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一応残酷描写あります
「よし、これで全員だな。」
「はいっ、こちらも終わりました。」
ミャアと2人、無事兵舎の無力化を完了した。
寝ている兵士の顔のそば、枕元に睡眠ガスを何滴か垂らしておくだけなのでわりと簡単に済んだ。
一応、武器庫に行き武器を回収することもできるが… やめておこう。
制圧するのではなく、奴隷たちを解放次第撤収するのだ。武器を回収すれば兵士たちを殺せたけどあえて殺さなかったという情報を残すことになる。残す情報は少ない方がいい。
マルコたちは監視塔へと向かう。
鷹の目の地図であらかじめ確認してわかっていることだが、監視塔屋上の見張り台には誰もいない。長らく何の問題も起こっていないのだろう。人質の見張りの兵を残して皆、監視塔内の広間で酒を飲みつつカードに興じているのだ。
さて、どうしたものか……
監視塔についたマルコは広間の中をうかがいつつ思案する。
見張り台にいないおかげでここまで楽に来られた。しかしこの先は広間の中の連中をなんとかやり過ごさないと先に進めない。
…仕方がない。
マルコは腰の剣に手をのばす。
別にマルコは善人ではない。領主として領民のために、悪人でなかろうと敵であれば殺す程度の冷酷さは持ち合わせている。
「マルコ様、ミャアにお任せください!」
「ミャア?」
剣を握る手に力を入れたところミャアに制止され、マルコは振り返る。
しかしそこにいるはずのミャアは煙のように忽然と消えていた。
えっ!?
マルコは慌てて周囲を伺う。
「どーだっ!キングのスリーカードっ!!」
「はははっ、残念。フルハウスだっ!!」
っ!!
馬鹿騒ぎする兵士たちのすぐ隣のテーブルの下にミャアはいた。
そのままミャアはひょいと小石を投げる。
コツン
「…ん?」
その微かな物音に気付いた1人の兵士がそちらを向き、他の兵士たちもつられてそちらを見た。
わずかな一瞬を逃さず、ミャアは全員のグラスに睡眠薬を注ぐ。
「…なんでもないか?」
「おいおいなんだ?そんなんに引っ掛かると思ってんのか?いいから早く負け金出せよ。」
「ちっ…わあったよ。」
そんなミャアには一切気付かず、兵士たちはジャラジャラと金のやり取りをしていた。
「ぐびっぐびっ、あー…いいから次だ次!」
「はっはっはっ、今日は稼がせて貰うぜ。ぐびぐび…」
「ぐびぐび…ちきしょう、次は俺が勝つからな。」
カードを配り直すちょっとした間、兵士たちは一同なにも気にせずグラスの酒をあおる。
「良いカードこいっ!良いカードこいっ…うおおおおっ!!」
「はははっ、…ふあぁ~……なんか眠くなってきたな…」
「なに言ってんだ、勝ち逃げは…ふぁ~…なんか、俺も……」
「おいおいそんな飲んで無いだろ?夜はこりぇかりやゃあぁ~……zzz」
ドサドサと音をたてて兵士たちが倒れ、寝息だけが響いた。
「マルコ様っやりましたっ!!」
テーブルの下からミャアが戻ってくる。
「ありがとうミャア。」
「えへへぇ。」
そんなミャアの髪をマルコは優しく撫でる。
正直言えば「あんまり心配させないで」の一言を言いたい。
だがいつぞやクウガに訓練をつけてもらう約束をして以来、ミャアは実際時間を見つけては訓練をつけてもらっていた。
元々の素養や隠密薬の効果も少しはあるが、今回の成果はほぼミャアの努力の結果と言える。
だからその言葉はミャアが子供だからと侮っているだけでしかなく、マルコは大人しく飲み込んだ。
とはいえ… 悪い大人に利用されないように教育面の整備もちゃんと考えないとな……
自身が悪い大人にならないよう自戒も込めつつ、マルコはそんなことを考えた。
…と、それより……
マルコは改めて周囲を見る。全員酔いつぶれて寝たにしてはいささか空いた酒瓶が少ない気がした。
なのでミャアに手伝ってもらいつつ、中身を捨てた酒瓶を辺りに散乱させる。
あ、そうだ!
「マルコ様?」
寝ている兵士から鎧を剥ぎ取りいそいそ着替えるマルコにミャアは不思議そうに聞いた。
「ミャア、両手を後ろに回してこの縄の先を持って、…で、あと少し顔を下げて。…よし。」
縄の逆端をマルコが持てば、捕虜を捕えた兵士に見えるだろう。
「それじゃあ人質になっている皆を助けに行こうか。」
そのまま2人して階段を登る。
あらかじめ鷹の目の地図で確認してあるが、人質のいるフロアには廊下を挟んで2つの部屋がある。格子で仕切られた広い雑居房と物置のような部屋だ。
物置側の壁を背にして椅子を置き、1人の兵士が座っていた。
「あー、今日も1人で見張りかぁ…」
どうやら見張りは新兵のようで下の連中には常日頃から仕事を押し付けられているらしい。
「おい。」
「ひゃいっ!」
マルコが声をかけると新兵の男は驚いたように跳び跳ねる。
「外の巡回中に捕まえたから開けてくれ。」
マルコはくいっと縄を引いてミャアを見せ、目で格子の戸を指す。
「あー、猫じゃないですか。そういえば少し前に巣を襲撃した部隊が取り逃がしたって話題になってましたね。」
「ああ、そうだな。」
「お手柄じゃないですか。…どうしたんですか?」
「…下の連中にカードに誘われてんだよ。さっさとしてくれ。」
これ以上会話を続けるとボロが出そうなマルコはそう言って会話を切った。
「あー…そうですか、…そうですよね……」
1人退屈で会話がしたかったのか、男は悲しそうに物置へと入る。
マルコも気配を絶ち、男の後をつけた。
「鍵、鍵… あー、あったあった。」
「ありがとう。」
「…えっ!?」
ザスッ
返り血を浴びないように注意しつつ、マルコの剣が背後から男の心臓を貫いた。
「ど、どおじ、で……」
グリンっ
男はなにが起きたのかわかっていない様子だったが、マルコは剣をひねって絶命させる。
鷹の目の地図で見ても鍵の位置まではわからなかった。
鍵を探す時間を惜しんで男を利用したが、人間種であるマルコが今回の脱出劇に協力していることを知られた以上生かしておくわけにはいかない。
「はい、鍵とポーション。ミャア、皆を助けてあげて。」
部屋の中を見られないように扉を半開きにして鍵を渡す。
その後、マルコは物置を荒らし、男が必死で抵抗した感と鍵を探して物色した風を装う。
…
マルコは男の剣を奪うと、首を切り落として遺体を滅多刺しにした。
首を切り落としたのは蘇生対策だ。こんなところにあまり高位の聖職者はいないだろうが、頭部の無い者への蘇生魔法は難易度が跳ね上がる。もし仮に蘇生できたとしても、魂(人格)は戻せても脳に入った記憶は失われたままだ。
滅多刺しにしたのは恨みを持つ者、つまり獣人族の犯行であるという印象を強めるため。
ここまでのことをしても、下のフロアには酒に酔って眠りこけて侵入者を見逃したというちょうど良い怒りの矛先がいるから問題は少ない。
マルコは物置を出る。
「マルコ様、…どうかしましたか…?」
「いや、大丈夫だよ。」
平静を装っていたつもりだが、ミャアに心配されてしまった。今しがた自分のやったことを思えば無理もないが、心のそこに不快な嫌悪感が沈殿していた。
「ママ、パパ…」
「どうなっちゃうの…」
「怖いよぉ…」
しまった。
多くは蛇人族か牛人族、そこに混じって数人のエルフやドワーフの子供たちがいるが、バルドルの兵の鎧を着ているせいでかなり怯えさせてしまっている。
マルコは慌てて鎧を脱ぎ、村のおばちゃんが作ってくれた毛皮のフードをかぶる。
獣人族を装うために可愛らしいケモ耳が付いているのだが… それがマルコにまったく似合わないと、むしろ笑いのネタになると大変好評の一品だ。
「…ぷっ」
「わっ笑っちゃダメだよぉ。」
「で、でも…くすくす。」
…複雑な気分だが、子供たちに少し元気が戻ったようだ。
「皆、いいかい? もう少ししたら俺の仲間が皆のお母さんやお父さんを助け出して騒ぎを起こすから… そしたら逃げるぞ。」
「「パパやママに会えるの!?」」
「ああ、だからもう少しだけ大人しくしていてね。」
「「うん!!」」
子供たちは嬉しそうに頷いた。
『…クウガ、マルコだ。こっちは成功した。皆に合図を。』
『…わかった。』
マルコはクウガに念話を送る。
そして下のフロアへ戻り、鎧についたわずかな返り血を綺麗に拭って酔った兵士が脱ぎ散らかした風を装うと、騒ぎが起こるその時を静かに待つのだった。
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