プロローグとバッドエンド④
勇者たちの表情には疲労が色濃く出始めていた。
徹底的に練ったはずの戦略は通用していない。それは絶望をいざなうものだった。
――そろそろだな
魔王は考えた。
罠を仕掛けるには絶好の機会。
――追い詰められた時こそ、人は都合の良い希望にすがりたくなるものだ。それならば偽りの希望を作ってやるか。確かに、このまま戦闘を続けていても勝利できる自信は十分にある。だが、不測の事態がもうすぐ起こるはずだ……。ならば、なるべく早く勝利を確定させた方がよいはずだ。
魔王が思索にふけりながら勇者の相手をしていると、不意に勇者の剣が魔王の肩をかすめた。
鮮血が飛び散る。
「うっ!」
魔王の顔は苦痛で歪んだ。
それは初めてのことだった。初めて魔王の防御が崩れたのだ。
――いける!
俄然、勇者は勢いづいた。
確かに魔王は強い。だが1人だ。彼にはサポートをする者がいない。
そして、完璧無比に思えた魔王にも弱点はあるはずだ。
それは耐久力に違いない!
勇者の剣の切れが冴えわたった。
――チャンスだ!ここを逃してはならない。自分の中にある全ての力を吐き出して魔王をしとめてやる!
勇者はプリーストに目配せをした。
――共に攻撃をくり出せ!倒すことができるはずだ!
彼の眼はそう訴えかけていた。
プリーストは勇者の思いに応えた。
元々彼は勇者の近くで防御に徹し、傍観している自分を恥じていたのだ。
――いくらそれが役割だからといって、自分は傷つかない場所で見ているだけでいいのか?俺も十分に戦える力を持っている!それなのに、だ。
そうした思いを抱えていたプリースト。そこに千載一遇の機会が巡ってきたのだ。
プリーストは高々と鉄杖を振り上げ、魔王に襲い掛かった。
――ダメよ!やめなさい!!あの程度の傷で崩れるはずがないわ!
女はテレパシーの魔法でその言葉を伝えた。
彼女は叫び出したかった。
粘り強く戦っていれば、チャンスはいずれ巡ってくるかもしれない。だが、ここで仕掛けたら、その可能性さえも途絶えてしまう。
もちろん、頭に血が上っていた勇者たちを制止することはできなかった。
「必滅連撃剣!」
剣と肉体に魔力を漲らせ、信じられないほどのスピードで16連撃をくり出す。
それは勇者の切り札だ。全ての力を使い切る技。連撃後はしばらく行動が不能になるほど消耗する。だが、それだけに勇者の攻撃は強力だった。
魔王は勇者の剣を受けきるのに精いっぱいで、他の方に意識を割くことまではできなかった。そこにプリーストの鉄杖が振り下ろされる。
魔王は体ごと避けようとしたものの、不可能だと瞬時に判断して、とっさに左腕をあげて体をかばう――。
「――いやあああああああああああああああああ!」
しかし、次の瞬間に聞こえたのは、魔王ではなく、女の叫び声だった。
彼女は、うつぶせに倒れ、ビクビクと体を震わせていた。
勇者たちの攻撃の手は、思わず止まってしまった。
「これで終わりだな。お前たちに指示を出していたブレーンが倒れたのだ」
魔王の指摘は当たっていた。
今まで彼女はテレパシーの魔法を使って指示を出し、勇者たち全体の戦闘をコントロールしていたのだ。確かに、彼女は魔王を崩すことはできなかった。だが、その指示は的確で、むしろここまで魔王と戦えたのは、彼女のおかげだった。
「お前たちを見ていてすぐに分かったよ。その女はメイジの割に、攻撃魔法を放つ量が妙に少なかった。全体を見て指示を出すことに必死だったからだ。愚か者たちだと思っていたんだが、その女だけには賛辞を贈らねばなるまい」
「黙れ!彼女に何をした!?」
勇者の怒鳴り声が響き渡った。
「ああ、心配しなくていいぞ。精神魔法で衝撃を与えただけだ。普通の人間だったら廃人になるだろうが、その女ほどの力を持っていれば、しばらく動けなくなるだけだろう」
そこで魔王は言葉を区切った。
「だが、この戦闘に参加することは、もはやできまい。せっかくの戦略もお前たち愚か者2人のせいで崩れてしまったな。もう勝ち目はない。どうするんだ?」
「貴様も腕を砕かれたはずだろ!これで五分だ!戦いはこれからだ!」
「あー、これ?確かに痛かったよ」
魔王は折れた左腕をぶらんと垂らして見せた。確かに、プリーストの攻撃はまともに魔王の左腕にあたり、骨を粉砕した。だが、魔王は何事もないような顔をしていた。
「それで?ヒールを使えるのがお前たちだけだとでも思っているのか?」
青い光が彼の左腕をつつんだ。それとともに、傷を受けた肩も青い光に包まれる。したたり落ちていた血が止まった。
勇者はもう何もしゃべれなかった。自分が敗因を作った。それを絶対に認めたくなかった。
ただ、それ以上に目の前の存在に恐怖していた。怯えた表情が如実に顔に現れる。
「それで、どうするんだ?」
同じことを魔王は語りかけた。
しかし、もはや魔王は勇者を見ていなかった。勇者と同じように落胆しているプリーストも見ていない。
彼の視線の先にいたのは、キツネ目の男だった。
「何か裏で画策しているんだろう?早く見せてくれないか?」
「……ここまで見透かされてるとは驚きですね。本来はもっと長時間戦闘を続けて、あなたを消耗させるはずだったんですが……。それでも、なんとか間に合いました。入ってきてください」
キツネ目の男がそう言うと、エルフ、ドワーフ、オーク、ゴブリンら亜人たちが入ってきた。
彼らは、各種族の王たちとその側近数名で、およそ20名ほどいた。
「私たちはお前たちを招待した覚えはない!結界を破ったのか!?何ということをしてくれたんだ!!」
魔王は激高した。今までマイペースだった魔王に初めて感情というものが現れた。