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「イッシュ助祭、はいどうぞ。」


「おっ、うまそう。いただきます。」


 無事到着した奴隷港。そこにある迎賓館も兼ねた離れでイッシュは前のお礼にとエリスの手料理を振る舞われていた。


 港の責任者である司祭から歓待の用意があると言われたが、エリスは固辞して作ってくれたのだ。

 まぁ、エリスは奴隷港にいた者たちの処遇も任されている身なので断っただけかもしれないが、それでも豪華な食事を断って自分のために旅行を作ってくれたというのは驚いたし嬉しい。


「御口に合いますか?」


「いや最高!うまいうまい。」


「くすっおかわりもありますよ?」


「くださいっ!」


 イッシュは空いた皿をエリスに差し出す。

 エリスが作ってくれた料理は別段豪華な食事というものではない。ごく一般的な家庭料理だ。

 しかし基本は前線での糧食、稀に街に戻った時は助祭ということもあり、別に高級店で食事することくらいできるイッシュにとって、むしろ普通の家庭料理のほうが餓えていた。


「ごっそさんっ!!いやぁ~エリス様はいいお嫁さんになりますよ。」


「ふふっ、お粗末さまです。女なのですからこのくらい当然ですよ。」


 ぺろりと平らげられた空き皿たちにエリスは嬉しそうに微笑む。


「湯浴みの用意も出来ていますよ?」


「マジですか!?」


 まさか湯殿も完備だなんて、大司祭の泊まる部屋だけはある。


「お背中お流ししますね。」


 エリスはそう言ってタオルを手にした。


 えっ!? いや、さすがにそれは……いいのか!?据え膳なのか??食っちゃっていいのか!?


 コンコン


 まるでタイミングを測ったかのように、戸を叩く音がした。


「誰でしょうか?」


「俺が出ます。」


 イッシュが戸を開くと脂汗を浮かべたカエルのような男、ここの責任者の司祭がいた。


「っ!? …これはイッシュ助祭。部屋は別に用意していたはずだが……?」


「…護衛なんでね。」


 おおかた身の安全のために無理矢理手籠めにしにきたのだろう。

 エリスの後ろにいるであろう親の存在を考えればハイリスクだが… 奴隷たちには逃げられ、船を何隻も壊され、倉庫も半壊。直接的被害総額だけでも首を吊りたくなるレベル。それに加えて兵士を含めて残った者たちが最大限の努力をしてはいるが、現在物流に及ぼしている被害を考えると…… 座して死を待つくらいなら博打も打つ。


「…エリス大司祭と大切な話があるので少し席を外すように。」


「ご心配なく。仮にも助祭の身、真面目な話し合いであればつぐむべき口くらいなら身に弁えてるさ。」


 あくまで話し合いなら、あくまで口だけ、だが。


 イッシュはわざと腰に履いた剣の鯉口を少し開いて刃を見せる。


「ぐぬっ…」


「どうします? お話されますか??」


 この司祭に残された手は土下座で泣き落とすくらいだが…


「…いや、これで失礼させてもらう。」


 司祭の男は踵を返した。


 エリスは一応大司祭だし、正式な歓待でごまをするくらいなら納得できる。女は男に従うべきものなので無理矢理手籠めにして何が悪い。

 だが男が女にただひたすら頭を垂れて許しを請うなど、司祭の地位もありプライドが許さない。

 そんなところだろう。


「あれ? イッシュ助祭、お客様は??」


「ああ、いえ。何でもないですよ。…ただ念の為今晩泊まってもいいですか?」


「? はい、どうぞ。」




 一夜明け。

 そんなつもりはなかったのだが、イッシュはちゃっかり据え膳を頂いていた。

 もちろん、まだ幼さの残るエリスが痛くないよう、気持ちよくなれるよう、かなり気を使って今優しく致したのだが…


 驚くことになんとエリスは初めてではなかった。それどころかその身体は十分開発されており、今大司祭として凛と佇んでいるのと同じ顔で淫らに乱れた。


「…なに鼻の下を伸ばしているのですか?」


「えっ!? いや…」


 レイチェルに指摘されて焦る。

 確かにこの美少女が昨夜自分の腕の中にいたことに優越感を覚えてはいたが… なぜコネで大司祭に据えるほどの娘が経験済み、それどころか開発されていたのかに疑問を感じていたのだ。


「これから彼らの処遇を決めるのです。しゃんとしてください。」


「…はい。」


 一応、処遇についてはエリスたちと話し合い大まかに決めてはいるが、これから当時港にいた者たちを集めて話を聞き、最終的な決定を下す大事な仕事が待っている。

 エリスのことは気になるが、イッシュはいったん真面目に仕事モードとなった。




 それからしばらく、話を聞き、次々処遇が決まっていく。

 まず当日の巡回兵たち。彼らは奴隷たちには逃げられたが必死の消火活動を行い、全焼という最悪の事態は防いだということで一年以上三年未満の奉仕義務(という名の強制労働)。

 次いで当日の夜非番であったとはいえ、緊急事態になかなか起きてこず、奴隷脱走後にようやく起き出し消火活動に参加した者たち。無罪とはいかないが兵士の多くがここにあたるということで温情込めて半年以上一年未満の奉仕義務。

 そして当日の見張りでありながら酒に酔い潰れて侵入者に気付かなかった者たち。当然その罪は重く、三十年以上無期限の奉仕義務。これはほぼ生涯奴隷扱いというものだ。30年経てば若いやつでも50前後、そんな年齢で貯蓄なく開放されてもむしろ困る。


 残るは責任者の司祭と逃げなかった奴隷たちだ。

 本来であれば責任者である司祭が責任を負い、見張り以外は罪を免れるべきところなのだが、司祭がうだうだ屁理屈をこねたためこうなった。

 おそらくは兵士たちの処罰をなあなあにして自身の処罰もなし崩し的に… と狙っていたのだろう。

 結果、状況を加味しての温情はあれど基本法に則った処罰がくだされ、逃げ場のなくなった司祭は青白い顔をして冷や汗を流している。


 逃げなかった奴隷たちはというと、すでに心が折れて教化された者たちはただ死を待ちぼんやりと佇み、どうせ逃げ切れないとふんでいた密告者たちは司教と同じく青白い顔で焦っていた。


 まぁ、兵士たちに強制労働の罰がくだされたのだ。すでに奴隷の強制労働中の身でそこからさらに罰となると、当然棒叩きのような日常的に行われている罰で済むわけもなく、四肢切断のような奴隷としての機能を損なう処分も行うはずがない。


「あっ! あのっ!俺まだ言っていなかった情報がありますっ!!」


 密告者だった奴隷の1人が手を上げた。


「なっ!?」


 その言葉に、自身の無能さをさらに責められることになるのに気づいたのだろう。青白い顔を真っ赤に染めて司祭の男は奴隷の襟首を掴んで締め上げる。


「貴様っ隠しておったな!!ワシを騙したのかっ!!」


「ちっ、違います。忘れていたのをたった今思い出しただけで……」


 そんな言葉を素直に信じることもできないが…… 今わかっているのは足跡の追跡から脱走した者たちがおそらくローグへと逃げたこと、襲撃者たちに猫人族がいたこと、襲撃者たちが油壷や足枷を壊す工具など十分な準備をしていたくらいだ。


 …聞くだけ聞いてもいいか?


「あー… 司祭殿? とりあえずそいつの話を聞いてもいいか?」


 イッシュの言葉にはっと我に返った司祭が手を離す。

 すると奴隷はエリスの前へとずいと進み、即座にイッシュが剣をカーリアが杖を突きつけた中、地に頭を伏す。


「大司祭様にお願いします。知っていることは全部喋ります。だからど……」


 ぐしゃ………


「……えっ!?」


 命乞いの口上もそこそこに、エリスの振り下ろした権杖が奴隷の頭を潰した。


「ちよっ!?なにやってんだよ?まだなにも喋ってなかっただろ??」


「バルドル様は悪の手先の言葉に耳を貸してはならないとおっしゃいました。ダメですよ、イッシュ助祭。」


 エリスはいつもと変わらぬ優しい笑みでイッシュをめっと叱る。


 っ………!!


 わかってしまった。気づいてしまった。


 原理主義の狂信者かっ!


 ここ聖バルドル教国においてバルドルの教えは絶対である。ならばどうしてその教義に則った行動を間違いや失敗と呼ぶことができようか。


 エリスがそうならその親も原理主義の狂信者だろう。だとすれば狙いはギルスール王国との戦争だ。

 ギルスール王国は獣人族たちへの融和政策を取っている。それが原理主義者共には属国が教えに反する行いをしていると感じられるのだろう。

 戦争して勝てる勝てないなど関係がない。彼らにあるのは教えに反する行いを正さねばならないという使命感のみ。


 最悪だ……


 イッシュは自身の置かれている状況に絶望するのだった。

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