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【プロット】鋏の刃

「まったく、社長ともなると時間にルーズなやつが多い」

俺は苛立ちを隠せないまま、社長室のソファに深く腰掛けた。

窓の外には東京の摩天楼が広がり、眼下にはミニカーのように車が行き交っている。

高級な調度品や絵画が飾られたこの部屋は、俺の小さな理髪店とはまるで別世界だ。

俺は床屋、いや、理容師の武藤だ。

30年以上この仕事を続けてきた。

腕は確かだと自負している。

今日も、この大企業の社長である男の髪を切りに来たのだ。

だが、約束の時間はとっくに過ぎている。

「おい、武藤!」

背後から苛立った声がした。

振り返ると、恰幅のいい男が立っていた。

社長の工藤だ。

見るからに傲慢そうな顔つきで、高級スーツを身に纏っている。

「遅かったじゃねえか、工藤」

俺はぶっきらぼうに言った。

「なんだその態度は!

わしが誰だかわかっているのか!」

工藤は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「社長だろうがなんだろうが、時間に遅れるのは失礼だ」

俺は一歩も退かなかった。

カチンときた。

長年、客の髪を切ってきたが、こんな偉そうな態度のやつは初めてだ。

「いいだろう、さっさと髪を切れ!」

工藤はソファにドカッと座り、ふんぞり返った。

俺はため息をつきながら、いつものように道具を広げた。

鋏、櫛、バリカン。どれも俺の相棒だ。

こいつらさえあれば、どんな奴の髪だって切れる。

「で、今日はどんな髪型にしましょうか?」

俺は努めて冷静に尋ねた。

「いつものように短く刈り上げろ。

わしは忙しいんだ」

工藤は時計をチラチラ見ながら言った。

俺はバリカンを手に取り、工藤の髪に当てた。

ブーンという音が静かな部屋に響く。

「そういえば、武藤。

お前、昔は一流ホテルで働いていたんだってな?」

工藤が唐突に言った。

「ああ、そうだよ」

俺は短く答えた。

「なんでこんなみすぼらしい床屋なんかやってるんだ?

もったいない」

工藤は嘲笑うように言った。

その言葉に、俺は過去の記憶が蘇ってきた。

一流ホテルの理髪室で働いていた頃、俺は将来を嘱望(しょくぼう)されていた。

だが、ある事件がきっかけで、俺はホテルを辞めざるを得なくなった。

「それは ───」

俺は言葉を濁した。

「なんだ?

言えないのか?」

工藤はしつこく聞いてくる。

「うるさい!

黙って座ってろ!」

俺は思わず声を荒げた。

バリカンを持つ手が震えている。

「なんだその態度は!

わしを誰だと思っているんだ!」

工藤は再び怒鳴り散らした。

「いい加減にしろ!」

俺は堪忍袋の緒が切れた。

バリカンを床に投げ捨て、立ち上がった。

「もう我慢ならん!

あんたの髪なんか切ってられるか!」

俺はそう叫び、社長室を飛び出した。

廊下を早足で歩く。

心臓がバクバクと高鳴っている。

「くそっ、あんな奴 ───」

俺は歯ぎしりした。

エレベーターに乗り、1階に降りる。

ロビーに出ると、外の光が眩しかった。

「はあ」

俺は深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。

振り返ると、あの高層ビルがそびえ立っている。

「もう二度とあんな場所には行きたくない」

俺はそう呟き、足早にその場を去った。

鋏の刃は、今日も誰かの髪を切る。


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