表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生したらうさみみでした  作者: 黒鉄神威
第五章 王都動乱編
105/134

第九十六羽. 崩壊と孤立


 微かに感じる程度であった震動は、次第にそれは確かな揺れへと変わっていく。横たわるアルジェントとメルディナの傍らに腰を下ろしていたセリアの背筋へ、振動がじわりと響いてくる。石畳が細かく鳴動し、壁面に取り付いた砂粒がぱらぱらと落ち、円盤の残骸がカタカタと音を立てて揺れ始める。やがて大空洞全体が地鳴りのような軋みを上げ、転がる残骸同士がぶつかり合い甲高い金属音を辺り一帯に響かせる。


 「・・・これは。」


 アルジェントとの戦闘中に感じた異様な気配。それが現実の形を取り、大空洞全体を揺さぶりはじめる。


 セリアが視線を巡らせていると、オモイカネの声が鋭く響く。


 『報告。隔離領域が急速に不安定化。構造維持限界を超過、崩壊過程に移行。』


 「・・・やはり、あの時のっ。」


 次の瞬間、大空洞が大きく軋みを上げ、天井にひびが走る。網目状に広がる割れ目から淡い光が漏れ出し、急速に拡大していく。


 刻々と変化していく状況の中で、《オモイカネ》の冷静な声がセリアの脳裏に響く。


 『本事象は、外部から何らかの力が境界面に対して作用したと推定。』


 ーーー戦闘中に(かす)めた違和感、あれはやはり・・・。


 セリアは目を細め唇を結び、短く問いかけた。


 『《オモイカネ》、原因は?』


 セリアの応答と同時に、セリアの視界に幾何学模様の光が浮かび上がった。《オモイカネ》の作り上げた立体映像がセリアの脳内に情報として流れる。大空洞を俯瞰するかのような立体投影が展開され、境界面を示す輪郭が淡く輝く。そこに複数の赤い亀裂が走り、細かな振動と共に点滅していた。


 《オモイカネ》の説明と同時に、その像は刻々と変化し、セリアの視覚に投影されていく。


 『前提として、この隔離領域は外部との相互干渉が遮断されています。そのため、外部からの要因については検知が不可能。』


 大空洞を取り巻く半透明の膜が幾重にも重なり合い、外部からの矢印を受け止めるたびに弾き返す。またその逆に、内部から放たれる矢印も境界で砕け、外へ届くことはない。厚く、閉ざされた檻の映像が、《オモイカネ》の説明と共にセリアの視界に投影されている映像が変化していく。


 『内部で発生したエネルギー収支と位相変動の履歴では、現在の状況のように不安定化するほどのエネルギーは発生していません。』


 その報告と同時に、セリアの視界が一変した。幾何学的な数式、膨大な座標データ、振幅を描くグラフが洪水のように脳へと流れ込み、世界そのものが数理の帳に置き換わったかのように投影されている空間に次から次へと表示されていく。


 瞬きの間に積み上げられる数千もの演算式。座標系が複数展開され、大空洞内部で生じたエーテル波形が線として描かれ、次々に比較されていく。結果を示すグラフは静かに下降線を描き、赤い印で”寄与率:0%”と強調される。


 『さらに不安定化の兆候は戦闘が激化する以前から顕在化していた考えられます。従って、境界面に遅延歪が蓄積していった原因は、外部起因の可能性が高いと推定。』


 隔離空間の境界を走る赤い歪みの印だけが明滅し、外部の影を仄めかしていた。


 ーーー外から境界が歪む程の攻撃が仕掛けられていた。もしくは初めから揺らぐ仕組みが組み込まれていた、というわけか・・・。


 セリアは短く息を吐き、わずかに目を細めた。


 この大空洞の崩壊が確実に外の何者かの意思によって引き起こされたことだけは、何の疑いようがなかった。何者かという問いに対しては、セリアの脳裏には姿を消した黒衣の男の存在が浮かんでいた。だが、外部の干渉が具体的に何なのか。そして、現実問題として、ここから脱出するための糸口すら、セリアたちは掴めないでいた。


 崩壊の振動はさらに激しさを増し、天井や床に生じた網目状に広がるひび割れは、空間の端からじわじわと消失していく。天井を覆う岩盤は音もなく崩れ去り、まるで黒い海に呑まれるように形を失う。床もまた端から浸食されるように削れ、石畳が光の縁に触れるたびに跡形もなく消滅していく。消失は静かだが確実に進み、大空洞そのものが目に見えて縮んでいく。その光景は、逃げ場のない虚無が迫り来るかのような絶望を滲ませていた。


 セリアは横たわるアルジェントとメルディナに視線を向けると、唇を固く結んだ。ここに留まれば二人も従魔たちも確実に虚無の空間へと飲み込まれる。それが意味するのは死。取れる選択肢が残されていない以上、それも時間の問題であった。


 「・・・このままでは、全滅だな・・・」


 セリアは虚無に消えていく光景を眺めながら低く声を吐き出す。そんな彼女の声に応えるように《オモイカネ》の冷静な声が路を示す。


 『微小な歪点(わいてん)を検出。観測目的の外部干渉痕跡と推定。この歪点(わいてん)を経由すれば、実空間への転移が実行可能。』


 投影図上に青白く光る境界面の一角に赤い点が浮かび点滅する。閉ざされたはずの檻に穿たれた、唯一の綻び。


 「・・・敵が残した痕跡、か。」


 虚無に飲み込まれつつあるこの隔離空間で、ようやく見つけた帰還への糸口。安心出来る状況ではないが、それでも心の奥に安堵が差し込む。


 帰還の道が示されたセリアは、崩壊を続ける大空洞を警戒しながら従魔たちに指示を飛ばしていく。


 「ランスロット、ブリュンヒルデ。二人をエルミオスの背にっ。」


 呼びかけに応じ、ランスロット、ブリュンヒルデが素早く行動に移る。ブリュンヒルデがアルジェントを、ランスロットがメルディナを丁寧に抱き上げ、エルミオスの背へと横たえた。その背は無言のまま二人を受け入れる。


 「イロハ、二人が落ちないように固定してくれっ。」


 八眼の従魔が軽やかに前脚を動かし、光を帯びた糸を紡ぎ出す。幾筋もの糸が編み込まれ、アルジェントとメルディナの身体をエルミオスの背から落ちないよう固定していった。


 「テトラ、ラクス」


 小柄な従魔たちは頷くように跳躍し、エルミオスの背中へ飛び乗る。ランスロットとブリュンヒルデは左右に立ち、イロハは後方に位置取る。三体の従魔が盾のごとくエルミオスを囲み、防壁を築き上げる。


 「・・・いつ何が来てもおかしくないなっ。」


 その声には明らかに緊張が滲んでいた。


 準備が整った、その時。


 『報告。歪点(わいてん)が消失。』


 普段は抑揚を持たぬオモイカネの声に、明らかに急を告げる焦りの響きが混じる。


 「・・・なにっ?」


 セリアの視線が跳ね上がる。直後、歪点(わいてん)を示す赤く点滅していた点が、視界に投影されている映像内から消失した。


 帰還するための唯一の手段が一瞬にして絶たれ、希望が絶望に塗り変わる。崩壊の進行は止まらず、天井から剥がれ落ちる岩片が次々と虚無に呑まれていく。さらに、セリアたちを支える地面にも新たな亀裂が奔る。


 鋭い緊張と焦燥が、セリアの胸中に渦巻き支配していく。無意識にセリアは唇を強く噛みしめ、生暖かい錆びた鉄のような味が口内にじわりと広がる。鮮血の雫が口端から零れ、褐色の顎を伝って滴り落ちた。


 『この空間の再解析を開始。』


 ここから脱出する可能性を見いだすために、《オモイカネ》は持てる演算能力を余すことなく駆使し、解析に移った。《オモイカネ》のその声に絶望に傾きかけていたセリアの心が奮い立つ。


 ーーー私が・・・諦めてどうする。《オモイカネ》だって、まだ諦めていないっ。


 解析が終わるのを待つ間にも、大空洞の崩壊は歩みを止めない。耳をつんざく轟音が響き渡り、仲間たちの浅い呼吸音がその下で脈打っていた。


 ただ待つだけの時間、その一秒一秒がセリアには永遠にも等しく感じられた。


 やがて・・・。


 『解析完了。』


 解析終了を告げる《オモイカネ》の静かな声が、セリアの脳内に響く。それと同時に、視界に広がる投影映像に無数の光点が瞬き、現れては消えていく。


 『境界面の不安定化により、実空間との接点が散発的に出現しています。その内、次に安定化可能な一点を予測。』


 一瞬後、何もない空間上に赤い円で囲まれ、強調表示される。


 『この領域に出現する確率93%。』


 セリアは鋭い視線をその一点に据え、呼吸を整えた。


 「・・・了解だっ。」


 赤い円で囲まれた点の周囲では、点が宙に瞬いては消えていく。それは不安定な境界が生み出した偶然の産物であり、そして、灯台の明かりのようにセリアたちが帰還するための唯一の道しるべだった。


 『発生までのカウントダウンを開始します。三・・・二・・・。』


 《オモイカネ》のカウントがセリアの脳内に静かに響いていく。セリアは静かにゆっくりと息を吐き《オモイカネ》のカウントに合わせる。身体を巡るエーテルが奔流のように迸り、腕から指先へと集中する。


 『一・・・今です。』


 セリアの指先から迸ったエーテルが、浮かび上がった赤い点が示す空間へと叩き込まれた。刹那、投影映像に浮かび上がった赤い点は消えずに点滅しはじめた。それは実空間への接点が固定化された事を示した。


 「・・・捉えたっ!」


 セリアの声が、大空洞に鋭く響いた。捕捉された綻びは、鮮烈な光を帯びて空間に留まり続けていた。崩壊しかけた空間のただ中に、出口への道が穿たれた。


 『接点、安定化完了。今です、マスター。』


 オモイカネの報告が重く響いた。


 セリアは仲間と従魔たちを振り返り、短く頷く。


 「全員、私から離れるなっ。」


 セリアは迷わず転移術式を展開する。


 セリアの周囲に浮かんだ魔法陣が光を放ち、捕捉された接点と同調を始める。エルミオス、その背に横たわるアルジェントとメルディナ。テトラとラクスが、そしてランスロットとブリュンヒルデ、イロハが次々と光に包まれていく。大空洞の轟音さえかき消すように、周囲が白光に満ちていく。


 「・・・行くわよっ!」


 セリアの声と同時に光が爆ぜ、仲間たちの身体は完全に転移の奔流へと呑み込まれていった。


 光の渦が仲間たちを包み込み、次々と実空間へと引き込んでいく。安堵の色がわずかに広がりかけた、まさにその瞬間、意識を刈り取られるような鋭い衝撃がセリアの全身を貫いた。


 「・・・っ!?」


 世界そのものに拒絶されたかのように、セリアの身体は光の奔流から弾き出される。伸ばした手は虚空を掴むだけで、指先から仲間たちの気配が遠ざかっていく。光の中に呑まれていくアルジェント、メルディナ、そして従魔たちの影は一瞬で消え去り、崩壊の只中に残されたのはセリアただ一人。


 大空洞の振動はさらに激しく、虚無が迫り来る。セリアは奥歯を噛みしめ、全身に走る痛みを押さえ込むと、低く吐き捨てるように呟いた。


 「・・・まさか、あの瞬間を狙うとはっ。」


 大空洞を蝕む崩壊のざわめきに紛れ、空間の中心が不気味に歪んだ。次の瞬間、灼熱の光と重厚な影が絡み合い、そこから異形の巨体が唸りを上げて押し出される。高さ四メートルほど、二足で立ち上がるその姿は肉ではなく冷たい鉄と闇で構成されていた。肩には巨大なバインダー状の装甲が展開し、鋭く伸びた頭部の先端がわずかに開く。その奥に潜むのは、灼熱の光を吐き出すための放出口。


 全身を覆う装甲の継ぎ目からは、微かに赤い線光が走り、細長い紐状の尾がしなやかに揺れる。その尾先が振り下ろされるだけで、石床がひしゃげる光景が容易に想像できた。


 両腕の先には三本の鉤爪が備わり、虚空を掻き裂くたびに甲高い金属音が響く。


 セリアは思わず息を呑む。


 生命の匂いを一切纏わぬ魂を持たぬ冷たい金属の塊は、その駆動を司るエーテルすら外部へ漏らしていなかった。その完璧なまでのエーテルの遮蔽機構、それは目の前に姿を表した今でもセリアにエーテルを感知させなかった。


 兵器の巨大な頭部が微かに傾き、セリアを正確に捕捉する。巨大兵器の眼に相当する赤光が閃き、純粋な殲滅の意思がセリアを射貫く。細長い頭部の奥で光束が収束していく。次の瞬間には、崩壊の轟音に重なるように、光の奔流が解き放たれた。



 ◇◇◇◇◇◇


 幽都回廊・ノクタルナ最下層。


 そこは生者の熱を拒絶する、冷たい静寂に満たされた空間だった。大理石のように磨き上げられた床を滑るように広がる淡い光は、まるで死者の魂のように不規則に瞬いている。


 黒衣の男は仄暗い広間に浮かぶ魔法陣に映し出された戦いを見下ろしていた。セリアと、己が傀儡として操るアルジェントとメルディナ。鋼と魔法が交錯する光景は、黒衣の男にとってまさしく“舞台”。


 「・・・セリアさん、私を愉しませてください。」


 低く笑みを漏らし、男は仮面の奥で紅の瞳を細める。セリアの立ち回り、エーテルの奔流、傀儡たちの反応、その全てを男は愉しむように眺めていた。


 その時、男の背後で影が揺らぎ、そこから二つの影が進み出る。どちらも白い仮面に黒衣を身に纏っている。右腕は肘から先を斬り落とされ、血が滴っていた。先ほどまでギルドの職員になりすましていた二人は広間の中央に進み、跪いて声を揃える。


 「・・・申し訳ありません、ネゼル様。」


 少し間を置き言葉を続ける。


 「冒険者たちの殲滅に失敗しました。」


 ネゼルは仮面の奥で視線を落とし、叱責することなく、冷ややかに淡々と告げた。


 「構いません。ここで生き残っても・・・どのみち彼らの運命は変わりませんから。」


 ネゼルはそう告げると、跪く二人の部下に視線を向けること無く、魔法陣に映るセリアの戦いを見据えていた。そして一切の感情が抜け落ちた声で指示を出す。


 「二人は帰還しなさい。」


 「ですが・・・我々に、次の機会をっ。」


 失敗を挽回しようとする部下の言葉を、ネゼルは無感情な声で遮る。


 「それに・・・冒険者たちの殲滅に失敗した以上、あなたたちのここでの役割は終わりです。」


 一拍の間を置き、ネゼルは跪く二人に殺意のこもった視線を向ける。


 「それとも、この場で私に処分されたいですかっ。」


 「わ、わ、かりま、した・・・。」


 仮面の奥から覗く妖しくも高圧的な雰囲気に呑まれた二人は、引きつる喉の奥から一言絞り出すのが精一杯であった。頭を深く下げたまま、二人の姿は影の中に溶け込むように消えていく。彼らが完全に姿を消すのを確認することなく、ネゼルは再びセリアの戦闘に視線を戻す。


 「それにしても、たかが冒険者の始末もできないとは・・・全くもって使えない。」


 苛立ちと呆れのこもった声で呟くネゼルは、目の前で繰り広げられている戦闘を見ながら思考の海に埋没していく。


 「それとも・・・まぁ、いいでしょう。私自ら確かめるとしましょう。」


 映像の中ではセリアが見事に傀儡と化したアルジェントとメルディナの二人を救い出していた。さらには転移で脱出する光景が浮かび上がっていた。


 「流石に・・・それをされると困りますね。」


 上質な革手袋をはめたネゼルの手が滑らかに動く。掌にエーテルを収束させると、それを魔法陣に向かって放つ。その瞬間、魔法陣に移っていた映像が消える。隔離空間から幽都回廊・ノクタルナが存在する実空間へと繋がる唯一のポイントをネゼルは躊躇わずに消去した。最後に映っていたのは、セリアがそれを伝って転移を試みようとする映像であった。


 ネゼルはそれと同時に起動キーを送り込んでいた。隔離空間に設置していた殲滅兵器を。これは組織の兵器開発を担っている工房からもたらされた試運転依頼に応じるものであった。


 「セリアさん、オルデシアの試運転にお付き合いください。セリアさんとオルデシアの戦闘をこの目で見られないのは、少々残念ではありますが。」


 役割を終え何も映さない魔法陣を見据え、ネゼルは仮面の奥で愉悦にまみれた歪んだを笑顔を浮かべる。


 「いくらSランクが確定しているとはいえ、オルデシアに勝てるとは到底思えません。仮に勝てたとしても・・・セリアさん、もうあなたにお目に掛かることもないでしょう。」


 くぐもった歪んだ笑みが、仄暗い広間に静かに広がっていく。



誤字・脱字等ありましたら、よろしくお願い致します。


【読者の皆様へのお願い】

作品を読み、少しでも「面白い」、「先が読みたいと」と感じた方は、ブックマークと評価をお願いします。

気合を入れて妄想に妄想を重ねて執筆する原動力になります。厨二病感満載の詠唱も考えて行きます。

改めてお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ