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さらに数日後、王都へ交渉に行っていたコタロが戻ってきた。
「領主就任についてですが無事確約いただき、念書ももらって参りました。」
そういってコタロは王家の紋章のついた書類を机の上に置く。
「ついで献上品免除の件です。まず、無条件の免除は最長5年間認められました。更なる延長を望む場合はあらかじめその分の資金をなにに使うのか、その後黒字化する見通しがあるのかを報告し、それが認められれば追加で5年の延長を認めるとのことです。」
これが念書になります、とコタロはさらに書類を置く。
「最後に港の設営についてですが、こちらも無事確約と念書をいただきました。…それどころか王家より海中ダンジョン攻略のため、魔法師団派兵協力の申し出がございましたが…」
王家が所有する魔法師団はエリート揃いで非常に強力だ。もちろん水中呼吸の魔法も使えるし、彼らが協力してくれるとなればダンジョン攻略はかなり楽になるだろう。
「…いや、海中ダンジョンは非常に稀、当然そこから得られる資源は希少で高価。利権は確実に俺たちの物にしたい。悪いが王家には丁重にお断りをしてくれ。」
「かしこまりました。」
コタロはそう頭を下げつつ、最後の念書を机に置いた。
「…ところで聞いていいか? …なんでそいつがここにいるんだ?」
マルコはコタロの後ろにいる女性を指差し訪ねる。
小柄ながらむちっとした女性らしい体型、しかしながら女気はなく化粧もしておらずボサボサの髪に野暮ったい眼鏡。
その女性はコタロが戻ってきたときからしれっとついてきていた。
「マルコ様のお知り合いということでお連れしましたが?」
「そいつって、ひどいなぁマルコは。一緒に切磋琢磨した学友との久しぶりの再会やないか。」
コタロの説明を横に女性は飄々とした態度で言う。
「あの、お知り合いですか?」
マルコのそばにいたミャアがこそっと聞いてきた。
「ああ、こいつはアナ、アナトリア・ハイム。学園時代の同級だ。」
アナは切磋琢磨した学友なんて言ったがそんなことはない。アナは政治経済といった内政面でガチ物の天才。例えば収支報告の数字の羅列を見ただけで分析や解析を必要とせず、問題点や改善案をポコポコ生み出すやつだ。
おかげでマルコとしてはただただその背中を追うのに必死だっただけだ。
「で、なんでこんなところにいるんだ? お前、なんとかいう地方貴族の元に文官として就職したんじゃなかったか?」
「ややわぁ、マルコが僻地に飛ばされた聞いて力になりに来たんやないか。」
そう言いつつアナはマルコにすり寄るが… 明らかに目は泳いでいる。
「…ふーん…… で、本当は?」
「あっ…えっと、なっ。その……」
マルコの冷ややかな目にアナはしどろもどろになった。
「…クビになったんよ、雇ってぇや……」
「…はぁ……」
そんなことだと思ったよ。
アナには大きな問題が2つあった。
1つは説明不足ということだ。アナは数式を見たら答えがわかるようなものだ、途中式が無い。そして天才故、凡人がどこがわからないかがわからない。
もちろんどこがわからないかを聞けば丁寧に説明するだろう。だが見えっ張りな地方貴族は部下にわからないと訪ねたりしない。
結果アナは訳のわからないことを言う奴という扱いを受けたのだろう。
もう1つ。こちらが致命的なのだが、マナーや礼節の悪さだ。
ただ別にがさつでは無礼というわけではない。
階級の低い男爵家に生まれ、余りそういったことには厳しくなく育てられたせいか、元々そういったことが苦手だった。それが学園時代にマナーや礼節の授業で赤点を取り続けてトラウマになり、今では目上の者を相手にするとパニックになる始末だ。
そういった事情からアナは中央の大貴族の元へは就職出来ず、地方貴族の元に就職することになったのだ。
「…ここローグの地の人口を増やすにはどうしたらいいと思う?」
「おっ、試験か? せやな、とりあえずアーニエルの難民は閉め出しやな。」
マルコの問いにアナはそう答えた。
「とりあえず順に説明してくれ。」
「ああ、ごめんごめん。アーニエルの財政の今終わっとるやろ? せやからじきに増税するねん。使ってない税の名目はいくつもあるからなぁ、増税自体は簡単にできんのよ。でもそうしたら住民は生活できへんようになるよな? 難民発生っちゅうわけや。」
マルコはよくわかる。
アーニエルは元々税金は他領と比べて金額的には安かった。しかし収入も低かったため、割合的には他領と大差ない。それを金額的に他領と同程度にすればどうなるか? 当然、生活は破綻する。
そんなアーニエルの民が近くてかつ成長中のローグになだれ込むのは自然なことだろう。
「…で、それを受け入れない理由は?」
「それは連中にマルコに対する信用がないからやな。
間違いなくアーニエルは増税の言い訳にマルコがローグを掠め取ったからとか言うやろな。やから連中はこっちが仕事や家を用意してやっても当然の賠償くらいにしか思わんやろな。それどころか街が発展していくにつれて、本来それは自分たちだけが享受できていたはずの財産ととらえて恨みを抱くやろう。
それにアーニエルの若いののなかにはロレンソの影響とマルコが学校を用意したおかげである程度の教育を受けたものがおる。…そんな体制に恨みを持つもんが上のポストにつきたがるなんて…害悪でしかないやろ?」
アナは淡々と語った。
「でもでも、ちゃんと説明したらわかってもらえませんか?」
アーニエルはマルコの故郷だ。その事を慮ってか、ミャアが口を挟んだ。
「あんな嬢ちゃん。残念やけど人は正しいことやなくて信じられることを信じるもんなんや。信用の無いもんが正しいことを言っても信じてもらえん。」
「でも…」
「いいんだよ。」
マルコはミャアの髪を優しく撫でる。
そのことはもう覚悟していることだ。
「で、人口を増やすにはどうしたらいいと思う?」
「んー、獣人族の移民に関してはコタロさんのがつてもあるしで任せるけど、人間種の移民はうちとしては王都や協力を申し出てくれた領主さんたちからの貧困街からの受け入れをお勧めするわ。」
確かに貧困街、より正確には貧困街の住人が起こす犯罪は各地の領主たちを悩ませる問題だ。移民として引き取るといえば喜んで協力してくれるだろう。
「とはいえ、言い方は悪いですが犯罪者を引き取るようなものです。それではローグの治安が悪くなりませんか?」
コタロがそう訪ねた。
「いやいや、犯罪者言うてもほとんどは食うに困って仕方なくやっとるだけや。職と家を用意してやればちゃんと働くわ。
それにコタロさんが気にしとるようなヤクザ者たちは貧困街の中でもちゃんと安定したシマを持っとるからな。わざわざ移住して一から始めるようなことはせぇへんよ。」
「なるほど。」
アナの説明に納得する。
「あっ、そうや。もちろん移民は港が出来てから、船での受け入れやな。」
「どうしてだ?」
港を作るにも人手がいる。移民は可能な限り早い方がいいはずだが…
「陸路やとどうしてもアーニエルを通らなあかんからな。そしたら絶対に混ざってまう。
それに船やと新しい生活が始まるっちゅうやる気と退路がないっちゅう死に物狂いさが生まれるからな。」
「なるほど… コタロ、移民に関して王家や協力してくれそうな貴族とのやり取りを頼めるか?」
「お任せください。」
マルコの言葉にコタロはペコリと頭を下げた。
「おっ、うちのこと雇ってくれるんか?」
「ああ、とりあえずこれから作る街の都市計画を立ててくれるか?」
「ふふっ、任せとき!!」
こうして新たにアナがマルコたちの仲間となったのだった。
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