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あなたとは婚約解消したはずですが?

作者: 黒須 夜雨子

初めて投稿します。

ドラマティックさのない、どこにでもあるような婚約解消です。

ざまぁはありますが、流血のある暴力等や殺害といったものではない、ありきたりな結末となります。

誤字脱字等なるかと思いますが、生温かく見て頂ければ。

エリザにとってジョスランは仲の良い、幼馴染の男の子だった。

領地が隣同士であったことや、二人の仲が良いことから大丈夫だろうと、エリザが10歳、ジョスランが13歳の時に婚約の話があがるのも当然で。

エリザは兄のように面倒を見てくれるジョスランに対して、恋愛という感覚は無かったが嫌ではなかったし、ジョスランも妹みたいだけどなぁと苦笑しながらも反対はしなかった。


様子見の期間を設けて問題ないと判断し、仮であった婚約が正式な書類を交わしたものに変わったのは一年が経過したときだった。

国の端にある子爵の領地同士、特に違和感も無ければ貴族の力関係を揺るがすものでもない、派閥を考える必要もないありふれた婚約。

婚約を知る誰もが恙無く続くのだろうと思っていた。


それが打ち砕かれたのはエリザが15歳のデビュタントの時だ。

母から譲ってもらった白いドレスを手直しし、ジョスランに贈ってもらった小さな宝石のついたネックレスを身に着け、期待と不安を抱きながらも胸を張って父にエスコートされる。

そんなデビュタントの夜会では婚約者であるジョスランも参加して、エリザと初めてのダンスを踊ろうとした時に声がかかったのだ。


踊ろうとしていた二人の目の前にいたのは国では五家しかない侯爵家の令嬢で、周囲の如才ない高位貴族とは違った素朴さが目に留まったのだろう。当たり前のようにジョスランと最初に踊る権利を要求して連れて行ってしまう。

余りのことに呆然としていて、止めることなくパートナーを連れ去られてしまったエリザを見ていた者も多い。

夜会デビューという淑女の通過儀礼の中で浴びせられる好奇の目は止められぬが、立ち直りが早く、臆さず堂々としたエリザの姿に大半の常識的な貴族の親も令嬢達も感嘆し、逆に花よ蝶よと甘やかされて育てられた侯爵令嬢と断りもしなかったジョスランへと厳しい視線が向けられる一夜となった。


そしてジョスランが後を継ぐことになるはずだったネルソン子爵家に、侯爵令嬢の婚約者候補として打診が入ったのはデビュタントの翌日で。

娘がいたく気に入っているから数いる婚約者候補の一人としたいという侯爵家からの手紙に、両家の親が頭を悩ませるも選択肢は多くない。

いや、真剣に子どもの婚約について考えていたのはエリザの両親であって、表面上は取り繕っているものの、ジョスランの親であるネルソン子爵は降って湧いたおめでたい話に気もそぞろであった。

彼らが悩んだのは単に、いかに自分達に都合よく婚約を解消するかだけである。


そうなると婚約を続けても無駄だろうと、侯爵家を怒らせるわけにいかないと言い張るばかりのネルソン家に見切りをつけて、エリザとジョスランの婚約を解消したのだった。

とはいえ選ばれなかった際の代用は欲しいらしく、ネルソン家には子爵令息など珍しいだけで早々に飽きるから少し待っててほしいと言われたが、エリザは首を縦に振れなかった。

気軽に言ってくれるが、待つというのは難しい。

おそらく侯爵家が決めるのに1年以上かける可能性がある。

候補者を教育したうえで見定めるのならば、更に長い時間がかかるだろう。


ジョスランが選ばれないということが確実であり、もしそれを待つという判断を両親がするのなら、貴族の末席としてエリザもその意向に沿うつもりだった。

けれど、エリザとてもう15歳。既に今の時点で条件のいい婚約者を見つけるのは難しくなってきている。

万が一、向こうの気まぐれでジョスランが選ばれたら、エリザが嫁ぐのは裕福な商会の平民や、訳あり貴族の後家、もしくは愛人の道しか残されていない。


何より長年一緒にいたことからわかる、ジョスランの態度が変わったことだった。

彼は喜んでいた。眉尻を下げ、困った顔を作りながらも、それでも自身に舞い降りてきたチャンスに喜びを隠しきれていないでいるのは、長い付き合いで気づいている。

気取った仕草でカップを手にする彼は、正直言って不誠実にしか見えず興冷めである。


結局、双方の話し合いの結果は、穏便な婚約解消で落ち着いた。

ネルソン子爵が鬱陶しいぐらいに食い下がるので、もし互いに伴侶にしたい相手がおらずエリザが同意するのならばという言葉だけ適当に添えて、半ば追い出すようにして帰ってもらった。


それでも兄のような存在だったのだ。

恋はしなかったが家族に似た親愛はあった。

掌を返すような態度にエリザは一晩泣いて、三日の間は部屋から出ず、そうしてから部屋から出た時にはスッキリとした顔で父親が取り寄せた資料に目を通し始めていた。

まあ、結局はそれぐらいのものだったのだと、エリザと家族達は笑い合ったのも今だからこそいい思い出である。


「──と、思い出は少々美化されるものですが、そんなネルソン子爵とその子息がわざわざ我が家を訪れた理由とは?」

凍てつくような眼差しで目の前のネルソン親子を見ている父の横に座る、エリザにあるのは困惑だけであるのも仕方ない話だろう。

数年ぶりに対面した幼馴染は、妙に気取った笑顔を貼り付けながらも落ち着かないのか、しきりにカップへと手を伸ばしてはお茶を飲んでいる。

同伴したネルソン子爵も同じ状態だ。

額に浮かぶ汗をしきりにハンカチで拭きながら、エリザを見て、綺麗になったねえと口にするたびに鬱陶しくて扇で顔を隠した。


「いや、うちのジョスランがようやくお役御免となったのでね、長らくの約束だったエリザ嬢との婚約を進めようかと」

そうしてネルソン子爵がジョスランへと同意を求めれば、ジョスランも媚びた笑顔でエリザを見る。

「エリザが待っていてくれるのはわかっていたからね。

遅くなってしまったけど、君のために戻ってきたのだからもう一度婚約しよう」

思わず目を丸くして父親を見上げた。

父はエリザを見ながら笑みを消さず頷いてくれるのを、ネルソン子爵は受け入れてくれたと思ったようで口を開いて喋り出す。

「大丈夫、改めて二人が婚約をした後は、婚姻までの期間を短くすればいい。

エリザ嬢が売れ残ったと言われないよう、こちらも配慮してあげるから。

なに、まだ20歳だ。子どもを産むにも問題ない」


そう、エリザは20歳になっていた。

侯爵家は可愛い娘のために、他人の人生を犠牲にすることを厭わなかったらしい。

婚約者候補達は5年もの間、自分の行く末が決まらない時間を過ごすことを強要されていたのだ。

結局同じくらいの生活水準でないと贅沢はできないのだと悟った侯爵家のご令嬢は、これでもかというぐらい裕福な伯爵家に嫁ぐことが決まっている。

だからといって婚約者候補は断ることが出来なかったわけではなく、早々に見切りをつけて辞退した家もあったのは、広いようで狭い社交の場で誰もが知っている。

残ったのは婚約者の立場を勝ち取れる算段のついていた者か、もしくは根拠のない自信がある愚者のどちらかだ。

そして早々に諦めた者は、選択肢の狭まる中で相応の令嬢との婚約を結んでいく。


そう、どこの令嬢だって相手が決まっているのだ。


「何か勘違いされていませんか?」

普段よりも低い声の父親に、長らく付き合いの無かった彼らは気づいてもいないだろう。

「別にネルソン子爵令息を待っていたりはしてませんよ。

婚約を解消してから数年、侯爵家に誤解されたらジョスランのチャンスが失われるからと、手紙の一つも寄越さなかったのに今更何を言っているのかわかりませんね」

父が呆れた口調で二人に告げる。

これから侯爵家と縁続きになれるかもしれないのだと、家ぐるみでよそよそしい態度を取っていたことは気にしても無駄だと割り切っていたが、あんなにエリザに予備であることを強いた失礼な一族など、両親からすれば選択肢に残りさえしなかった。


「エリザはネルソン子爵子息との婚約解消後、新たに婚約しています」

「そんな噂を聞いたことがない。

大体嫁ぎもしないで、エリザは生家に居続けているではないですか。

そうやって年嵩の増しただけの娘の価値を、不適格に上げようとするのはいかがなものかと思うんですがね」

不満そうにジョスランが声を上げる。

唇を尖らせて、まるで子どものようだと思いながらもエリザは表情を変えず、そのまま彼から視線を逸らして窓の外へと向けた。


視界の端で何かが動いた気がしたが、どうやら外出していた家族が馬車で帰ってきたらしい。

帰ってくるまでに終わらせたかったが、どうやら思惑が外れてしまったようだ。

父も気づいたらしく、眉をひそめて不機嫌という表情を隠さずに言葉を返す。

「エリザの婚約の話を聞かなかったのは当然でしょう。留学していた先のことだから。

夜会でも顔を合わすことがなかったことに、不思議には思わなかったのですか?

だとしたら娘のことなんて欠片も気にかけなかったのでしょうから、なおさらエリザが待っていると思い込む理由がわかりませんね。

それに手紙も送りましたが」

手紙、と間抜けな返答にそっけなく言葉を返す。

「ええ、婚約解消したというのに執拗にエリザに待つよう言われましたからね。

エリザが婚約したときに、ネルソン子爵の都合の良いことを迫られても困りますから手紙を送ったのですが、なるほど、読む価値すらないと思われましたか」

途端にネルソン子爵の額の汗が増えていく。


「さてと、これから家族団欒なのですよ。娘が久しぶりに他国から帰省したのでね。

口約束すらきちんとしてもいない相手との話など、少しでも時間が惜しいので帰って頂けませんか」

すぐさま手を叩いて客の帰りを告げれば、察した家令が慇懃無礼に退去を伝えた。

押されるようにして恰幅の良い体が目の前から移動していく。

ジョスランが部屋の外へと出される前に、エリザ、と切羽詰まった声をかけてきた。

「結婚の条件は多少そちらに良いものにしてあげるから!

そんな意固地になって、結婚しただなんて見栄を張る必要ないんだぞ!」


その瞬間、廊下からジョスランの襟首に手が伸び、一気に床へと転がされた。

ジョスランを軽々と床に転がしたのは、金の髪と冬の氷を思わせる青の瞳の持ち主だ。

体格の良さは軍人のような威圧感を与えるが、所作の一つ一つは優美である彼がエリザの夫である。

「旦那様」

エリザの窘める声などどこ吹く風に、ジョスランを転がした夫が彼の腹を踏みつけた。

「私の妻に対して婚姻を求めてくるんだ。これぐらいの対応でも優しいほうだよ」

愛想の良い笑顔を浮かべながらも、寒気を帯びた蒼の瞳が父に負けないぐらいの温度でジョスランを見下ろしている。

ぐり、と靴底を捩じこんでいる姿は、貴族らしい外見を無残にもぶち壊していることに、エリザは小さく溜息をついて立ち上がった。


「旦那様。ここは旦那様のお国ではありません」

そう言ってから旦那様の手を引く。

「せっかく旦那様と一緒に帰省できたのです。

そんな方を相手にしている時間が勿体ないと思いませんか」

途端に纏う空気を変えて、そうだね、と足をどける。

エリザは廊下に転がされたジョスランを見下ろした。

「何を勘違いされているのか知りませんが、この通り私には夫がおります。

ネルソン子爵令息、今回の無礼は昔の知り合いとして目を瞑ることにしましょう。

既婚者に対して婚姻を強要したということも、夫の無作法と痛み分けということに致します。

ですから、私の夫が本気で貴方を吊るし上げる前に帰って頂けます?」



ー*ー*ー*ー*ー*ー*ー



それから暫くして夫の国へと帰ったエリザのもとに、両親から事の顛末が書かれた手紙は割と早い内に届いた。

エリザは手紙を読み、ネルソン子爵親子の執拗さに納得する。


ジョスランを選ぶ家がなかったのだ。


女性の適齢期は短いが、男性は多少上でも結婚をする相手を探すのに、そう苦労はしない。

ジョスランの年齢はエリザより3歳上。選り好みしなければ本来苦労はしないはずなのだ。


けれど侯爵家の婚約者候補としての生活で身に付けた教養は、子爵であるジョスランの立場には全く合わないもので。

領地経営だって高い水準を教え込まれたが、それは広大な領地や余りある人材がいれば活用できる知識であって、小さな領に使えるものではない。単に知識にあるものを縮小して流用すればいいというものではないのだ。

さらに「もの」を見る目が良くなれば、当然生活水準は上げたくなるもの。

実際、婚約者候補であった期間、侯爵家から相応の金が渡されたネルソン家は、すっかり贅沢と浪費を覚えてしまっている。

そんな身の丈に合わない贅沢を覚えた子爵家などと縁は結べぬと、同程度の家々に拒否されたのだ。


では入り婿先を探すのだとしても、侯爵家に匹敵するような財政や家格を持つ家などそうそうなく、あったとしても優秀な婚約者が既にいたりする。

結局「何もかもが中途半端な人間」に育ったジョスランは、周囲から遠巻きにされるだけで誰も見つからず、切羽詰まって昔の縁に縋ったのだろう。


最近はあちこちの夜会に顔を出しては声をかけてはいるものの、焦るあまりに婚約者のいる令嬢に声をかけて怒らせてしまったのだとか。

更には身分の高い相手の人妻に声をかけたせいで、不倫に巻き込まれ、莫大な慰謝料の請求で虫の息だとか。

声をかけた中には有数の商会の子女がいたせいで、そことの取引は取り止めになったとか。

実にまあ、色々と悪い噂をバラ撒いているようだった。

どれが真実で、またはどれが夫の適当に回した悪評かは問いたださないでおくことにしている。


「で、君が伯爵夫人で、今流行りの商会の主で、目上の者に対する侮辱発言における賠償請求手続きをしている途中とか、いつぐらいに伝えたほうがいい?

やはり私としては突然送られてきた賠償請求によって判明するのが面白いのだけど」

「旦那様の悪趣味も大概ですわね」

「他国のお貴族様だからね。これでも請求額は少な目にはしてあげているよ。

でもねえ、私の大切な人を無理矢理奪おうとしたんだ。相応の罰を受けるべきだと思うけどね」

ニコニコと笑う夫は、どんなにエリザが説得しても許しはしないだろう。

彼は自分の懐に入れたものに対して、手を出す愚か者には容赦しないのだから。

「……程々にしてくださいませ」

やんわりと伝えたところで止めることはできない。

ネルソン子爵という家が無くならないことだけ願うばかりだ。

一年後には綺麗さっぱり消えてなくなっているとは露にも思わず、そうして今日も穏やかな午後が過ぎていくのだった。


2023/7/12

日間異世界[恋愛]ランキングで1位になっていました!

誤字報告・感想もありがとうございます。

面白いでも面白くないでも、目を通したうえでの反応ですので、感想が書いた物への評価でしたらありがとうございます。

2023/7/7

誤字脱字報告、感想ありがとうございます。

割と投げっぱなしなのですが、気づけば適宜誤字の訂正をしていきます。

感想は嬉しいので何回も眺めさせて頂きます。


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― 新着の感想 ―
さっぱりとしたサクッとざまぁ、良き! ありがとうございました。
[気になる点] 他国で婚約したと伝えた描写はありますが、いつのまに結婚していたことも伝えていたのでしょうか 「これから家族の団欒なのですよ」で察すべきでしたか?
[一言] 旦那様は他国の伯爵様? 商会は彼女が自分で立ち上げたもの? 婚約解消された後の留学の話が気になります。 旦那様とのロマンスも見たかったなー。
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