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3/5

アンドロイドは踊る

「なんでこんなことになっているんですかね?」


 宿屋の一室で憮然とした顔で(すばる)が呟く。


「まぁ、これも人助けだと思って我慢、我慢。よし、完成! さすが私。いい腕してるわ」


 そんな昴の前に立ち、意気揚々と紅筆を握っているのは五曜(ごよう)の言っていた蝶子(ちょうこ)だ。


 五曜よりやや年上、十代後半といったところか。五曜と同じ長い黒髪を蝶子は高い位置で一つにまとめている。切れ長の目にすらりとした長身。しなやかに伸びた長い手足は彼女の踊りが素晴らしいものであることをうかがわせるに十分だ。しかし、その足には真っ白な包帯が巻かれている。


 なぜこんなことになっているのか? 話は一時間ほど前に遡る。

 

 これといったトラブルもなくP-4706についた昴たちは五曜の案内で蝶子の待つ宿屋に向かった。蝶子に南斗(なんしゅ)のことを聞いたらすぐに帰るつもりだったのに。


「トンボ、帰りますよ」


 ベッドに腰掛ける蝶子の足に派手に巻かれた包帯を見た瞬間、昴は踵を返して部屋を出ようとした。その腕に五曜が縋り付く。

 

「だめ〜。お願いだから話だけでも聞いて〜」

「嫌です! 無理です! 送るだけの約束です!」

「ほら! 南斗さんのこと聞きたいんでしょ!」

「南斗だって?」


 昴にずるずると引き摺られていく五曜の言葉に蝶子が声を上げる。


「知ってるんですか?」

「知ってるのかよ!」


 昴とトンボの声が重なる。その様子を見て蝶子が悪いほほ笑みを浮かべる。

 

「まぁね。旅芸人の南斗だろ」

「そうです! 何か知っているなら教えてください!」


 再度踵を返して昴が蝶子に詰め寄る。そんな昴の顔を蝶子が品定めするように見つめる。


「へぇ、銀髪に銀色の目か。いいね。よく見りゃ、顔も悪くない……あぁ、南斗だっけ? そうだねぇ、すぐには思い出せないねぇ。もしかしたら、今夜の稼ぎがよければ思い出すかもしれないなぁ」


 ニヤリと笑う蝶子に昴が銀色の目を見開く。

 

「なっ! 卑怯ですよ!」

「卑怯も何も本当のことだからねぇ。さぁ、どうする?」


 昴の抗議もどこ吹く風。飄々とした顔で蝶子がたずねる。


「……わかりました。今夜だけですよ」


 苦々しい顔で昴が答える。こうして南斗の話を聞くだけのつもりが蝶子の代役をすることになってしまったのだ。


 話によると旅芸人の蝶子と五曜がこのP-4706来たのは偶然だったそうだ。路上で芸を披露しているところを宿屋の主人に声を掛けられて、宿屋に併設されている飲み屋でしばらく芸を披露することになった。これがなかなか好評だったのだが、先日、踊り手の蝶子が足をくじいてしまった。このままでは稼ぐどころではない。そろそろ手持ちも尽きてきていて、ここで宿屋から追い出されたら路頭に迷うこと間違いなしの状態とのことだった。


「引き受けておいて申し訳ないのですが、私には踊りの心得はありませんよ」

 

 昴の言葉に蝶子がうなずく。


「わかってる。普段は五曜が歌って私が踊るんだけど、今回は逆にしよう」

「噓! 私が踊るの? ってか、蝶子姉さん、楽器できないじゃん」


 昴よりも先に驚きの声を上げた五曜を見て、大丈夫かよ、とトンボが呆れる。そんなトンボをみて蝶子が当たり前のように言う。


「トンボ、あんたも手伝うに決まってるでしょ」

「えっ、俺?」


 蝶子の案はこういうものだった。踊り未経験の昴は五曜と組むことで、楽器のできない蝶子はトンボの伴奏で歌うことで、各々の苦手をフォローしあうものだった。と、言葉で言うのは簡単だが、残された時間は半日弱。かなりの強行軍となった。


「ほら、昴! 一拍遅れてる!」

「はい!」


 アンドロイドなので記憶力には自信のある昴でも、記憶したとおりに動くスペックがあるかといえばそれは別の話で。早速、五曜の激がとぶ。


「大変だなぁ」

「トンボ、よそ見しない! 鈴、忘れている!」

「えっ? 悪い」


 トンボはトンボで伴奏は五曜の演奏を録音したからいいものの、合いの手の鈴は蝶子の歌いに合わせて微調整が必要でこちらもタイミングが計れず四苦八苦。


「トンボ、似合ってますよ」

「うるせぇよ」


 羽根の先に可愛らしい鈴をつけてアタフタするトンボをみて、仕返しのように昴が笑う。それにトンボが言い返す。


「昴! よそ見している余裕はないでしょ!」

「トンボ! 余計な動きしない! 鈴がなるでしょ!」

「「すみません!」」


 慌てて謝った昴とトンボは顔を見合せるとお互いに心の中でため息をついた。


 数時間後。


「まぁ、なんとかなるでしょ」

「そうね」


 蝶子と五曜の言葉に昴とトンボがその場にへたり込む。そんな昴を蝶子が急かす。


「ほら立って。化粧と着替えしないと。時間がないよ」


 こうして話は冒頭に戻る。

 

「うん、いいじゃない」

「馬子にも衣装とはこのことだな」


 満足げにうなずく蝶子と感嘆の声を上げるトンボ。そこには揃いの衣装をまとった五曜と昴が立っていた。


「さぁ、そろそろ本番だ! 気張っていくよ!」

「うん!」

「大丈夫ですかね」

「やるしかねぇだろ」


 蝶子の掛け声にそれぞれの返事をしながら、四人は部屋を後にしたのだった。


*****

 

 シャラン。


 踊りの始まりはトンボの両翼に着いた金色の鈴の音。

 その静謐な音に酔客の喧騒がシンと静まる。深く低い蝶子の歌いが始まり、五曜と昴が舞う。その手に握られた金と銀の薄布が、かつて地上に輝いたという箒星の尾のように二人の舞を彩る。


 シャン。


 最後の鈴の音が鳴り、二人の踊り手が煌めく金と銀の粒子を残して舞台を去る。一瞬の静寂の後に割れんばかりの拍手がその場に溢れる。


 昴と五曜の踊りは大成功だった。宿屋の主人も大絶賛。明日からもお願いしたいと言われる程だったのだが。


「悪いけどコイツらは今夜限りの約束なんだ。今日の稼ぎで今までの宿代は十分だろ? 私らも明日の朝にはこの街をでるよ」


 蝶子はそう応えると、そんなこと言わずに、と粘る主人をかわして部屋に戻る。


「やった~! すごいよ! 今までで一番の稼ぎじゃない?」

「そうだな。昴、トンボ、本当にありがとう。助かったよ。これで私の怪我が治るまでなんとか食いつなげそうだ。まぁ、本職の私らより稼がれたのは癪だけどな」


 はしゃぐ五曜を見て少し複雑そうな笑顔を見せながら蝶子が頭を下げる。その姿を見て五曜も慌てて後に続く。


「いえいえ、お役に立ててよかったです」

「まぁ、二度とごめんだけどな」

「昴とトンボならいつでも大歓迎だよ。旅芸人で稼ぎたくなったらいつでも」

「結構です!」

「二度とやらねぇって言ってんだろ!」


 五曜に向かって食い気味に答える昴とトンボを見て蝶子が笑う。


「ははっ。あっ、そう言えば南斗だっけ?」

「「えっ?」」


 さらりとだされた名前に昴とトンボが驚きの声を上げる。


「えっ、って、あんた達、話聞きたいって言っていただろ?」

「本当に知っているんですか?」

「手伝わせるためのはったりかと思ってた」

「おいおい、私のことなんだと思ってるんだよ」

 

 苦笑いしながら蝶子が言葉を続ける。


「と言っても、私も実際に会ったことはないんだ。でも私ら旅芸人の間じゃ、有名な話だよ。な、五曜」

「うん。南斗さんと雨夜(あまい)さんでしょ」


 当然のようにうなずく五曜の姿に昴とトンボが目を丸くする。


「なんだよ! 五曜、お前も知っていたのかよ!」

「へへっ、ごめんね~」


 全く悪びれもせずにテヘッと笑う五曜に昴がため息をつく。


「全く……まぁ、いいです。蝶子さん、その通りです。南斗はかつて雨夜さんという方と一緒に働いていたと言っていました。それで、南斗の話というのは?」

「コンビで楽園に行った奇跡の旅芸人って話さ。もう二年くらい前になるかな、雨夜の方に楽園行きのチケットが来て、その後しばらくして南斗も楽園に行くって姿を消したって話だよ。眉唾ものかと思ったけど、その後、二人が仕事を再開したって話もないし、本当だったんだなって一時仲間内でも話題になっていたんだ」

 

 蝶子の話に昴とトンボは顔を見合せる。

 楽園。それはこの地下世界の全てを取り仕切る管理局が行っていた壮大なペテン計画。昴とトンボの主人である博士が深く関わり、南斗と出会い別れるきっかけとなった計画。それがペテンであったことを知るのは一握りの人間だけで、今も多くの一般人は楽園を信じている。のだが、それはまた別の話。


「さすがに会うのは無理だろうけど、すっごい幸せに暮らしているはずだから心配いらないよ」

「あぁ、五曜の言うとおりだよ。だから安心しな……って、おい、どうした?」


 笑いながら言葉を続けた蝶子が、昴の顔を見て驚いた顔をする。


「ちょっとどうしたの? なんか難しい顔してるけど」


 五曜も心配そうに昴をのぞき込む。蝶子が少し考え込むような顔をした後で、軽くため息をつく。


「どうやら私らの知っている話と現実はちぃとばかり違うようだね。まぁ、しがない旅芸人が二人揃って楽園に行けるなって、胡散臭い話だとは思っていたけどさ」

「えっ? どういうこと? 嘘だったってこと?」


 キョトンとした顔の五曜に蝶子が応える。


「そういうこと、二人は優雅に暮らしてなんかいないってことさ」


 その顔に先程までの笑顔はない。


「で? 私らにできることは?」

「おい、どういうことなのか? って聞かねぇのかよ」


 訝しげな声をあげたトンボに昴も無言で蝶子をみつめる。その様子に蝶子が軽く肩をすくめる。

 

「別に。話さないなら無理に聞くなんて野暮はしないよ。それに知らない方がいいことなんて世の中にはごまんとあるしね。ただ、あんた達は私らの恩人だ。恩には恩を返す。それが旅芸人の流儀ってもんさ。私らでできることならやってやるよ」


 蝶子の隣で五曜も、うんうん、と大きくうなずいてみせる。そんな二人を見てトンボと昴は一度顔を見合わせる。先に口を開いたのはトンボだった。


「恩に着る。事情は話せねぇんだけど、もし、南斗らしき奴がまた旅芸人を始めたって話を聞いたら教えて欲しい。噂でも、なんでも構わないから」


 そう言うとトンボは蝶子と五曜に連絡先を伝える。


「そんなことならお安い御用だよ! 芸人仲間にもそれとなく聞いてみるね!」


 任せなさい! と胸を張る五曜に、昴もありがとうと頭を下げる。


「何か情報を掴んだら必ず連絡するよ」


 蝶子の言葉にうなずくとその場はお開きとなったのだった。

南斗の物語はこちら↓とリンクしています。

お時間あればこちらもぜひご覧ください!

「銀髪アンドロイドはスクーターで地下世界をひた走る~彼女はトンボ型ドローンを相棒に旅にでた。消えた博士に一言文句を言うために~」

https://ncode.syosetu.com/n2523hg/


ちなみに「『相棒(バディ)とつむぐ物語』コンテスト」に参加中です。評価や感想などいただけたらすごく嬉しいです!

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