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家族との、仲間との再会を喜び合う奴隷たち。
これは…ひどいな……
いったいバルドルの連中からどれほどひどい目にあわされていたのか。
その輪から少し離れた場所に立つマルコは、彼らの健康状態を見て内心苛立つ。
「…ねぇ、そろそろ出発した方が……」
彼らの喜びに水を差すことを気にしてか、リオがこそっと話しかけてきた。
当初の計画では逃げた方角をごまかすため一度ローグとは逆方向に進み、ぐるっと大回りして戻る予定であった。
「…いや、彼らの体力的に厳しい。一度ここで休憩を取る。みんなにポーションと傷薬を配ってくれ。」
どのみち日が昇り、足跡を追跡されればバレる程度の誤魔化しにしかならない。だったらその移動の時間を休憩にして真っ直ぐ最短距離で戻る方が得策だろう。
「わかったわ。」
マルコの指示を受けて、リオは猫人族の皆と手分けして配りにいった。
「ポーションがあるなら大丈夫ではないのか?」
リオの鞄からぴょんと飛び出したクウガがマルコの肩に乗り聞いてくる。
確かにポーションには体力を瞬時に回復させる効果がある。
「そうは言ってもポーションはあくまで燃料でしかない。衰弱した身体に燃料注いで無理矢理動かしているわけだからとてもでないが褒められた行為ではないよ。」
とは言え逃げ切るためにはポーションは必須である。なのでポーションの使用が必要最低限に止まるよう最短距離で移動する必要があるのだ。
「なるほどな。」
クウガと話をしつつ、奴隷たちの様子を見る。
やはりと言うか、錬金術で作られた薬の使用にはためらいがある様子だ。
まぁ、どこの誰とも知れない錬金術師の作った薬を使えと言われたら… ためらうよな。
タイガは前に教会と縁のない獣人族は薬草を使っていたから錬金術に抵抗はないと言ったが、あくまであの時は作るところを見ていて何を使ったかわかっていたからだろう。いくら薬草を使いなれている獣人族でも薬草の原形もとどめていない得体の知れない薬だけ渡されればためらいもする。
そうは言っても人間種であるマルコが自分が作りましたと名乗り出るのはどう考えても逆効果でしかない。
マルコは大人しくリオたちが説得するのを待つことにした。
待つことしばらく。
最終的にタイガが毒味をして見せたことで皆薬を使ってくれた。
なのでマルコたちはローグへ向かい移動する。
「…なぁ、あんた。」
「ん?」
移動の途中、マルコは1人の蛇人族の青年に話しかけられた。
「えっと、えーあー…くそっ……俺はパイソンってんだ。あんたは?」
「マルコだ。」
なにか他に聞きたいことがあるがうまく言葉に出来ない。そんな苛立ちから頭を掻きむしり、仕切り直すように名乗ったパイソンにマルコは答える。
「えっと…えー……」
「パイくん。」
言い淀むパイソンの後ろから今度は蛇人族の若い女性がやってくる。
脱出時に門の前で助けた女性だ。髪は奴隷の時に無理矢理切られたのかひどくいびつなベリーショート、整った顔立ちすらりとした長身は本来ならモデルのように美しいだろうが今はひどく痩せこけて痛々しい。
「お礼が先。」
「でも姉さん、こいつ…」
「お礼が先。」
パイソンの姉という女性はマルコを真っ直ぐ見つめた。
「助けてくれてありがと。」
「えっ、あ、いや……」
正直、海中ダンジョン攻略という打算があって救出したマルコはそのあまりに真っ直ぐなお礼にどぎまぎしてしまう。
「ありがと。」
そんなマルコに彼女はさらにずいっと前に出る。
「えっと…どう、いたしまして……?」
「…ん。……コウ。」
「コウ?」
「名前。」
「ああ、君はコウっていうのか。」
「ん。」
なんというかコウは口数少なくマイペースで捉えどころの無い不思議な感じだ。
「ごほんっ。あ、り、が、と、う。」
パイソンがマルコとコウの間に割って入る。
姉を取られるとでも思ったのだろうか? お礼と呼ぶにはかなり刺々しい。
「あ、ああ…どういたしまして。」
「…ふんっ。」
「それよりパイソンはなにか聞きたいんじゃないのか?」
よくわからない感じではあるがコウのおかげで少し空気が和らいだのを感じているマルコはパイソンに訪ねる。
「あー…… あんたが猫人族たちのリーダー、でいいのか?」
それでもやはり聞きづらいのか、パイソンは外堀を埋めるような質問をした。
「そうだ。」
「そうか… すぅ……あんた、人間種、だよな?」
1つ大きく息を吸い、パイソンは意を決したように聞く。
「そうだ。」
「…はぁ~~~っ…… 人間種がどうして俺たちを助けたんだ?」
マルコのあまりにあっさりとした答えにパイソンは大きく息を吐き、軽く頭を掻きつつ聞いてくる。
「まず、俺はギルスールの人間だ。バルドルの人間じゃない。ローグの地の領主として開拓をしているのだが… 人手が足りないし問題が起こった。君たちの力を借りたい。」
「…要するに俺たちを働かせたいのか?奴隷として。」
警戒心をむき出しにパイソンは言った。
「違う。そもそもギルスールでは獣人族だからといって奴隷化することは認められていない。」
「はっ、信じられるかよ!」
「パイくん…」
実際に助けられた。だがその事実は混乱を産むだけで信じることは出来ない。そのくらいパイソンたちの心はバルドルの連中によって傷つけられていた。
「俺は奴隷ではなく仲間として協力してもらいたい。」
「はっ、仲間? そんな言葉遊びはどうでもいい。」
「パイくんっ!!」
コウが怒ったように声をあげたが、マルコはそれを制す。
「じゃあどうすればわかってもらえる?」
「っ!? ……金だ。」
「…金?」
「そうだ、金だよ金! 奴隷じゃないっていうんなら働いた分きちんと給料ってのを払いやがれっ!」
給料か…
現状マルコは猫人族個人に給料を支払っていない。というかそもそも村には商店も市場もなく、個人が金を持っても意味がないのだ。
とは言えこれで人口も増え、しかも多種族となる。村単位で1つの財布を持つ原始共産制はもう限界だろう。
「わかった。」
「っ!? 言ったな?約束だぞ??」
「ああ。」
戻ったら早速アナに計画をまとめさせるか。…いや、アナのことだ。すでに計画をまとめて、戻ればあとはマルコがゴーサインを出すだけになっているかもしれない。
こうしてローグの地はまた1つ発展の道をたどるのだった。
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