怪しげな男
「やめなさい!」
その声は、エレナ・シュタインのものだった。
グレンが俊一に襲い掛かろうとしたその時、エレナ・シュタインが現れたのだ。
「私闘に魔法を使うことが許されないのは、学院の絶対の掟よ。相手が誰であろうと関係ないわ。確かに、掟を破った場合の処置はどこにも書いてないの。でもね、何も書いてないからこそ、何をされるか分からないのよ。良くて学院追放、死罪だってあり得るわ。それでもあなたはやるというの?」
「優等生様にはなぁ。俺の気持ちなんてわからねーんだよ!俺はこいつを殺す!絶対だ!」
彼女は軽くため息をついた。
――あなたがそんなことを言うのならば、陶冶君の気持ちを分かってあげなければいけないのに。本当にどうしようもない
エレナは恐ろしいほど冷徹な表情になった。
「それなら、私があなたをここで殺すわ。私は他の生徒を守るためにあなたを殺すの。だから、正当防衛に当たるわ。私闘には該当しないわね」
「くそ!なんで!なんでこんな奴をかばうんだよ!こんな魔法の使えないクズを!!」
「私からすれば、あなたの方がどうしようもないクズよ。あなたたちは3対1のケンカに負けたの。これ以上面目を傷つけられたくなければ、さっさと引き下がりなさい」
グレンは顔を真っ赤にした。心がおかしくなるほどの憎しみで満たされた。
――どうすればいい?どうすれば、このクソガキとくそ女に復讐できる!?そうだ!!
グレンはニヤリと笑った。ろくでもないことを思いついた顔だった。
「次の実技の授業。テメーを引っ張り出してやるよ、陶冶!なあ、知ってるか?あの闘技場ってさ、致命傷になる攻撃を受ければ防護装置が発動して守ってくれるんだけどよ。それに至らないダメージならあれは発動しないんだよ。なぶってやるよ!死なない程度にゆっくりなぶってボロボロにしてやるよ!覚えていろよ!!」
そう言うと、グレンは踵を返して去っていった。
ポールはハッサンを抱えてグレンについていく。他の二人の少女も逃げるように去っていった。
「陶冶君って思った以上に、気が強いのね。びっくりしたわ。本当はもっと早く出ていくつもりだったのよ。でも、あなたは、グレンが魔法を使うまでは自分1人で解決したわ。気が強いだけじゃなくて、芯が強いのよ。本当にすごいと思う」
エレナは穏やかな表情をしていた。それは、今まで学院の中では見せたことのない、彼女の素顔だった。
しかし、俊一は、エレナの称賛を素直に受け取ることはできなかった。
残っていたのは、敗北感だけだった。しかも、憧れの女の子に助けられたという事実は、より俊一を傷つけた。
「……強い?何もできない赤ん坊のようなもんじゃないか!今日だって、エレナさんが来てくれなければ、俺は殺されていたんだ!!」
「殺されるなんて……。私が来なかったとしても、そんなことにはならないはずよ。誰かが魔法を使えば、近くにいる魔導士ならば魔力を感知できるの。だから、学院の教師がすぐに駆け付けたはずよ」
「本当にそう思うかい?俺が死にそうでも誰も助けたりはしないよ。あいつは処罰されるかもしれない。だけど、俺は死んでおしまいさ。次の実技の授業、あいつは俺を引きずり出すって言ってた。多分そうなるよ。俺はリングの上であいつと戦って、さらし者になりながら、いたぶられるんだ。さぞかしいい見世物になるさ!」
「そんな……、さすがにそんなことにはならないわよ。魔法を使えないあなたをリングに上げる意味などないもの」
「……慰めはよしてくれよ。俺はあいつと戦うことになるんだ。くそ、なんで俺はこんな世界に来てしまったんだ!!」
俊一は駆け出した。エレナの元から一刻も早く離れたかった。彼女のそばにいるのがいたたまれなかったのだ。
エレナはそれを見つめていた。とても悲しい瞳で。
俊一は走り続けた。
――俺がトラックにひかれた時もこんなふうに走ってたな。中学校の生徒を敵に回して、その現実から逃げだしたんだ。あの時となんも変わってないな、俺
俊一は立ち止まった。
情けなくて、どうしようもなくて、涙が出てきた。
しかし、そうした感傷は、突然男に声をかけられて、かき消された。
「泣いているのか?男は簡単に泣くもんじゃないぞ。泣いていいのは、そうだなぁ、女に振られた時くらいだな」
俊一は驚いて、声が聞こえた方向に目を向ける。
俊一は木々に囲まれた道の中にいた。夜のなのであたりは暗くはっきりと見えない。
しかし、目を凝らしてみると、茂みの中に男がいた。その男は、ボロボロの服にひげもかみも伸びっぱなしで、正に浮浪者という言葉がぴったりだ。
俊一の感傷は、完全に吹き飛んでしまった。
「な、なんなんだ?あんたは?なんでそんな汚い格好の――」
「――汚いとは失礼な!いや、まあ、否定はできないのか……」
男はしばらく考えるしぐさをした。
「ところで、お前はなんでこんな所を泣きながら走ってたんだ?」
「あ、あんたには、関係ないだろ!だいたいなんであんたみたいな不審者がここにいるんだ?」
それを聞くと、クククと男は笑った。
「なんでいるか?いや、なんでいられるか自分で考えてみな」
「…………」
――そうだ、この学院は一種の城みたいなものだ。魔導士たちによる管理が厳重に施された場所。無関係な部外者が簡単に侵入できるところじゃない。それなら何者なんだ、この男は?
俊一は冷や汗が出てきた。
目の前にいるのは、力を持った、しかもまともじゃない男なのだ。
「おいおい、俺はまともだぞ。多分ここにいる誰よりもな」
男は俊一の思考を読んだようにそう言った。
驚いて男を見る俊一。
「お前が泣いていたのは、自分が情けなかったからだ。女の子に守ってもらったのは、余計つらかったな。だが、しょうがないじゃないか。勝手に人を呼び出しておいて、使えもしない魔法を使えと強要してるんだ。おかしいのはどっちだ?」
俊一はさらに驚愕した。自分の思考のみならず、行動まですべてこの男には筒抜けだったのだ。
「何なんだよ?あんたは一体何なんだ!?」
「お前の1番の理解者にして、助力者だよ」
男は言った。
「お前が望むのならば、俺がお前に魔法を教えてやるよ」
それはまるで悪魔の囁きのようだと、俊一は思った。




