密会
「その……、エレナさんは来てくれますかね?」
俊一は不安そうに尋ねた。彼は、ずっとそわそわしていた。
俊一と男は、いつもの茂みの中にいた。
時刻は夜の12時前。
そこは、薄ぼんやりとした月明りしかない闇の中だった。
しかし、男は夜目が効くのか、俊一の様子がよく見えているらしい。
「まるでラブレターを渡した女を待つ男だな。今時そんなの流行らないぞ」
「ちげーよ、そんなんじゃねーし」
男はそれを聞いて大笑いした。
「敬語はどうしたんだ?丁寧な態度を取るんじゃなかったのか?」
「…………」
俊一は、ムスッとして何も応えなかった。
その時、風が吹いた。
冷たい夜の風。だけど、それは心地よく、爽快な気分にさせるものだった。
――秋の風だな。この世界にもそういえば季節ってものがあったのか……
俊一は、この世界に転生してから初めてそのことに気が付いた。
自分はこの世界について何も知らないのだ。分かっているのは学院の中の一部だけ。外には何が広がっているのだろうか?
しかし、そうした思索は男の声によって遮られた。
「来たな」
緑色の光が見えた。
エレナだ。
エレナは、宝石を握りしめ、暗がりの中、その宝石から放たれる光に向かって恐る恐る歩いてた。
しかし、その光は突如として消える。暗闇があたりを支配する。
「……あの、陶冶君、いるんですか?」
不安そうな声。
俊一がそれに応えようとする前に、男が手をかざすと、緑色の宝石は黄色になり、あたりを照らし出し始めた。
「あっ」
驚いて声を出すエレナ。
俊一は茂みから出て、エレナの前に姿を現す。
「エレナさん、来てくれたんだね。ありがとう」
俊一は言った。
「その……、話しをする前に、紹介したい人がいるんだ」
「それは後でいい。まずは若い者同士で話すがいいさ」
そう言うと、男は茂みの奥の方に消えていった。
宝石の明りに照らされたエレナは美しかった。
俊一は、あらかじめエレナと話すことを色々とシミュレーションしていたが、いざ2人きりになり、彼女の顔を見るとドキドキして言葉が出なくなってしまった。
「あ、いや、その……」
言葉に詰まる俊一。それはすごく恥ずかしかったが、その恥かしさが余計に彼から言葉を奪ってしまう。
それでもなんとか俊一がエレナに話しかけようとすると、彼女は突然泣き出してしまった。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい。競技室でグレンと戦っていたあの時、私は陶冶君が危険にさらされていることが分かっていたの。助けに行きたいと思った。でも、できなかった。自分の命が惜しいと思ってしまったの。私はあなたのことを見捨てたのよ!」
エレナの頬から涙が伝う。それはとめどなく流れ続けた。
――私はこんなに後悔していたんだ
俊一の顔を見て、エレナは改めてそのことに気付かされた。
エレナとは対照的に、俊一は、彼女はなんて優しい人なんだろうと思った。
彼女を悲しませたくない。心の底からそう思うと、俊一が最初に抱えていた緊張はいつの間にか消えていた。
「エレナさん、泣かないでください。それに謝らなくていいんです。俺はあなたに助けられたんだ。あなたがいたから生き残れたんです。恩人なんです。だから、ありがとうって言いたかったんだ」
「陶冶君はやさしいからそう言ってくれる。でも、私はあの時、絶対にグレンを止めに行かなければならなかったの。だから、本当は陶冶君と顔を合わせる資格なんてないんだ。でも、せめてあやまりたくて……」
「エレナさんの言う通り、あの時、俺を助けに入っていたら、エレナさんの命は危なかった。普通の人は自分の命よりも大事なものなんてありません。それでもエレナさんはものすごく後悔をしている。エレナさんはとても優しいんです。それに俺のことをそこまで心配してくれて、すごく嬉しく思っています。だから、もう気にしないでください。エレナさんも無事で、俺も無事だった。そして、こうやって2人で会えている。それでいいじゃないですか」
「……でも、もし逆の立場だったら、陶冶くんだったら私を助けに入っていたと思うの……。だから、わたしはやっぱり陶冶君と顔を合わせる資格なんかなかったんだ。陶冶君を見てると、本当にそう思ってしまう」
エレナが悲しげにそう言うのを聞いて、俊一は少し考え込んだ。
きっとこのまま慰め続けても、彼女の気持ちを容易に変えることはできないだろう。
話題を変えよう。俊一は思った。
「その……、少し話を変えるんですけど、エレナさんはあのとき何を尋ねようとしたんですか?俺が最初にグレンに襲われて、その後、寮に戻ってきた時です。俺はエレナさんを拒絶するような酷い言い方をしてしまった。だから、改めてそれを聞きたいんです。今なら大丈夫です。学院の監視はこの場所には届かないから」
俊一がそう言うと、エレナは少しためらったが、彼の質問に答えることにした。
「私は、俊一君のお父さんとお母さんってどんな人だったのか聞こうと思ったの。……お父さんとお母さんがいるってどんな感じなのかなって」
「……俺の父と母は立派な人でした。父は著名な弁護士で、母は医者でした。2人ともすごく優れた人で裕福だったから、生活には何一つ不自由はなかったんだ。家事も全部家政婦さんがやっていたし。でも、その代わりに、俺は両親と顔を合わせる機会が少なくて……。今思うと、それがものすごく不満でどうしようもなかったんだ。それで、俺はその気持ちを周囲の人たちを見下したりすることで、心の隙間を埋めようとしてたんです。だけど、それは間違っていた。両親は俺のことを愛していないわけじゃなかったんだ。それに俺はそういう両親だったから、勉強がすごくできた。本当はもっと感謝すべきだったんだ……」
俊一は、なぜ今まで、こんな単純なことに気づかなかったんだろうと思った。それに、両親のことなど、この世界に来てからすっかり忘れてしまっていた。
――俺は親不孝者だな
俊一は思った。
「俊一君ってすごいものね。そんな両親の下に生まれたからなんだ。……私がこの世界に来たのは5歳の時だった。もう両親の顔もはっきりと思い出せない。だけど、ぼんやりと2人のことは覚えているの。私のお父さんとお母さんはね、すごく仲が悪くて、いっつもケンカしていた……。だけど、私にとっては、良い両親で、すごく愛されて育てられた。……でも、最後は車に乗っていて、お父さんが運転席で、お母さんが助手席で、私は後部座席に座っていた。それで、突然、別の車がぶつかってきて、気が付いた時にはこの世界にいたわ。……私は、両親が無事なのか確かめたいの。もし2人が健在なら、私も元気に生きているよって姿をみせなくちゃいけない。だから、元の世界に帰らなくちゃいけない、何があっても。この世界に来た時から、ずっと私はそう思って過ごしてきた……」
俊一は真剣な顔で、彼女の話を聞いていた。
その姿を見て、エレナは再び涙がこぼれてきた。
――ああ、そうか、私はずっとこの話を誰かに聞いてもらいたかったんだ。陶冶君なら聞いてくれる、そんな気がしていた。そんな人を見捨てようとしていたんだ……
「ごめんなさい、こんなに泣いてばかりで。私って本当に迷惑よね……」
「そんなことないよ。エレナさんは、ずっと独りでその思いを抱え込んでいた。すごく分かるよ。……だけど、きっとその感情に付け込まれたんだ。エレナさんは、俺のことを助けなかったんじゃない。助けようとしても、心が制御されてしまったんだ。でも、あの時は結果として、それで正解だったのだけれど」
「それって――」
「――その話は俺からした方がいいかもしれんな」
突然、男が話に割って入ってきた。彼は茂みから姿を現していた。
「……この人は?」
不審そうな表情でエレナは男を見る。
「やれやれ、俺ほどちゃんとした奴はいないのに、みんなこういう目でを俺を見るんだな」
俊一は男の話を聞いて笑った。
「エレナさん、大丈夫だよ。この人は信用できる。見た目は浮浪者みたいだから怪しく見えるんだけど、本当は優しい人なんだよ」
「なにもフォローになってないぞ、それは」
俊一はさらに笑った。
――陶冶君が学院の中では見せない安心しきった笑顔。私にもこんな顔をいつか見せてくれるようになるんだろうか?
「陶冶君がそんなに信じられる人なら、きっと大丈夫ね」
「そういう風に納得されるのは釈然としないが、まあいい。今から話すことは大切なことだ。一度こいつには話したことだが、君も知らなければならないだろう。それが自分の身を守ってくれるはずだ」
男は、そう言ってから、学院が種を使って生徒を操っている話をエレナに語り始めた。




