【プロット】静寂の調べ
「ねぇ、知ってる?
あの子、有名な声優さんなんだって」
昼休みのざわめきの中、私の耳に飛び込んできたのは、クラスメイトのヒソヒソ話だった。
視線の先には、いつも静かに本を読んでいる黒髪の長身の少女、桜庭 鈴。
「嘘でしょ?
あんなに大人しそうな子が」
「でも、声、すごく綺麗だよね。
図書委員の時、朗読してたでしょう?
あれ、すごかったもん」
確かに、鈴の声は透き通るように綺麗で、聞く人の心を惹きつける特別な何かがあった。
でも、声優だなんて。
あの鈴が、アニメやゲームの世界で活躍する声優だなんて。
私は、信じられない思いと同時に、妙な納得感に包まれていた。
鈴は、このお嬢様学校の中でも、特に浮世離れした存在だった。
いつも物静かで、感情を表に出すことは少ない。
趣味は読書とクラシック音楽鑑賞。
休日は美術館や博物館巡り。
まるで、この時代に迷い込んだお姫様のようだった。
そんな鈴が、声優という、ある意味とても現代的な職業に就いているというギャップ。
それが、妙に腑に落ちたのだ。
鈴は、声優として活動していることを隠していたわけではない。
ただ、自分から話題にすることもなかった。
聞かれれば答えるけれど、それ以上は何も語らない。
まるで、遠い世界の話をするように。
ある日、私は思い切って鈴に話しかけてみた。
「あの、桜庭さんって、声優さんなんですよね?」
鈴は、少し驚いたような顔をした後、静かに頷いた。
「ええ、そうよ。
でも、たいしたことないわ。
ただの趣味みたいなものだから」
「趣味?」
「そう。
昔から、声で表現することが好きだったの。
物語の世界に飛び込んで、色々な役を演じるのは、とても楽しいわ」
鈴の目は、穏やかに輝いていた。
それは、私が今まで見たことのない、鈴の情熱的な一面だった。
「桜庭さんの声、本当に綺麗です。
図書委員の時の朗読、感動しました」
「ありがとう。
そう言ってもらえると嬉しいわ」
鈴は、少しだけ頬を赤らめた。
その姿は、まるで少女漫画の主人公のようだった。
それから、私は少しずつ鈴と話すようになった。
鈴は、声優の仕事の話はあまりしなかったけれど、好きな本や音楽の話になると、饒舌になった。
鈴の好きなものは、どれも上品で繊細なものばかりだった。
まるで、鈴自身を映し出す鏡のようだった。
そんな鈴と過ごす時間は、私にとって、とても刺激的で、そして、どこか懐かしい気持ちにさせてくれるものだった。
卒業式の día、鈴は私に小さなプレゼントを渡してくれた。
それは、鈴が声優として出演したドラマCDだった。
「これ、私が主役を演じた作品なの。
よかったら、聴いてみて」
「ありがとう、桜庭さん。
大切にします」
私は、ドラマCDを胸に抱きしめ、鈴に笑顔を向けた。
「桜庭さん、これからも頑張ってください。
ずっと、応援しています」
鈴は、静かに微笑んで、こう言った。
「ありがとう。
あなたも、自分の夢に向かって頑張ってね」
鈴の言葉は、私の心に深く刻まれた。
あれから数年。
私は、大学を卒業し、社会人になった。
鈴は、声優としてますます活躍している。
テレビやラジオで鈴の声を聞くたびに、私は、あの頃のお嬢様学校での日々を思い出す。
静かで、穏やかで、どこか懐かしい日々。
そして、鈴の透き通るような声が、私の心を静寂の調べで満たしてくれる。