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祭りの夜。
案の定、眠りから覚めたミャアはマルコにわびをいれるとその後は祭りを楽しげに振る舞ってみせた。
いや、ミャアだけではない。
モンスターズナイトという大災害を死者なく乗り切った。そんな大戦果にも関わらず、賑わう宴は目に見えないところでどこか少し陰を落としている。
無理もない。
バルドルの司祭団に目をつけられたのだ。深い憎しみの対象であり、暗い暗い恐怖の対象でもある。
賑やかな宴に水を差すには十分すぎる理由だ。
そんな宴の席をマルコは1人、大人たちに声をかけつつ回っていた。
「おっ、マルコ殿ではないか! ささっ一献一献。」
「ありがとう、ヒューマ。」
手招きするヒューマの酌をマルコはありがたく受ける。
「ぐびっぐびっ…ぷはっ、」
「おっ、良い飲みっぷりだな。さあもう一献。」
「ありがとうヒューマ、でもやめておくよ。酔いつぶれる前に皆に相談したいことがあるんだ。猫人族の大人たちを集めてくれないか?」
「…わかった。」
マルコの言葉にヒューマは神妙な面持ちで頷いた。
猫人族、蛇人族、牛人族、エルフ、ドワーフ、マルコの声掛けに大人たちが皆集まる。
「…で、相談したいこととは?」
わざわざ子供を分けたのだ、緊張した空気の中ヒューマが代表して口を開いた。
「ああ、実は子供たちのために公園を作りたいんだ。」
「「へあっ???」」
皆、バルドルとの戦争の話だと思っていた。なのでマルコの口から放たれたその平和な相談に毒気の抜かれた声をこぼす。
「いや、俺だってわかってるんだ。公園は今急いで作らなければならないものじゃない。今はバルドルへの対策として河沿いの監視塔だったり、街を囲う防壁だったりを急いで作らないといけない。だから皆に負担をかけてしまう。それに予算だって多くは割けないから皆に知恵やアイデアを借りないといけない。…でも……」
自分のわがままだとわかっている。
「…ミャアのため、か。」
続くヒューマの言葉に、マルコは静かに頷いた。
「ああ…皆も知っていると思うが、ミャアは元奴隷だ。自由を知らない。いつも手伝ってくれることは嬉しいのだけれど、役に立たなければならないという強迫観念に縛られています。
だから自分がダンジョン攻略へ行く前に、一人にしてしまう前に、子どもたちと楽しく遊べる場所を用意したいんです。」
そこで友達を作ってほしい。仲良く遊び、たのしいを実感してほしい。そうして今を大切にして、未来に目をむけてほしい。
他人任せに思うかもしれない。でも今のミャアにマルコがあれこれ手をかけるのはかえって逆効果だ。
だから少しでも良い環境を用意して、信じて祈る。それが今のマルコに出来る精一杯のことだった。
沈黙があたりを包む。頼み、頭を下げたマルコからは皆の顔を伺う事はできない。
「…いいんじゃないかしら?」
沈黙を破るその言葉にマルコは顔を上げた。見れば猫人族の母親が意見を述べているようだ。
「あんな事もあったわけだし、やっぱり子どもたちだけで森で遊ばせるのは怖かったから、町中で安全に遊べる公園があるのはすごく嬉しいわ。」
「そうねぇ、海もサメや野良モンスターが出ると思うと子どもたちだけは怖いわねぇ。」
「んだな、こっぢも工事ばやっどるとこ多いし畑に悪さされても困るからな。」
猫人族の母親の言葉に、蛇人族、牛人族も続く。
「それにこれからも忙しい日が続きそうですし、いつも一緒にいてあげるなんて事は出来そうにありませんから。」
「ああ、あの子らには奴隷港で寂しい思いは十分すぎるほどさせてしまったんだ。危ないからとこれ以上家に閉じ込めておくことなどできようか。」
更にエルフ、ドワーフと意見が続き、その言葉に大人たちは皆頷いた。
「皆…」
「よしっ!子どもたちのために我らで最高の公園を作ってやろうではないかっ!!」
「「おーーっ!!!」」
ヒューマの掛け声に皆やる気に満ちた歓声を上げる。
「さて、マルコ殿。それで公園はどのあたりに作るおつもりですかな?」
「ああ、このあたりに…」
マルコは地図を広げて皆に見せる。
一応、かなりの用地の広さは確保してあり、距離的にも
「あのぉ… 蛇人族としては泳げる池を作ってほしいのですが……」
おずおずとした様子で蛇人族が手を上げた。
あ〜…そっか、その問題があったか……
しかし泳げるような清潔な水となると……
「ええで~。」
少し考え込むマルコに代わり後ろから返事をするものが現れた。
「ってアナっ!?」
「まいどぉ、アナちゃんやで~。ってかマルコもいけずやわぁ。こんな楽しそうな話し合い、うちも誘ってぇや。」
「別にハブったつもりもないが…」
どうしても仕事の後に残業を強いるわけだ。子どもたちのためという側面が強いので、マルコは保護者たちを中心に声をかけていた。
「…こほんっ。それよりアナトリア殿、どういったことか説明してもらってもよろしいですかな?」
ヒューマの猛獣の眼が鋭く光る。
たしかに蛇人族のために了承してくれたことは素直に嬉しい。だが、女性とはいえアナも人間種である。そのためご機嫌取りのためのバラまき、つまるところ無駄遣いではないかとヒューマは警戒していた。
「池のことやな。防災的に価値が大きいからやね。」
「? 防災、ですか??」
子どもたちのため、から突然飛んだ話にヒューマは一瞬キョトンとした。
「そや、防災。
例えば火災が起きた時に備えて、都市内に十分な水場は必要やん?」
「ええ、まぁ…」
「それなら、ため池で十分やないかと思うかもしれんけど、ため池なんてほっといたら異臭もするし虫も湧く。そんなん都市内にあったら衛生的に最悪やん。
でも子どもたちが遊ぶための池なら自然と手入れするからなぁ。」
「なるほど…」
予想外の角度からの明確な根拠に、ヒューマはただ頷く。
「それに広い公園は災害時の避難場所としても使えるやん。そこに飲水として即使える水が大量にあるんやったら完璧やん。」
たしかに泳げるように浄化した清潔な水を流し込むのだ。その流し込んでいる部分から水を引けばそのまま飲水として使える。
「あとは非常時だけやのぉて、公園の周りなんて絶対繁盛するやん? なら人の集まる公園に水くみ場を併設するんは絶対や。そうなれば浄水場はどのみち必要なんよ。」
「アナトリア殿… 疑ってすまなかった。」
ヒューマはがばっと頭を下げた。
「ええてええて、頭上げてぇや。うちかて言葉足らずなとこあったんやし… むしろこれからもわからんことはなんでも聞いてほしいんよ。」
「アナトリア殿… ああ、頼りにさせてもらう。」
こうしてアナとヒューマは固い握手を交わし、公園計画は進んでいくのだった。
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