俊一とエレナ
「つまり、私たちは学院の操り人形にされている。そういうことなんですか?」
エレナは、突き刺さすような、それでいてすがるような目で男を見た。
「ああ、その認識で間違いない」
「私の体の中にはおぞましいものが入っている……」
エレナは体に震えが走る。心底気持ち悪いと思った。
男はエレナを安心させるような柔らかい口調で話を続けた。
「だが、君の場合は前の世界に戻りたいという確固とした信念があった。それが種の浸食を防いでくれたようだ。だから、そこまで本来の自分を失っているわけではないんだ。今回はそれに付け込まれてしまったが、深刻に考える必要はない」
「…………」
男がそう言っても、エレナの不快感は止まらなかった。
しかし、それ以上に、彼女の頭の中には様々な思いがよぎり、走馬灯のように駆け巡った。学院のこと、種のこと、自分の体のこと、元の世界のこと、そして両親のこと。
訳が分からない。心がまとまらない。
それでも彼女はなんとか自らの思考を整理した。
――私が今まで学院の生徒でいたのは、いつか帰れる希望を持っていたからだ。もし、この人が言っていることが本当ならば……
「私は、学院に従っていても元の世界に帰ることはできないんですね……」
「その通りだ。やつらは甘言を弄し、自分たちに従えば元の世界に返してやると言うかもしれない。だが、もちろん、そんな約束は守られない」
「私は……私は……一体どうすれば元の世界に……」
エレナの瞳からは再び涙が流れた。
男は冷静に彼女を諭す。
「いったん落ち着くんだ。まずは種を取り除くことが第一で、元の世界に帰ることは次の話だ」
「……はい、確かにそうですね。取り除く方法はあるんですか……?」
男はニヤリとして俊一を見た。
「それは簡単だ。君の大好きな陶冶君となるべく一緒にいる時間を増やせばいいだけだ」
「なっ!」
男の発言は、俊一とエレナにとって爆弾のようだった。
エレナの混乱していた感情は一気に吹き飛び、現実に引き戻された。
急に目の前にいる俊一を意識してしまう。
俊一もそれは同様だった。
2人の顔は真っ赤になる。
「変なこと言うなよ!エレナさんは俺の命の恩人で、そんな変な目で見てるわけじゃ――」
「――ほう、じゃあ、当のエレナさんは、どう思ってるんだ?」
「……それは……その、陶冶君は、素晴らしい人だと思います。勇敢だし、正義感もあるし、それになにより優しいし……。だけど……、そういうのとは違くて……」
エレナはそこまで言うと、黙りこくってしまった。
顔はさらに赤くなっている。
「いいなぁ、お前たち。若さがうらやましいよ。いや、俺も若い頃もっと心を開いていればよかったんだろうがな……」
俊一は、気恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
しかし、男の感傷的な態度を見て、少し冷静になった。
「……その、あなたは一体何者なんですか?ずっと聞きたかったんだけど、何か聞いちゃいけない気がして」
「残念ながら、それに答えることはできないんだ。とりあえず、この学院に仇なす者とだけしか言えないな。でも、お前の味方であることは確かだよ。エレナ・シュタインの望みも、どうにか叶えてやりたいと思っている」
男は、そこまで言って、一旦しゃべるのを区切る。
そして、少し考えるしぐさをしてから再び話し始めた。
「とりあえず、エレナ、君が種を取り除きたいと思うならば、陶冶となるべく一緒にいる時間を増やすのがいいというのは本当だ。しかし、学院の中で突然接近するのは不自然だろう。これから夕方を過ぎたら毎日ここに来るんだ。それで2人でいる時間も増やすことができるし、一緒に魔法の訓練をすることできる。一石二鳥だな」
「……訓練ですか?」
エレナは不思議な顔をして男に尋ねた。
「ああ、そうだ。元の世界に戻りたいんだろ?そのためには、強くならなければらない。君はずっとそう思って、力を磨いてきたはずだ。だが、学院の教えを聞いてるだけで、学院を管理している魔導士どもを超えることは難しい。最終的には、2人とも、学院全てを敵に回しても勝てるくらいの実力をつけなければらない」
「……強くなれば元の世界に戻れる……」
「希望はある。だが、今はそれにこだわるべきではない。帰りたいという気持ちが重すぎると、結局それに付け込まれてしまい、かえって目的から遠ざかってしまう。目の前のことに集中するんだ。それに、せっかく2人ともお互いの心の内が理解できたんだ。今はそれを大切するのがいいんじゃないのか」
男がそう言うと、俊一とエレナは思わず目を合わせた。
再び彼らの顔は赤くなる。
その姿が、男にはまぶしく映った。
――残酷な世界だが、この子たちはまだ思春期の子どもなんだ。青春くらい味わったっていいじゃないか。その経験は、きっと俺がたどり着けなかった道を探すための手助けになるだろう。全てを捨てて求道者になってしまった俺とは違う……
俊一もエレナも、この瞬間は年相応の少年少女に戻っているようだった。
お互いを意識し、ぎこちない会話をしている。
それは微笑ましくもあり、そして幸せそうに見えた。
――この幸せは束の間のものかもしれない。この子たちは想像している以上に、困難な道のりを歩んでいかねばならないだろう。それでも2人なら、いやもっと多くの力を束ねることができれば乗り越えることができるはずだ
男は思った。




