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ゾクッ… ゾクゾク…… ゾクゥ……
背筋に伝わる強烈な寒気。
これは生命が持つ、本能的恐怖だろうか?
まるでモンスターズナイトを前に、早くこの場から逃げ去れと何者かに急かされているようだ。
「…ふぅ。…皆いいか?」
震える声を隠し抑えてマルコはことさら何事もない風を装い皆に話しかけた。
「これからモンスターズナイトの侵攻を食い止めるわけだが… 別に恐れることはない。奴らのほとんどは海中ダンジョンの水棲モンスターだ。全部倒す必要なんてないんだ。俺たちは上陸してくる奴だけを叩けばいい。」
小粋な冗談でも言って緊張をほぐしてやれればいいが… あいにくマルコにはそんなセンスも余裕もない。
ただ、とにかく皆を不安にさせないように笑顔だけは絶やさずマルコは語った。
「す、すまねぇマルコさま…… おら、おらたち、やっぱ無理だ……」
そんな中、シロコロがおずおずと手を上げて言った。
今回はシロコロたち牛人族にも戦闘に参加してもらおうと思っていたのだが…… シロコロたち牛人族は皆、その巨体を縮こまらせてガタガタと震えていた。
「そうか… 怪我人を後ろへ運ぶことは出来るか?」
「そんくらいなら…」
戦闘の影響のない後方でエルフたちを中心に戦闘能力を持たない女性衆に治療班を任せている。力持ちの牛人族には前線からそこへ怪我人の運搬を頼もう。
「…すまねぇマルコ様。…役立たずですまねぇだ……」
「いや、牛人族たち皆の働きで助かる者も出てくる重要な仕事だ。役立たずなんかじゃ決してない。皆の命、任せたぞ。」
「っ!? ……任せてほしいだ。」
マルコの言葉にシロコロたちの震えは小さくなり、眼には力強く火が灯る。
正直言えばかなり厳しい。マルコだって牛人族の性格は戦いに向かないことくらい理解していた。それでも戦闘に参加させたいくらいに人手が足らない。
とはいえあのままじゃただの的だし、味方の邪魔になる。…これでいいんだ。
マルコは自分に言い聞かせて切り替えた。
「ふん、まぁ我がおるのだ。そう緊張せずともよい。」
先程まで寝そべっていたクウガが起き上がり、そう言った。
普段は動きづらいからとでかくても大型犬より一回り大きいくらいのサイズで止めているクウガだが、今は限界まで魔力を溜め込み、ちょっとした小屋ほどの大きさになっていた。
その頼もしさに皆が安堵の息をこぼし、緊張が緩むが感じられた。
「よしっ! それじゃあ皆持ち場についてくれ。」
皆が移動し、海岸線にはかがり火がつけられ、防衛用の土嚢の壁には聖水がぶっかけられる。
もちろんかがり火は聖光木だし、聖水も前回の反省を踏まえて濃いめに作ってある。
あらかじめ大量に苗木を作っておいてよかったな。
もっともそのほとんどを今回使いきってしまったので、また苗木から育て直しなんだが……
「…先に話しておく。水龍の弱点は雷魔法だ。」
「ん? やっと俺たちも戦うことに納得してくれたのか?」
「ふん、我だけでも十分だが……ことここにきて意地も張っておれんわ。」
少しだけクウガが認めてくれたようで嬉しい気分になる。
「ははっ、とはいえ俺の魔力じゃ雷魔法なんてそんなに連発できんぞ?」
「何のために魔力を溜め込んだと思っておる。遠慮なく使え。」
「…ああ、頼らせてもらうよ。」
「…ふん、頼んだぞ。」
海面に揺らぎが生まれ、大渦が出来上がる。
モンスターズナイトの夜が始まった。
「「「ギョョョョッ!!」」」
大波を生んで大量のサハギンが押し寄せて来る。
「烈風爪撃っ!!」
クウガの放った幾重にも連なる爪の斬撃がサハギンたちを切り刻む。
だがその攻撃はどこか大雑把で取りこぼしにもクウガは目をくれない。
これからの戦いに備えて力を温存しているのだろう。
「放てっ!!」
マルコの号令で取りこぼしに矢が放たれる。
このくらいは任せるということだろう。頼りにされたのだ、しっかりと答えたい。
矢にも耐え、防衛にとりついたモンスターたちは猫人族が剣で、蛇人族が槍や銛で次々切り伏せていく。
ん?
順調に進んでいるようだが、マルコは海面に鱗煌めく魚群を見つけた。
「っ! ダーツが来るぞっ!! 防壁の裏に隠れろっ!!」
ヒュンッ ガスガスっ!!
投げ槍のような鋭い魚が海面から一斉に飛び掛かってきた。
「今のは!?」
「ダーツっていうモンスターだっ! とにかく防壁の外では戦うなっ!!」
シルエットは魚のダツによく似ているが牙はなく鋭く硬い槍先のような口吻が特徴のモンスターだ。時にクジラでさえも群れで襲い、矢達磨のようにして体液を吸い取る。気性が荒く船であろうと平気で襲い、モンスターズナイトの際は陸地にいようが飛び掛かってくる。
コタロに頼んで海のモンスターに関する書物を集めてもらって助かったな。
陸に上がればなにもできないのに襲いかかってくるモンスターなんて正直想定できない。知らなかったら今の攻撃も躱しようがなかった。
ヒュパンっ!!
今度は鞭のように細い触手がマルコたちを襲う。
「今度はなんだっ!?」
「クラーゲンだっ!」
「クラーケン!?」
「違うっ! クラーゲン、クラゲだ! 名前が似ているだけでそこまで強くないから安心しろ。」
戦士たちの動揺にマルコはあわてて訂正した。
襲いかかってきたのは海の悪魔とも呼ばれるクラーケン、それによく似た巨大クラゲだ。
「このっ!」
「よせっ! クラーゲンの触手には猛毒がある。触手は注意して無視し、本体を狙うんだ。」
触手に斬りかかろうとする戦士を制してマルコは指示を飛ばす。
クラーゲンの触手はクラーケンと違って力も弱く脆い。だが触手は何百本とあるため、いちいち相手にしていてはきりがない。
幸い浅瀬とあるって本体のクラゲの傘はすぐに見つかった。
「あそこだっ! 矢を放てっ!!」
矢の雨を浴び、クラーゲンは海へと逃げる。
だがすぐに新たなサハギンが、ダーツが、クラーゲンが、押し寄せてきた。
…くそっ!
朝夕2回しか門が開かないダンジョンのため、増援はあまり多くないと踏んでいたが… モンスター同士は喰い合いをする。そのため、当初はかがり火や聖水の聖の魔力を避けていたモンスターたちが血の匂いに誘われてどんどんこちらへ集まってきている。
……?
にも関わらず、一瞬モンスターたちの攻勢が止んだ。
「…なんだ??」
『馬鹿者っ!!来るぞっ!!』
クウガの叱咤の声が響く。
突然、海面が盛り上がり、それは宙へと舞い上がる。
穢れに染まった黒いヒレをたなびかせ、悠然と空を泳ぎ、こちらを見た。
モンスターの攻勢が止んだ理由を理解する。
心臓を鷲掴みにされたかのような圧倒的存在感。
穢れに染まった聖獣。水龍がマルコたちの前に姿を現したのだった。
ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます
森のダンジョンではダンジョンの説明のためにあんまモンスターの種類出せんかったから張り切ったら…描写が……




