エレナ・シュタイン
俊一が学院に来て半年が経過しようとしていた。
彼は、自分が魔法を使えないという事実を否定するため、必死に努力し続けた。
――どこかにヒントがないのだろうか?
しかし、授業も図書館も役に立たないのは相も変わらずで、教師もクラスメイトも当てにできなかった。
彼は、次第にまともに学院生活を送ることを諦めるようになっていった。
それと同時に、俊一は学院に対して不信感を抱き始めた。
――そもそもなぜ魔法を学ばなければならないのか?
根本的な疑問が俊一の頭を支配する。
しかし、それを教師に尋ねると、返ってくる答えは常に同じものであった。
「大いなる使命のためです。今はそれを果たすための準備期間なのですよ」
もちろん、その大いなる使命が、具体的に何なのか教えてくれることはなかった。
そして、不信感を持つと、様々なことが見えるようになってきた。
――学院の外はどうなっているんだ?俺がこの世界に来て、学院に連れてこられてから、その外に出たことは一度もない。それは、俺がこの世界では学院以外の場所を知らないからだと思っていた。だけど、他の生徒たちも、俺と同様に学院の外に出ている気配はない。つまり、俺たちは、学院から外に出ることが許されていないんだ。それは、学院という牢獄の中で、完全に管理されているのと一緒じゃないか。他の生徒たちは、なぜそれに気付かないんだ?
俊一は、魔法が使えない代わりに、その他の様々なことに気付くようになった。
しかし、それは俊一にとって、自分が異邦人であることをより意識せざるを得ないことにつながるのだ。彼の孤独感は増すばかりだった。
今日はその中でも特別に孤独を感じさせる授業だった
実戦の授業。
それは、自分が周囲と隔絶している事実をことさらに突きつけるものだ。
しかし、その時リングに上がっていたのは、クラスの中でも唯一、彼の目をくぎ付けにする少女だった。
エレナ・シュタイン。
彼女は、総合成績トップの秀才にして、転生前の世界では見たことのないような美少女だった。
少女という言い方は不適切かもしれない。彼女は妙に大人びていて、成人しているといっても驚かれはしないだろう。
エレナは、俊一にとって不思議な女性だった。
彼女はいつも1人だ。
それは、昔の俊一みたいに協調性がないからではない。
他人に話しかけられたら当たり障りのない返事はするし、人を見下すような態度を取っているわけでもない。
ただ、彼女は、常に無表情で、周囲の者たちが近づき難い雰囲気を醸し出しているのだった。
しかし、そうした雰囲気が彼女により神秘的なイメージを与えていた。
多くの男子たちは、その美貌と実力から彼女に憧れを持っていた。
女子たちは、嫉妬する者からお近づきになりたい者まで様々であったが、いずれにせよ意識せざるを得ない存在だった。
そして、俊一も彼女に憧憬の感情を持っていた。
俊一は考える。
――転生前の俺だったら、彼女に自信をもって話しかけていただろうか?きっとこの子は俺に興味があるはずだと勘違いをして、話しかけただろうな。その挙句、手厳しく突き放され、俺が彼女に不条理な怒りを向けるってオチまで想像できるよ
俊一はそれを考えると自然と苦笑いが出てくる。
ただ、それは俊一の成長をも意味していた。
彼はは苦しい時間を過ごすことで、物事を冷静に見れるようになっていたのだ。
エレナの相手となる少年がリングに上がる。
アーク・ロンドベルト。
座学まで含めた総合成績はエレナだが、実戦のみならば彼がナンバーワン、というのが周囲の評判だった。
アークは、その実力に加えて、長身で容姿端麗、おまけにリーダーシップを持っていた。
彼は、多くの人々を魅了し、一部の生徒からは崇拝されていた。
しかし、俊一は思う。
――アークは昔の俺と似たところを持っている。彼は、善人の仮面の裏で周囲を見下しているんだ
俊一は、性格の落ち着きのみならず、その洞察力も著しく向上していた。
リングの上では、エレナとアークが戦いの前の礼をしていた。
エレナは青い宝石が先端についたロッドを、アークは巨大な両手剣を持っていた。
これらの武器は2人の能力をそのまま象徴していた。
魔法使いには、主に2つのタイプがある。
1つは、遠距離から攻撃魔法を使うのを得意とする典型的な魔導士、メイジのタイプだ。
もう1つは、自分の体に魔力を漲らせることで身体能力を向上させ、武器を操って接近戦を仕掛ける魔法戦士タイプである。
魔法は千差万別で、その他にも様々なことができたが、学院の方針として、下級生の内はそのどちらかに特化させることとしていた。
エレナは、前者のタイプで、彼女は冷気を操る魔法を得意とするメイジだった。
それとは対照的に、アークは後者のタイプで、上級生でも彼より優れた魔法戦士はいない程の天才だった。
2人の戦いが始まる。
「フロストウェーブ」
エレナが魔法を唱えると、冷気の波が地を這ってアークの方に押し寄せた。
これに触れると体が凍り付いて勝負が決まってしまう。
しかし、アークは持っていた大剣を思いっきり地面に打ち付けると、冷気の波動を押しつぶした。
そのまま剣を上段に構えると一気に間合いを詰める。それはものすごい速さだったが、アークがエレナの所に到達する前に、彼女の周りに白い波紋ができた。
「クリスタルバリア」
この波紋を踏むと、足元が氷にからめとられ、動けなくなってしまうのだ。
それを見たアークはジャンプして、彼女に剣を振り下ろす。
「アイスランス」
エレナは、飛んだアークに対抗すべく、手の先端から尖った氷を伸ばす魔法を彼に向って唱えた。
しかし、それさえも切り落としたアークは、二の太刀でエレナの体に剣を切りつけた。
その瞬間、エレナの体に光の防護幕が張られ、戦いはストップする。
競技室のリング上では、相手を傷つけないように、致命的な攻撃が体に当たると、防護幕が張られる措置が施してある。
しかし、それが張られることは、すなわち敗北を意味していた。
「エレナ、いい戦いだったよ。君との戦いはいつもギリギリの緊張感があって楽しめる」
アークは、ニコリと笑ってエレナに話しかけた。
「いえ、こちらこそありがとうございました」
しかし、エレナは、そっけない礼を述べて、リングをゆっくりと降りて行った。
「いやー、やっぱりアークが強いかぁ」
周囲では今の戦いについての論評でざわめいていた。
しかし、俊一の目には、アークの方が強いとは映らなかった。
――エレナはあえて手を抜いた
アークはエレナの思うようにコントロールされ、ジャンプをしたのだ。
アークがジャンプした時に、下から上に放つ魔法ではなく、上から下に降り注ぐ魔法を唱えておけば、アークは防ぐことができなかっただろう。
そうすれば、エレナが勝利していたはずだ。
それがわからぬ彼女ではあるまい。だが、あえて負けを演出してみせたのだ。
――エレナは、恐らくクラスメイトたちの間では飛びぬけて強い。もっと強力な魔法もたくさん使えるのだろう。だけど、それを隠している。一体なんでだ?
自身では気づいていなかったが、それを見抜ける俊一も実は異常だった。
彼は、確かに魔法を使うことできない。
しかし、異常な戦術眼と洞察力を身に着つけつつあったのだ。




