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今年1年ありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
…はぁ……
夜の帳の降りた暗い窓の外を見て、ミャアは小さくため息をついた。
最近、マルコは夜の勉強会に参加しない。
窓の向こう、開発中の街の一角には明かりが灯り、こんな時間にも関わらず工事が進められている。マルコはそちらで働いているのだ。
…はぁ……
またため息がこぼれる。
もちろんミャアも手伝いを願い出た。しかしマルコに断られてしまった。最近情けないところを見せて困らせてしまったミャアはそれ以上なにも言えなかったのだ。
…はぁ……
「…ャア、ミャア。」
「…はっ!はいっ!!」
ぼぉっとしていたせいだろう、いつの間にか目の前にいたコタロにミャアは気が付かなかった。
「…最近勉強に身が入っていませんね。今日はこれで終わりにしましょう。」
「…えっ!?」
それは困る。ミャアはマルコに勉強会に参加するよう言われているのだ。
もちろんそれは、マルコは強制のつもりで言ったわけではない。だがミャアからすればマルコに言われたことは強制と変わらない。
真面目に勉強会に参加しなくて追い出されたなんてマルコ様に知られたら嫌われてしまう!!
「だっ大丈夫ですっ!ミャア頑張りますっ!頑張れますっ!!」
やる気のあることをアピールしようとミャアは小さくガッツポーズをしてみせた。
「…いえ、今日の勉強会はおしまいです。」
「そんなっ……」
コタロの言葉に愕然とする。しかし集中を欠いていた自分が悪いのだ。
「その代わり今日は自分を見つめ直す時間にしましょう。」
落ち込むミャアにコタロはそう言葉を続けた。
「自分を見つめ直す……??」
「はい。ミャアは何故勉強会に参加しているのですか?」
「それは…」
マルコに言われたからだ。
「どうしてマルコ様のお役に立ちたいのですか?」
ミャアの心を見透かしたようにコタロは質問を続けた。
役に立たないといけないからだ。
しかしミャアは答えることができない。なぜなら他ならぬマルコ自身がそんな答え期待していないからだ。
「ちなみに私は獣人族の未来のためにマルコ様にお仕えしております。マルコ様はその未来のためにともに歩める御方であると信じているからこそお仕えしているのであって、マルコ様自身のためにお仕えしているわけではありません。」
「…えっ!?」
マルコ様のためではない!? そんな自分勝手が許されて良いのか??
「ちなみにアナハイムさんは?」
「うち? …う〜ん…… なんだかんだ言うて結局のところは単に働かな食ってけんからかなぁ? あっ、もちろんマルコは友達やし出来る限り協力したいとは思うとるよ。」
アナにとってマルコの元で働いているのは、説明不足やあがり症といった事情を理解してくれていることが大きい。
「…」
「リオは?」
コタロは今度はリオにふる。
「私? 私もコタロさんに近いかな? でもコタロさんほど獣人族全体なんてスケールの大きな事は考えられないから、私が頑張るのはここにいるみんなのため。まぁ、そうはいってもあんまり役にも立ててないからもっと勉強しなきゃだし…
あっ、もちろんマルコのことをどうでもいいとか思ってるわけじゃないわよ! マルコはその…みんなのことを大切に思ってくれている、その…大切な、仲間、なわけだし…」
リオは少し照れくさそうに答えた。
「っ〜〜〜〜……!! おにいっ!おにいはどうなのっ!?」
ずいぶんと含みのある『仲間』という言葉にニヤニヤしていたタイガにリオがふる。
「俺? 俺っすか??
…俺はいつかここを出て世界を巡りたいと思ってるっすよ。」
「…えっ??」
マルコ様から離れていく??
「…ミャアちゃんは『もっとも大切な隣人』って知ってるっすか?」
「いえ…」
タイガは真面目な顔をして話す。
「…その昔、まだ獣人族がエルフやドワーフにも奴隷にされていた時代の話っす。あるエルフの国とドワーフの国はバルドルに攻められて危機に陥っていたっす。互いに同盟は結んでいたけど互いにピンチなんで援軍も期待できないっす。そんな時、ドワーフには犬人族が、エルフには猿人族が助けに来たっす。」
無論そこにはバルドルよりドワーフやエルフの支配のほうがマシという理由もあっただろう。
「その救援によって両国は助かり、犬人族猿人族を『もっとも大切な隣人』と呼び、獣人族を『隣人』として獣人族の奴隷制をやめようという働きが起こったっす。」
「そう、だったんですね…」
「俺はここを出て世界を巡り人々を助けて、人間種にとっての『もっとも大切な隣人』になりたいっす!!」
タイガは牙を見せてにかっと笑った。
…すごいなぁ……
「…まぁ、俺バカっすから今はまだ勉強頑張んなきゃいけないっすけど……
なんで、マルコさんには勉強会開いてもらってることも、みんなを助けてもらったこともすっげぇ感謝してるっす!だから将来ここを離れる事になってもなんか恩返ししなきゃなとは思ってるっす!!…バカなんでどうしたらいいかわかんないっすけど…」
「…格好いいこと言ったかと思ったのに… お前は本当しまんねぇな……」
最後に余計なことを付け足したタイガに、パイソンが呆れたように言う。
「…むぅ、そういうパイソンはどうなんすか?」
「俺? 俺は… まぁ金のためだな。」
「お金、ですか??」
タイガとの落差というか… ストレートな私欲にミャアは少し困惑する。
「そう!金だよ金!! 勉強して賢くなりゃいい仕事につける!いい仕事につけりゃ儲かる!!
…まぁ、俺もマルコ、さんには感謝してるよ。こんな俺にチャンスをくれたんだからな… だからなんか…いつかちゃんと恩返しがしてぇ…恩義に報いないのはダセェからな。」
目線をそらし、ポリポリ顎をかきつつ、パイソンは答えた。
「…大人になったね。」
そんなパイソンの頭をコウが撫でる。
「だぁ~!姉さん!!子供扱いすんなし!!
そういう姉さんはって… 姉さんはマルコ、さんが好きだからか。」
頭を撫でるコウの腕を払ってのカウンター。
コウは耳まで真っ赤に染めつつもミャアの方を一度ちらりと覗いた後、こくんと頷いた。
好きだから? それならミャアも……
「でも今はダメ。足引っ張っちゃう。…隣に立てるようにならないと。」
コウは小さくガッツポーズをして見せる。
…全然違う……
一度は近いかと思いかけたコウの想いは、その覚悟がミャアとは一番遠かった。
「…わかりましたか、ミャア? 皆マルコ様を蔑ろにしているわけではありませんが、其々の想いを持ってここにおり、マルコ様に協力しております。
あなたはどうなのですか? ミャア。」
…ミャアは……
「少しじっくり、自分を見つめ直してみましょう。」
「…はい。」
ミャアは小さく返事をしたのだった。
帰り道
「…なあ、さすがに少し厳しすぎひんかったか? …ミャアちゃんはまだ子供なわけやし、時間が解決してくれるかもやろ……?」
コタロはアナにそう言われた。
「…そうかもしれませんが…… 時間が解決してくれないと困るのです。」
コタロはそっと目を閉じる。
思い出すのは心の中に大切にしまい込んだ後悔の記憶だ。
コタロは九尾商会でバルドル内を担当していた。
隠れ里から隠れ里へ、見つからないように道なき道を行く。
そんなある日、山林に隠した九尾商会の中継地点が盗賊団に占拠されていた。なのでコタロたちはその盗賊団を壊滅させた。その時、コタロは盗賊団に奴隷にされていた1人の獣人族の女性を救った。
しかし、彼女は壊れていた。
獣人族の奴隷の中にはその酷い扱いに耐えかねて、バルドルの教えを、『人間種に尽くして死ねば人間種に転生出来る』というものを本気で信じて死を救済にしてしまう者がいる。彼女もそんな1人だった。
時間が解決してくれるとコタロも思った。いや…
傷つけるのが怖かった。嫌われるのが怖かった。
だからそっとする選択を選んだ。
結果、彼女は壊れたまま自死を選んだ。
「ミャアはまだ子供です。でもきっと…変われる。」
またあんな後悔をするくらいなら自分は嫌われたっていい。
「…そうか、…そうやな……」
決意の籠もったコタロの言葉にアナは静かに頷いた。
「それなら次の勉強会では市政の活動に必要な様々な職業でもやろうかな。」
「いいですね。それでは私は外交や公益についてまとめておきましょう。」
次の勉強会の打ち合わせをしつつ、2人は家へと向かうのだった。
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