第八羽. 褐色のエルフ奴隷
奴隷商から出てきたセリアを確認すると、キースウッドが御者台から降りてきた。そしてセリアが一歩、また一歩と近づいてくるにつれ、違和感に気づいた。
何かを抱えているセリア。
腕の中にあるそれは、布に包まれているわけでもなく、隠されているわけでもない。それでいて丁寧に支えられている。
セリアの腕の中で横たわる存在を確認すると、キースウッドは思わず息を呑み、驚きの表情を浮かべた。失われた耳、欠損した腕と足。その身体は、もはや自力で立つことすら叶わない状態。さらに、顔には火傷の痕が残り、元の表情を想像することすら難しい。
「セ、セリア様・・・。」
キースウッドの声が、自然と掠れた。
「奴隷を・・・お求めになられたのですよね?」
戸惑いを隠しきれない問いかけに対し、セリアが静かに答える。
「えぇ、今私が抱えているエルフの女性が、購入した奴隷です。名はセフィリア。」
さも当たり前のように答えるセリアに、キースウッドは訝しげな視線を向ける。
セリアが探していたのは、一般的な知識を持ち、旅の補助となる奴隷のはずである。それがまともに歩く事さえ出来ず、いつ事切れるかもわからない奴隷を購入して戻ってきた。セリアが一体何を考えているのか、全く理解が追いつかないキースウッド。
何か、別の意図があるのか。考えが纏まらないまま、目の前の出来事に混乱したキースウッドは、その場に立ち尽くしていた。
「キースウッドさんっ。」
名を呼ばれ、はっと顔を上げる。
「申し訳ないのですが扉を開けて頂けませんか? それと屋敷まで戻ってください。」
普段と何も変わらぬ、落ち着いた声。そのセリアの落ち着きが、かえって状況の異常さを際立たせていた。
「も、申し訳ありません。ただいまお開け致します。」
我に返ったキースウッドは、慌てて馬車の扉を開ける。そしてセリアは馬車に乗り込むと、真向かいの座席に静かに、そして丁寧にセフィリアを寝かせた。
続いて自らも腰を下ろす。
セリアが座るのを確認すると、キースウッドは静かに扉を閉め御者台へと戻っていった。そしてセリアとセフィリアを乗せた馬車は静かに動き出した。
馬車は一定のリズムが刻み、次第に外界の喧騒が静かに遠のいていく。
「あと・・・もう少しの我慢だ、セフィリア。」
車内に訪れた静けさに委ねながら、セフィリアの名をそっと呼ぶ。そのまま、セリアの手がセフィリアの頬へとそっと伸びていく。その手はガラス細工を触るように優しく、セフィリアの頬を撫でる。
「お前が選択した未来が、決して無駄などではない。それを私が必ず証明してやるっ。」
静かだが、揺るぎのない声。それと同時にセリアの柔らかい唇が、セフィリアの額に触れる。触れていた時間は短い。それでも、確かな温もりと言葉にできない何かが、セフィリアへと確かに伝わっていった。
視線を上げると、閉ざされた窓の外には、柔らかな光を帯びた景色が流れていた。馬車はその流れに身を委ねるように、セリアの決意とセフィリアの未来を載せ、進み続けていた。
◇◇◇◇◇◇
領主邸の一室では、二人の人物が落ち着かない様子のまま時を過ごしていた。それは、この館の主であるアインザック・アデルフィートとその娘シルク・アデルフィート。
アインザックは手元の懐中時計を何度も確認しながら、セリアが戻ってくるのを今か今かと待ちわびていた。
「どのような奴隷を連れてくるのかしら。旅の補助になる方、と仰っていたけれど・・・。」
「知識があり、身の回りの世話もできる人材、という話だったな。」
アインザックは腕を組みながら、シルクの言葉に応じる。二人はしばらくの間、同じ話題を繰り返していた。可能性を挙げては否定し、また別の想像に行き着く。結論が出ることはなく、会話だけが堂々巡りを続けていた。
そんな折、使用人が慌ただしく部屋へと駆け込み、声を上げる。
「旦那様、シルク様。セリア様がお戻りになられました。」
その報せを聞いた瞬間、二人はほぼ同時に立ち上がった。
「参りましょう、父上。」
「あぁ。」
足早に玄関広間へと向かうと、そこには何かを抱えたままセリアが佇んでいた。そして距離を詰めるにつれ、セリアに抱えられているものの輪郭が見えてくる。それが人の形をしていることに気づき、二人は足を止めた。
セリアが抱えているのはエルフ。
だが、その姿は痛ましく、エルフを象徴する長い耳が両耳ともに失われ、さらに右脚と左腕も失われている。顔は火傷によってただれ、元の面影をほとんど留めていなかった。
言葉を失う二人の脳裏に、同じ疑問が浮かぶ。それはキースウッドが抱いたのと、まったく同じものだった。
ーーー何故このような奴隷を・・・。
「アインザック様。」
沈黙を破ったのはセリアだった。
「申し訳ないのですが、これから彼女の治癒を行いたいので、一部屋ご用意いただけませんか。」
周囲の困惑や疑問をよそに、淡々とした口調で告げられる。
「・・・分かった。今、用意させる。しばらく待たれよ。」
アインザックは即座に判断し、キースウッドに部屋の用意をするように命じた。その後、改めてセフィリアへと視線を向け、問いかけた。
「セリア殿。一つ伺いたいのだが・・・なぜその奴隷を?」
「囁くのです・・・そう私の直感が・・・。」
セリアのは短い答え。
それはアインザックの理解からかけ離れていた。それ以上言葉を重ねず、そんなセリアをアインザックは静かに見つめていた。その視線には、疑念と同時に、セリアの判断を尊重する意思も含まれていた。
やがて部屋の用意が整ったという連絡を受け、キースウッドの後に続いて用意された部屋へと向かった。
キースウッドはとある部屋の扉を開け、セリアに入室を促す。
「こちらの部屋をお使いください。」
用意されたのは、来客用に宛がわれる部屋なのだろう。過度な装飾は無く、落ち着いて過ごせるよう配慮されている。ベッドは部屋の奥に配置されていた。
セリアに続いて、アインザックをはじめとした領主邸の関係者も室内へと入る。そしてアインザック達はベッドを挟んでセリアの反対側へ移動する。
セフィリアをベッドへと静かに横たえると、セリアはアインザックへと向き直り頭を下げる。
「アインザック様にお願いがあります。これから起こることは一切口外しないで頂きたい。」
セリアの真剣な眼差しに、アインザックは背筋を正して答える。
「辺境伯の名に懸けて、これから起こることの一切を口外しないと誓おう。無論、当家の者にも厳しく言い伝える。キースウッド、よいな。」
「かしこまりました。」
そう言うとキースウッドは恭しく一礼した。
「ありがとうございます。」
その言葉にセリアは再び頭を下げ、短く礼を述べると、静かにセフィリアを見つめた。
『《オモイカネ》、説明を頼む。』
『該当魔術名は《全能回帰》。現状、完全な解析には至ってはいません。そのため詠唱を通じて段階的に術式を構築していく必要があります。その際に使用するエーテル量も極めて大きくなり、行使者への負荷も無視できません。構築した術式の制御は、こちらで受け持ちます。最後に確認事項ですが、魔術行使後、一ヵ月間の当該魔術が使用不可となります。』
『了解だ。そのデメリットについて今は考えなくていい。・・・では始めるぞっ!』
セリアは大きく息を吸い込み、胸いっぱいに空気を満たした。それをゆっくりと吐き出すと同時に、意識を研ぎ澄ましていく。
ベッドに横たわるセフィリアの姿だけがセリアの視界に映り、その他全ての視覚情報が次第に彩褪せ、輪郭が徐々にぼやけていく。
やがて、セリアの口が静かに開き、詠唱を紡ぎ始める。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九十」
詠唱の響きに応じて、セフィリアを中心に淡い光が滲み出す。それは次第に輪郭を持ち、やがて精緻な魔法陣を形作る。同時に、十個の珠が宙へと浮かび上がる。互いに距離を保ったまま、静かに明滅していた。
初めの一節だけで、体内エーテルの三割近くを消費していた。まだ魔術使用に慣れていないセリアの身体は、初手から悲鳴を上げだした。
「布瑠部由良由良、布瑠部由良由良止
布瑠部由良由良、布瑠部由良由良止」
宙に浮いている珠がゆらゆらと動き始めた。最初は僅かな振れ幅だったそれが、徐々に大きくる。揺れに呼応するように、魔法陣の光も脈打ち、室内に伸びる影が不規則に伸縮し始める。
構築した術式の安定化は《オモイカネ》に一任している。それでも、一瞬の集中の乱れが、全てを崩壊させる。そんな状況が、セリアの神経をどんどんすり減らしていく。
「意は諸法にさき立ち
諸法は意に成る
きよらかなる意にて、我は希う」
魔法陣全体が強く輝き、十の珠は激しく明滅を繰り返す。光が満ちるたび、部屋の空気が張り詰め、立ち会う者たちは息を詰めた。
誰一人として、言葉を発することができず、ただただ目の前の光景に見入っていた。
セリアの額には大粒の汗が滲み、頬を伝って流れ落ちていた。最終節までの詠唱は完了しているが、セリアの意識は、細い糸の上を歩くように極限の状態であった。
ーーーセフィリア、彼女は自分の未来を私に託したっ。私は・・・誓ったはずだっ。
遠のきかける意識を無理やり繋ぎ止め、最後の力を振り絞る。
ーーーさぁ、根性を見せてみろっ、セリア・ロックハートッ!
喉が震え、声が掠れそうになる。それでも、言葉は放たれた。
「全能回帰」
魔法陣が眩い光を放つ。
宙に浮いていた十の珠が一斉に砕け散り、無数の光の粒となってセフィリアに降り注いだ。光が触れた瞬間、欠損していた耳が形を取り戻し始める。続いて、失われていた手と足が、あるべき輪郭を描きながら再生していく。
そして火傷によって刻まれていた顔の傷も、焼き付いた痕跡がほどけるように薄れ、やがて始めから無かったかのように完全に消え去った。
やがて魔法陣は静かにその輝きを失い、溶けるように消える。
残ったのは横たわる金髪に色白、目鼻立ちがはっきした一人の女性。セフィリアの胸が確かに上下していることを確認する。
張り詰めていた緊張が解け、セリアから安堵の溜息が漏れた。
神の御業としか形容できない光景を目の当たりにして、アインザックをはじめとする面々は、ただ立ち尽くして言葉を失っていた。
「・・・うっ!!」
暫くすると、セフィリアの喉から、微かな声が漏れる。瞼が震え、ゆっくりと開いた。
「セフィリア、気分はどうだ?」
「はい・・・問題ありません。」
そう返事をすると、セフィリアは上半身を起こそうとする。
「もう何年も寝たきり状態だったんだ。無理をする必要はない。」
だが、セリアの言葉にも耳を貸さず、セフィリアは起き上がろうとする。セリアは小さく息を吐き、苦笑めいた表情でその身体を支え、起き上がるのを手助けした。
「セリア様、此度は余命幾ばくだった私を救い出してくださり、ありがとうございます。」
それは静かだが、芯のある声だった。
「お約束通り、セリア様は私の未来を紡いでくださいました。・・・次は、私が示す番です。」
そう言うや否やセフィリアは、まだふらつく身体でベッドから降りると、何の躊躇いもなくセリアの前に跪く。
「セリア様。我が忠誠、我が心、我が身、その全てを捧げることを・・・ここに誓います。」
あまりにも突然の出来事に、セリアは理解が追い付かず、空白の間が一瞬生じた。反射的にアインザックの方へ視線を向けるが、彼もまた驚きを隠せない表情で立ち尽くしている。
ーーー重い・・・。
そう感じたセリアは再びセフィリアに視線を向ける。そこには、真剣な眼差しを向けるセフィリアの姿あった。
そして、セリアは理解した。
これは冗談でも無ければ、一時の衝動でもないことに。だが、このような場面など、経験したことがないセリアは、どう答えるべきなのかさっぱりと分からない。アニメやドラマでそれっぽいものを見聞きしたことはあっても、それはあくまで物語の中の出来事だ。
胸の奥がむず痒く、居心地の悪さがこみ上げる。それでも、目の前の真剣な眼差しから逃げることは出来なかった。セフィリアにきちんと自分の言葉で伝える必要がある。それだけは、確かに理解できた。
セリアは一度、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。そして意を決した。
「セフィリア・オルコット。」
その声は自分でも驚くほどに、低く落ち着いていた。
「我が盾となり、我が剣となり、我に絶対の忠誠を誓えっ!」
その言葉には、確かな威厳が宿っていた。そしてセリアは右手をセフィリアの前に静かに出す。
「イエス、マイロード。」
セフィリアは迷い無く短く告げると、顔を上げ少し立ち上がる。そのまま差し出されたセリアの手を取り、その甲へと厳かに口付けした。
その瞬間だった。
セリアの手の甲に触れていた唇を起点に、柔らかな光が溢れ出す。光は瞬く間にセフィリアの全身を包み込み、部屋全体を白く染め上げた。
やがて光が収まると、そこには金髪で色白のエルフではなく、銀髪で褐色の肌をしたダークエルフの女性が姿を現す。
セリアは目の前で起きた変化に全く理解が及ばず、ただ立ち尽していた。数刻の間、思考が追い付かず、言葉も出てこない。
「・・・セリア様、どうかしましたか?」
セフィリアの不思議そうな声に、はっと我に返る。
「・・・セフィリア?」
セリアは動揺を表に出さないように、セフィリアに問いかけた。
「そうですが、如何しましたか?」
自分の身に起きた変化を、セフィリア自身まだ理解していない。
その時、シルクが逸速く動いた。室内にある鏡台から手鏡を取り、そっとセフィリアの前に差し出す。
「セフィリアさん、ご自分の姿を確認してください。」
セフィリアが恐る恐る鏡を覗き込む。そこに映っていたのは、金髪で色白の肌をした自分ではなかった。
銀髪。そして褐色の肌。
異なる自分が映し出されていた。一瞬の沈黙の後、セフィリアの瞳から、大粒の涙が溢れ落ちた。
それを見て、セリアの胸が痛んだ。責任を感じたセリアは謝罪を口にする。
「セフィリア、すまない。事態の原因は分からない。だが、元の姿に戻れるよう手を尽くす。」
だが、その言葉にセフィリアは首を振る。
「いいえ・・・これは、嬉し涙です。」
涙を拭いながら、彼女は微笑んだ。
「忠誠を誓ったセリア様と同じ銀髪、褐色の肌になれたことに・・・私は、誇りと喜びを感じております。なので元の姿に戻りたいとは、思っておりません。」
静かな、だが揺るぎない声。
「私は、ここで新たに生まれ変わったと思っております。ですから・・・一つセリア様にお願いしたき儀があります。」
セフィリアは、まっすぐにセリアを見つめた。
「今までの自分を捨て去り、新たに前へ進むために・・・新しい名前を、賜りますようお願いします。」
その真っ直ぐで真剣な眼差しにセリアは、軽く息を吐きセフィリアに問い返す。
「”セフィリア”という名前に、未練や執着はないのか?」
「一切ありませんっ。」
セリアの問いに対してセフィリアは何の躊躇いもなく即答した。
「・・・わかった。」
了承したものの、名前などそんなにすぐに浮かんでくるわけがない。腕を組みベッドの周りをゆっくりと歩いていたセリアの目に、ふとセフィリアの長く綺麗な銀髪が映った。
ーーー銀、か・・・。
元素記号Ag、元素番号47、原子量107.86。どうでも良いことばかりが、セリアの頭の中に浮かぶ。
ーーー確かラテン語で銀は・・・”argentum”だったような・・・。
「・・・アルジェント。」
セリアの頭の中で確かに閃き、立ち止まる。
「アルジェント。今日から、それがお前の名だ。」
「アルジェント・・・。」
一度、口の中で確かめるように呟き、セフィリア、否、アルジェントは微笑んだ。
「アルジェント、とても良い名前です。」
その空気を和らげるように、シルクが一歩前に出る。
「私はシルクと申します。アルジェントさん仲良くして下さいね!」
シルクが突如会話に混ざり、自己紹介を始めた。だがアルジェントには、シルクという少女が何者なのか、そもそもここが何処なのかも全くわからない。それをセリアに尋ねようとした瞬間、ふいに視界が揺れた。
アルジェントは急に頭がふらつき、足元の感覚が抜け落ちる。そのままアルジェントの身体は横へと崩れ落ちた。
「アル!」
すぐにセリアが抱き留める。
「大丈夫か。回復したとはいえ、まだ無理はするな。まだ休んだ方がいい。それに・・・知りたい事も沢山あるだろうが、落ち着いたら話す。」
そう言ってセリアは、アルジェントを抱きかかえ、再びベッドへと運んだ。横たえた後、念のため鑑定を行う。
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【名前】 :アルジェント
【種族】 :エルフ
【性別】 :女性
【生年月日】:天輪歴1939年5月9日
【称号】 :生還者
【スキル】 :剣術、盾術
【その他】 :ラトレア王国元近衛騎士団団長
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呪いは全て解除され、鑑定結果に異常は見られなかった。
「・・・なるほどな。」
小さく息を吐き、セリアは内心で頷いた。
銀髪に褐色の肌。外見だけを見れば、ダークエルフと誤認されても不思議ではない。だが、鑑定結果に示された種族は、はっきりとエルフと記されていた。
あの瞬間何が起こったのかが不明ではあるが、結果だけ見れば外見上の変化に過ぎなかった。
さらに視線を下へと移すと、称号欄に目が留まる。
生還者。
そこに表示された称号を見た瞬間、セリアはわずかに目を細めた。それは単に死線を越えた者に与えられるものではない。死に至る運命、あるいは呪いに縛られながらも、それを克服した者に刻まれる称号だ。効果は失った能力を短期間で取り戻すことができる。さらに取り戻すと同時に強化される。
確認し終えたセリアは、小さく息を吐いた。
一方、この館の主であるアインザックは、終始その場に立ち尽くしていた。欠損した身体が癒え、忠誠の誓約、外見の変貌。一連の出来事は、あまりにも常識の外にあった。
キースウッドをはじめとする使用人たちも同様で、誰一人として口を挟むことが出来ず、ただ静かに見守ることしか出来なかった。
「アインザック様。」
呆然としていたアインザックは、突如名を呼ばれてはっと我に返る。
「セ、セリア殿、そうかしたかな。」
「部屋を用意していただき、ありがとうございます。それと・・・この部屋を、もう暫くお借りしてもよろしいでしょうか。」
「あ、あぁ・・・構わんが、どうかしたのかね?」
「アルジェントを休ませている間に、今晩泊まる宿を探そうかと。」
今晩、泊まる宿をセリアは確保していなかった。落ち着いたところで、今日泊まる宿が無いことにふと気が付いた。セリア自身は野宿でも構わないと考えていたが、アルジェントはそうもいかない。暫くの間アルジェントの面倒を診てもらい、その間に宿屋の確保と考えていた。
ところが、その返答を聞いたアインザックは、何を言っているのだ、と言わんばかりの顔をした。
「セリア殿、今晩は当然、当家に泊まっていくものと思っていたが。今夜は宴を催すつもりでいてな、準備も既に始めている。主賓が不在では宴にならぬだろう。」
そう言ってから、柔らかく付け加える。
「それに今からではもう宿は取れないと思うぞ。それともう一つ、私は気にしないから、口調は言い易い方で構わんよ。」
その言葉に重なるように、シルクが後ろからセリアに抱きついた。
「お姉様、父様もこう申しております。是非、泊まって行ってくださいっ。それにここでお別れするのは寂しいです。なんなら暫く当家に滞在して頂いてもよろしいのですよ。」
無邪気な声だった。
視線を向けると、アインザックだけでなく、キースウッドをはじめとする使用人たちからも、譲る気はないという無言の圧が向けられている。
確かに、これから宿を探し行く労力を考えれば、厚意に甘えた方が良いのは明らかである。何より、この空気の中で断るのは難しい。
セリアは観念したように息を吐き、シルクの頭に手を置いた。
「・・・では、お世話になります。」
そうしてセリアは、この夜をアデルフィート家で過ごすことを決めたのだった。




