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 コタロからもたらされた、バルドルからの追跡者の情報。


「コタロ、クウガ、シィロン。皆にすぐ村の中心へ戻るよう伝えてくれ! そして河川へは決して近づかないように!!」


「かしこまりました。」

「任された。」

「は〜い。」


 マルコは急ぎ指示をする。

 幸い、クウガやシィロンは眷属相手に念話を送れる。契約者であるマルコとの念話と違い、双方向の会話ではなく聖獣からの一方的、念話の届く範囲にも制限はあるがローグの領土内であれば問題はない。

 眷属でない牛人族たちも狩りや漁に森や河川へ行っているわけではなく、畑へ収穫へ行っている。数名キノコや山菜を取りに森へ入っているかもしれないが、あまり遠くへ行ってはいないのでコタロに任せれば大丈夫だろう。


 マルコは続いて、鷹の目の地図を確認する。


「いたっ!」


 鷹の目の地図上バルドルとの国境である河川の対岸、人間を示すいくつかの点があった。

 マルコはそこを拡大して詳細を見る。


 幾人もの兵士が渡河のためのいかだ船を用意し、女性3人男性1人の計4人の神官たちがそれを眺めているのが見えた。


 よしっ!これなら間に合う。


「クウガ、シィロン、行くぞ。」


「よしっ、乗れ!」


 念話を終えたクウガに跨り、マルコは司祭団が着岸するであろう地点を目指す。


 気になる点はある。

 バルドルの司祭団は女性が多く、しかも最も位の高そうな者は少女といってもいい。

 男尊女卑で女性の権利がほとんど認められていないバルドルであることを考えると、かなり異質な集団だ。


 どういうことだ? …いや……


 考えている時間も無ければ、答えを導くのに足る情報もない。

 ともかくマルコは接敵地点へと急ぐのだった。




 河川の対岸、バルドル領にて。


「…本当に行くんですかい?」


 いかだ船の準備が終わりいざ乗り込むという時、イッシュは何度目かになるかの質問をエリスに問いかけた。


「ええ、なにか問題でも?」


「そりゃあ…いや、なんでもないです。」


 危険があることは何度も伝えた。しかし狂信者、もとい、信仰心の厚いエリスの答えは変わらない。


 イッシュは諦めてエリスたちといかだへ乗り、川を渡る。


 周辺の捜査の結果、奴隷たちの逃亡先はほぼほぼローグの地以外ないだろうということがわかった。そしてアーニエルで活動する宣教師たちから、アーニエルに奴隷たちが流れ込んだといった情報は来ていない。

 なら奴隷たちはローグの地にいる。と決めれるかといえばそうではない。

 ローグの地には未発見のダンジョンの報告が古くからある。そのため奴隷たちが野良モンスター、あるいはモンスターズナイトにより全滅している可能性だって十分に考えられるのだ。そうなれば広大なローグの地で、既にいない者たちの捜査に時間を取られ、自分たちもモンスターの被害に合う。なんてこともあり得る話だ。


 だというのに、自ら乗り込むだなんて……


 はぁ……


 ローグへと渡るいかだ船の上、イッシュは内心ため息を吐く。

 この場合、イッシュとしては偵察として数名の兵士を何回か送ることが正解行動だ。

 戻って来なければ兵士たちは野良モンスターにやられたことにして、奴隷たちもモンスターズナイトで全滅したことにすれば良い。もし戻ってこれたとしても、不都合な情報はこちらでもみ消してしまえば良い。


 別にこれはイッシュが出世を諦めた、ことなかれ主義だからということだけが理由ではない。


 ギルスール王国が獣人族との融和政策へと方針を転換したことはバルドルの人間のほとんどが挑発と捉えている。中にはギルスール侵攻を声高に叫ぶ過激派もいる。そういった者たちはローグの地を橋頭堡にと考えている。

 だが、バルドルは現在ドワーフやエルフの国と戦争中。過去にはギルスールや他の人間種の国と戦争をしたこともあるが、それは豊作が続いて国力に余裕のあった時やドワーフやエルフの国と戦闘がなく実質的休戦状態であった時の話。

 軍人であるイッシュとしては今3方面作戦をするのは愚の骨頂でしかない。


 しかしイッシュの正解行動が明るみになれば、バルドル国内の世論は臆病風に吹かれて犠牲を蔑ろにしたと非難するだろう。

 とはいえ、上の人間の多くはイッシュの考える正解行動を良しとしてくれていたはずだ。…いや、良しとはしないな。イッシュが勝手にそう処理をすることを望むといったほうがいい。

 なんせ、やっていることだけなら国境侵犯での軍事活動だからな。当然ギルスールを刺激する。そして上層部でも過激派以外は今3方面作戦が得策でないことは理解している。なので表沙汰にならないように下が勝手に処理することを望む者がほとんどだ。


 …なんだけどなぁ……


 エリスは自ら調査に行くといって聞かない。


 …まじでギルスール侵攻の為にローグの地を橋頭堡に、とか考えてねぇよな……??


 捜査に出したのが一兵卒で戻って来なかったとしても適当に処理できるが、行方がわからないのが大司祭のエリスとなれば話は別。大司祭の捜索にはそれなりの部隊を送ることになるし、そのままダンジョン攻略して実効支配。当然ギルスールは反発してくるので、流れで開戦…


 …ははっ……あり得る………


 笑えない話に乾いた笑いしか出ないが、エリスが狂信者である以上彼女をここへ送り込んだ親も狂信者なのだろう。


 ど〜したもんかねぇ…… ん?


 ふと目をやった対岸に青年と…大型獣?モンスター?たちがいた。


 人間? モンスター?といるが…テイマーか? いや、そもそもどうしてこんなところに…?


 疑問に感じたのもつかの間、第六感がイッシュにチリリと危険を知らせる。


「っ!?」

「とまれ!!」


 イッシュが反応するより先に、言葉とともにはっきりとした敵意がこちらに向けられた。

 その圧に気圧されて漕ぎ手の兵士は必死にいかだ船を止める。


「この先はギルスールの領土である。即刻立ち去れ。」


 目につくのは白髪混じりの髪にうっすら残る色素が沈着してとれなくなったクマの跡。にも関わらずその体躯は至って健康体といったなんとも不思議な青年はきっぱりこちらにそう告げる。


 国境警備兵? いや、だとすればなぜ鎧も着ていない?

 青年の服装は安物ながら仕立てはちゃんとしているし、手入れも行き届いている。そのせいで市民とも貴族とも判別がつかず、余計にイッシュを混乱させた。


 いったい、何者なんだ……?


 ある者はイッシュと同様に混乱し、またある者は青年の脇に控える2匹のモンスターから放たれる敵意に萎縮し、イッシュたちが硬直する中、エリス1人がまるでなにも感じていないように一歩前へ出た。


「私達は港より逃亡した救済を待つ者たちを捜索に来ました。通しなさい。」


 男性ではあるがバルドル教徒ではなく、属国の一兵卒でしかないとエリスは考えているのだろう。

 高圧的に一方的に要求を告げる。


「そのような者たちは来ていない。」


「それを調べに来たのです。通しなさい。」


「バルドルの人間は通せない。帰れ。」


 押し問答が続く。

 バルドルがギルスールを危険視しているように獣人族へ融和政策を取ったギルスールもバルドルを警戒しているのでそのためか、それとも奴隷たちを匿っているのを隠すためか… ともかくこのままでは永遠に平行線が続くだろう。


 青年の脇に控えるドラゴンとヒョウは正体はわからないが強大な力を持つモンスター。対してこちらは数名の兵士しか連れてきていない。


「あ〜、エリスさま……」

「…脇に控えているのは聖贄ですね?」

「っ!?」


 一度引いての仕切り直しを提案しようとしたイッシュだが、それを遮るように言ったエリスの言葉に驚愕する。


 聖贄とはバルドルにおける聖獣の呼び名だ。

 他国の宗教では神の御使いとされる聖獣だが、バルドルでは勇者バルドルが聖獣を食べて力を得たという逸話から聖贄と呼び、見つけ次第バルドルへの供物として使われる。

 そのためとうの昔に聖バルドル教国内の聖獣は残っておらず、イッシュは今まで聖獣を見たことがなかった。


「きっさま……っ!!」

「……」


 だがそれはあくまでバルドルでの話だ。聖獣を神の御使いとする他国や当の聖獣からすれば聖贄という呼び方は侮辱以外の何物でもない。

 こちらへと向けられる敵意はより一層鋭さを増した。


 ヤバイヤバイヤバイヤバイっ!!


 すぐさまこの場から逃げ去りたい。

 だが漕ぎ手の兵士が腰を抜かしてへたり込み、櫂を手から滑り落としてしまっている。


「聖贄はバルドル様への供物です。こちらへ引き渡しなさい。」


 イカれてんのかこのあまぁぁぁぉっっっ!!!


 当然ブチ切れた聖獣たちが飛びかかる素振りが見えた。


 その瞬間、どうしてだろう? 思いとは裏腹にイッシュはエリスを掴んで転がすと、身体は盾になるようにエリスの前へ躍り出ていた。


 何やってんだ俺は……


 たしかにエリスを殺されでもしたらギルスールとの戦争のきっかけとなっていただろう。

 だがイッシュはそんなことよりも自身の命、生存のほうが重要だったはずだ。


 とはいえやってしまったことは仕方がない。

 イッシュはすぐに訪れるであろう最期のときに備え、顔を伏せて目を閉じた。


 ………??


 しかし、そのときは来なかった。

 イッシュが恐る恐る目を開ければ青年が両腕を伸ばして2柱の聖獣たちを制していた。


 …ほっ、


「冷静なようで助かったよ。すまんな、うちのお嬢は、なんだその…少しイかれてるんだ。」


「ああ、そのようだな。」


 努めて飄々と。

 底を見透かされないよう、イッシュは軽口を叩く。


「あ〜…その、撤収だな。ただ、その……」


 後ろでエリスが抗議の声を上げるが、イッシュは無視して漕ぎ手の兵士に目をやる。

 腰を抜かしてへたり込んでいた兵士は完全に泡を吹いて失禁し、使い物になりそうもない。


「…わかった。彼らを安全に対岸まで送って差し上げろ。」


 青年は竜の聖獣へ目をやりそう言う。


「…は〜い。」


 ざばぁっ!!


 途端、穏やかだった川に横向きの流れが生まれたかと思うと、いかだ船は一気に対岸まで押し戻される。


 …警告、だな……


 岸に残る青年を見て、イッシュは思う。


 …っと……


「イッシュ助祭! どうして勝手なことを…」


「そりゃ勝ち目がねぇですから。」


「勝ち目など、信仰心さえあれば…」

「あ〜、はいはい。」


 不満げなエリスを軽くあしらう。

 はじめは美少女だと喜んだエリスも…今じゃ母親のことを思い出してどうも駄目だ。


 さって……ど〜しますかねぇ……


 面倒だが、真面目にやらんと戦争がおっ始まってしまう。



『……けて…………』


 心の中に小さく響くその声に、イッシュはまだ気づいていないのだった。

ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます。

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