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【プロット】青いインクの夜明け前

埃っぽい書斎の空気の中で、古い万年筆のペン先が、まるでため息をつくようにインクを吸い上げた。

紙に広がるのは、夜明け前の空よりも深く、絶望の淵を覗き込むような、冷たいブルーブラック。

卓上のランプの頼りない光だけが、その色を闇の中からかろうじて浮かび上がらせている。

彼、水島みずしま さとしは、半ば自暴自棄になって、この万年筆を引き出しの奥から引っ張り出した。

数年ぶりどころか、十年以上触れていなかったかもしれない。

軋むような音を立てて開けたインク瓶から漂う、甘く懐かしい香りが、鈍痛のように記憶を刺激する。

――忘れたかった記憶を。

この万年筆とインクは、学生時代の、苦くも眩しい思い出の象徴だった。

聡が密かに、しかし強く憧れていた先輩からの卒業祝い。いつも涼やかな顔で、このブルーブラックのインクを滑らせていた先輩。

その指先が生み出す文字は、聡にとって未来への羅針盤のように見えた。

「ただの黒じゃないんだ。

光を求めれば、必ず青が見える。

夜空にも、深海にも、無限の可能性が広がっているようにね。

これは、そういう色だよ」

そう言って微笑んだ先輩の声。あの笑顔を、聡は裏切ってしまったのかもしれない。

いつしか連絡は途絶え、先輩が今どこで何をしているのかも知らない。

聡自身、社会の荒波に揉まれ、打ちのめされ、効率と結果だけを追い求める日々に魂をすり減らしてきた。

夢や希望を語ることさえ、馬鹿らしく思えるようになっていた。

この万年筆とインクは、そんな聡自身の敗北の象徴として、引き出しの奥底に封印されていたのだ。

「可能性、か…」

自嘲気味に呟き、聡はペンを握りしめた。インクが紙に滲む。

掠れもせず、滑らかに。それが無性に腹立たしかった。

まるで、聡の今の淀んだ心とは裏腹に、このインクだけが昔の輝きを失っていないとでも言うように。


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