【プロット】刈り上げと追憶
「坊主でお願いします」
ガッシリとした体躯の男が、理容店の椅子にどっかりと腰を下ろした。
迷彩服の兵士だった。
顔には幾つもの傷跡があり、日に焼けた肌は歴戦の猛者であることを物語っていた。
店主は慣れた手つきで男の髪にバリカンを当て、刈り始めた。
「随分と短くするんですね」
店主が話しかける。
「ええ、しばらく戦地へ戻るもので」
男は目を閉じ、短い返事をした。
バリカンが髪を刈る音が静かな店内に響く。
「坊主頭は楽ですよ。
戦場で髪が邪魔になることもありませんしね」
「そうだな。
それに、食い物の匂いが髪に付くこともない」
男はニヤリと笑った。
店主は少し驚いた。
兵士が戦場で気にするのは、敵のことや仲間のこと、あるいは故郷のことだと思っていた。
まさか食い物の匂いのこととは。
「あなたはよっぽど食いしん坊なんですね」
店主は笑って話しかけた。
男は目を閉じたままで、小さく頷いた。
「ああ、昔からそうだった。
戦場でも、食料配給の日は待ち遠しくて仕方がなかった」
男は懐かしそうに語り始めた。
故郷の村の祭りで食べた屋台の焼きそば、母親が作ってくれた温かいシチュー、初陣の前夜に上官が振る舞ってくれた贅沢なステーキ。
思い出されるのは、どれもこれも美味しそうな料理ばかりだった。
「戦地では、なかなかまともな食事にありつけないだろう」
店主は男の言葉に同情した。
「そうでもないですよ」
男は目を輝かせた。
「あの焦げたような味の携帯食のレーションでさえ、腹が減っていればご馳走に感じるんだ。
それに、時には現地で調達した食材で、仲間と料理をすることもある。
焚き火で焼いた野ウサギの肉は格別だったな」
男の話に、店主は興味津々だった。兵士の口から語られるのは、戦場の過酷さではなく、食の喜びだった。
男はまるで、戦場を旅する美食家のようだった。
「でも、一番美味かったのは」
男は言葉を切った。
バリカンが止まり、静寂が訪れる。
店主は男の顔を見た。
男の目は遠くを見つめ、どこか悲しげだった。
「故郷で妹が作ってくれた、りんごのパイだ」
男はゆっくりと目を開け、店主と視線を合わせた。
「妹は、俺が帰るのをずっと待っていてくれた。
いつか、またあのパイを食べさせてくれると約束してくれたんだ」
男の声は震えていた。
店主は何も言わず、男の肩に手を置いた。
男は深く息を吸い、顔を上げた。
「もう、その夢は叶わないけれどな」
男の瞳には、故郷への憧憬と、妹への深い愛情が宿っていた。
店主は、男の坊主頭を丁寧にタオルで拭いた。
鏡に映る男の顔は、どこか晴れやかだった。
「お待たせしました」
店主は男に声をかけた。
男は席を立ち、店主に向かって敬礼した。
「ありがとう。
おかげで、すっきりしたよ」
男は理容店を出て、夕日に染まる街へと消えていった。
店主は、男の後ろ姿を見送りながら、心の中で呟いた。
「どうか、無事に帰ってきてください」