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エレナの心のうち

 エレナは、授業が終わった後、ぼんやりとした気分で寮への帰途に着いた。

 俊一とグレンとの戦いの後、ルイーゼが教壇に立つことはなかった。

 文字通り処分されたんだろうと、エレナは思った。命の処分を。


 俊一を除けば、生徒の中で学院に対して明確に不信感を持っているのは、エレナだけだろう。

 エレナは、学院が、いや、この世界が怪しげな場所だということは、呼び出された時から気が付いていた。

 だからこそ、エレナは常に孤独だった。自分は周りとは違うのだ。

 学院の生徒たちは、魔法の力を磨くことしか考えていない。でも、私は違う。

 元の世界に帰りたかった。元の世界に帰って確かめたいことがあった。

 それがエレナの原動力だった。

 そのためには、まずは強くならなければならない。

 必死に魔法の力を磨いた。

 その結果、同級生では断トツ、いや上級生と比べてもエレナは断トツに強くなった。

 しかし、自分の強さをひけらかすのは危ない気がした。だから、エレナは、2番手か3番手くらいの優秀な生徒という立場を維持することに決めた。

 それだけではダメだと思った。自分の本心を周りの人間に悟られてはならない。

 エレナは自分の心を凍り付かせ、それでいて周囲から浮かない位の程よい距離を取る。

 それらを全てを上手くやってのけた。

 これでいい、今の所、私の描いた道筋通り、物事は進んでいる。

 しかし、陶冶俊一を見た時からエレナは変わってしまった。

 何て彼はキラキラしているんだろうと思った。でも、きっとこの学院にいる間に、彼は変わってしまうんだろうな。エレナはそう思った。

 だけど、彼は変わらないばかりか、ますます輝いて行く。

 彼と話してみたい。彼のことをもっと知りたい。

 それに、彼になら話せるかもしれない。私の本心を。

 時間がたつごとに、その気持ちは大きくなっていった。

 なんだろう?この感情は?自分の目的の邪魔になってしまうかもしれないのに。

 それでも、エレナは我慢できなかった。

 しかし、どうやって彼に話しかけたらいい?自分の本心を隠し続けた結果、エレナは普通にコミュニケーションを取る方法を忘れていたのだ。

 それでも、エレナにチャンスが巡ってきた。俊一がグレンたちに襲われた日だ。そして、結果として、俊一に突き放されてしまった。

 心に深い痛みを負った。きっと私は周りとは違うと思いながらも、周りに染まってしまったのだ。それを叩きつけられたような気がした。

 もはや彼女の望みは元の世界に変えることだけだった。

 そうした悩みを抱えている時に、あの事件が起きた。

 俊一とグレンとの戦いだ。


 エレナは、俊一の剣がグレンの足に刺さった時に、真っ先におかしいと気が付いた。

 かすり傷程度なら実戦形式の授業でよくあることだ。

 しかし、あんなに血を流すのは、今まで起きたことがない。

 周囲はそれに気が付かずに、熱狂している。

 絶対におかしい。

 防護装置が発動してはいないのではないか?それに、あのルイーゼの異様な表情。

 俊一以外で、エレナだけがそれを分かっていた。

 彼を助けなければならない。彼に嫌われてもいい。それでも助けなければ。

 しかし、彼女の足は止まってしまった。

 もし彼を助けたらどうなるか?

 自分は処分されるだろう。処刑という名の処分を。

 死ぬのは怖い。だけど、それ以上に元の世界に帰らないで死ぬことはもっと嫌だ。

 その考えがエレナを動けなくさせてしまった。

 俊一は、結局独力で危機を乗り越えた。

 私なんかが助けなくても、彼は自分一人で困難を解決できちゃうんだ。でしゃばる必要なんかなかったんだな。

 グレンとの戦いが終わって、エレナが最初に感じたのは、俊一が無事だったことに対する安堵感と、そして自分が不要だったという寂しさだった。

 だけど、その後に、彼を助けに行けなかったという大きな罪悪感がやってきた。

 ああ、やっぱり私は周りと変わらなくなっちゃったんだ。

 あんなに憧れている人を見捨てちゃうんだ。

 最低だな。

 

 それから数日間がたった。

 エレナは抜け殻のような状態だった。

 私みたいな人間が元の世界に返る資格があるのだろうか?

 授業が終わり、寮の自室に戻る。

 思わずベッドに倒れ込んだ。

 あの日以来ずっと無気力が続いている。

 この世界に来てから、不安も孤独もずっと自分独りで立ち向かってきた。

 しかし、それももう限界だ。

 心の底からこの世界に染まってしまえばいいのかもしれない。周りのみんなみたいに。 

 私には陶冶君はまぶしすぎる。

 とりあえず今日は着替えて、寝てしまおう。エレナはそう思って、ノロノロと体を動かした。

 立ち上がると、ふと机に見慣れないものが置いてあるのに気が付いた。

 封筒だ。

 「手紙かしら?」

 思わず声に出してしまう。

 不思議に思いながらも、彼女は、その封を綺麗に開けて、中に入っていた便箋を取り出す。



 エレナ・シュタインさんへ

 陶冶俊一より


 先日は、ひどい態度を取ってしまい、自分でもなんと謝っていいのかわかりません。

 グレンに襲われた日、エレナさんは私を助けてくれました。そんな恩人に、あのような態度を取ってしまったこと、本当に反省しています。

 だけど、あの時はああするしかないと思ったんです。エレナさんは、きっと学院にとって都合の悪いことを私に聞こうとしている。だから、それを止めなければいけない。

 今となって思うことは、本当にそんなことを聞こうとしたか分からないし、仮にそうだとしても、もっと違う言い方をすればよかったのだと後悔しています。

 その後、グレンと戦うことになりました。

 あの時、自分は恐ろしくて、本当にどうしようもなくて、そんな時にあなたの姿が目に入ったんです。

 私の勘違いかもしれないけど、あなたの表情は、私のことを心配してくれているように映りました。

 嬉しかったです。

 あんな態度を取ったのに、自分のことを心配してくれている人がいる。

 それを考えた時、心の底から勇気が湧いてきました。

 私があの窮地を切り抜けることができたのは、エレナさんのおかげです。

 本当に感謝しています。

 あの後、色々なことを考えました。学院のこと。これからの自分のこと。そしてあなたのこと。

 謝罪と感謝をあなたに自分の声で伝えなければならないと思いました。

 それとともに、あなたが私に聞きたかったことに答えたいとも思いました。

 その他にも、あなたに伝えたいことがたくさんあります。

 無理なお願いだと自分でも分かっていますが、これから言うことを聞いてくれると幸いです。

 この封筒の中には、緑色の宝石が同封してあります。

 この宝石を持っていれば、静かに動くと周囲に気付かれない効果があります。

 これを持って、今夜の12時に寮を抜け出して、私と話せる場所に来て欲しいんです。

 その道順もこの宝石が示してくれます。

 こんな話を信じることが難しいのは重々承知ですし、危険を冒すことになってしまうのも分かっています。

 だから、嫌だったら聞かなくても構わないです。

 助けてもらって、ひどい態度を取ってしまった上に、こんな危険なお願いをするなんて、本当に自分勝手な人間ですね。

 それでも、あなたと何も隠さないで話をしてみたいと思っています。

 重ね重ねになりますが、私の無理なお願いを聞いてもらえれば幸いです。



 エレナが熱心にその手紙を読み終えると、便箋に書いてあった文字は消え失せてしまった。

 そして、封筒の中には、緑色の宝石が確かに同封してあった。

 必ず行こう。エレナは思った。

 この手紙は陶冶君が書いたもので間違いない。不思議とそれを信じられた。

 私こそ、陶冶君に謝らなければならない。

 そして、かつての自分を取り戻さなければらならない。きっとその頃の私はもっと綺麗だったはずだったから。

 エレナは決意した。

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