【プロット】鉄粉の涙
工場の轟音は、まるで巨大な獣の唸り声のようだった。
鉄の匂いと油の匂いが混ざり合った、独特の空気が工場全体を覆っている。
その中で、青年・健太は黙々と作業を続けていた。
健太は、この工場で旋盤工として働いていた。
巨大な鉄の塊を、精密な機械で削り出し、様々な部品を作り出す仕事だ。
責任は重いが、ものづくりの喜びを感じられる、やりがいのある仕事だった。
しかし、その日は朝から調子が悪かった。
機械の振動がいつもより大きく、集中力が途切れる。
そんな時、最悪の事態が起こった。
高速回転する刃物が、鉄の塊に食い込んだ瞬間、火花が散り、小さな鉄粉が健太の顔に飛んできたのだ。
「っ!」
咄嗟に目を閉じたが、時すでに遅し。右目に鋭い痛みを感じた。
「大丈夫か!?」
同僚の声に、健太はうなずくのが精一杯だった。
目を開けると、視界はぼやけて何も見えない。
涙がとめどなく溢れ出し、頬を伝って流れ落ちた。
「これは…まずい…」
健太は、経験から状況を理解した。
鉄粉が目に入ったのだ。
それも、かなり深く入り込んでいるようだ。
同僚に支えられながら、健太は工場の医務室に運ばれた。
医師の診察の結果、角膜に鉄粉が刺さっていることが判明。
すぐに手術が必要となった。
手術は無事に成功し、鉄粉は取り除かれた。
しかし、健太の目は、まだ完全に回復していなかった。
視界はかすんでおり、強い光を見ると痛みを感じた。
「しばらくは、安静にしてください」
医師の言葉に、健太は深くうなずいた。
数日後、健太は自宅で療養していた。
窓の外には、穏やかな春の陽光が降り注いでいる。
しかし、健太の心は晴れなかった。
「このまま、目が治らなかったらどうしよう…」
不安が、健太の心を蝕んでいく。
大好きな旋盤工の仕事に戻れないかもしれない。
そう思うと、涙が溢れそうになった。
その時、健太の目に、窓辺に置かれた小さな花瓶が映った。
そこには、妻が買ってきてくれた、色とりどりの花が活けられていた。
花々は、健太の心を和ませ、希望を与えてくれた。
「そうだ…まだ諦めるわけにはいかない」
健太は、心の中でそう呟いた。
そして、ゆっくりと立ち上がり、窓辺に近づいた。
花に顔を近づけると、微かな香りが鼻をくすぐる。
その瞬間、健太の目から、再び涙が溢れ出した。
それは、鉄粉を洗い流した涙。
そして、不安を洗い流し、希望を告げる涙だった。
健太は、涙を拭いながら、力強く前を向いた。
目はまだ完全には回復していない。
それでも、健太は知っていた。
この涙は、再び立ち上がるための、新たな始まりの涙なのだと。