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前回『水龍』が『海龍』になっていたのを訂正しました。
45話にて『クウガが聖獣の存在を話していたこと』を訂正しました。
63話にて『クウガが素直に水龍の説明をしていたこと』を訂正しました。
蛇のように細長くしなやかな身体をくねらせ、四肢に翼、尾はベールのようにたなびく巨大なヒレを纏い、空を泳ぐ。
もし、水龍が穢れに侵されておらず万全の状態であったのなら、さぞかし神々しく美しい光景であっただろう。
しかし実際は、ベールのヒレは裂け破れ穴が空きどす黒く穢れに染まってまるでぼろ切れ。だがむしろ、それがまるで死神が纏うといわれるぼろのローブのよう。
いや、まるでではない。
鋭い牙が、爪が、角が。命を刈り取る死神の鎌に見え、恐怖で心を凍らせる。
「きゃおおおぉぉおぉっっっっ!!!!」
悲痛のうめきにも聞こえる雄叫びを水龍があげ、ビリビリと大気が震えた。
「ぐぁおおおぉぉおぉっっっ!!!!」
そのプレッシャーを弾き返すように、クウガもまた雄叫びを上げる。
『何をぼさっとしておるっ!!』
念話でマルコを叱咤したクウガが空を蹴って宙へと舞い、水龍へと突撃した。
っ!しまった…状況は……
慌てて海岸線へ視線を戻すとすでにモンスターたちが大量に押し寄せていた。
「大いなる空よ、風の精霊よ! 我が願いに耳を傾け給え! 穏やかなる者の怒れる時、吹き荒れる嵐が如何なるものか、我が前に立ちはだかる愚かなる者共に示し給え!! そは自由を脅かす者、汝らが敵! 集え!紡げ! すべてを吹き飛ばし、無へ帰さしめよ!! サイクロン!!」
マルコが放つ風の極大魔法。
いくつもの竜巻が海岸線を走り、上陸していたモンスターたちを再び海へと弾き飛ばす。
「落ち着け皆っ! 水龍はクウガに任せて俺たちは正面のモンスターたちに集中するんだ!!」
「「お、おーーーっ!!」」
水龍の出現に呆然と立ち尽くしていた戦士たちが再び動き出す。
よしっ!!
水龍という絶望にクウガという希望が立ち向かったことで戦士たちは奮起している。
「うわっ!? なんだありゃっ!!」
それに水を差すかのように、新たなモンスターが出現した。
マーダーキングクラブ。全長5m程もある巨大な蟹のモンスターだ。
…ちっ!!
相性は最悪。
硬い殻に包まれて剣や槍、矢は効かないし、重すぎてマルコの風魔法も通用しない。
「ガンドールっ!!」
「任されよっ!!」
唯一その殻を砕けそうな重い槌を装備したガンドールたちドワーフに指示を出す。
…くっ!
だがマーダーキングクラブは次々列をなして上陸してくる。ガンドールたちだけでは数が足らない。
「リーチのある槍を持った者は口を狙え! 剣やリーチの無い者は接近するな!ハサミに掴まれたら一発だと思え!!」
追加で、槍や銛を装備した蛇人族たちにも指示するがそれでも足らない。
『大丈夫か?』
『なんとかする!!』
こちらを案じるクウガの念話が届くが、クウガには水龍を抑えて貰わなくてはならない。
とはいえ、どうする……
悩むマルコをよそに一匹のマーダーキングクラブが防壁を突破しようとしていた。
「っ!!」
「う、うおーーっ!おらだって!おらだって!!戦うだよ!!!」
マルコは自らも剣を抜く。
だがマルコが動くより早く、棍棒を手にしたシロコロが突撃した。
「うおーーっ!!」
ガスっバキッ!バキッ!!
その棍棒は硬い殻を砕き、そのパワーは重いマーダーキングクラブを押し返す。
「っ!出過ぎだっ!戻れっ!!」
ヒュン、ドスドスドス!!
しかし、慌てて指示を飛ばしたが間に合わず、シロコロの身体には何匹ものダーツが突き刺さった。
マルコはシロコロの元へと駆け寄ると自身もダーツの的にならないよう屈んで彼を引きずり防壁の内側へと連れ帰る。
「大丈夫かっ!?」
「マルコさま…おら……」
よしっ、怪我は酷いが命に関わるほどのものではない。
「ダーツの口吻には伸縮性の棘が返しのようについている。無理に引き抜くと傷口が酷くなるぞ。聖水をかけて自ら抜けさせるんだ。」
周りに指示して簡単な応急処置だが手早く済ます。
「すまねぇ、マルコさま…おら、迷惑かけちまっただ……」
「何を言っているんだ。シロコロのおかけで助かったんだ、ありがとう。」
「そんな、おら…役に立てただか…?」
「ああ。」
「…よかっただ。」
そしてシロコロは静かに寝息を立てた。
「誰か、シロコロを救護班の元へ……」
そう言い上げた視線の先、再びマーダーキングクラブの大群が押し寄せていた。
ちっ、空気読めよ!!
しかしそんなことモンスターに言っても無理な話だ。
「うおーーっ!おらたちだって戦うだっ!!」
「シロコロだけに格好いい思いはさせねぇべよ!!」
シロコロと同じように棍棒を手にした牛人族たちが続々と戦列に加わる。
助かった…
そうホッとしたのはマルコだけではなかった。
ドゴンッ!!
こちらを気にしていたクウガも安堵し、その隙をつかれたのだろう。水龍の強烈な一撃をくらったクウガがすごい勢いのままマルコのすぐ近くの地面に激突した。
「大丈夫かっ!?」
「足を滑らせただけだ!それよりすまんっ!!」
コオッ
水龍が大きく息を吸い、その口元に強力な魔力が渦巻くのを感じる。
っ!ブレスかっ!!
ドラゴンブレスと呼ばれるそれは竜族固有の技であり、大きく息を吐くように強力な魔法を放つことが出来る。
「主よ!我を救い給え!! 裁きの雷を以て悪しきものを払い給え!浄化の雷を以て穢れしものを清め給え! 罰せよ!滅せよ!! 顕現せよ!降る御神之槌!! インドラハンマー!!!」
荒れ狂う竜巻のように、何十本もの雷がさらに何百何千と枝分かれして絡み合い、渦をなし、束ねられ、一つの巨大な光の柱となって水龍へと降り注ぐ。
ドーン!バリバリバリバリ!!
「きゃうっ!」
悲鳴とともにウォーターレーザーのようなブレスが放たれる。しかしそれは落雷の衝撃からあらぬ方へと逸れ、海を大きく切り裂き、巻沿いとなり細切れになったモンスターたちと共に大きな水飛沫を上げた。
そして水龍も海に落ちて大きな水飛沫を上げる。
「…やった……?」
「…油断するな。」
マルコの横に立つクウガは警戒した眼差しで海を見つめていた。
ザバッ
再び水龍が海から顔を出す。だが今度は宙へと舞い上がりはしない。
いや、水龍はどんどん上へと上がっている。海面を持ち上げ、海ごと上へ上へと上がっていく。
「なっ……」
3m、5m… 水龍も相当の魔力を消費しているのだろう。その身体はみるみる萎んでいくが、反面マルコたちの眼前にせり立つ水の壁もどんどん大きくなっていく。
「おいっ!早くさっきの魔法をもう一発あやつに叩き込めっ!!」
「は!? そんなことしたら制御が崩壊して大波が押し寄せることになるぞ!?」
すでに水の壁は10mを越えようとするほどだ。
「それは我がなんとかする! あやつはあれで押し潰すつもりだ!ほおっておいてもさらにデカく押し寄せることになるだけだぞ!!」
「くっ… 任せたからなっ!!」
マルコは再び詠唱し、インドラハンマーを水龍へと叩き込んだ。
「きゃおん!」
2度目の直撃を受け、水龍は悲鳴を上げて意識を失った。
同時に、10mを超える水の壁は崩壊。大波となり、マルコたちを飲み込まんと迫りくる。
「ぐぉーーーーーっっっっっ!!!!!」
クウガが雄叫びを上げた。
上空から強力なダウンフォースが吹き荒れ、大波を押し潰す。
2柱の聖獣の力のぶつかり合い。膨大な魔力が衝突し荒れ狂う。その魔力の奔流に世界は歪み軋む。
まるで人智を超えた神話の戦いのようで、マルコは立っていることすら困難だった。
ざざぁ……
マルコたちのすぐそば、防壁まで到達した波であったが、その頃にはさざ波程度になっていた。
「…ふぅ……」
クウガは小さく息を吐く。
クウガもまた大量の魔力を使ったせいか、身体が縮んで犬くらいの大きさになっていた。
「…終わった、のか……?」
まだ日の出までは時間がある。
だが2柱の戦いの余波だろうか? 大半のモンスターは倒れ、生き残ったものたちもその豊富な死骸を餌とみなし、上陸しようとはしていなかった。
「…ああ、終わりだな。」
「〜〜〜っ………」
クウガの答えから込み上げてくるものに、言葉が出ない。
「…って!水龍っ!!」
「…あっ!!」
数秒の安堵に包まれたのもつかの間、マルコたちは大切なことを思い出し海を見た。
……いたっ!!
少し沖、意識を失いぷかりと浮かんだ水龍がモンスターたちに襲われていた。
「ホーリーチェイン!!」
マルコの元から放たれた無数の光の鎖の端がジャラリと水龍を捕まえる。
「今だっ!引けーーっ!!」
「「おーーっ!!」」
こうして、マルコたちは水龍を救出し、モンスターズナイトも撃退したのだった。
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個人的に詠唱がない魔法は強すぎる気がして好きではないです。
ただ、詠唱を考えるのがすごい苦手です。インドラなら矢だろ…




