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魔法が使えない少年

 「なーんだ、あいつなんもできないじゃん」

 「えー、でもあの子可愛くない?」

 クスクスと女の子が笑う。

 「お前はああいうのが好みなの?」

 「うーん、顔はね。でも、私がピンチになったら逃げちゃいそうだから、やっぱりもっと強い人がいい」

 ゲラゲラと爆笑が起こった。

 俊一は、青い顔をしてそれを聞いていた。プライドはズタズタだった。

 しかし、それを聞いて憤慨するほどの気力も残されていなかった。


 魔法学院に来た当初、俊一は新たなものを学べることにワクワクしていた。

 授業は、座学と実技が1:2程度の比率で行われた。

 座学は好きだった。中学校の授業があまりにつまらなかっただけで、元々教師の話を聞くのは好きだったのだ。

 授業では主に魔法の形式や理論についての講義が行われた。俊一は誰よりも熱心に授業に取り組み、一言一句漏らさないように教師の話に聞き入った。

 しかし、それはすぐさま無意味であることに、俊一は気が付いた。

 この場所で重視されるのは、魔法の知識ではない。実際に魔法を使いこなせるかどうかだ。

 そして、いくら講義を聞いても、実技の授業になると、彼は何もできなかったのだ。


 「どうすれば魔法を使えるようになるんですか?授業で聞いた理論を実践したいんですが、どうも実際に使うとなると話が変わってくるんです」

 担任の教師はルイーゼといった。

 俊一はルイーゼに熱心に質問をした。

 「あなたほど真剣に授業を聞いていれば、いずれ魔法の理論を完全に理解できるようになるわ。理論がきちんと理解できて、初めて魔法が使えるようになるのよ。それにはもう少し時間がかかるわね。あせらなくてもいいのよ」

 ルイーゼは笑みを浮かべてそう答えたが、俊一には作り笑いにしか見えなかった。

 その後、何度同じ質問をしても返ってくるのは同じような回答ばかりだった。

 その他の教師にも尋ねてみたが、やはりそれは変わらなかった。

 埒が明かないと思った俊一は、授業が終わった後は図書館にこもり、書棚に並んでいる本を片っ端からめくっていった。

 ――こんな場所の図書館だ。きっと魔導書があるはずだ。それを読めば俺にだって……

 しかし、どの本にも俊一の疑問に答えてくれることは書いていなかった。

 

 エレアノール魔法学院の生徒たちは、各地から集められた選りすぐりのエリートだ。俊一を除いて、魔法が使えない者などいなかった。

 そんな彼らが特に重視するのは、実技の授業の中でも、実戦形式で行われるものだ。

 魔法学院には、実戦用の競技室が用意されており、そこには直径50メートル程の石でできた円形のリングが置いてあった。生徒たちは、その上で腕を競うのだ。

 勝敗は、彼らの実質的な序列を決めることにもなる。だから、みな必死だった。

 もちろん魔法の使えない俊一は、リングに上がることなどない。

 リング上では、魔法と魔法が交差する華麗な戦いが繰り広げられる。それを興味深く眺めている生徒たち。その隅っこで、ぼんやりと見つめる俊一。

 彼が持っていた自信や尊厳は、半月足らずの学院生活で、すべて砕かれてしまった。


 ある日、俊一は勇気をもって、クラスメイトに話しかけた。魔法のヒントも欲しかったが、それ以上に友人が欲しかったからだ。

 普通の少年としての生活を送りたい。両親さえもいなくなってしまった世界で、俊一は初めてそのような感情を抱くようになっていた。

 「……あの、どういう風に魔法を使ってるんですか?授業だけではよくわからなくて……」

 彼が話しかけたのは、クラスで一番ガタイのいいアリアスという少年だった。

 アリアスが俊一と並ぶと、子どもと大人くらいの差がある。だが、その体の大きさとは関係なく、アリアスは常に温厚で人が良く、周囲に慕われているようだった。

 アリアスならば、何かポジティブな答えをくれるだろう。

 しかし、その当ては外れた。

 穏やかな表情を浮かべていたアリアスは、俊一に話しかけられると表情が一変した。能面のような無表情になる。

 「自分で考えればいいんじゃないですか?僕もそんなに暇じゃないので」

 きっぱりとした拒絶。

 俊一は、ここまでの冷徹な反応が返ってくるとは予想だにしていなかった。

 クラスメイトたちは、俊一を嘲笑の種か、もしくは白眼視しているかのどちらかだった。

 俊一は完全な異邦人だったのだ。


 エレアノール魔法学院は全寮制の学院であり、各生徒には寮内の個室がわり与えられている。

 その個室で過ごすのが、俊一が唯一息を付ける時間だった。

 俊一はベッドに横たわりながら、自身の境遇を嘆いた。

 ――どうして俺はなぜこんな世界に呼び出されてしまったのか?なぜここまで苦しんで魔法を学ばなければならないのか?

 しかし、そこまで考えた時、俊一は不思議と冷静さを取り戻した。

 本来、彼は並外れて頭脳明晰なのだ。それはこの世界に来て鳴りを潜めていたが、冷静になることで、彼の頭は冴え渡り始めた。

 魔法を学ぶ理由。それは分からない。それを考えるにはあまりに材料が足りなさすぎる。

 しかし、魔法を学ぶ者たちの間に、なぜ自分が加わらなけらないのか?

 そのことが、俊一には妙に引っかかった。

 ――それは、俺がこの世界に召喚された人間だからか?……もしかして召喚された人間しか魔法を使えるようにならないのか?

 その時、俊一は雷鳴のように記憶がよみがえった。


 「おい、失敗じゃないか!どうしてこんな歳の子を呼び出したんだ?何に問題があったんだ?」


 ――そうだ!あの言葉だ!『どうしてこんな歳の子を呼び出したんだ?』という言葉は、大人か、もっと小さい子どもを呼び出したかったか、どちらかということだ。考えろ!どっちを呼び出したかったのか?

 俊一は、一旦息をつく。 

 ――呼び出しかったのは、きっと子どもだ!そうだ!子どもを呼び出して、小さいころから魔法を教え込むんだ!きっと幼少の頃から魔法を学ばせなければ、魔法を使えるようにならないんだ。そうやって考えれば、今の状況の全ての説明がつく。そうだ、俺は失敗作なのだ。幼児期を過ぎたのに、間違ってこの世界に召喚されてしまったのだ。だから、魔法が使えないんだ。それなのに、あえてエレアノール魔法学院に置いたのは、幼少期を過ぎた人間がどうなるか観察したいといった所だろう。そして、周りの生徒たちの反応がここまで冷徹なのも、幼少期から同じ釜の飯を食った仲間たちの間に、突然異分子が紛れ込んできたからだ。しかも、魔法も使えないやつが突然入学してきたのだ。そんな奴は排除したくなるのもわかる気がする

 俊一の分析は鋭かった。

 しかし、その考えは、俊一に絶望感を呼び起こした。

 ――自分はどんなに頑張っても魔法を使えるようにはならないんだ……。

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