【プロット】約束のオルゴール
冷たい雨がアスファルトを叩きつける。
街灯の光が水たまりに揺らめき、夜の帳が街全体を覆っていた。
僕は、コートの襟を立て、ポケットに手を突っ込みながら、足早に歩道を進んでいた。
目指すは、街外れにある小さな公園。
そこには、忘れられない思い出と、彼女との約束があった。
10年前、僕はまだ幼く、世界は希望に満ち溢れていた。
あの日も、こんな風に雨が降っていた。
公園のブランコで、僕は一人の少女に出会った。
彼女は、大きな瞳と優しい笑顔が印象的な、まるで天使のような少女だった。
私たちは、すぐに仲良くなった。
毎日、公園で遊び、将来の夢を語り合った。
彼女は、有名なピアニストになるのが夢で、僕は、彼女の演奏を聴くのが楽しみだった。
しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。
ある日、彼女は突然、遠くへ引っ越すことになった。
別れ際、彼女は僕に小さな貝殻を渡し、「10年後の今日、またここで会おう」と約束した。
それから10年。
僕は、彼女の言葉を胸に、毎日を過ごしてきた。
ピアニストになる夢を叶えた彼女に、成長した僕を見せたい。
そう思っていた。
公園の入り口が見えてきた。
懐かしい風景に、胸が高鳴る。
雨脚は強まり、視界は悪くなっていたが、僕は迷わずに公園の中へと足を踏み入れた。
ブランコのそばに、人影が見えた。
傘を差した、すらりとした女性。
あの頃の面影を残した、美しい横顔。
「ユキ?」
僕が声をかけると、女性はゆっくりと振り向いた。
彼女の顔を見た瞬間、僕は息を呑んだ。
10年の時を超えて、彼女はさらに美しく、そして、どこか儚げな雰囲気を漂わせていた。
「ケンタ?」
彼女は、僕の名前を呼んだ。
その声は、あの頃と同じように、優しく、僕の心を温かく包み込んだ。
再会を喜び、私たちは10年間の空白を埋めるように、語り合った。
彼女は、ピアニストとして成功していた。
世界中を飛び回り、多くの人々に感動を与えているという。
「聞いてくれる?」
彼女はそう言って、バッグから小さなオルゴールを取り出した。
それは、僕が10年前に彼女にプレゼントしたものだった。
オルゴールの優しい音色が、雨音に混じって静かに響き渡る。
彼女の奏でる旋律は、あの頃よりもずっと深く、僕の心に染み渡った。
演奏が終わると、彼女は静かに言った。
「実は、私、重い病気にかかっているの。
もう、長くはないみたい」
彼女の言葉に、僕は言葉を失った。
信じたくない現実が、目の前に突きつけられた。
「だから、最後に、あなたに会いたかった」
彼女は、涙をこらえながら、僕に微笑みかけた。
「約束、守ってくれてありがとう」
その瞬間、僕は彼女のすべてを理解した。
彼女は、最期の力を振り絞って、この場所に来たのだ。
僕との約束を果たすために。
僕は、彼女の手にそっと触れた。
彼女の温もりを感じながら、僕は精一杯の笑顔で言った。
「こちらこそ、ありがとう。そして、さようなら」
雨は、まだ止むことなく降り続いていた。
彼女の姿は、雨に霞み、やがて消えていった。
しかし、彼女の優しい笑顔と、オルゴールの音色は、いつまでも僕の心に残り続けるだろう。
約束の場所。
それは、僕にとって、永遠に忘れられない、特別な場所となった。