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不憫な先生  作者: 中野仮菜
2/2

2,世間体ガン無視同居生活

教師生活2日目。燃えてしまった僕の家について話をするため、僕は大家さんの不動産事務所に足を運んでいました。

「いやぁ、災難だったなぁ瑛太ちゃん!」

「はい…はい…そうですよね…」

 こんにちは、教え子が変な話をし始めて混乱していたら家が燃えてた系教師こと海原瑛太です。恐らく今の僕の顔色は死人より土気色だと思います。

 そんな僕の精神状態を知ってか知らずか、目の前の大家さんは豪快な笑い声を響かせます。元来こういう人なのでしょうか。正直今笑われると様々な意味で辛いです。

 しかしこの方は北陸のド田舎から出てきた僕に格安の物件を紹介し、更には家電・インテリアの購入にも付き合ってくれた優しさを煮詰めたクリームシチューみたいな人なのです。だから大家さんが出してくれたコーヒーが濁った青紫色の無味有臭の魔界の水のようなシロモノでも飲み切らなきゃいけません。それが礼儀というもの。

「しっかし、オレも空き部屋がないとは思わなかったぜ。どうしたもんかねぇ」

「あの、それについてなんですけど…本当に空き部屋、ないんですか?名古屋のどこにも?」

話の流れが変わったのを察知したので、ずっと気になっていた疑問をぶつけてみます。

もしかしたら、探せばあるんじゃなかろうかと一縷の希望を抱いて。ていうか本当になかったらえぐいでしょ名古屋。日本の人口密度ぶっちぎりでトップだよそんなの。

「あぁ。オレも結構頑張って探したんだけどよ、一部屋もなかったな!他の不動産屋にも声かけまくってみたんだがなぁ」

一縷の希望はこんにゃくゼリー並みの脆さでした。多分誰も何もしなくても重力で潰れてました。

「えっ…とあの、すみません、本当に無いんですか?」

「おう!瑛太ちゃん、移動手段は徒歩しかねぇだろ?徒歩圏内で生活ができるとこには無かったな」

「ほんとにそれはすみません自転車1台も持てない人間で」

そう、僕は自転車が持てないのです。厳密に言うと、持ってもすぐに壊れてしまうのです。サドルが盗まれたり乗っていたら事故って壊れたり他と取り違えられたり経緯は様々ですが、とにかく僕の自転車は買って1週間もすれば乗れなくなってしまうのです。このままでは世界に粗大ゴミを増やしてしまうと思い、もう自転車を持たないと誓った15の夜。多分今自転車に乗ったらバランスが取れずにソロで事故る気がします。

 そして、ついこの間までアルバイトでなんとか生活費を稼いでいた僕にマイカーが持てる訳もなく、毎日タクシーや電車を使おうものならもやしすら買えなくなることが目に見えているカツカツ生活。したがって、僕は移動手段として使えるものを己の足しか持っていないのです。教師の朝は早く、徒歩で毎日通勤できる範囲は猫の額。三大都市圏のひとつである名古屋なら、空き部屋ゼロもありえ…なくはないのでしょうか。

「ですが、そうなると僕は本当に住むところがなくなりますよね…」

「思ったんだけどよ、瑛太ちゃんの勤め先とか住めそうなところねぇの?学校だと仮眠室とかあるんじゃないの?」

「僕もそう思って先輩に聞いてみたんですが…先客がいたんですよね」

「先客ぅ?」

「はい。仮眠室はあったんですが、別の先生が住んでらっしゃって」

「がっはっは!そりゃあすげぇな!その先生と同居すりゃよかったんじゃねぇの」

「無理ですよ…仮眠室って狭くて。壁で囲まれた寝袋みたいなもんですよ。カプセルホテルですよ」

その仮眠室に壁掛け家具やらなんやら取り付けて住みついているのは、洲崎先生だったりするのですが。なんなんだあの人。

「ふむ、しかし学校もムリか…せめてそいつと同居できりゃな…おっ!」

大家さんはなにやらひらめいた!という感じで勢いよく立ち上がり、事務所の奥へと消えていきました。しばらくして戻ってきたときには携帯電話を携えていました。そして僕に言ったのです。

「瑛太ちゃん、知らねぇヤツと同居してみるってのはどうだ?」

「…え!?」

家が燃えた、に比べれば随分理解しやすい話でしたが、それにしたって僕はびっくりしました。なんだその相席居酒屋の家バージョン。同居ってお互いの合意と同居したいって意思のもとに始まるものでしょ。人に言われて同居始めるなんてテレビの恋愛企画でしか発生しないイベントだよ。

 しかし何を言ったところで僕が家なき男なのは不変の事実。これは渡りに船なのでしょう。

「は、はい。お相手がいいと言うのなら、是非お願いしたいです!」

「おう、いい返事だ!だってよ、てるちゃん」

『は!?私は同居するなんて一言も言ってな』

「家賃25%オフにしてやるよ。これでどうだ?」

『ぜひ同居させていただきたいですその人を絶対幸せにしてみせます』

「おし!じゃあ決まりだ!瑛太ちゃん、これで家の心配はいらねぇよ!」

「あ…ありがとうございます!」

そのとき僕は、「てるちゃん」という言葉が頭にひっかかったことを考えないようにしました。なにか下手なことを言って、同居が白紙になるのが怖かったから。

まぁ気のせいだろう。僕の気のせいは大抵気のせいではないことを、精一杯無視しました。



 まぁ、案の定。気のせいではありませんでした。月明りが差す中、ドアの隙間から顔を出したのはまさしく昨日の僕に助け舟を出してくれたてるそらちゃんでした。電話口で大家さんが「てるちゃん」と言っていた時点で薄々分かってはいましたがやはりそうだったか…。

「あの、海原…海原瑛太先生ですか?」

「はい…否定したいですけどそうです…」

死の間際のカエルみたいな声を絞り出して答えると、てるそらちゃんは形の良い眉を八の字にゆがめて「大変そうですね…」と言ってくれました。疲れた心に優しさが沁み渡ります。

「いやまさか、瑛太ちゃんの教え子だとは思わなかったぜ!」

「ぜ!じゃないですよ、大体私たちが新名古屋生なの知ってたでしょあなた。え、もしかして面白がってます?」

「………」

「黙秘!!」

「ま、まぁまぁ…」

どうやら大家さんは面白そうなことを進んでやるタイプのようです。もしかして、他にも同居してくれそうな人はいたけどあえて新名古屋生を選んだとか…やめよう考えるの。恐ろしくなる。

「ていうか、今『私たち』って言ったよね?他に誰かと暮らしてるの?」

「あぁ、私双子なんですよ。先生も知ってるはずですよ、同じクラスなので」

「あ、もしかして僕を助けてくれたときの…」

「何なに~?僕の話してるの…」

噂をすればとはこのこと。玄関の奥から駆けてきた少年、きそらくんはやわらかな空気をまとっててるそらちゃんに声を掛け、その流れのまま僕を見やり、そして硬直しました。

「きそらくーーーーーーん!!!」

「え、なんで、せんせい、ぼくなにかやらかして」

「何もない!何もないよ大丈夫!!君に何も問題は無いから!!!」

どうやらきそらくんはリアクションの大きい子のようです。そしててるそらちゃんはそれに慣れているようで、サッと彼を抱えて家の奥へ歩いていきます。

「…どうしたんですか?同居、するんでしょ」

「え、あ」

あまりに速く事が進みすぎて忘れていましたが、彼女はとんでもなく顔がいいのでした。

3度目の脳ショートはなんとか耐えました。



「…で、かくかくしかじかがうんたらかんたらエクスペリアームスで瑛太先生と同居することになったってわけ」

「へ、へぇそうなんだ…できれば僕の意見も聞いて決めてほしかったな…」

てるそらちゃんは少し思い切りが良すぎるところがあるようです。これから共に暮らす者として少し心配です。

 ちなみに大家さんは「眠い!!!!!」と言ってお帰りになりました。明らかに眠い人の目ではありませんでした。大家さんも大概分からない人です。

「けど…本当にいいの?中学生の家に教師が居候なんて…ていうか、ご両親は?」

そう尋ねると、てるそらちゃん(以下てるちゃん)は「先生、割と察し悪いんですね~」と笑って続けました。

「こんな夜中に中学生2人。大家さんと話つけたのも私。訳アリな感じ、しません?」「いや、単純にご両親とも夜遅くまで働いてるのかと…」

「あ、そうとも考えられるか。失礼失礼」

てるちゃんはくすくすと笑い、「ま、親のことは気にしないでください」と話を切り上げました。口調こそ軽いものの、これ以上踏み込めないような雰囲気を漂わせていて、正直気圧されます。武道を修めた人と相対したときのような、鋭い空気を感じました。まぁてるちゃんが本当に武道をやっている可能性もありますが。

「それで、同居していいのかって話ですけど」

先程までとは打って変わって、明るい笑顔になったてるちゃんは言い放ちました。

「なんとしてでも同居して頂きますよ!家賃が安くなるのでね!!あと面白そうなので!!!」

「「はっきり言ったね!?」」

きそらくんとツッコミが完璧にハモりました。彼とは気が合いそう。

「はい、はっきり言いますよ。一緒に暮らすなら、隠し事はない方がいいでしょ?」

てるちゃんは曇りなき眼でそう言ってくれました。この子、モテる(確信)

「でも、もし他の人にバレたら大変そうじゃない?下手したら犯罪者にされちゃうかも…先生が」

「そう、僕がね…ペドフィリアの変態教師になっちゃうんだ…」

「まぁそこはなんとかしますよ!」

てるちゃんの心強いお言葉。この子が言うと本当になんとかなりそうだから不思議。しかし、目まぐるしい一日を思い返すとどっと疲れがやって来て不安になるのも事実。通勤や帰宅を知り合いに見られたらまずいし、学校にいるときにボロを出したらダメだし…思わず人前だというのに項垂れてしまいます。深く溜息をつきつつズボンの縫い目とにらめっこしていると、透き通る白い手が視界に入ってきます。

顔を上げてみれば、笑みを称えたてるそらちゃんときそらくんがいました。

「不安でしょうし、大変でしょうけど。私たちと一緒に、頑張ってみませんか」

彼女の言う通り、不安で辛くて泣きたいくらいなのに。その手を取れば、なんか大丈夫な気がして、

「はい。よろしくお願いします」

固い握手を交わして、僕たちの同居生活がスタートしたのでした。

海原瑛太(うなばらえいた)…何も悪いことはしていないのにいつも可哀想な先生。電津家に居候することでなんとかホームレスは回避した。小松菜がきらい。

電津輝空(でんつてるそら)…水色の髪と瞳が輝く美少女。家賃を抑えられるので瑛太先生の居候を歓迎している。あと単に面白そうだから。享楽主義なところがある。ネギが大きらい。

電津輝穹(でんつきそら)…てるそらの双子の弟?兄?どっちでもいいです。てるちゃん全肯定botなところがある。かなり押しが弱い。ネギが大きらいだけどご飯の彩りになるので我慢してる。

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