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 一級の煌びやかな調度品に整えられたフロア。

 この日、ギルスール王国の若い子息令嬢たちの社交界デビューとされるパーティーが行われていた。


「ぐふふっ、これこそ誉れ高いアーニエル伯爵として正しい扱いだな。」


 ティアナを連れてこのパーティー1の注目を集めるアーニエル伯爵は鼻を高くし誇らしげに言う。


 これまでアーニエルの者はこういったパーティーの場でバカにされていた。

 その原因をマルコのせいだとアーニエル伯爵は考えていた。

 マルコはこれまで何度も、2人の兄たちに過剰とも言える予算を捻出出来ていることに不正の疑惑をかけられて王宮へ召喚されている。

 その都度困窮している懐事情を詳らかに説明したり、ドケチ過ぎる財テクを紹介したり。極めつけはマルコは大切に扱っていたとはいえ、一張羅しか持っておらず詰問の場もその後のお詫びのパーティーも同じ格好で出席するしかなかったことだ。

 おかげで多くの貴族からアーニエルはドケチで服も仕立てられないくらい貧乏とバカにされていたのだ。


「ご機嫌ね、お父様。」


「当然だ。あいつらの顔、ティアナも見ただろう?」


 それはこのフロアに入った時のことだ。

 最初はいつものようにアーニエル伯爵をバカにしようと待ち構えて

いた貴族たちだった。しかしティアナの豪華なドレスとそれに合わせて新たに仕立てた伯爵の豪華なスーツを見ると、多くの者は言葉を失くし口を半開きの間抜け面で放心し、中には堪えきれず悔しそうに歯噛みする者さえいたのだ。

 さんざんバカにさせ続けた相手の鼻を明かしただけあって、アーニエル伯爵は今でも頬が緩むほど胸の空く気分だった。


「うふふっ、確かにあれは笑っちゃったわ。どうしてマルコお兄様はこんな簡単なことに気がつかなかったのかしら?」


「全くだ。あいつは貴族にとって体面の重要性をまるで理解しとらん。」


 もしマルコがこの場にいたのなら、それは体面を整えているのではなく虚勢を張っているだけと非難していただろう。

 しかしそれはもしもの話、残念ながらこの場に口喧しく言ってくれる者はいないのでアーニエル伯爵はただただ気分が良くなっていた。


「うふふっ。そんなことよりお父様、今日の主役はティアナなのだからちゃんとエスコートしてくれないと嫌よ。」


「おお、すまんすまん。」


 他にも多くの子息令嬢がいる中、まるで自分だけが主役だと言わんばかりの言いぐさであった。

 しかし親の贔屓目を無しに、事実集まった令嬢の中で最も美しく輝いているので仕方がない。

 その誇らしさがアーニエル伯爵の気分をさらに良いものにする。


「これはアーニエル公ではありませんか。」


 そんなアーニエル伯爵に2人の貴族が話しかけてきた。


「おお、これはこれはマール公にキナリス公。いやはや、ちょうどお二人に挨拶をと思っていたところですよ。」


 マール伯爵とキナリス伯爵。2人は代々アーニエルと親交深い領主であり、今でも多くの援助を貰っている特別な存在だ。

 アーニエル伯爵は両手を広げて笑顔で2人を迎え入れる。



「そういえばアーニエル公。本日はずいぶんと…明るい服装をしておりますな。」


「少し派手ではありませんか? ワシにはとても着こなす自信がありませんぞ。」


「このくらい何をおっしゃいますか。まだまだ若い者には負けとれませんぞ、ガッハッハッ!!」


 挨拶もそこそこに2人から切り出されたその言葉をアーニエル伯爵は豪快に笑い飛ばす。


「はははっ、お若いですな。」


 過度に贅沢な服装を暗に嗜める言葉であったが気付く素振りもないアーニエル伯爵に、2人は乾いた笑いを浮かべる。

 注意や忠告は聞く耳を持つ相手だから意味があるのだ。


「お父様?」


「おお、すまないティアナ。こちらはマール伯爵とキナリス伯爵だ。代々仲良くしているからな、ティアナも何かあれば頼りなさい。」


「はじめまして。アーニエル公が娘、ティアナと言います。

 マール伯爵領は宝飾品が有名だとか、新作のサファイアの首飾りすごい素敵でした。私も欲しいなぁ。」


 ティアナはおねだりするようにマール伯爵に迫る。


 失礼きわまりない行為だがティアナもアーニエル伯爵も気にも止めない。

 なぜなら2人とも可愛いティアナは誰からも愛されて当然と信じて疑わないからだ。


「ははっ、これは可愛らしいお嬢さんだ。」

「うむ、あのように優秀なご子息だけでなくこれほど可愛らしいご令嬢がいたとは驚きましたぞ。」


 パーティーの空気を壊さぬようにマール伯爵はさらりと流し、すかさずキナリス伯爵が話題をそらす。


「いやいや、アランもロレンソも、もちろんティアナも、鳶が鷹を生んだと言いますか、私には出来すぎた子達ですよ、ガッハッハッ!!」


 口では謙遜しているがその下品なにやけ面はとてもでないが本心を隠せてはいない。


 不快感からすぐにでもこの場を離れたいマール伯爵たちであったが、そんな内心はおくびも出さずアランたちの近況を話題に談笑した。



「そういえばマルコ君は元気にしていますかな?」


 一通り近況報告という体の息子自慢に耐えたマール伯爵が訪ねる。

 会場でアーニエル伯爵を見つけた瞬間から気になっていたことだ。マルコが健在であればアーニエル伯爵たちにこんな馬鹿げた格好はさせていない。


「ああ、あれならローグの地を任せることにしましたぞ。」


「……えっ?」


 アーニエル伯爵がマルコを疎ましく思っていることも、マルコがアーニエル伯爵領で立場が無いことも周知の事実でだった。しかしマール伯爵から見ればアーニエル伯爵領がなんとかなっているのはマルコのおかげであり、それを自ら追い出したということに言葉を失う。


「まったく、あんなできの悪い息子にも役割を与えてやらねばならないとは… 親の苦労というものを少しは理解して欲しいものですぞ。」


「ふぉっふぉふぉっまったくじゃ。」


 そんなマール伯爵の様子に気がつかないアーニエル伯爵の言葉に、その様子に気づかせないようキナリス伯爵が相槌を打つ。


「お父様、私退屈ですわ。」


「おお、すまんすまん。」


 おねだりがうまくいかなかったからか、マルコを気にかける態度になにかを察したのか。ともかくマール伯爵はケチだと判断したティアナが、もう用はないと言わんばかりの声をあげた。


「それでは失礼しますぞ。」


「ええ、それでは…」


 マール伯爵たちは笑顔でアーニエル伯爵たちを見送る。

 そして十分に離れ声が届かなくなった頃か。


「…いや、助かりましたよ。」


「ふぉっふぉふぉ、馬鹿とは妙手にしろ悪手にしろ、常人も賢者も思い付いても実行に移せないことを平然とやってのけるものですぞ。」


「ははっ、理解していたつもりでしたが… 恥ずかしながら本当につもり、だったようです。」


 アーニエル伯爵を相手にしていた先程までの内心を隠す笑顔と違い、マール伯爵は真面目な顔でキナリス伯爵に話す。


「ふぉっふぉふぉっ。なぁに、助け合いというやつじゃ。恩義を感じてくださったのならいずれうちのどら息子に指導してやってくだされ。

 …それより、どうやら関係を見直す時が来たようじゃな。」


「…ええ。」


 2人が話すのはもちろんアーニエル伯爵との付き合いだ。

 アーニエル伯爵領が伯爵領なのは何もローグの地という見かけの広さが理由ではない。

 爵位によって権限の大きさは決まり、子爵で持てる騎士団の規模ではローグの地から流れてくる野良モンスターの対処が厳しいという理由から伯爵位を与えられていたのだ。なのでアーニエル伯爵は鍛え上げた騎士団を持っていた。

 そのため古くからマール伯爵の資金力、キナリス伯爵の食料生産力、アーニエル伯爵の軍事力とお互いの強みを出しあって助け合っていたのだ。


 しかしアーニエル伯爵領には大きな問題があったのも事実である。

 それは税収を見込める領土は一般的な子爵領より少し大きいだけで、とくに金を生む産業もなかったことだ。

 そのため王家への献上品(上納金)は特別に子爵相当で許されていた。


 だが当然他の貴族からすれば気持ちのいいものではない。

 なので歴代の領主たちはその辺りを踏まえた振る舞いをしていたし、アランやロレンソが目立つようになってからはマルコが道化を演じてガス抜きをしていた。


「マルコ君がいなくなったとなれば我々の援助は増える一方、彼らが作る敵も増える一方…」


「付き合う価値は無し、じゃな。」


 軋轢を生まないように、そして余計な火の粉を浴びないように、早く静かにフェードアウトするだけ。


 何も知らない子息たちや腹の中を隠した令嬢たちに煽てられてご満悦なアーニエル伯爵たちを眺めつつ、マール伯爵たちはそんな心積もりを固めるのだった。

 

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