魔法の秘密
「お前なぁ、人を何だと思ってるんだよ。確かに、俺が怪しいのは認めるよ。だけど、お前はこの学院そのものを怪しいとは思わないのか?」
男は言った。
「それは……」
この男が言っていることは間違いではなかった。
俊一は学院を全く信用していない。
俊一が学院から受けた説明は、最低限の規則だけ。それ以外は何も教わってないのと一緒だった。
無意味な授業だけが繰り返される日常。
何のために自分はここに呼び出されたのか?
なぜ魔法を学ばなければならいなのか?
そして、どうやったら魔法が使えるようになるのか?
そうした事柄を説明しないばかりか、説明しない事実を受け入れるのが、さも当然のような空気を作り上げているのが、エレアノール魔法学院だった。
「なあ、お前は座学の授業で魔法理論を散々学んできたよな。でも、それが生かせる気配は全くない。なんでだと思う?」
「…………」
それこそまさに、俊一が1番知りたいことだった。
「答えを教えてやるよ。あの授業は魔法が使えることの後付けの理屈を教えてるのであって、魔法そのものの使い方を教えているわけではない。そうだなぁ、単純に例えると、原始人に火が発生するための化学式を教えたところで何の意味もないだろ。それと同じさ。そんなことより火打ち石を渡してやって、その使い方を教えてやる方がよっぽど意味がある」
俊一は、一瞬だけ違和感を覚えた。なぜこの男は化学式という言葉を知っているのか?
しかし、それよりも大きな疑問が頭に押し寄せて、その違和感は消え去ってしまった。
「……じゃあ、なんで俺には火打ち石の使い方を教えてくれないんだ?」
「それはお前が思春期まっただ中の少年だからだよ。子どもの明確な自我が形成されるのは、思春期に入ったくらいの頃からだ。もちろんその前から自我らしきものはあるが、大人と世界観を共有できるような自我はないだろ。ほら、あれだよ、お前はサンタクロースの存在を本気で信じられるか?今のお前がどうやってもそれは無理だろ。でも、未発達の自我の子どもならば、サンタクロースがいる世界の価値観を信じることができる。だから、小さい子ども、3歳から5歳くらいの子どもを召喚して、特殊な暗示をかけて、魔法を使えると信じ込ませるのさ。それで訓練させると魔法が使えるようになるという仕組みってわけだ」
小さいころから魔法を学ばなければ、それを使えるようにはならない。その事実は、俊一が予想していたものだった。
しかし、改めてそれを突き付けられると、俊一には重苦しい絶望感が押し寄せてきた。
「それなら、俺は、どうやっても魔法を使えるようになるのは無理じゃないか!!」
男はニヤリと笑った。
「そうでもないさ。お前は、お前のやり方で魔法を受け入れればいいだけの話さ」
「無理って言ったり、大丈夫って言ったり、一体どっちなんだよ?」
「それはお前次第さ。お前はデジタルな世界から来た。お前が住んでいた世界では、世界のカタチをパズルのピースのように切り取り、細かく分解して、数字っていう記号で定義する。それが科学さ。科学が支配する世界では、あらゆる現象には数字で定義できる原理があり、不可思議な現象もいずれは数字を使って解明されると信じられている。だけど、ここはアナログな世界なのさ。魔法とは現象を分解するんじゃない。現象をそのまま飲み込んで信じるんだ」
「……言ってることは何となくわかるけど、それと俺が魔法を使えるようになることとどういう関係があるんだ?」
「まあ、口で説明できるのはこれくらいなもんだな。今から一つ、お前だけにしか使えない技術を教える。俺の言うとおりにするんだ」
そこまでしゃべると、男は腕をのばして手のひらをかざした。手の上に火の球が現れる。
「お前は今からこいつを消すんだ。お前は魔法を信じることができない。だったら、否定してみせろ」
「どうやって、そんなこと――」
「――もうしゃべるな。心で思うんだ。魔法を否定しろ。お前はデジタルな世界から来たんだ。その知識を総動員して、この世界の仕組みを否定するんだ」
――そんなことを言われても……
俊一は戸惑った。
しかし、男は、手の上に浮かしていた火の球を放ち、それを空中に固定させると、茂みに寝転んだ。
「お前がこれを消すまで、俺は寝てるよ。出来たら言ってくれ。出来なかったら、お前は魔法が使えない。それだけの話さ」
――くそっ!いきなり現れて訳の分からないことばかり言いやがって!
しかし、俊一には、結局男の言うとおりにするしかなかった。
時間をかけて、俊一はあれこれ考えた。
まずは消えろと強く念じたが、もちろんそんな簡単に消えるものではなかった。
次に、実際に触ってみたら消せるかもしれないと考え、火の球に手を近づけたが、ものすごい熱気を放っており、確実に火傷をすることが分かったので断念した。
他にも様々なことを考えてみたが、どれも上手くいかなかった。
男はいびきをかきながら寝ている。
俊一はそれ見て腹が立ってしょうがなかったが、あきらめるわけにはいかなかった。
これは自分の生存にかかわる問題なのだ。
魔法の使えない人間は学院にとって恐らく不要だ。今は観察対象だから学院にいることを許されているが、意味のない人間だと分かれば追放されるだろう。最悪、処刑される可能性もある。
俊一は考えに考えた。
ふと、男の言葉を思い出す。
「魔法とは現象を分解するんじゃない。現象をそのまま飲み込んで信じるんだ」
――じゃあ、俺はその逆をいけばいいじゃないか。火はどうやったら消える?火という現象を成り立たせている一つの要素は酸素だ。酸素をなくす。どうやって?
俊一はイメージしてみた。火から酸素が消えていくところを。それは抽象的なイメージだったが、火球の周りの空間を四角く切り取り、そこを密室のように考えた。密室ならば、自然と酸素が消費され、火は消えるはずだ。
――強く、もっと強くイメージするんだ
俊一は、抽象的なイメージから切り替え、具体的なガラスケースをイメージして、それを火球の周りにかぶせた。
さらに強くイメージすると、俊一は脳を使いすぎて、頭が熱くなっていくのを感じた。締め付けるような頭痛までしてくる。
――ここで諦めたらダメだ!絶対に消してやる!!
俊一は頭痛に耐えながら必死にイメージした。ガラスケースはどんどん分厚くなり、しだいに防弾ガラスのようになっていった。
頭痛はさらに激しくなる。頭の血管が切れそうだ。
――まだだ!もっと!もっとだ!!
しかし、俊一は耐えられなくなってきた。
突然、強烈な睡魔が襲ってくる。
もうだめだった。我慢できなかった。俊一は、遂に倒れ込んでしまった。
ただし、火の球は綺麗に消えていた。
「よくやったな。これで第一段階は終了だ」
男の顔は伸びた髭と髪の毛のせいでよく見えない。しかし、その瞳は優しげだった。




