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転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第五章 王都動乱編
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第百十五羽. 贋金は沈黙の鐘を鳴らす・転


 工房街の熱が次第に遠ざかっていく。冷たい外気が頬を刺す中、クレアがセリアを見上げた。


 「・・・先生、次は王宮ですか?」


 先ほどギリウスとの話を聞いていたクレアは、当然そのまま王宮へ向かうものと思っていた。しかし、返ってきたセリアの答えは違うものだった。


 「次は・・・財務局。硬貨の保管場所を確認しに行くわ。」


 クレアは思わず瞬きをした。


 「えっ・・・どうして王宮に行かないのですか?」


 セリアは歩みを緩めず、曇天を仰ぎ見ながら答えた。


 「図案が漏れたのが王宮だったとしても・・・実際に硬貨がどうやってすり替えられたのか、それを確かめる方が先よ。」


 しばらく歩いたところで、クレアがふと口を開いた。


 「・・・セリア先生、一つ、気になっていることがあるんですけど。」


 セリアが視線を前に向けたまま応じる。


 「どうしたの?」


 クレアは少し言いよどんだ後、続けた。


 「ギリウスさん・・・偽造硬貨のデザインが古いことに、どうしてすぐに気づけなかったんでしょうか?あんなに図案を大切にしている人なのに・・・少し意外で・・・。」


 セリアは歩調を緩めることなく、穏やかな声で答える。


 「人間の脳ってね、思いのほか、騙されやすいものなのよ。それに今回は、自分の工房から漏れたかもしれない、という焦りがあった。焦れば焦るほど、目の前の事実に気づけなくなる。」


 「・・・騙されやすい?」


 クレアはその単語をそのまま呟き、眉を寄せる。セリアは、そんな様子のクレアを少し笑み浮かべて見ながら言葉を続ける。


 「偽造硬貨の報せがあった時、誰もがその事実にだけ目が行き、偽造硬貨そのものが持っている情報については、誰も目を向けない。」


 「・・・。」


 クレアはセリアの話す内容を黙って耳を傾けていた。


 「硬貨の真偽を確かめたのもデザインではなく、三重光輪の中心にある窪みなど。偽造する側が本物を忠実に真似るものだと、誰もが無意識に思い込んでしまう。」


 クレアの瞳が大きく開く。そんなクレアの顔を見て、セリアは柔らかく微笑んだ。


 「さっき工房で、もし偽造硬貨を作るならって話をしたわよね。クレア、自分でなんて言っていたか覚えている?」


 クレアは一瞬考え、セリアを見上げた。


 「・・・材質を調べて、同じように作る・・・そして、デザインも本物を忠実にまねる・・・そう言いました。」


 「そう。それが自然な発想よ。だからこそ、偽造硬貨の図案が本物とは違う・・・なんて、誰も疑わなかった。」


 「・・・なるほど、でもそれじゃ・・・。」


 セリアは短く頷く。


 「そう。今回の犯人は、偽造が露呈すること自体を織り込み済みってこと。」


 クレアの歩みが止まりかける。


 「ばれるようなものを、わざと・・・?」


 「えぇ。目的は分からないけど、露呈したとしても時間稼ぎが出来ればそれでいい。この偽造騒ぎで王宮と工房が混乱している数日のあいだに、別の動きを進めている可能性が高いわ。もしかしたら、それ自体が目的かもしれないけど・・・。」


 話しているうちに、二人は財務局の前へ到着していた。


 セリアは足を止め、クレアを見た。


 「話の続きは後で。入るわよ。」


 そう告げると、セリアは財務局の扉へ手を掛けた。



 ◇◇◇◇◇◇


 セリアとクレアが財務局の扉を押し開けると、暖かな空気が二人を迎えた。工房街の熱気とはまるで違う、静かで整然とした空間が二人の目に広がる。広いフロアには磨かれた石床が広がり、規則正しい足音が反響している。壁際には木製の書類棚がずらりと並び、重厚な帳簿が几帳面に収められている。役人たちが黙々と書類を運び、時折ペンが紙を滑らせる音だけが静かに混じり合っていた。


 クレアは迷うことなく受付へと向かい、そこに座る落ち着いた表情の女性に声をかけた。受付の女性はクレアの姿を見てふっと柔らかい笑みを浮かべる。


 「クレアさん。今日も大司教様のお使いですか?」


 「いいえ、今日は人を案内していて。」


 そう答えた瞬間だった。


 少し離れた位置から、落ち着いた声がクレアを呼んだ。


 「クレアさん。お待ちしていました。」


 クレアはぱちりと瞬きをし、その男を見つめた。だが、クレアは自分の名前を呼ぶこの男に、全く見覚えがなかった。セリアはその反応を見逃さず、静かに歩み寄ると、クレアの前に出て自然な形で庇うように立った。不意の対応にその男はわずかに動揺し数歩下がりながら、慌てた声で言い訳を始めようとする。


 「い、いや、私は・・・怪しい者では・・・。」


 その言葉を遮ったのは受付の女性だった。落ち着いた声で男の素性を告げる。


 「その方ならご心配なく。コルベール財務局事務次官です。」


 その言葉に、クレアもセリアも一瞬だけ表情を固くする。事務次官という地位がどれほどのものなのか、正確には分からない。それでも、少なくとも財務局の中でも偉い人物だということだけは理解できた。


 男は二人の前に歩み出て、軽く胸に手を当て礼をした。


 「突然声をかけて申し訳ありませんでした。セリアさん、クレアさん。」


 セリアへ向けた視線は礼節を保ちながらも、どこか緊張の色が混じっている。


 「私はニコラウス・コルベール。ルーファウス殿下のご依頼で、お二人をお迎えに上がりました。」


 「お越しになった経緯は把握しています。こちらへどうぞ。」


 ニコラウス・コルベールは落ち着いた所作で一礼し、セリアとクレアを案内するために歩き出した。二人がその後に続くと、受付の女性が深々と頭を下げ、静かに見送っていた。


 役所特有の規則正しい足音と紙の擦れる乾いた音が遠ざかり、廊下は次第に静けさを増す。そんな中、セリアが歩調を合わせながら声をかけた。


 「ルーファウス殿下とお知り合いなのですか?」


 ニコラウスは振り返らず、柔らかな笑みを声の端ににじませた。


 「えぇ。殿下には何かと目をかけていただいています。ルーファウス殿下だけでなく、オーベルヌ殿下、スーベリア殿下とも懇意にさせていただいていまして。」


 「アビゲイル殿下とは?」


 その問いに、ニコラウスはほんの一瞬だけ考えるように目を細めた。


 「そういえば・・・アビゲイル殿下とはあまり接点がないですね。他の部署で接点を持つ方はいるようですが、私は直接お会いする機会がほとんどありません。」


 そんな軽い雑談を交えながら歩くうちに、廊下の奥に重厚な扉が見えてきた。扉の周囲には複数の刻印が組み込まれ、壁には淡く魔力の流れる警戒線が張り巡らされている。


 「・・・ここが保管庫です。」


 ニコラウスは保管庫の入り口で足を止めたが、セリアとクレアはそのまま保管庫の中に入り隅々まで観察した。外部からの侵入は不可能。施錠についても物理的な構造、魔法的な結界も含めて問題ない、それが保管庫を確認したセリアの感想であった。


 ーーー内部協力者が・・・必ず必要になるわね・・・。


 セリアは自分なりの結論に至ったところで、ニコラウスへ視線を移した。


 「ここの管理責任者と、出入りが認められている人物を教えていただけますか?」


 その問いを受けたニコラウスは、セリアの眼差しの鋭さに気づいたのか、わずかに表情を改めた。


 「・・・やはり、セリアさんもそうお考えなのですね。」


 それは内部犯行の可能性が高い、という確認でもあった。ニコラウスは覚えた緊張を飲み込むとすぐに答えた。


 「管理責任者は・・・アドルフ・マインツです。第三保管課の課長で、施錠・帳簿の両方を統括しています。入室権限を持つ者は三名。一人は先ほど申し上げたアドルフ。二人目が、会計監査官のミュリエル・サロス。三人目が、アドルフ課長の補助を務めるレオナール・キーンです。」


 セリアは短く頷いた。


 「他には?」


 「この三人以外に、この保管庫への入室権限を与えている者はいません。」


 「たった三名・・・?」


 クレアの疑問にニコラウスは頷き、丁寧に答える。


 「ここは王国の重要資材を扱う場所です。必要最小限以外、誰も入れません。」


 セリアは少しだけ視線を落とし、扉の魔力封印を眺めた。


 「・・・では、まずは入退出記録を確認させてください。」


 「こちらの端末です。魔導演算機と直結しています。」


 ニコラウスが壁際の装置を示す。白銀の立方体、魔導演算機は、淡く青光を漂わせながら静かに作動していた。


 セリアはその前に立つと、指先を画面へと伸ばす。


 「年末から年始にかけての記録を出してください。」


 「はい、すぐに。」


 ニコラウスが操作すると、記録が時系列で映し出され、淡い光の文字列が浮かび上がった。セリアは画面を見つめたまま、小さく息を吸い込む。セリアの指先からは《オモイカネ》によるエーテルの触手が魔導演算機内に潜り込んでいた。


 ーーーさぁて・・・ここから何かが出てくれると・・・良いのだけど。


 その瞬間、セリアの意識に、《オモイカネ》の声が静かに響いた。


 『マスター。指定期間の記録に、不自然な情報欠落があります。』


 セリアのまつ毛がわずかに揺れた。


 「・・・欠落?」


 その問いの続きを、オモイカネが淡々と言葉にする。


 『魔導演算機の記録は消去不可。欠落は、内部権限者による改竄行為を示唆します。』


 『復元は出来る?』


 『問題ありません。マスター。』


 『私が、操作するから、方法を教えてっ。』


 『承知しました。マスター』


 「ニコラウスさん、代わって頂けますか?」


 「構いませんが、どうかしましたか?」


 「少し気になることが・・・。」


 そう言ってセリアは目の前にあるパネルを操作しはじめる。その操作は滑らかで、明らかに操作を熟知している指先が動いていく。クレアが不安げにセリアを見つめ、ニコラウスは顔色を変え、画面に目を凝らした。


 暫くして、セリアの指先が止まると、今まで存在していなかった情報が画面に表示される。


 「セリアさん、これは・・・。」


 「何らかの方法で・・・記録を削除したのでしょう。完全には消せないため、情報を復元しました。」


 復元された記録には、はっきりと書かれていた。


 ”入室:ミュリエル・サロス 天輪歴2025年 1月3日 19:17”

 ”退室:ミュリエル・サロス 天輪歴2025年 1月3日 19:37”


 この日は、セリアたちが出席した晩餐会が催されていた日である。年始であるため役所もその日は休みとなっていた。さらに晩餐会には役所のお偉方も出席していたため、何かあったとしても連絡を取るのが難しくなっていた。


 ニコラウスの表情は強張り、喉がひくりと動いた。


 「・・・あり得ない・・・彼女が・・・?」


 ニコラウスは困惑を隠せず、うろたえたようにセリアへ向き直る。


 「セリアさん・・・この記録、本当に・・・?」


 「えぇ。魔導演算機の記録は本来消せない。削除は正確に言えば、情報を参照するための繋がりを削除したに過ぎません。実際には記録媒体に、記録は残っています。」


 セリアは一旦言葉を区切ると、静かに諭すようにニコラウスに話しかける。


 「少なくとも、ミュリエルの入退室の記録が削除されていたのは事実です。直接・・・彼女から事情を聞く必要はあります。」


 「・・・分かりました。彼女を呼びましょう。」


 ニコラウスが深く息をつき、決意を固めたように言った。そして近くにいた職員にミュリエルの所在を確認するように指示を出す。だが暫くすると、職員が慌てた様子で戻ってきた。


 「・・・ミュリエル・サロスは、ここ数日、出勤しておりません。連絡もつかず、自宅にも返答がないとのことです。」


 その報告を聞いた瞬間、セリアの瞳が細く鋭く光った。


 「・・・不自然ね。」


 クレアも息を呑む。


 ニコラウスは苦い顔をしながらセリアに向き直る。


 「セリアさん・・・どうやら、ただの欠勤ではなさそうですね。」


 セリアは頷き、はっきりと言った。


 「ミュリエルさんの住まいを教えてください。すぐに向かいます。」


 「もちろん、私も同行します。事態は急を要します。」


 ニコラウスが急ぎ足で案内の準備に向かう。セリアとクレアもそれに続き、三人は急ぎ財務局を出た。外に出た途端、冷たい風が肌を打った。


 中央区の整った街並みを抜け、北区へ向かう道を早足で進む。


 クレアが不安げに口を開く。


 「・・・ミュリエルさん、本当に無事だといいのですが・・・。」


 セリアは前を見据えたまま言葉を返す。


 「無事であってほしいわね。ただ・・・嫌な予感がするわ。」


 ニコラウスも小さく頷く。


 「年始以降、彼女の勤務態度は問題ありませんでした。無断欠勤など、これまで一度も・・・。」


 三人の中に沈黙が落ちる。石畳を踏みしめる靴音だけが、張り詰めた空気の中に響いていた。


 そして北区へ差しかかった、その時だった。


 ドォン――ッ!


 腹の底に響くような爆音が響き渡った瞬間、王都の空気を震わせた。同時に、北の空に黒煙が高く立ち上る。


 クレアが悲鳴に似た声を上げる。


 「今の・・・北区の方向です!」


 セリアは一瞬だけ息を呑み、すぐに走り出した。


 「急ぐわよっ!」


 ニコラウスもすぐに後を追い、三人は煙の上がる方へ全力で駆け出した。


 セリアたちが現場へ駆けつけたとき、そこはすでに惨状と化していた。集合住宅の二階部分、その一室が完全に吹き飛び、周囲の壁は焦げ崩れている。周囲には破片と瓦礫が散乱し、焦げた臭いが重く漂っている。爆心地となった部屋の窓枠は黒く焼け落ち、内部からは不自然なほど強い火属性のエーテルに覆われ、暴れ狂うように噴き出していた。熱気と揺らぎが周囲の空気を歪ませ、消防隊員たちも近づけずにいる。


 「・・・エーテルが乱れすぎてる。通常の消火では追いつかないわね。二人は危ないから下がっていて。」


 セリアはすぐに状況を把握し、クレアとニコラウスに一言だけ告げて前へ出た。


 セリアは崩れかけた壁を飛び越え、暴走する火属性エーテルの中心に踏み込む。炎は実体を持つかのように弾け、吸い寄せられるようにセリアに襲いかかったが、セリアは短く息を吐き、周囲のエーテル流を強引に自分の制御下へ押し込む。暴れ狂う炎はセリアの手が振るわれるたびに進路を変えられ、徐々にその勢いを失っていった。


 「・・・これで、消える。」


 最後の揺らぎが収束すると、炎は嘘のように静まり、残った煙だけがふわりと漂った。


 「す、すごい・・・。」


 荒れ狂っていた炎がセリアの動き一つで収束していく様子を、クレアは息を呑んで眺めていた。


 セリアは炎が収まった室内の様子を静かに見渡す。そこには焼け焦げた家具の残骸が積み重なり、熱がまだ完全に引かない焦土の匂いが満ちていた。


 そして、その中心、焼け焦げた床の上にうつ伏せで倒れた女性の遺体がひとつ。


 服の多くが焼け落ち、顔の輪郭は火傷で一部黒く焦げていたが、形を留めている部分も残っている。ニコラウスは無理を言って消防隊員とともに、現場へと上がってきた。そんなニコラウスにセリアは表情ひとつ変えずに視線を向ける。


 「・・・ニコラウスさん、確認をお願いします。」


 ニコラウスはハンカチで口元を覆いながら、おそるおそる遺体に近づいた。恐怖と責任の重さから一瞬だけ足がすくんだが、覚悟を決めて焼けた顔をそっと覗き込む。


 数秒の静寂。


 「・・・違います。ミュリエルさんではありません。」


 首を横に振りながら、低い声で断言した。


 そのまま押し黙るニコラウスを横目に、セリアは周囲へと視線を巡らし、次への手がかりを捜し求めた。


 「燃え残ったものが・・・何か残っているはず。」


 爆炎でほとんどが焼け落ちていたが、部屋の隅や崩れた机の下にあるものは、完全に炭になりきらず残っていた。セリアはそれらを一つ一つ拾い上げ確認していく。そして、部屋の隅にあった黒焦げの紙束を慎重に拾い上げた。表面は焼け、文字は半分以上失われている。


 慎重にページを捲り、解読可能な文字を読んだセリアは《オモイカネ》を呼び出す。


 『《オモイカネ》、この焼け焦げた部分の解読は可能か?』


 『マスター、可能です。』


 即座に応答した《オモイカネ》への入力情報として、セリアはゆっくりと一枚一枚視界に収めていく。


 『マスター、焼け焦げた欠損部分の補完が完了しました。』


 セリアの視界に復元した内容が表示されていく。それは王都の中心である中央区の地図と、地下水路らしき二枚の地図と偽造硬貨をすり替える計画書であった。


 「ニコラウスさん、情報は入手しました。クレアのところに戻りましょう。」


 「セリアさん、情報って何ですか?」


 足早に去るセリアを追いかけて、ニコラウスも慌てて現場を後にする。


 「セリア先生、何か見つかりましたか?」


 「えぇ、多分・・・重要なものが・・・。」


 セリアはクレア、そして追いついてきたニコラスへ向き直り、声を潜める。


 「二人に見てもらいたいものがあるの。何処か人が来なくて静かな場所はある?」


 「それなら・・・私の執務室を使ってください。」


 セリアはニコラスの提案を受け入れると、即座に歩き始める。


 「助かるわ。それじゃ、案内をお願い。」


 前を歩くセリアの背をクレアは不安げに見つめ、ニコラウスは汗ばむ手をぎゅっと握りしめる。三人は無言のまま財務局へ歩を進める。その後ろでは、冷たい風が崩れた窓から吹き込み、未だに立ちのぼる微かな煙と灰を運び去っていった。

誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。


【読者の皆様へのお願い】

作品を読み、少しでも「面白い」、「先が読みたいと」と感じた方は、ブックマークと評価をお願いします。

気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。

改めてお願いします。

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