥から、確かに誰かの声が響いていた。セリアたちはゆっくりと近づき会話に耳を傾けた。声からして数は男女一人ずつの計二人。押し殺した声。低く、しかし緊張した会話。


 クレアが小声で囁く。


 「・・・人の声、ですよね?」


 「えぇ。間違いないわ。」


 セリアが会話の内容を確認していると、後ろからニコラウスが小さな声で告げる。


 「セリアさん、女性の声ですが・・・ミュリエルさんの声で、間違いありません。」


 三人は灯りの落ちる薄暗闇の中で、息を殺しながら声のする方を見つめた。



 ◇◇◇◇◇◇


 誰もいないはずの地下水路の一角。水路が少しだけ広くなり、古い保守作業場のような空間になっているその場所の片隅に、ミュリエルは身を潜めるように立っていた。ひんやりとした湿気が肌に貼りつき、遠くの滴り落ちる水音が小さく反響している。それ以外には、誰の気配もないはずだった。


 コツ・・・コツ・・・。


 微かな足音が、水路の奥から響いてきた。


 ミュリエルは瞬時に体を強張らせ、身構える。闇の奥へと視線を凝らし、わずかに息を呑む。


 「・・・誰?」


 返事はない。しかし、それを合図にするように、闇からすっと人影が現れる。


 「そう警戒をしないでください。」


 姿を現したのは細身の男。黒の執事服が水路の薄暗がりの中でも整然と際立ち、影のような静けさを纏っていた。


 「エリオットさん・・・脅かさないでくださいよ。」


 ミュリエルの声には安堵とともに、どこか苛立ちが滲んでいた。ミュリエルのそんな苛立ちなど気にすることなく、エリオットは無表情のまま一礼する。


 「それは申し訳ありません。それと・・・今回の件、我が主は・・・大変ご満悦です。」


 その言葉に、ミュリエルはわずかに眉をひそめ、鼻で短く息を吐いた。


 「それはよかった。それで・・・私はいつまでここに隠れる必要があるんだい?」


 「国外へ逃がす手筈でしたね。ご安心ください、そちらもすでに手配済みです。」


 淡々と答えるエリオットの声は揺らぎがなく、まるですべてが予定通りに進んでいると言わんばかりだ。エリオットはふと周囲に視線を巡らせ、軽く顎を傾ける。


 「・・・それで。例の物は、どちらに?」


 ミュリエルは無言で指を伸ばし、水路脇に置かれた布袋を示した。


 「そこにあるよ。」


 エリオットは足元を濡らさぬよう音ひとつ立てずに歩み寄り、袋を持ち上げる。重量を確かめるように手首を軽く返し、口を開けて中身を覗き込む。


 「・・・なるほど。確かに。」


 袋の中に収められていたものを確認したエリオットは、まるで何事もなかったかのように袋を閉じ、静かに立ち上がった。ミュリエルは、その横顔を不安げに見つめる。


 「それで・・・本当に、私は・・・助かるんだよね?」


 エリオットは振り返らず、無機質な声で答えた。


 「えぇ・・・もちろん。我が主は約束を違えるような御方ではありません。」


 その言葉を口にしながら、エリオットはゆっくりとミュリエルへ歩を進めてきた。


 最初はただの一歩。


 だが、その歩みには、どこか逃げ場を塞ぐような重圧と静けさがあった。ミュリエルは妙な胸騒ぎを覚え、思わず数歩、後ずさる。


 ーーー・・・何か、おかしい・・・。


 その直感が脊髄を走った瞬間、視界が揺れた。気づいた時には、エリオットの姿が、音も無く目の前にあった。まるで空気の裂け目から滲み出たかのように、そこにいた。 そしてエリオットの手には、冷たく鈍い光を反射する一本の短剣が握られていた。


 「・・・エ、エリオットさん・・・?」


 喉がひりつくほどの乾いた声で問いかける。しかし返答は、情け容赦のない冷笑だった。


 「国外へ・・・でしたね。」


 エリオットは一歩、さらに踏み込む。ミュリエルの背中が湿った石壁に押しつけられる。


 「国外は国外でも・・・。」


 短剣の切っ先が、ほんの僅かにミュリエルの喉元へ向く。その声は、氷柱のように澄み、残酷なまでに柔らかかった。


 「二度と戻ることの出来ない場所に、送って差し上げます。」


 ミュリエルの瞳に映るのは、無機質な感情のないエリオットの瞳。



 ◇◇◇◇◇◇


 セリアたち三人は様子を窺いながら息を潜め、地下水路の暗闇に溶け込むように身を潜めていた。ミュリエルと執事服の男の会話に耳を傾けていたセリアは、男から放たれたほんの微かな殺気を感じ取った。肌を刃でなぞられたかのような、異様に鋭い殺気を。


 セリアはその殺気を感じ取った瞬間、考えるよりも早くその場から駆け出した。階段の一段を飛び越え、水面を駆け抜け踏み込む。


 セリアの視界には壁に追い詰められたミュリエルの姿。男の持つ短剣が描く軌跡はあまりにも自然で、あまりにも速かった。そして正確にミュリエルの心臓を捉えていた。


 次の瞬間、甲高い音が水路に響いた。


 キィンッ!


 振り下ろされた短剣が、セリアの張った薄膜の結界に弾かれた音だった。


 「・・・っ!」


 視界の端でセリアの姿を確認した執事服の男は、素早く後方へ跳び距離を取る。着地の瞬間、氷のように冷たい男の目が細まり、セリアを射貫くように見つめる。


 「セリア・ロックハート様でいらっしゃいますね。私の名はエリオット。しがない執事でございます。」


 「しがない執事にしては・・・動きが慣れているようだけど・・・。」


 「その辺りは、執事のたしなみでございます。それにしても・・・セリア様に招待状を出した覚えはないのですが・・・。」


 冷笑すら浮かべず、ただ淡々と呟くその音は、まるで死刑宣告のように冷たかった。


 「本来なら招待状をお持ち出ない方には、帰って頂くのですが・・・見られてしまった以上、生きて返すわけにはまいりません。」


 男の足元が爆ぜた瞬間、すでにセリアへ肉薄していた。まるで影が移動したような(すべ)るような踏み込み。セリアは微かに左足を引き、風を裂き喉元へ迫る短剣をかわす。短剣が翻り再びセリアに襲いかかった時には、セリアの身体は、エリオットの至近距離にあった。


 「遅いっ。」


 鋭く響いた声と同時に、エリオットの身体に衝撃が走り、視界が揺れ動く。セリアの掌底が、静かにエリオットの胴へと突き刺さっていた。乾いた衝撃音が水路に響き渡り、エリオットの身体が石壁へ激突した。壁がわずかにひび割れ、落下した瓦礫が乾いた音を立てて落ちる。


 後から追いついてきたクレアとニコラウスは、一瞬の戦闘にただ息を呑むことしかできなかった。


 セリアの視線の先では石壁に叩きつけられたエリオットが、湿った石床を軋ませながらゆっくりと上体を起こしていた。


 「・・・お見事です。セリア・ロックハート。あなたがこれほどまでとは・・・想定外でした。」


 口の端から流れ落ちる血を手の甲で静かに拭うと、エリオットはまるで礼儀作法の一つであるかのように深く息を吐いた。


 「ですが・・・ここで終わる訳にはいきません。」


 言うが早いか、懐から小瓶を取り出し中の液体を一気に喉奥へと流し込む。


 瓶が床に落ちた直後、ニコラウスの身体から瘴気が溢れ出した。エリオットを中心に広がりを見せる瘴気に、セリアは咄嗟に振り返り鋭く声を飛ばした。


 「クレア! 自分とニコラウスさんの周囲に結界を張りなさい!」


 「は、はいっ!」


 状況が理解できないまま、クレアは震える手に力を込め結界を展開する。透明な膜が二人を包み、瘴気の直撃だけは辛うじて防いだ。


 しかし、その直後。


 ミュリエルが悲鳴をあげた。その喉が張り裂けんばかりの絶叫に視線が集まる。


 「ぎぃ・・・あ、あああぁぁぁっ!!」


 まるで皮膚の下で何かが暴れ狂っているように、身体が激しく痙攣し、石床に爪を立てながら転げ回る。明らかに早い反応に、セリアは燃えるような視線でエリオットを睨みつけた。


 「・・・何をしたっ!」


 エリオットは表情一つ変えず、淡々と答えた。


 「ここ数日、少しずつ瘴気を摂取していただいていました。本人の意思とは無関係にですが。」


 ミュリエルの悲鳴が途絶え、乾いた音とともに、彼女の四肢が不自然に歪み、背骨が弓なりに反り返る。皮膚が裂け、全身から瘴気が噴き出した瞬間、ミュリエルの身体は魔物へと変貌を遂げた。


 そして、最後の咆吼が途切れると同時に、ミュリエルの身体は力なく崩れ落ちていった。エリオットはその様を見て、静かにため息をつく。


 「・・・適応できませんでしたか。残念ではありますが、もともと処分するつもりでしたので、これはこれで好都合ではあります。」


 その声には、同情も、憐れみも、罪悪感すらなかった。


 エリオットの足元から瘴気がさらに渦巻き、その身体が、ゆっくりと、しかし確実に別の何かへと変質してゆく。


 セリアは瞳を細め、誰にも聞こえぬ程の声で囁く。


 「不愉快だな・・・。」


 セリアの声は低く、氷のように冷たかった。


 瘴気が渦を巻き、水路の空気が一瞬にして重く沈む。エリオットの瞳はゆっくりと、血のように赤に染まった。まるで人の形のまま、人でない何かへと変質したかのような異質な圧が、セリアの肌を冷たく撫でる。


 次の瞬間、エリオットの姿が掻き消える。瘴気を纏った刃が横合いからセリアへと迫る。セリアは半歩だけ踏み込み、指先で刃の軌道を逸らす。それだけで攻撃は空を裂き、水面を穿つだけの無意味な一撃と化した。隙だらけになったエリオットの顔面をセリアの拳が捉えた。


 それでもエリオットは笑っていた。血を垂らしながら、狂気の色を宿した赤い瞳でセリアを睨む。


 「・・・なるほど。これでも、あなたの本気を引き出せないようですね。」


 セリアは無言でエリオットを見つめる。


 「このままでは・・・。」


 エリオットはわずかに肩を震わせると、低く呟いた。その言葉と同時にエリオットの中に膨大なエネルギーが収束しはじめた。それはまるでろうそくの炎が消える直前の一瞬の輝きのように。


 「仕方がありません。せめて・・・役目だけでも全うしなければ。」


 「・・・っ、自爆かっ!」


 その瞬間、セリアの脳内に鋭い声が割り込む。


 『マスター。爆発により王都全域が崩落する危険性があります。』


 次の瞬間、セリアは判断した。セリアが掌を前に突き出すと、エリオットの周囲に半透明の六角結界が即座に展開した。結界は一層、二層、三層・・・と光の膜が幾重にも展開してエリオットを閉ざしていく。


 「クレア、ニコラウスさん、こっちへ!」


 二人がセリアに駆け寄ると同時に、セリアはさらに結界を展開し、クレア、ニコラウスを包み込む。同時並行で、セリアは地下水路の壁や天井に構造強化を施す。セリアの視線が部屋の隅にある布袋に向かう。


 ーーー流石にこの状況では・・・。


 セリアが記念硬貨の回収を諦めたその時、ローブのフードからテトラが姿を見せる。そして触手のように自分の身体を伸ばすと、記念硬貨の入った布袋を器用に回収する。テトラが布袋を回収した刹那、地下水路に轟音が轟き、セリアたちの姿が閃光の中に消えていく。


 結界を叩き割らんばかりの爆圧が内部で炸裂し、光の膜が悲鳴のような高音を立てる。エリオットの周囲に展開した結界が次々と破れ、その度に熱風が水路全体に吹き荒れ、地鳴りが空気を振るわせた。


 「セリア先生っ!!」


 クレアの悲鳴は暴風にかき消える。最後の結界が裂ける寸前、セリアは二人の肩を抱き寄せるように掴んだ。その瞬間、セリアたちの姿が地下水路から消えた。


 冷たい空気がセリアたちの頬を撫でる。


 セリアは鐘楼の裏手の石畳へと転移していた。クレアは膝から崩れ、ニコラウスは荒い息を繰り返す。


 ゴォォォォォォッ!!


 鐘楼の地下入口から、爆発の余波が暴風のように吹き上がる。吹き上げられた風が鐘楼の内部を駆け抜け、巨大な鐘を激しく揺らした。


 ゴォォォォォォォォン……ッ!!


 沈黙の鐘が、鳴った。


 百数十年前の政変の日でさえ鳴らされなかった鐘が王都に鳴り響いた。鐘楼から響き渡る重低音が、茜色に染まる空に滲むように消えていく。



 ◇◇◇◇◇◇


 翌日の夕刻。


 授業を終えたセリアの姿は、再び大聖堂の奥にある一室にあった。簡素でありながら重厚な造りの部屋には、セリアの他にルーファウス、フォルディス、そしてギリウスの姿があった。そして、テーブルの中央には、布袋に収められた記念硬貨が静かに置かれている。


 ギリウスは一枚一枚を丁寧に手に取り、光の角度を確かめながら記念硬貨の鑑定していた。室内には硬貨が触れ合う微かな音と、三人の呼吸だけが響いていた。


 すべての鑑定を終えたギリウスが、大きく息を吐く。


 「・・・全て本物に、間違いねぇ。」


 その言葉に、ルーファウスとフォルディスの肩から緊張が抜けていく。安堵の色がゆっくりと表情に浮かんだ。


 「これで、俺の仕事は終わりだな。じゃあ、失礼するぜ。」


 ぶっきらぼうにそう言い残し、ギリウスは部屋を出ていった。靴音が遠ざかるのを確認したルーファウスが、静かに口を開く。


 「セリアさん、本当にありがとうございます。・・・まさか、依頼して一日で解決するとは。」


 「まあ、運が良かっただけです。」


 セリアは淡々と返したが、ルーファウスは納得したように微笑む。


 「それで・・・セリアさん。指示を出した人物なのですが・・・。」


 「えぇ。間違いないと思います。ただ、それを示す証拠が全くありません。」


 「・・・全ては闇の中、というわけですな。」


 フォルディスの低い声に、ルーファウスは苦々しい表情を浮かべた。


 「それでも、記念硬貨が無事であったことは・・・僥倖と考えるべきでしょうな。」


 「・・・確かに、そうですね。」


 ようやく落ち着きを取り戻したように、ルーファウスはゆっくりと息を吐いた。


 「では、私はこれで。」


 用件の済んだセリアは、そっと立ち上がり、三人に会釈をして部屋を出ていく。大聖堂の高い窓からは、沈みかけた夕陽が差し込み、長い影を足元へと落としていた。大聖堂から出ると、夕陽がセリアの頬を微かに赤く染める。夕刻を告げる鐘が響き渡る中、セリアは見え隠れする影に一抹の不安を覚えながらゆっくりと歩を進めた。

誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。


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作品を読み、少しでも「面白い」、「先が読みたいと」と感じた方は、ブックマークと評価をお願いします。

気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。

改めてお願いします。

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