プロローグ
地下の街をつなぐ街道を一台のスクーターがのんびりと走っていく。サイドカーに人影はなく、代わりに大きなリュックサックが収まっている。
スクーターを運転するのは、昴と名乗る少年。
律儀に被ったハーフヘルメットから、ぴょんぴょんと短い銀髪がのぞいている。本当は綺麗な銀色の目をしているのだが、太い黒縁眼鏡の印象が強く、その目に気が付くものは少ないだろう。
スクーターのフロントバスケットにはトンボ型のドローンが入っている。呼び名はそのままトンボ。本人はいたくお気に召していないのだが、見た目がそうなのだから致し方ない。
「なぁ、今回の話、どう思うよ?」
「おそらく人違いでしょうね」
トンボの問いかけに昴はあっさりと答える。
「少女二人の旅芸人。性別と職業はともかく人数が合いません。南斗が雨夜さん以外と組むとは思えない」
「なんだよ。だったら」
続く昴の言葉にトンボが抗議の声を上げかけたのだが。
「ですがこの地下世界で旅芸人とは珍しい」
かつて地上に暮らしていた人類は自らの愚かな行いで地上を追われ、遥か昔に生活の場を地下に移していた。人工太陽に照らされた地下世界は資源に乏しく、そこに暮らす人間たちは日々生きていくことで手一杯だった。
その上、蟻の巣のように張り巡らされた地下街道と無数のコロニーは、多少の違いこそあれ上下左右どこを見ても土ばかり。一部の商人を除けば、貴重な燃料と体力、時間を使ってまで、わざわざ他の街へ行く物好きは少なかった。
そんな中で旅芸人なんて不安定な生業を選ぶ人間はもちろん少ないし、それが少女二人とくれば相当希少だ。
「噂によれば南斗と年齢も近いようですし、何か情報を持っている可能性は高いです」
「確かにそうかもな。まぁ、空振りだとしても、俺たちには時間だけはあるしな」
トンボの言葉に昴が前を向いたまま、えぇ、とうなずく。
ドローンであるトンボはもちろん、昴もまた長い時間を持つ存在だった。スクーターを運転する少年は人間ではない。ついでに言うなら少年でもない。
銀髪の美少女アンドロイド。それが昴の本当の姿だ。訳あって人間の少年のふりをして旅をしているのだが、それはまた別のお話。
昴たちはかつて旅の途中で出会った南斗という少女を探していた。一時は共に旅をした人間の少女。勝気で賑やかで向こう水で。いつも振り回されてばかりだったが、昴もトンボも存外南斗を気に入っていた。この荒廃した地下世界で仲間と呼べる程度には。
スクーターが走っているのはP-4706と呼ばれる街に続く地下街道。そこが今回の目的地だ。地下世界に広がるコロニーには管理局によって固有の街番号が振られていた。アルファベットと数字からなるその番号に規則性はなく、一説には地下世界の全体像を把握させたくない管理局側が意図的にそうしたのだとも言われているが、真偽の程は一般人には知る由もない。
南斗が姿を消してからもう一年が過ぎていた。昴とトンボは南斗と背格好の似た少女を見たという話を聞いては確認に行き、落胆する、をもう何度となく繰り返していた。
今回も本人ではないだろうと思いつつもスクーターは地下世界をひた走っていくのだった。
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