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「ひぇっ、あ、あの…」
…子供??
マルコが剣を向けた先には獣人族の少女がいた。頭の上にはピンと尖った2つの猫耳、腰の下から生える細長い尻尾。獣人の中でも猫人族と呼ばれる者だろうか?
少なくともモンスターではない。マルコは剣を腰の鞘に納める。
しかし何でこんなところに子供が1人??
「あ、あの…あの……」
向けられた剣がなくなっても少女はひどく怯え、警戒している様子だ。
ひょっとしたら聖バルドル教国から逃げてきた者かも知れない。あの宗教では人間以外は悪とされ、人間に尽くすことで来世は人間に生まれ変われるという教えがある。結果あの国では人間以外の種族は奴隷にされて死ぬまで働かされるとか…
「俺はマルコ。ギルスール王国の人間で、バルドル教徒ではない。」
「…バルドルの人じゃ、ない…??」
「ああ、あんな腐った教えの連中は大っ嫌いだ。」
マルコは少女を落ち着かせようと、腰に差した剣もおろして語りかける。
「…ミャア。」
「そう、君はミャアって言うのか。ところで…」
くきゅるぅぅ…
バルドルの人間ではないとわかって安心したのか、ミャアのお腹が可愛く鳴いた。
「ふふっ、ちょっとしたスープだけどそろそろ煮えたかな? 一緒にどうだい?」
「いっ、良いのですか!?」
お腹がなった時、真っ赤になった顔と一緒にピョコンと畳まれた耳がピンと立つ。
「もちろん。それより寒くはないかい? 皿を用意するから火に当たって待っていて。」
「はいっ!」
ヒョコヒョコと尻尾を揺らしてミャアは焚き火の側に移動するのだった。
「あぐっはぐっ、あむあむ、ごっくん。」
しばらくろくに食べれていなかったのか、ミャアはすごい食欲だ。
「ふふっ、おかわりも用意するからゆっくり食べて良いよ。」
「あむっ、はっ! …すみません……」
元々1人分しか用意していなかったので材料を足すマルコに気付き、ミャアの耳はしゅんと折りたたまれる。
持ち込んだ食料に限りはあるが、ローグの地は思っていた以上に植生豊かで肥沃な土壌のようだ。なのでマルコは食料の問題はあまり気にしなくなっていた。
「気にしないで良いよ。…ところでミャアは何でこんな危険な土地に1人でいたんだい? 親御さんは?」
一瞬、折りたたまれていたミャアの耳がビクッと立ち、またしゅんと折りたたまれる。
「…ミャアたちはバルドルから逃げてきました…… パパは国境の川を越える時兵士に、ママはこっちについてからモンスターに…… 2人とも、ミャアを、ミャアを逃がそうとして……」
「……ごめん。」
想像が足らなかった。
「ミャアが、ミャアがいけないんです。ミャアが隠密系のスキルなんて持っていたから、そんなのがあったから逃げないといけなくなって、パパは、ママは……!!」
「……」
奴隷を使う側からすれば暗殺者の素質のあるミャアは殺してしまいたい存在だろう。そしてそれを知った親としては…
「ミャアは悪くないよ。」
「違うんです! ミャアが、ミャアが…!!」
「ミャアは悪くないよ。ミャアに生きて欲しいからご両親は命をかけたんだ。ご両親にとってミャアは命をかけられるくらい大切な存在だったんだ。だからミャアが死んでしまったら、ご両親はとっても悲しむよ。」
「うっ、うぅ……」
マルコはミャアを優しく抱き締める。
「うぅ、パパぁ~… ママぁ~……」
そっと頭を撫でることしかマルコには出来ない。
しばらくすると泣きつかれたのか、ミャアは静かに寝息をたてるのだった。
翌朝。
「ここから東にいくと峠があって、そこを越えるとアーニエル領に着くよ。」
「えっ?」
きっとミャアがローグの地で生き残れたのは隠密系スキルのおかげだが、これからもこの危険な土地で生き残れるとは限らない。
「本当はそこまで送れると良いんだけど、実は俺は追放された身でね。一緒に行ったら迷惑がかかるから1人で行ってもらいたいんだ。」
「そんな…」
一応、聖光木の枝をミャアに渡しておくのでこれでモンスターは問題なくたどり着けるだろう。
「大丈夫。ギルスールの教会は獣人の孤児も受け入れているから。」
「違っ、違います。」
ん?
「ミャ、ミャアです! 名前はミャアと言います! お掃除が出来ます! お料理も出来ます! 文字も少しなら読めます! 足し算出来ます! 引き算は勉強中ですが頑張ります! 出来ないことも頑張って覚えます! 大変なことも我慢しましゅ! だから、だがら… ずでないで、ずでないでぐだしゃい……」
ミャアは顔をぐしゃぐしゃに泣き出してしまった。
…はぁ、
いや、でも自分が居なくなったアーニエルがどうなるかはわからない。それなら自分の側に居てもらった方がミャアを幸せにできるのではないか……?
いや、ミャアはローグの領民第一号だ。なんとしても幸せになってもらわないといけない。
「…昨日も言ったけど、俺はバルドルの教えは大っ嫌いなんだ。だから獣人だからって奴隷にする気はない。」
「…はい、」
「…ところで、これからローグの地を発展させる仲間は受け付けているんだが……どうかな?」
「っ! はいっ!!」
ミャアの手を取り、マルコたちはさらに奥地へ歩いていくのだった。