【プロット】青いインクの記憶 青春篇Ⅱ
そう言って、悪戯っぽく笑った先輩の声。あの背中を追いかけていれば、違う未来があったのだろうか。
社会という名の巨大な波に呑まれ、聡はいつしか効率と結果だけを追い求める、つまらない大人になっていた。
夢を語ることを冷笑し、情熱を嘲笑うようになっていた。
この万年筆とインクは、そんな色褪せた自分への、痛烈な自己批判の象徴として、引き出しの奥底に葬り去られていたのだ。
「可能性、か…」
乾いた唇から、自嘲の言葉が漏れる。ペンを握る手に、力がこもる。
インクが紙に滲む。
掠れもせず、驚くほど滑らかに。
それが無性に腹立たしかった。
まるで、今の淀みきった聡の心を嘲笑うかのように、このインクだけが、あの頃の青い輝きを失っていないとでも言うように。
衝動的に、ペンを叩きつけそうになる。
こんな感傷、何の役にも立たない。過去の亡霊に過ぎない!
だが、その瞬間、ランプの光がインクに反射し、魂を揺さぶるような深い青が、聡の目に焼き付いた。
そうだ、これが先輩が言っていた「可能性」の色。
忘れかけていた、いや、忘れようと必死だった、心の奥底で燻り続けていた情熱の残り火。
泥にまみれても、まだ捨てきれずにいた、みっともなくも愛おしい夢の残骸。
「海へ」「空へ」「夜の向こうへ」
無意識に、聡は言葉を書き連ねていた。
震える指で書かれた文字は、まるで嵐の中の船のように頼りなく歪んでいたが、その縁には確かに、諦めを知らない力強い青が燃えていた。
窓の外が、ゆっくりと白み始めていた。朝の冷たく、しかし希望に満ちた青い光が、部屋を満たしていく。
聡はペンを置いた。インクでわずかに青く染まった指先が、熱を持っているように感じた。
失われた時間は戻らない。
だが、このインクはまだ乾いていない。
もう一度、ここから帆を上げることができるのかもしれない。
あの頃のように、無邪気に未来を信じることはできないだろう。
それでも、この深い青が示すように、自分の信じる光を追い求めることはできるはずだ。
聡はゆっくりと立ち上がり、窓を勢いよく開け放った。
夜明けの冷たい空気が、澱んだ書斎の空気を吹き払い、新しい始まりの匂いを運んでくる。
ブルーブラックのインクは、まだ、ここにある。
聡の、終わらない青春と共に。