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アーニエル領にて


「ベンジャミンっっ!!!」


 財務室にアランの怒声が響く。


 ベンジャミンが行った、農場や商店を対象にした追加の徴税は大失敗でだった。いや、あの頃はこれ以上酷くなることはないと思っていたが、より酷くなった大失敗を超えた最悪の一手といえる。


 ある者は税が払えず、またある者は徴税を逃れるためアーニエルを捨て、結果多くの農場や商店を手に入れた。

 ここまでは計画通りである。ベンジャミンはこれらを別の者に売ることで借金の返済に充てようとしていた。

 しかし、買い手が一切見つからなかった。


 結果、多くの者たちが仕事を失った。そして食うに困った者たちが犯罪へと追い込まれている。

 今や街は失業者で溢れかえり、暴動と犯罪がひしめく地獄絵図に変わっている。


「ベンジャミンはどこにいるっ!!」


 財務官たちが委縮する中、アランはあたりを見回す。

 しかしそこに、当のベンジャミンの姿はない。


「あ、あの…アラン様…。ベンジャミン様は、その…買い手を探しに現在王都に滞在中です。」


 財務官の1人がびくびくしながら答えた。


 …ちっ、逃げられたか……


 たしかにアーニエルにいては買い手など絶対に見つかりはしないだろう。だが王都に行ったからと言って見つかるとは思えない。

 おそらく領民から恨みを買いすぎた為に脱走しつつ、この事態が領主である父の耳に入らないよう、情報をシャットアウトしに行ったと考えるのが妥当だ。


 いたずらに領内を乱した罪でベンジャミンを吊るせば、暴動は一旦は落ち着きを見せるだろう。

 ベンジャミンを捕らえに王都へ向かうべきだろうか…? いや……

 暴動と犯罪が激しさを増す中、騎士団を束ねる立場であるアランが領内から離れるわけにはいかない。それにベンジャミンを吊るしても根本の解決とはならず、一時しのぎでしかない。


「…わかった。邪魔をしたな。」


 ともかく一度騎士たちの元へ戻ろうとアランは踵を返す。


「あのっ!お待ち下さいアラン様っ!!」


 そんなアランの背中に財務官たちの必死の声が届く。


「なんだ…?」


「その……我々は、いったいどうすれば………?」


 うぐっ……


 普段のアランなら、そんなことは自分で考えろと突き放していただろう。しかし、皆から向けられる縋るような祈るような目に、そんな言葉はとても口から出てこない。


 だが…どうしたらいい……


 アランは武官であり、内政はさっぱりだ。将来、領主になると信じてはいたが内政に関しては部下に任せればいいと考えていた。

 たしかにそれは間違いではない。できないことはあれこれ口を挟まず、信頼できる部下に任せてしまったほうがいい。

 だがそれでも非常事態には領主が音頭を取らねばならず、今がその非常事態だ。


『……さん、アラン兄さん…』


 アランの耳にマルコの声が聞こえた気がした。


 マルコだけがこの事態を予見していた。マルコを追放したことは間違いだった。


 くっ…だが今は後悔するときでも反省するときでもない。


 どうする?どうしたらいい?


 内政に関心のないアランにその話をしてくれたのはマルコくらいだ。そのためアランはもうアーニエルにはいないマルコがなにを言っていたのかを思い返し、想像し、繋ぎ合わせるしかない。


『一度にすべてを解決するのは不可能です。まず真っ先に解決せねばならない問題があるでしょう?』


 真っ先に解決せねばならない問題…借金の返済か?


『はぁ……なにを言っているんですか?そんなもの今のアーニエルではどう足掻いたって完済出来っこないでしょう。借金に関して出来ることは、必死に頭を下げて返済を待ってもらうことだけです。』


 自身にも否があることを自覚しているせいだろうか? 妄想の中のマルコは冷たくなじるように言う。


 ではなにをしなければならないと言うのだ。


『わからないのですか? 食糧の確保ですよ。店も農場も機能しておらず、領民は食糧を手にする手段がない。金のないアラン兄さんも配給を行う余裕がない。このままでは多くの者たちが餓死しますよ。』


 っ!


 そうだ。今は暴動の対処に追われて気が付かなかったが、言われてみれば裏路地に座り込む衰弱した者がちらほら出始めている。


 だが…どうすればいい?


『小作人たちに土地を開放するのですよ。すぐに使える接収した農場の土地が余っているでしょう?』


 しかしそれは借金の返済に……


『まさか売れる見込みがあるとでも?』


 ぐっ……


『小作人に土地を開放し、土地代として収穫物の一部を回収。そして回収したものを配給へ回す。これが生き残る為にまずやるべきことです。』


 …そう、だな……


 布告の準備に土地分割の取り決め、アランは役人たちを集めて指示を出す。


「しかしながらアラン様。小作人たちには金がなく、種も苗も買うことができません。」


 途中、役人の1人が意見を言った。


「そう、だな… わかった。後で俺のコレクションの剣を何本か預ける。質で金を借り、種や苗を買ってきてくれ。」


 剣は騎士の誇りであり忠義の象徴、いずれは武功を上げた部下たちに下賜するため買い集めて磨き上げたものである。

 アランには苦渋の決断だった。


 すまない、だが後で必ず買い戻す。


 アランは剣たちを思い、心の中で謝罪した。


「お、恐れながらアラン様。質に預けたとて現状買い戻せる見込みは全くありません。担保に金を借りるより売ってしまう方が得策かと。」


 たしかにそれはそのとおりだ。返せる見込みがない以上、担保として少額借りるよりはじめから売って大金を得たほうがずっと良い。

 しかしそれはアラン誇りを傷付けることでもある。


 もちろんそんなことは今、アランの眼前で気丈にも脚を震わせつつ意見した役人だってわかることだ。

 眼前に立つ役人、いや、彼1人に限った話ではないが、未だにアーニエルに残ってくれている役人たちは家族がいるからアーニエルから逃げられなかった者たちだ。だからこそ家族のために今のアーニエルをなんとかしなければと思っている者たちでもある。


 くっ…だかしかし、剣は……


『おや? このような事態を招いてまで買い集めた剣に、誇り、があるとでも??』


 っ!!


「…わかった、売り払ってくれ。だが領民の命に関わるものだ、少しでも高く頼む……」


 なんとか、絞り出すように、アランは言うのだった。

ブクマ、いいね、ありがとうございます。


当初はこんなつもりはなかったのに…弟になじられる妄想をして成長するお兄ちゃん!爆誕!!

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