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「ベンジャミンっ!!!」


 アーニエルの屋敷に伯爵の怒声が響き渡る。


「伯爵様っ、お戻りいただきありがとうございます。」


「ふんっ。大袈裟にアランまで抱き込みおってからに、仕方がないから戻ってやったわ。」


 嘘である。

 伯爵はアランの手紙も無視するつもりだった。

 しかし王都の別宅にヘロン男爵に騙された商人たちや支払いの催促をする商人たちが大勢押し寄せたため、実際は逃げるように戻ってきただけである。


「ははあ、ありがとうございます。」


 しかしそれでもベンジャミンは大仰しく頭を垂れる。

 そういった事情があるため伯爵の機嫌はとにかく最悪。それでもなんでもアーニエルの困窮具合をきちんと理解してもらわなくてはならない。


「で、ロレンソの馬鹿はどこで何をしておる?」


「畏れながら伯爵様、どうか先に見ていただきたいものが……」


「…ほぉ? ワシの質問に答えず自分が先か? ずいぶんと偉くなったものだな?ベンジャミン??」


「い、いえ、滅相もございません。しかし卑賤なる我が身は伯爵様に事態を十全にお伝えするだけの言葉を持っておらず… 大変心苦しいのですがこちらを先にご覧になっていただけないでしょうか?」


 青筋立てる伯爵にベンジャミンは低頭して乞う。


「ふんっ。ならばさっさと案内せい!!」


「はっ、はいぃぃぃ。」


 ベンジャミンが案内した先はやはり金庫だった。


「まったく、ベンジャミン。お前もマルコのようになりたいのか?」


「い、いえ、…とにかくこれを……」


 がちゃりと重い音を立てて、金庫の戸が開く。


「まったく、映えあるアーニエルに財政の問題などな、いいいいぃぃぃぃいえええええええええ!!!?」


 伯爵は目を丸くしてすっとんきょんな叫び声を上げた。


「なっ!?ななな…えっ!?えっ!?ななな、えっ!!??」


 金庫の中は完全に空だった。


 おかしい、おかしい!!


 伯爵は狼狽える。


 金庫は金貨でいっぱいだったはずだ。

 伯爵はよく覚えている。忘れもしない。幼い頃、金はあるのに父から侘しい暮らしを強いられ、学園時代はその貧しさを学友に馬鹿にされた。


 父が死に、自分が領主を継ぎ、少し贅沢をしても問題はなかった。災害が起きても問題は起こらなかった。


 なのに、なぜだ!!


 それもそのはずだ。ローグの地という緩衝地帯はあれどアーニエルは隣国聖バルドル教国の侵攻に備えなくてはならない。

 そのために何世代にも渡り貯蓄を重ねたアーニエルには他の同格伯爵領と比べかなり多くの貯蓄があった。

 少しの贅沢、一度の災害なら問題にならないほどに…


 それを勘違いした伯爵の贅沢は日増しに増し、貯蓄を減らせども増やさなかった。


「こちらをご覧ください。」


 ベンジャミンが差し出した帳簿を引ったくるように奪う。


 確かに自分が領主となってから、貯蓄はどんどんと減っている。マルコに財務を任せて以降、一度は貯蓄の減少がなだらかになるものの。追放して以降はそれまでの反発からか出費が爆発して貯蓄は一気にゼロへ、そしてマイナスへと突入していた。


 問題はなかったのではない。問題は起こらなかったのではない。

 金庫を、帳簿を、見ようともしなかった伯爵は気づいていなかったのだ。


 嘘だ、違う…これは何かの間違いだ……


 数度よろめき、意気消沈した伯爵は一気に10歳は歳をとったかのようにしょぼくれてしまった。


「…のう、ベンジャミン。ロレンソはいったい何をしたんだ?」


 現実から目を背けるように、伯爵は聞いた。


「はい。ロレンソ様はこうした財政状況から研究費が出せないことを伝えたところ、自身の研究費のみ捻出しようと独断でヘロンなるものと共に詐欺行為を働き、裏切りにあった次第にございます。」


 ロレンソを見限りアランについたベンジャミンは躊躇わず讒言する。


「…なんだと!?」


 言葉に少し怒気がこもり、意気消沈していた伯爵は少し復活した。


「はい、そのため現在ロレンソ様は研究所に籠り後始末に追われております。」


「ふんっ。ならば商人たちは全員そっちへ回せ! そしてロレンソにはこの件が片付くまで出てくるなと伝えろ!!顔も見たくないわっ!!!」


 財政のことなど頭から抜け落ちたのか、伯爵は怒りに髪を逆立ててどしどし歩み去ろうとする。


「はっ伯爵様っ!財政の件はいかがいたしましょうか?」


「…そうだな、その件があったな……

 ベンジャミン、任せた。」


「…はっ?」


 慌てて伯爵を呼び止めたベンジャミンにかけられたのは信じられない一言だった。


「ワシは長旅で少し疲れたからな、しばらく休ませてもらう。万事善きに計らうように。」


 そういうと伯爵は去ってしまうのだった。




 空になった金庫の前、ベンジャミンは1人立ち尽くす。


 善きに計らえ??もう状況はつんでいるというのに??


 本来ならこういった事態で助けを求めるためにマール伯やキナリス伯と友好を結んでいた。

 しかし両者とも伯爵が怒らせてしまい断交、代わりと言っていた公爵家との繋がりもまったくうまくいっていない。


 どうしてこうなってしまったのだろうか?


 両者を怒らせたときに素直に謝罪をしなかったからだろうか?そもそも両者を怒らせてしまったことだろうか?


 違う。


 アーニエルの崩壊はマルコを追放した時から始まった。


 伯爵にマルコを追放させていなければ… そもそも伯爵にマルコの言葉に耳を貸すよう進言していれば…


 ローグへ行ったマルコはダンジョンで大量の魔石を入手し、その豊富な稼ぎを元手に順調に開拓しているという噂だ。


 っ!そうだっ!!


 ベンジャミンは急ぎ自身の執務室へと戻る。

 バンと扉を開け放つと中で作業をしていた部下たちは一斉に視線を反らした。


 ちっ、どいつもこいつも……


 信頼していた部下たちにはすでに逃げられた。今残っているのは老いた親がいるなど逃げるに逃げられない者ばかり。

 やる気もなく嫌々働いている連中をベンジャミンが圧力をかけて無理矢理働かせている状況だ。


「おい、お前。」


「…はい……」


 ベンジャミンは手近にいた者の肩に手を掛ける。


「ロレンソが研究所から出ないように監視をしろ。伯爵様の命令だ、ヘロンがばら蒔いた粗悪品の改修がすべて終わるまで出てくるな、とな。」


「…かしこまりました。」


 ロレンソの研究所は今酷いことになっている。

 商人たちから持ち込まれるゴミのようなジャンク品は増える一方。ロレンソを慕って集まったはずの研究員たちは逃げ出す一方。

 研究所の主ロレンソは過労と人間不信に挟まれて、怪鳥のようなヒステリックな叫び声を上げるばかり。


 それでもやらない選択肢がない。ベンジャミンに言われた者は仕方ないという風にノロノロと執務室を出ていった。


 …さて、


 これでロレンソの動きは封じた。伯爵に余計なことを吹き込む心配はしなくてもいいだろう。


 もっとも伯爵のあの怒りよう、監視を逃れたとしてもまともに取り合ってもらえるとは思えぬが…


 ベンジャミンは安心して出張の準備を始める。


「…あの……」


「ん?」


 部下の1人がおそるおそる声をかけてくる。


「ベンジャミン様は、いったいどちらへ向かわれるのですか?」


 あんたまで逃げ出すのか? 声は暗にそう非難しているように聞こえた。


 ふんっ、凡愚が。私は妙案を思い付いたのだ。


「私は少しローグへ行ってくる。」


 ベンジャミンは得意気にそう宣言したのだった。

ブクマ、評価、いいね、ありがとうございます


しっかし、ベンジャミンが出てくると妙に書きやすいのはなんでなんでしょうかね???

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